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おかしな転生  作者: 古流 望
第22章 詐欺師は焼き菓子と共に
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196話 親子の会話

 藍上月。夏の真っ盛りのこの時期は、モルテールン領は特に昼間、サウナも顔負けな暑さになる。

 地面は乾いて固くなるわけで、そんな畑で農作業をしている人間は、時折日陰に入っては水を飲む。暑い暑いと、呪文のように唱える羽目になる毎日。

 これでも用水路が出来てからは随分とマシになっているのだ。それが無かった頃は、井戸から水を汲み、長い距離を運んで畑に撒くという作業を繰り返していた。暑さに焼かれ、汗をかきながら。それはもう苦行でしかなかったわけだが、ここ一、二年で農地もすっかり綺麗に整備され、畑のすぐ脇には水くみ場が出来た。

 長い距離を水運びせずとも良いとあって、効率は格段にアップしたのだ。


 どうせなら、もっと楽にして欲しい。出来れば暑さをどうにかしてくれないものか。夏場でも涼しいなか、農作業が出来れば嬉しい。

 無茶と分かっていながらも、農民たちはついつい期待してしまう。

 それは、(ひとえ)にモルテールン家の統治が行き届いているからである。あの領主なら、あの坊ちゃんなら、もしかしたら何とかしてくれるかも、という過剰な期待の表れ。


 これからはきっとよくなる。

 そんな、占いよりもあやふやな期待を胸に、農民は働く。

 彼らの期待の矛先には、真新しいモルテールン家の屋敷があった。


◇◇◇◇◇


 モルテールン家王都別邸。

 何かと派手に目立つモルテールン家ではあるが、内装は質素という一言に尽きる。

 勿論、貧乏に思われない程度に装飾はあるものの、質実剛健を合言葉にするこの家では、無為に飾り立てるようなことはせずに必要最低限の飾りで済ませていた。

 唯一、贈り物や貰い物の飾りが置いてあるのが、執務室。応接室では貰い物を置いていては面倒事も起こりうる為、部屋に飾っていると言い訳できるように執務室に置いてあるのだ。

 この執務室。最も高価なのは、机である。

 高級な木材を使い、職人が丹精込めて仕上げた逸品。

 その机の上に、ばさりと報告の為の羊皮紙や木板が置かれた。


 「父様、これが先月までの報告です」

 「うむ、ご苦労」


 王都はモルテールン領からみて北東に位置する。

 神王国には魔獣や肉食獣がうようよと生息している大森林がある為、直線距離でならばさほどではなくとも、実際にモルテールン領から王都に移動するときには、南からぐるりと森を迂回する必要がある。

 しかし、ことモルテールン家に限っては迂回する必要もない移動手段が存在していた。いわずもがな、魔法だ。

 便利さでは現代科学をも凌駕する力。じっとしていても熱中症になりそうな日は、ペイスなどはこうして名目をつけては王都に“避暑”に来る。

 息子の奔放さは今に始まったことではないので、仕事が十分回っている時には何も言わないのがカセロールの流儀。これを息子への篤い信頼と取るべきか、単なる親馬鹿と取るべきかは評価が分かれるところである。

 尚、従士長(シイツ)の評価は勿論後者である。


 「ふむ、順調と言ってよいか」


 息子の報告を一通りざっと目を通した領主が頷いた。

 中央軍第二大隊隊長という役職を預かる者として、またモルテールン男爵としての立場があるため、カセロールは常から忙しい。しかし、忙しいからといって、自分の領地のことをないがしろにするわけにもいかない。

 二十年以上守って来た土地。愛着は人一倍あるし、特に最近は目の前の息子のお陰で利益も出るようになってきた。不測の事態が無いよう、状況を把握しておくことは大事なお仕事である。


 「はい。詳しく説明しますか?」

 「うむ。頼む」


 羊皮紙から目を離しつつ、息子を見やるカセロール。


 「では、まず治安の状況について。先般から懸念事項であった治安の悪化について、現在見回りを強化して対応中です。また、夜間の外出を出来るだけ控えるよう領民には通達し、無用な混乱が起きぬよう手配しました。今後、更に人員を増やすことも検討中ですが、当家の家人だけでは難しく、新たに人を雇うことも考えています」


 最近、モルテールン領の近郊で、治安の悪化が見られる。

 どこかに諸悪の根源があるようなのだが、それを言っても始まらない。

 マンションのどこかの部屋が汚らしくて、ゴキブリの被害が増えているとしても、自分の部屋の中に限っての対策は対処療法しかないようなもの。根絶しようとすれば他人の領域に踏み込む必要がある。


 領地近郊のどこかしらに治安の乱れている場所が有ると思われるのだが、モルテールン家としては領内の対策を強めるのみ。

 人員を増やしたいのは切実な思い。しかし、ことはそう簡単にはいかない。


 「よし、それはそれで構わない。人を雇う時には、十分注意しろよ」

 「分かっています」


 モルテールン家が恐れていること。特に、他家からの干渉について、最も恐れていることは、軍隊で攻撃されることではない。家中を混乱させられることだ。

 元々人手不足が慢性化し人材不足に悩まされる中、従士のサボタージュであったり、或いは離官であったりは影響がデカい。新人達や若手についても、最近ようやくニコロを始めとする世代が戦力になりつつあるところなのだ。教育の手間暇をかけている分、今ここで辞められては大損。待遇改善に熱心なのは、何も温情や思いやりだけではないのだ。

 

 しかし、簡単に人数が嵩増(かさま)し出来るかといえば、そうでもない。雇い入れる人間の身元は、入念に確認しておかねばならない。雇い入れた人間が、家中の不満を煽るようなことをされては、モルテールン家の運営に支障をきたすのだ。

 人間、よく知りもしない他人が不平不満を言っていても聞き流せるが、身内や親しい人間の言葉は、聞き流すことも難しい。仮にモルテールン家の内を混乱させる、或いは人員を引き抜こうなどと考える人間が居たなら、こっそり手の者をモルテールン家に雇わせて、不平不満をぼやかせるのが効果的ということだ。何せ、モルテールン家の仕事が激務であることは事実なので、不満を言おうと思えば幾らでも言えるのだから。その矛先を主家に向け、より待遇の良い職場の噂を流せば、揺れないとは言い切れない。

 強大な敵よりも、身中の虫の方が厄介である、というのが正直な感想である。


 「次に、収支状況ですが、こちらは順調に伸びています。お菓子の売り上げもそうですが、新しい国道が開通したことで商人からのあがりが増えています。ナータ商会には、当家の物産販売の仲介を継続させていますが、特に食料品の売り上げが伸びている様子です」

 「食料品? また何か厄介事か?」


 食料品は生活に必須の必需品。食わずに生きられる人間などは存在しないので、その動向は人の動きに直結する。

 食料品の値が上がるとき、その理由は主に二つ。

 供給不足か、需要過多だ。

 洪水が起きて畑の作物や家畜が流されるとか、日照りが続いて農作物が育たないであるとか、そういう天災で物が不足するとき、食べる人間自体は変わらない為、少ない食料を取り合って値が上がる。最近では、数年前に全国規模の冷害が発生しており、その際はモルテールン家としても食料の確保に四苦八苦した経験があった。


 或いは、食料品を買いあさる人間が出た時。

 長期に渡って大規模な航海を企画している領主が居るであるとか、戦いの準備の為に兵士の食料を集めているだとか。

 こういう時は、数百人、数千人分の食料が、何十日分も集められることになる。単純な計算で、小さな町や村なら丸ごと一年暮らせる程度の食料が、市場から消えることになるのだ。値が上がって当然だろう。


 供給不安にしろ、需要増大にしろ、何かしらのトラブルには違いない。モルテールン家はただでさえトラブルに巻き込まれやすい家なので、こういう些細な情報にもしっかりと目を向けておかねばならない。


 「いえ。単に商圏が広がっただけのようです。レーテシュ伯領だけでなく、ボンビーノ領までの国道開通ですから、船を使った販路を持つ商会が、当領から物資を買い付けているようですね。当家の持つ港湾使用権を貸与して欲しいとの訴えも何件かありましたし」

 「ほう、それなら良い」


 カセロールの不安は、杞憂に終わった。

 どちらかといえば需要の増大に属するものだろうが、自分たちが儲かることならば何の問題も無い。どんどん買い、どんどん他所で売ってくれれば、モルテールン家の懐は温かくなる。王都での交際費も増えていた頃合い。収入増は大歓迎である。


 「他には、直接砂糖の買い付けに来た家がありました」

 「何処の家だ?」

 「ヴァッレンナ伯爵家です」


 ヴァッレンナ伯爵家は、王家とも縁の深い旧家。モルテールン家とはかなり遠いながらも親戚である。

 モルテールン家当主のカセロールの息子のペイストリーの妻リコリスの双子の姉のペトラの旦那であるスクヮーレの母親の兄が、現ヴァッレンナ伯爵家の当主。

 親戚と呼べるかどうかさえ怪しい関係。宝くじに大当たりでもしない限りは、相手方も親戚づらはしないぐらいの関係性。

 それでも縁故としては無視できるものでもなく、カドレチェク公爵家の紹介状を携えて、砂糖の買い付けに家人を寄越してきたという。


 「別に砂糖を売る程度なら構わんだろう?」

 「父様が売れとおっしゃられるならそれは構いませんが、その分当家の利益が減ることはご承知おき願います」

 「それは交渉次第ではないのか?」

 「はい。しかし、売るものが砂糖……製菓原料そのものなのが問題でしょう。飴にするなり焼き菓子にするなり、加工して売れば得られていたであろう付加価値の部分を載せて売ることが出来ませんので、仮に砂糖を相場よりも割高で買ってもらえたとしても、当家としての利益は変わらないか、減ると思います」


 原料そのものを売るより、一次加工品にして売った方が利益が出る。一次加工品をそのまま売るより、二次加工品やブランド化した三次加工品にまで仕上げて売った方が利幅は大きい。これは商売には疎いカセロールでも理解できる範疇の話だ。

 サトウモロコシをそのまま売るより、絞って精製して砂糖にした方が利益は大きい。砂糖をそのまま売るより、飴や焼き菓子に加工して売りつける方が良い。どうせなら、モルテールン謹製という看板を使って箔付けした方が高く売れる。

 サトウモロコシの栽培から最終的な商品出荷まで。全てをモルテールン領内で行えるのならば、それぞれの段階で付加させる価値の全てが領内に滞留する。利益はがっぽり。笑いが止まらない程であり、モルテールン男爵家は現状、南方の陸上貿易を独占し、海上権益を持つボンビーノ家と収益でためを張る。金山や貿易で大金を稼ぐレーテシュ家ほどでは無いにしても、莫迦には出来ない巨額の利益だ。

 その利益の多くを領内の設備投資や公共投資に回している昨今、モルテールン領内の景気は国内でも類を見ないほどに盛り上がっている。


 しかし、ここで砂糖のみを買い付ける人間が出れば、話が変わる。

 単に砂糖を自分たちで口にするだけならば構わないだろうが、まさか毎日砂糖を舐め続ける為に金を払うはずもない。

 モルテールン家の成功に倣い、自分たちも砂糖を使って商品を作り、利益を得ようとしていると疑ってかかるべき。そして、それはモルテールン家の既得権益を脅かすことに他ならない。


 「止むを得んな」


 断るしかない。

 カセロールにしても、そう判断せざるを得なかった。

 モルテールン家の強みは、砂糖を自給出来ているという点と、国王の称賛や料理対決での勝利といった名声だ。それに加えて、目新しいお菓子であるという点。

 目新しさは何時か風化してしまう事だろうし、砂糖を自給するところが自分達以外に出てくるかもしれない。そうなった時に備え、可能な限り長期間、モルテールン家のみが高級で美味しいお菓子を作っているという評判を築いておきたい。ブランド化し始めて二年弱。まだまだ浸透しているとは言い難い。

 そのうち砂糖その物を売りに出すかもしれないが、今はその時ではないのだ。


 「ヴァッレンナ伯爵家について、父様は何か情報をお持ちではありませんか?」


 ふと、ペイスが思いついたように聞く。


 「最近、かなり羽振りがいいとは聞いている」

 「そうですか」

 「気になるか?」

 「それは勿論。急に羽振りが良くなった理由ぐらいは調べておきたいところです」


 別に砂糖を買いたいと申し出てくる程度は他の所でもあった。問題は、今までとは違うアプローチがありそうな点。

 気になることは潰しておきたかった。自分の夢の為にも、不安要素には全力で当たる。ペイスはどこまでも自分本位に考えている。


 「なら、これを使え」


 そう言ってカセロールが差し出してきたのは、一通の巻物。羊皮紙がくるくると巻かれ、リボンのような布紐を結んで封をしてある。封のところは蝋印があり、ペイスとしても見覚えのある印だった。

 既に封は切られていたので、ペイスは中に書かれた内容を読む。


 「招待状?」

 「ああ。ヴァッレンナ伯爵家で何か催し物があるらしい。仕事が忙しいからと断るつもりだったが、折角の機会だ。お前が参加してみると良い」

 「僕が?」

 「お前の嫁を連れていくいい機会だろう。領内に籠りきりでは気も滅入るだろうし、不満も出る」

 「そうですね」


 頷くペイス。

 最近は仕事が忙しく、リコリスにも寂しい思いをさせているという自覚があった。折角社交の場にお誘いがあるというのなら、気晴らしに連れて行くのもいいだろうという父親の意見に首肯する。


 「しかし父様、そのようにおっしゃるとは、母様に何か言われましたか?」

 「む」


 もっとも、ただ単にカセロールが気をきかせたわけでは無いということぐらい、察せないペイスでも無かった。

 図ったように社交の招待状が用意されていて、リコリスへの丁度いい気配りが為されている。王都に詰めきりで、仕事が忙しく、息子に領内の些事を投げている男が、斯様な心配りまで出来るだろうか。

 どうも、女性的な、或いは母親的なお節介さが見て取れる。


 「なるほど、妙に父様の気遣いが行き届いていると思ったら、母様が根回しされていたわけですか。父様も大変ですね」


 相も変わらず、家庭内のことは尻に敷かれているのかと揶揄する息子の言葉。

 大変ですねと労う言葉には、カセロールの顔をしかめる他ない。


 「いらぬ気遣いをせんでも良い!!」

 「これは失礼しました」


 普通は逆だろうと思われるやり取り。しかめ面の父親と、悪戯っ子の笑顔の息子。

 親子の会話は、和やかなものだった。


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