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おかしな転生  作者: 古流 望
21章 飴細工は驚きを伴って
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195話 飴細工は驚きを伴って

 のっしのっしと、獣が歩く。その体は人のそれよりも大きく、毛深さがそのまま獰猛さを表す。森の王者と言われる巨躯と風貌。威風堂々とした様子は、強者の余裕だろうか。

 そんな獣の進行方向。目線の先には、少女が居た。美少女と呼ぶにふさわしい容貌で、獣に相対しているのに動こうとしない。

 正気の沙汰ではない。

 腕の一振りで吹っ飛びかねない力の差があるのだ。逃げるべきだ。それとも、逃げたくても逃げられないのだろうか。

 ケダモノが、少女に向かって立ち上がる。いや、前足をあげて少女に覆いかぶさる。ついにケダモノが本性を現したのか。

 襲われた、もう駄目だ、と誰もが目を瞑るであろう光景。


 「くーちゃん!!」


 獣の毛深い腹の下から、嬉し気な声がした。

 ジョゼフィーネが、自らが名付け親となった(ペット)を可愛がっているのだ。一見すると非常に危険な行為にも見えるが、先入観がそうさせるだけのこと。

 人を襲えば危険な動物でもペットになっているなど珍しい話ではない。犬などは人の喉を食いちぎる牙を持っているし、馬だって一蹴りで内臓を潰せる蹄を持っている。山羊や鹿にも人を突き殺せる立派な角を持ったものがいたりもする。しかし、飼いならされたこれらの獣を恐れる人間は珍しい。愛玩動物として可愛がる人間も多いだろう。

 動物の脅威とは、凶悪な能力を持つことではない。人を襲う意思があるかどうかだ。その点、くーちゃんと名付けられた熊公は、人を襲う様子を欠片も見せずに少女とじゃれていた。


 「美女と野獣?」

 「はは、言い得て妙だ。義妹(ジョゼ)も元気そうで何より。義弟(ペイス)も元気そうだね」

 「おかげさまで」


 安全確保の護衛という名目でジョゼの様子を見ている二人の男。

 モルテールン家次期当主ペイストリーと、その義兄にしてハースキヴィ家当主ハンスの二人だ。

 両者は直接の血の繋がりこそ無いものの、姻戚としてそれ相応に親しい付き合いがある。お互い、同じ女性に頭を悩ませるという点で共通項があるのだから、仲良くもなるだろう。

 片方は我儘な姉として。片方は奔放な妻として。


 「ところで義兄上、あれは大丈夫なんですか?」


 姉とじゃれる熊を見つつ、ペイスが不安を覗かせながら聞いた。

 目の前でジョゼが散々に熊に遊ばれているのを見れば、不安にもなるだろう。当人は熊と遊んでいると言い張るだろうが、体重差と体格差があり過ぎる為、主体性が熊の方にあるだろうことは明らかである。

 犬とじゃれて遊ぶ人間が居るのだから、熊とじゃれて遊ぶ人間が居てもおかしくないというのは理解できても、目の前の光景はやはり異質だ。熊がちょっと間違いを犯すだけで、ジョゼは怪我、下手をすればあの世行きとなる。


 「(しつけ)には絶対の自信がある。何なら、この首を掛けてもいいが?」


 だがしかし、ペイスの心配は無用であるとハンスは請け負った。


 元々、ハースキヴィ家は森の住人だ。

 先祖は木こりだったとも、森の精霊であったとも言われている。無論、精霊だったなどという話を真に受ける人間はいないが、来歴のはっきりしない家系では、箔をつけるために先祖の出自を盛ることはよくある。ハースキヴィ家もその類だろうと思われる。

 いつの頃から軍人になったかは不明ながら、少なくともハンスの曾祖父が軍人であったことは間違いない。

 代々の軍人として軍功を重ね、ハンスの代でモルテールン家の娘を娶り、それが縁で王家の覚えもめでたくなり、先年、陞爵して準男爵位を賜り、現在に至る。

 森のすぐ傍で代々暮らしてきたことから、こと森林に関しての造詣は深い。ペイスですら比較にならない程、深い知見と広範な知識を受け継ぐ。

 食用になる植物やキノコの種類と見分け方。獣の狩り方や見つけ方、或いは逃げ方。森で迷った時の対処法。危険な毒虫や毒草の知識と、利用法。等々。

 おおよそ、森で暮らすに必要と思われる知識の多くを口伝してきた家柄で、ハンスは父や祖父から色々な知識を学んできた。

 その中の一つが、どうやら森の獣の調教についてであるらしい、というのが、モルテールン家の調べたハースキヴィ家の情報である。森には様々な野生動物が生息しているものだし、元々南大陸は獣や魔物がうようよいる土地。森を利用しようとする人間が、森の生き物たちの生態に詳しくなるのも道理である。


 先日、モルテールン家に子熊が迷い込んだ際、人に自慢できるようなペットが飼いたいとごねるジョゼを宥める為、このハースキヴィ家に預けられたのが、今ジョゼとじゃれている熊であった。名前はくーちゃん。自分で名前を付けてまで可愛がるのだから、ジョゼも身内に甘いモルテールン家の娘らしいといえる。


 「首をかけるほどの自信の理由がわかりませんが……魔法的なものですか?」


 この世界、不思議なことはとにかく魔法を疑うように出来てる。物理法則すら超越した力を持つ者が、一定確率で発生するのだから、それも当然のこと。

 熊の調教に使える魔法というのも、歴史を知り、想像力が豊かな人間であるならば幾つか思いつく。ペイスもその一人だ。言葉も怪しい幼少時から知識を貪欲に詰め込み、幼さゆえの柔軟な頭を、大人の理性と知性でもって活用するのだ。並みよりも遥かに高性能な想像力が働く。


 例えば、神王国では一番ポピュラーな魔法である【発火】。野生の獣が火を恐れるのは普通のことなので、粗相をするたびに脅してやれば、サーカスのライオン程度には躾けられるに違いない。

 或いは、鳥使いの魔法使いが居たのだから、獣使いの魔法使いが居てもおかしくないと考える。操作とまではいかずとも、心を通わせられるのであればハースキヴィ準男爵の自信の程も理解できるというもの。

 他にも幾つか思い当たるものがある。いずれかの手段を用い、熊の躾けをしているのではないか。

 魔法を使えるのであれば、熊の一頭や二頭、扱えてもおかしくはない。


 しかしペイスの質問には、ハンスは首を振る。


 「それは幾ら義弟とはいえ、答えられない。当家は常に森の傍で生きてきた。獣の扱いにかけては何処にも引けを取らぬとだけ言っておこう」


 やはりハンスも貴族家の当主としての教育を受けている。妻の弟といえど、他家の人間に自分たちの持つ技術は話せないという。

 モルテールン家も砂糖づくりや酒造り、お菓子作りで秘密にしていることは多いのだ。お互い様という奴だろう。

 魔法的な技術であるのかどうか。否定も肯定もしない。


 もっとも、この程度のやり取りでもかなり確度の高い推察が出来るのがペイスという少年でもあるのだが。

 おおよそを察しながら、それは口には出さない。


 「そうですか。それでもおかげで、アーソングリン家に一泡吹かせることが出来ました。ありがとうございます」

 「役に立てたのなら幸いだ。今までモルテールン家に借りがあったからな。少しでも返せたなら、我々も気が楽になる」

 「助かりましたとも」


 サイリ王国アーソングリン家の陰謀。

 モルテールン家に介入させ、神王国との融和ムードに水を差そうとしたものだった。

 それを防ぐべく、動いたペイスの一手は『ハースキヴィ家に預けた熊を使う』というものだった。

 モルテールン家が動くわけでは無く、軍家としてカドレチェク公爵からの要請でハースキヴィ家が護衛に動いたという形になる。

 のっしのっしと歩く熊に、襲い掛かれる勇気を持つ者はそうそう居ない。神王国内で蠢いていた不逞の輩は、熊の姿を見るだけで逃げ出した。

 本物の熊が目の前に居て、文字通り人間を越えた膂力と腕力を持つのだ。半端な覚悟では立ち向かえない。

 それに、明らかに人に従属しているのが見て取れるのだ。つまりは、獣の弱点であり、人間の唯一の武器である知恵が、人為的に補われているということ。大人しく護衛として付き従っているのを見れば誰だってわかる。

 人の知恵で動く、人間離れした猛獣。普通の獣でさえ、大の大人が死にかねないのに、知恵袋まで居て簡単に相手が出来るとも思えない。ペイスのように、魔法の存在を疑った者もいるだろう。


 そして、使役しているということは、熊以上の力量の人間が居る可能性もあるということ。人を片手であしらう猛獣を、力でねじ伏せているとするなら、同じように人間を片手で吹き飛ばす異常な存在が居ることになる。少なくとも、事情を知らない“襲撃者”にはその可能性を無視できなかった。


 更に、内通していた神王国の傭兵のことごとくが秘密裏に捕らえられた。

 陰謀の首魁たるアーソングリン辺境伯は、猛獣が使節団を護衛するという不測の事態に、最後の手段ともいえる直接介入を行おうとした。

 いずこの手によるものかは不明ながら、明らかに自分たちの考えを読み切った上で、予想外にして効果的な対応をしてきたのだ。やむを得ない。

 自作自演を狙う為に、何とか手駒の傭兵に連絡を付けようと試みる。しかし、返って来たのは『この連絡網は現在使われておりません。連絡先をご確認の上、もう一度ご連絡ください』などという巫山戯(ふざけ)た内容だった。

 頭に血をのぼらせてカンカンになり、顔を真っ赤にして部下を怒鳴り散らしたところで、地団太を踏む羽目になった。


 しかも、アーソングリン辺境伯が、何とかサイリ王国使節団が神王国人に襲われたという体裁を作ろうと躍起になっていたところに、モルテールン家から連絡がきた。

 曰く『熊に負けた閣下に置かれては、これ以上の恥を上塗りすることの無きよう』と。気付けば、サイリ王国内で“熊に負けた男”という噂が広まるに至り、アーソングリン辺境伯は自らの敗北を悟った。


 こうして、外交使節団は無事に王都にたどり着き、神王国との外交交渉に入ったという連絡が、各所に届けられたのだった。

 尚、もふもふの熊に、だらしない笑顔でまたがる女兵士の姿が見られたのは、王都のゴシップとして処理されることになった。


 「あらあら、ジョゼは相変わらずお転婆ね。婚約も済ませたというのに、あれじゃあ旦那さんも大変じゃないかしら」


 いつの間にか、ヴィルヴェ=ミル=ハ-スキヴィ準男爵夫人が、男たち二人の傍に立っていた。


 「ビビ姉ひゃま、なひぇ、ほっぺひゃを抓るのひぇふか」


 そして、さも当然の如く弟を弄る。


 「それは、ペイスがペイスだからよ」

 「訳が分かりまひぇん」

 「このつやつやで柔らかい頬が悪いのよね。つい触りたくなっちゃう。だってほら、こんなに伸びるのよ?」

 「やめへくひゃはい」


 弟と姉のスキンシップ。どちらかといえば弟の方が可哀想な感じもするが、ペイスが赤ん坊のころから構い倒すのが通常営業となっている為、ハンスなどは助けようともしない。

 そうこうしていると、熊の下からジョゼが出て来る。彼女は、姉が居る事に気付く。


 「あぁ、楽しかった。あ、ビビ姉様」

 「ジョゼ!!」


 駆け寄るジョゼ。そして抱擁する二人。

 モルテールン家の姉妹は、スキンシップが過剰なのだ。愛情深い母親に育てられた弊害ともいえるのだろうが、これまた自分には実害が無いとハンスは傍観の構え。

 ようやくとばかり距離を取るのがペイスである。


 「大きくなったわね。とても美人になって」

 「姉様も、相変わらず素敵よ」

 「あら嬉しい」


 和気藹々とする二人。

 仲の良いモルテールン姉妹であるが、長女であり世話焼きだったビビと、末の妹で奔放なジョゼは一緒に居ることが多く、特に仲が良いのだ。


 「ビビ姉様、ジョゼ姉様、いい加減、休憩しませんか?」


 凶悪な姉二人から離れ気味のペイス。

 これ以上被害がこちらに来ては敵わないと、興味の矛先を露骨に誘導する。


 「そうね、お茶にでもしようかしら」

 「では、皆さん、こちらへ」


 ペイスは、二人の実姉と一人の義兄。それに御付きの面々を伴って、中庭に移動した。

 くーちゃんは、そのまま食事の時間である。


 「ペイス、今日のお菓子は何?」


 モルテールン家の主催するお茶会は、お菓子が大事。

 特に、ビビやハンスはペイスの作ったお菓子を食べるのは久しぶりである。しがない準男爵家では甘いものなど滅多に食べられない。期待は膨らむ。


 「今日は、折角ですから熊にちなんだお菓子を用意しました」

 「へえ」

 「用意したのは、これです」

 「何これ? 飴?」


 ペイスが皿を取り出す。

 白い容器の上に、色とりどりのお菓子。一つ一つの大きさは硬貨ほどであり、短い円柱といった形をしている。

 人の顔、花の模様、幾何学模様に動物の絵柄。見た目的には大変楽しいが、見たところ飴のようである。


 「はい。水あめに色を付けた組飴。俗称で『金太郎飴』と言ったりもしますが、色を付けた飴を組み合わせて作る、飴細工の一種です」

 「ふうん。これって人の顔よね?」

 「ええ。折角ですから、造形に拘ってみました」


 組飴として知られるものの中で、最も有名なものは「金太郎飴」だろう。これは、足柄山の金太郎こと、坂田金時の幼少時を模した人の顔を形どっていることで知られる。

 一般的には、童話として知られる金太郎だが、歴史上の人物として実在していたとされている。熊と相撲を取って体を鍛え、熊にまたがって馬の稽古をしたという豪傑だ。

 熊にちなんだお菓子としては、中々にユニークである。


 「あま~い!!」

 「そりゃ、飴ですから」

 「味はどれも一緒なのね」


 お茶はあえて砂糖を入れずに用意された。

 飴を口に含みつつ飲めば、砂糖を入れずとも甘いお茶を楽しめる。

 のど飴に続く新商品として、ペイスがここ最近ずっと研究してきたものであり、今回はそのお披露目兼試食ということだ。

 物珍し気に観察するハンス。楽し気に気に入った絵柄を探すビビ。何も気にせずホイホイ口に放り込むジョゼと、中々に個性豊かなお茶会である。


 「しかし、政治というのも面倒なものだな」


 お茶を飲みながら、ハンスがぼやく。


 「それは同感です。正直、今回の件はかなり面倒でした」

 「強硬派とやらも、融和派とやらも、我が国の貴族も……一皮むけば同じ穴の狢か」

 「この飴のように?」

 「何処を切っても同じか。全く、皮肉なものだな」


 準男爵が抓んだ飴の中。

 何処を切っても変わらぬ、笑顔だけが救いであった。





21章結

次章「詐欺師は焼き菓子と共に」

お楽しみに

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