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おかしな転生  作者: 古流 望
21章 飴細工は驚きを伴って
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194話 頼もしき護衛

 アーソングリン家当主は、まだ壮年と言って良い年だ。

 幼いころから剣を鍛えており、体つきもがっしりとした、如何にもな軍人。勿論、若い頃には色々と失敗もしてきたし、恥ずかしい思いの一つや二つは今でも思い出せる。それら全てが血肉となり、今がある。

 伯爵家の当主となって以降もある程度の経験を積んでおり、若くも無いが老いても居ない。

 肉体的に十分な若さと、精神的に不足ない老い。老若の均衡がとれた、最も実力のある時期が今。

 辺境伯はそう考えていた。


 「我が国の使節団は、そろそろ国境に着くころだそうです」

 「そうか」


 部下からの報告に、鷹揚に頷く。

 この男にとって、神王国は敵である。しかし、ある一面においては感謝しても良い恩人でもあった。


 元々男は伯爵という高位貴族にあった。親から受け継いだものではあったが、余人が羨む地位であるのは確かだ。中には命を懸けてでも伯爵という地位を欲しがり、或いは守ろうとする者もいる。

 しかし、この男にとっては笑止なことだった。生まれつきその地位にあったというのがそうさせるのか。当たり前に有るものの有難味が分からないのか。彼は、伯爵位ということに不満だった。

 一応は、高位貴族という括りの中、辺境伯(サイリ王国には侯爵位が無いので、臣籍としては最高位)や王族といった者達を含めれば、高位貴族の中での序列は下位に甘んじる。

 国家内の序列で言えば、上の下。上の上たる王族とまでは言わずとも、上の中ぐらいは手にして良いと考えていた。欲深いとは思わない。


 しかし今までは、ルトルート辺境伯を筆頭とする派閥の中にあって、トップになれるはずもなかった。

 能力はある。間違いなくある。少なくとも男はそう信じている。だが、だからこそ上の連中は頭を抑えに来るのだとも思っていた。

 派閥内では十二分な影響力を持ちながらも、他の連中やルトルート家の顔色を窺わねばならぬ状況。不満が無かったといえば嘘になる。

 そんな中で、降ってわいたようなルトルート家消滅の報せ。自分でも驚くほどに、喜んでしまった報せだった。


 国内の対神王国強硬派。それも、軍事的に徹底的に圧力を掛けて、外交的には一切譲歩するな、と主張する最強硬派。それのトップに就任できたのは、幸運以外の何物でもなかった。

 無論、簡単に就ける地位ではない。今までルトルート家の下で結束していた連中を集め、他の候補者たちと熱論を交わし、自分こそが後継者であると認めさせ、派閥のトップに立つ。そして、その事実を派閥以外の連中に周知し、立ち位置に相応しい権力と地位を獲得するよう動く。

 結果として、辺境伯位への陞爵も叶い、いざという時の軍権を手に掴んだ。自分は優秀であるとの思いを新たにしたのも当たり前だろう。


 勿論、今でも国内には敵が居る。外国と戦争してばかりでは何も生まず、協調から利益を生み出すべきだと主張する外交屋どもがその筆頭。敵を屠る為の剣を飾りにし、身を守るための盾を置物に貶めた、貴族の風上にも置けぬ惰弱の徒。

 軍事的に諸外国を屈服させるべきと主張する強硬派とは、犬猿の仲の連中だ。

 穏健派は強硬派を考え無しのイノシシと蔑み、強硬派は穏健派を意気地の無い負け犬と見下す。お互いがお互いを嫌っているのだ。仲良くなれるはずもない。理論や理屈で対立しているのではなく、感情的に反発している点も大きい。

 だが、そもそも利益が相反するのだ。敵国の最前線にあり、軍事的な脅威を常に感じ続ける人間と、後方にあり、軍事的脅威を殆ど感じない人間。同じ物を見ることなど、出来ようはずもない。

 その点、神王国は一度滅亡寸前までいったこともあり、殆どが危機感を共にしているという。だからこその強勢なのだろうが、羨ましい話だ。


 「これからが山場だな。上手く食いついてくれればよいが」


 自分はまだまだ立場が弱い。辺境伯は自嘲する。

 継いだばかりの自派閥は結束もまだ甘く、国内には政敵を抱え、名声や評判も、かつてのルトルート辺境伯には及ぶまい。それは十分わかっていることだ。

 手柄が要る。誰もが認めざるを得ない有事で、自分たちが如何に素晴らしいかを示す機会が要る。

 自分がここで功績を残せば、外交屋共は面目を失うし、五月蠅く騒いでいた連中も冷や水を浴びせられたように黙るだろう。


 そのための手は打った。

 モルテールン家を始めとする幾つかの家を散々に挑発したし、他にも色々と手を打っている。

 特に、最近起こした行動は辺境伯としては一世一代の大勝負。身命を賭した勝負手。外交使節が襲撃されやすいようにしたのがそれだ。


 例えば無理やりに押し込んだ馬車。金持ちとあからさまに分かる煌びやかな馬車を用意したのだ。馬車だけでも相当に金がかかっているわけで、動く宝石箱と言っても過言ではない。見た目で侮られるわけにはいかないという(もっと)もな理屈を押し通し、用意したもの。金に飢えている連中の金銭欲や物欲を、大いに刺激してくれるはず。

 護衛という名目で、見目麗しい女兵士も用意した。兵士とは名ばかり。実力は明らかに不足しているし、見るからに若いのだ。普通ならば、国家の威信をかけた使節の護衛などという大役は務まらないのだが、見た目の華やかさが平和的な使節には必要と主張し、ごり押しした。顔を隠すことも禁じているわけで、男の劣情を誘うであろうことは間違いない。

 神王国内にも、外交使節が向かうことは周知させた。それはもう入念に布告し、そこら辺の無頼の連中まで耳にしていることは確実だろう。平和使節であることも徹底して喧伝したわけで、護衛など殆どあって無きが如くという噂もセットだ。

 守る戦力が殆ど無い、若い女性が多い、金持ちの使節団。

 さあ襲え、すぐ襲えと全力でアピールしている形。


 神王国が今までの常識通りの護衛を用意するようなら、確実に襲われるはず。儀典用のハリボテなど、餌を更に美味しく見せるトッピングである。

 襲われないようにしようとすれば、常識破りな護衛がいる。そう、モルテールンの首狩りのような常識はずれな者が。


 モルテールン家の首狩り魔が出張り、サイリ国内の反神王国感情を煽ってくれてもいい。領土を盗んだ戦犯が護衛するとなれば、確実に外交使節団の感情を逆なでするし、そうなれば“不埒者”の一人や二人、現れても不自然でない状況を作れる。いや、確実に現れる。その手筈は万端整えてある。首狩りにやられ、恨み骨髄のルトルート家残党を使節団に潜り込ませるなど、容易いことだった。


 外交使節団を謀略から守る為には、カドレチェク公爵家か、或いは神王国の王家が矢面に立ち、徹底的に睨みを利かせる他ない。軽々に手を出せないほどにガチガチに守る。これしかない。辺境伯は自分の予想に自信があった。


 しかしそうなれば、モルテールン家を始め幾つかの“襲われた”ところは面目を失う。

 王家やカドレチェク家が守るところに手を出すことは出来ないが、傍観していれば弱腰を笑ってやればいい。モルテールン家やフバーレク家のような“戦犯”に対して一矢報いて、悔しがらせた功績はデカイ。後は、その事実を散々煽り立ててやれば、向こうから暴発してくれる。

 どう転んでも、自分たちの利益に転ぶ。


 我ながら、上出来の首尾。

 そう、辺境伯はほくそ笑むのだった。



◇◇◇◇◇



 外交使節団はいよいよ神王国に入った。

 居並ぶ面々に緊張が走る。


 「気を抜くなよ」


 護衛団を纏めるニーナは、周囲に大声で言う。

 馬の上にあるのは痩身長躯。ほっそりとした体つきに、すらりと長い手足。華奢に見えるのは、彼女が元々筋肉の付きにくい体質であり、また女性であるということもあった。男連中と同じように訓練しているはずなのだが、脂肪は減っても筋肉が中々つかない。

 短く整えられた金髪が、ちらりと兜の下に垣間見える。

 美人と言うならその通りなのだろうが、人一倍目つきが険しい点で深窓の令嬢とは程遠い存在であると分かる。


 サイリ王国では、女性が兵士になることは珍しい。しかし、先の神王国との戦いでルトルート家が敗れ、国境の守りを急いで固める必要があった為、男女を問わずに募兵があり、それに応じたのが彼女だった。着の身着のまま逃げ出した者や、よそ者に土地や仕事を奪われてしまった者。或いは混乱の中で富を奪われた者。そういった食い詰めた人間が、まともな給金のでる仕事に応募したのは、生きていく為。ニーナのような人間は数多くいる。


 仕官したばかりの新米で、まだまだ経験は浅い。一年ほどしか訓練はしていないのだ。にもかかわらず回って来た大役。それも数人ばかりとはいえ一隊を預かる指揮官役。彼女はことのほか張り切っていた。


 「ここからが大変よ」

 「そうね」


 同僚がニーナに呟く。この部下も、若い女性。馬に乗れる地位にあるが、身分自体は貴族ではない。同じような立場、同じような人間が五人。これが、今回の護衛戦力の全てだ。どうあってもまともな護衛戦力とは思えないが、だからと言って任務を失敗させるわけにもいかない。

 憎い敵ではあるが、その敵国の中に入ったのだ。気を抜くわけにはいかない。


 「ニーナ」

 「団長と呼んでよ」


 ニーナの不満げな様子に、同僚はくすりと笑う。この任務を与えられて以降、しきりに団長と呼ばれたがる点が、幼さだと思ったからだ。


 「じゃあ団長、前の方、何か見えない?」

 「前?」


 言われて目を凝らせば、何やら人影のようなものが見える。ただ、数は無い。一人だけぽつんと居るような感じ。


 「私が行くから、他は護衛に専念して」

 「周りは警戒しなくていい?」

 「あ、そっか。それもお願い」


 おずおず、といった心持(こころもち)で、護衛団の団長が行く。当人には周りを窺う余裕もなく、目線は不審な人影に固定されていた。

 神王国に入って早々の不審な状況。新米の指揮官としては、肩に力が入り過ぎる状況である。


 「サイリ王国使節団の方々とお見受けする」


 不審な人影であったもの。神王国の貴族と思われる男性が、そう告げた。


 「そうだ。其は誰か」


 ニーナは、精いっぱい声を張る。言い方も威厳のある言い方を心がけたつもりだ。

 声が震えていなければ、何とか及第点を与えられていたかもしれない。


 「神王国のハースキヴィ準男爵だ。ゆえあってここで皆さんを待っていた」


 ハースキヴィ家の名を聞き、使節団の面々はピリッと空気を緊張させた。

 事前に聞いていた要注意人物の一人が、このハースキヴィ準男爵だからだ。

 この家は、実力自体は大したことが無い。大きい家でもなく、人材にはさほど見るべきものは無く、唯一警戒すべき点は親戚関係。

 あのモルテールン家と縁があるという家柄。気を付けるべき相手なのは間違いない。


 その男が、ニヤリと笑う。どこかの誰かにとてもよく似た、悪戯っ子のような笑顔。


 「皆さんには、少々怖い思いをしていただきたい」


 男が手を上げた瞬間。

 周りからは、恐怖の悲鳴があがった。



◇◇◇◇◇



 「閣下!」


 機嫌よく酒を楽しんでいたところに、無粋な人間が駈け込んで来た。

 従士の一人で、今回の件の各所への連絡役を任せていた人物。少し無理をして、情報伝達に強い魔法使いの傭兵も雇い入れ、万全の体制を整えてた中でのこの慌てっぷり。


 「何事か」


 一体どうしたというのか。

 そう訝しがるのも当然であろう。

 アーソングリン伯は、手に持っていた銀杯を、傍の机の上に置いた。


 「使節団が……」

 「使節団がどうした」

 「(くま)に……熊に……」

 「襲われたのか?」


 (くま)と聞き、辺境伯は顔色を曇らせる。

 元々、神王国内で使節団が襲われることは望んでいた。しかし、よりにもよって熊に襲われるとは運が悪い。いや、運が良いのだろうか。

 襲われて運の良し悪しも無かろうが、襲われる相手としては、悪くない。使節団にとっては、であるが。

 それはつまり、辺境伯にとっては都合が悪いということ。


 どう見ても襲ってくれと言わんばかりの餌を用意したのだ。出来る事ならば、神王国の貴族の(いず)れかが手を出してくれれば最良だった。サイリ王国から神王国の王都に向かえば、必然的に旧ルトルート領を通る。急な陞爵や叙勲があったとも聞く。突然立場が変わった人間が居て、彼らの目の前を使節団が通るのだ。思わぬ事故や、統率のとれていない下っ端の暴走なども十分あり得る。或いは、モルテールン辺りが激情に駆られて襲ってくれれば言うことなし。

 しかし、腐っても英雄と呼ばれる男だ。此方の思惑の一端は見抜き、短慮を戒めるぐらいはしてくる。それぐらい出来ずに、恐れられるはずもないからだ。


 さしあたって、盗賊の類に襲われるぐらいは予想していた。あくまで保険の手段として、雇い入れた傭兵に襲わせる手も用意していたが、使わずに済むならそれが一番。雇い入れた傭兵からの定時連絡が遅れていると聞いているが、傭兵などそんなものだろう。

 神王国の不手際を徹底的に攻め、報復を理由に軍事行動を起こす。勿論、中心になるのはアーソングリン家だ。

 襲われたとの一報を受け次第、即座に軍を動かす準備を整えている。襲撃されて外交使節団が被害を受けたなら、非は明らかに神王国にある。名目としては十分だろう。盗賊に扮して神王国側が襲った等と言いがかりをつけるのも容易い。

 軍を越境させて暴れさせ、適当なところで手打ちにする。本来の目的である軍功としては十分だろう。


 だが、野生動物に襲われるというのはいただけない。

 名目としてはとにかく弱い。野生動物に襲われたから報復などということも出来ないし、そんな話は馬鹿げている。

 何のための護衛だったのかと笑われるのが関の山だ。


 全く、運が良い奴等だ。

 そう辺境伯は思っていたが、ふと見れば、部下が何か言いたげだった。


 「いえ。襲われたのではありません」

 「何?」

 「熊に……熊に護衛(ごえい)されました!!」

 「何だと?!」


 アーソングリン辺境伯は、部下の報告の意味が分からなかった。




熊はカセロールの下位互換。

怖くて近づけないという意味で。

熊はペイスの上位互換。

可愛がられるペットという意味で。

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