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おかしな転生  作者: 古流 望
21章 飴細工は驚きを伴って
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193話 相談と思い付き

 「むぐー、むぐー」


 猿轡を噛まされ、身体を縄で縛られてもがく男が六人。

 被虐趣味の人間が居るわけでは無く、彼らは罪を償うために連行されて来たのだ。犯した罪とは貴人への襲撃。殺人未遂ということになれば、極刑も免れない。

 それを理解しているのだろう。必死に何かを為そうと蠢いている。言い訳を述べたいのか、或いは逃げ出したいのか。いずれにしても、それを許す人間はこの場に居ない。


 「で、こいつらが犯人で?」

 「そうです。父様が直々に(ごう)も……コホン、尋問しまして、背後関係も吐かせました。一応、コアンと僕が手分けして、吐いた情報の裏を取り、先ほどようやく全てがはっきりしたところです」

 「ほう」


 シイツが、芋虫になっている傭兵たちを見る。その眼は酷く冷たい。

 元々シイツも傭兵だった過去がある。だが、彼が所属していた傭兵団は、金の為に何でもするような連中を嫌っていた。義侠心とでもいうのだろうか、筋の通らない仕事はやらない傭兵団として有名であり、それが為に割に合わない仕事を受けることも多々あった。

 傭兵としては異質。だからこそ、そんな傭兵団に居たことは、シイツにとっては誇りでもあるのだ。

 犯罪の片棒を担ぐ傭兵。シイツが最も嫌いな連中が、芋虫になっている。

 蹴りの一つもくれてやりたいところを、我慢しているのだ。


 「彼らを雇い、当家の馬車を襲わせた犯人は、サイリ王国の人間……強硬派に属するアーソングリン辺境伯でした。これは確定です」


 ペイスの言葉に、シイツは表情を引き締める。軽々しく扱える問題ではないと分かったからだ。


 アーソングリン辺境伯はつい最近まではルトルート家の派閥に属する伯爵家だった。ルトルート家が潰れた後、心ならずも自領が神王国との最前線となってしまっている。その際、多くの利権を受け継いで陞爵となった。

 辺境にあって、それも敵国との最前線にあって、いちいち中央に軍事行動のお伺いを立てていては、ルトルート家と同じような敗北を繰り返してしまうかもしれず、権限の強化をすったもんだの末に認められたという経緯がある。元々サイリ王国において辺境伯という地位は、伯爵位を持つ者が辺境にあって、権限を強化されたことに端を発する。アーソングリン家の場合は、正しくその先例に倣ったと言えよう。


 無論、サイリ王国内の反発も大きかった。

 爵位を上げる必要は無いという者や、敗北を喫したルトルート派に責任を問う者も多く、同派閥の後継者とされたアーソングリン家は、政争の矢面に立つこととなる。

 派閥の結束力も揺らぎ、政敵からは格好の標的として口撃(こうげき)され、アーソングリン家の指導力が疑問視されるという状況。一挙に解決しようと思えば、アーソングリン家が辺境伯家として一派を率いるに相応しい力量を持っていると認めさせ、かつ必要性を周知するしかない。


 つまり、騒乱と、それに伴う手柄によって、極めて不安定な現状の足場を固めたいという切実な事情があった。


 モルテールン家を襲ったのも、政争の際のカードの一つとして「モルテールン家と戦った」という事実を欲したというのも有るらしい。勿論、それでモルテールン家が両国融和の動きに介入することを狙ってもいる。

 彼らが理想とすることは、モルテールン家が自分達の暗躍に気付くことなく、講和或いは休戦や停戦の交渉を壊し、非難の矛先を全部引き受けてくれたうえで、アーソングリン家が中心となって神王国に報復の軍事行動を起こし、旧地を奪還せしめることだ。

 無論、そこまですべてが都合良くいくとは考えていないだろうが、元々神王国に対して強硬姿勢を取っていた自分達が復権するにあたり、神王国との戦いを欲しているのは事実。

 神王国内では、神王国の英雄という看板は傷を付けたくないと考える人間が多い。つついて挑発するにはもってこいだ、と考えているのだ。

 それが如何に危険な火遊びであるか、陞爵したばかりで諸国の情勢に疎い者には気付けない。


 「そりゃまた大事(おおごと)じゃねえですかい」

 「ええ。当初懸念していた通り。国際問題になりかねない。シイツの言いたいことは分かります」


 外国の勢力に、神王国の中央軍の一部を預かる貴族が襲われたのだ。ことは国際問題に発展しかねない。

 そして、それを手ぐすね引いて待ち構えている連中が居るのだ。

 軽く挑発しておいて、反撃しようとしたところを罠に誘い込んでパクリ。狩猟でもよくある手であり、古典的ともいえる。罠を避けるには、意表を突く必要がある。


 「どうします?」

 「シイツはどうした方が良いと思いますか?」


 ペイスは、大番頭に意見を求めた。

 一応、領主代行として、また次期領主としての腹案はあるが、経験豊富で視野の広いシイツの意見は、時折鋭く核心を突いたりもする。

 元より、トップの意見や、常識的な意見に対して、あえて喧嘩を売るような意見を考えるのがモルテールン家における従士長の職責。

 誰にとっても頼れる兄貴分である。

 過去を問わなければ。


 「聞いてんなあ俺なんですがね……まず、このまま無視するってのは一つの手でしょうぜ。こうして襲って来た連中の身柄を押さえたんですから、こいつらの単独行動で、裏なんぞ無かった、ってことにしてしまえば、うちのメンツも立つってもんでさあ」


 敵と思しき連中が、今か今かとモルテールン家が介入してくれることを待っているのだ。敵の思惑を外すという意味で、また無用な混乱を起こさず、責任と政争を回避するという意味で、最低限のメンツを保つのみに留め、あとは知らぬ存ぜぬ、ほっかむりを決め込むのも立派な選択肢である。

 襲撃があって、実行犯を捕まえた。これなら十分にモルテールン家の面目は立つ。舐められることも無いし、モルテールン家が報復に手を抜かず、捜査能力や調査能力をしっかりと保有しているアピールにもなる。王都で治安維持の仕事をしているカセロールに対して、無形ながらも十分な援護射撃となるだろう。


 「なるほど。しかし、それで周りが納得しますか?」

 「無理でしょうぜ。こいつらがうちを襲って、得られるもんなんてねえでしょう。金で動く傭兵だ。誰かに雇われてたと思うはずでさあ」

 「でしょうね。自分たちの名前を上げたかった……としても無理がありますか。神王国の傭兵ならば、モルテールンを襲っては悪名が高まるだけでしょうし、そもそも名乗りが無いのですから」


 モルテールン家は味方も多いが、敵も多い。しかし、こと国内に限っては、敵と言っても政敵の部類。片手で握手し、片手で殴り合うような相手ということ。

 モルテールン家が救国の英雄であり、国家再建の一翼を担った功臣であることは誰もが知っている。神王国の人間ならば、モルテールンを襲って得られる名声よりも、悪名の方が増えるであろうことは間違いない。

 第一、名を上げたいなら犯行後に、我こそはと犯行声明の名乗りを上げねば意味が無い。傭兵たちの独断で、単独犯行だったなど、誰が信じるというのか。これが盗賊の類ならば、まだ“箔付け”というのも信ぴょう性が出ただろうが、この連中を盗賊に仕立て上げるのも難しい。


 「いっそ盗賊だったことにして、売り払うとか?」

 「傭兵として顔を知ってる奴もいるでしょう。不確定要素ってのは御免ですぜ?」


 犯罪者から一切の権利を取り上げ、犯した罪の分だけ強制労働させる刑罰は一般的だ。神王国の場合は、鉱山でその手の労働力の需要が高い。

 落盤が時折起き、周辺で湧き出す水も汚れていて、毎日肉体を酷使する仕事。死亡率は驚くほど高く、長期刑は処刑に限りなく近いとも言われる。

 慢性的な労働力不足であり、売り払うとなれば喜んで買うところは多い。


 だが、その販売先の最有力がレーテシュ伯爵家というのがいただけない点だ。彼の家はモルテールン家にとっては政敵の一つ。表面上はニコニコと協力しつつも、裏では色々と暗躍している油断できない相手。

 モルテールン家に対する他国の陰謀の証人などというものを手に入れたら、何を考えるか分かったものではない。

 レーテシュ家に限らず、売り払うならば余計なことは言わせない方が良いのだが、芋虫としても助かる為に必死になるはず。雇われていただけで、自分たちに罪はない、などとペラペラ喋ってしまうだろう。

 それがどう転ぶか分からない。不確定要素とはそういう事である。


 「身柄をお金に換えるにも、アーソングリン家とのことが片付いてから、ですね」

 「そうなりやすかね。他には……そうですね、敵を徹底的に叩き潰す、ってなあどうですかい?」


 シイツがにやりと笑った。

 彼自身も、本気で言っているわけでは無いのだろうが、好戦的な性格が顔をのぞかせた。


 「却下です。我々の行動が原因で戦争が起きたとあっては、結果の如何を問わず責任を問われるでしょう」

 「功績を挙げれば関係ねえでしょう」

 「先の東部での戦いは、フバーレク家の防衛の為でした。今回の件で騒乱が起きれば、原因はモルテールン家がメンツを守ろうとした、という形になる。当家の私的な理由では、功績を挙げても私利私欲と謗られるでしょう」

 「違えねえ」


 元々モルテールン家は、率先して戦争を起こすような家ではない。降りかかる火の粉はともかく、軍事行動で利益を得ようとして動くことは無かった。精々が、援軍の礼金を受け取る程度。

 これは、モルテールン家が極々小さい家だったこともあるし、カセロールの性格もある。


 「しかし、こう、イライラしやすぜ。あれも駄目、これも駄目、こっちを気遣えばそっちに角が立つ。襲われた以上、放置も駄目。かといって、うちが目立って報復も駄目。うちの名前を出しちゃいけねえ。けど、うちが関わってるとアピールしなきゃならねえ。どうすりゃいいんだって大将も困惑してるでしょうよ」


 モルテールン家が襲撃された以上、黙っていては後々の影響が大きい。故に介入すべきだということは間違いないのだが、モルテールンの旗を掲げて意気揚々とサイリ王国の連中に手向かえば、戦争一直線。これはモルテールン家としても不本意だし、カドレチェク公爵や国王の本意からも外れる。


 「我々としては、アーソングリン家に一泡吹かせてやりたいという点では一致しています。地団太を踏ませてやれば、茶番に付き合わされた報復としては十分でしょう。しかし、我々が表立って介入すれば、各方面を大いに刺激し、余計にアーソングリン家を喜ばせることになる。特に、明確な武力をチラつかせるような真似は難しい」

 「ええ、そうですね」

 「うちが大々的に名乗り上げるのも拙いでしょうが、うちが殆ど関わっていないと思われるのも、不介入と混同されて誤ったメッセージになる」

 「うへえ……」

 「不介入は当家が舐められるので出来ない。なので、傍観はあり得ません。しかし、直接ぶん殴りに行く、というような乱暴な話では、戦争待ったなしでしょうし、それはカドレチェク公爵や陛下の本意ではない。平和を愛する僕としても、不本意です。なら、武力以外の介入……敵対勢力への金銭援助等をすれば良いかといえば、それもまた不確定要素を増やす。当家を目の敵にして、折角バラバラになっているサイリ王国の内部が結束してしまっては、これもまた戦争までやむなしとなりかねない。つまり、匂わせつつも当家と分からぬ形で介入する、という形が最良となるわけです。適当な家名を拝借するのがベストですね」

 「なんつう無茶苦茶な」


 シイツの溜息は、面倒くささの表れだろう。


 「他所の看板を借りるってのが最良なのはわかりました。しかし、何処の看板を借りますか?」

 「大きい家は、レンタル料も高くつく。出来れば、小さい家の看板を借りたいです」

 「しかし、小さい家の看板ってのは、意味がありますかい?」


 他家の名前を借りるというのは、要は虎の威を借りるキツネになれと言っているのだ。

 水戸黄門の印籠や、錦の御旗の如く、それを見せるだけで敵が委縮し、不埒な行動を控えるぐらいの権威が欲しい。

 そうでなくとも、手を出せば痛い目に合いそうだという脅しになる程度の力は欲しい。


 その点、モルテールンの看板は、重宝がられた。

 家は元々騎士爵位と小さく、それでいて大戦の英雄にして凄腕の魔法使いという威圧。安上がりな割に効果的と、便利に利用されてきたのも道理である。

 しかし、今回はそのモルテールンの看板が邪魔になっている。だから、こっそり他人の仮面を被って殴りつけてやれ、というのがペイスの出した結論だ。


 「小さいのに、威圧できる看板が必要ですね」

 「……何とかなりませんかね?」


 モルテールンより小さい。かつ、カセロールと同じように、居るだけで威圧できるような“何か“を持つ家。

 レーテシュ家は、モルテールン家以上にデカイ看板だ。借りるのに、それこそどんな対価を要求されるか分かったものではない。

 リコリスの実家フバーレク家は、サイリ王国相手に使っては拙い。ルトルート家没落に関しては、モルテールン以上の当事者だ。モルテールン家が紛争の火種というなら、フバーレク家は焚火か花火である。

 ボンビーノ家は、威が足りない。敵に回すと厄介だ、と思われるからこそ看板を借りる価値があるのだ。当主交代間もなく、国内ならば徐々に上げてきた武名も、対外的には無名。

 王家。これは論外。借りる看板がネオン付きで光っているようなもので、余計な虫まで寄って来る。

 カドレチェク家も、大きすぎる。軍家筆頭が動いたとなれば、無用な混乱を起こすだろう。

 モルテールン家と親しいそれぞれの家。目ぼしいところは皆、不満がある。


 「味方は無害と理解しつつ、敵が勝手に怯えてくれる小さな看板……。一つ、手があります」


 ペイスは、じっと考え込んでいた。



おかしな転生の漫画1巻目が発売中です。

オマケ要素もたっぷりですので、是非お手元に。

http://tobooks.jp/sweets/index.html

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