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おかしな転生  作者: 古流 望
21章 飴細工は驚きを伴って
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188話 見回りと水あめ

 初夏。黄下月にもなると、モルテールン領は既に猛暑と思えるほどに暑くなる。ただでさえ雨の少ない地域。快晴が何日、何十日も続くような晴れの国では、日中外に居るだけで我慢大会の様相を呈する。


 「あじぃ……」

 「馬鹿になりそうな暑さだな」


 モルテールン家従士ジャスパーとクロノーブの二人が、暑さに不平不満を漏らす。


 この二人は今年入った新人であるが、大きな共通点があることから仲が良い。

 その共通点とは、他の貴族家に親が仕えているということ。そして、当分は重要な機密に触れさせては貰えないと分かっていること。


 ジャスパーはモール騎士爵家の出身。親は軍家であり、カドレチェク公爵の派閥にどっぷりと浸かった、ずぶずぶの公爵派。カドレチェク公爵の紹介でモルテールン家に雇われたのは良いのだが、色眼鏡で見られることは当然のこと。忠誠心と口の堅さを信じてもらえるようになるまでは、まずもって重要な仕事は任せてもらえないと諦めている。


 背の低めなクロノーブ。彼の親は、ボンビーノ子爵家に仕える従士であり、コテコテの南部閥。父も、祖父も、曾祖父も、ずっと子爵家で仕えてきたという家系。

 本来であれば子爵家にそのまま仕えても不思議はないのだが、英雄願望のある兄のジョアノーブが、憧れからモルテールン家に雇われたことを切っ掛けにし、彼の家の好待遇での雇用条件を知り、自分も後に続けと雇われたのだ。

 尚、兄が甲殻類、自分は青魚で発疹(ほっしん)が出るからという理由もある。アレルギーというものを知らない世界でも、経験則として特定の飲食物で発疹や体調不良が起きる先天性の病気は知られていて、彼ら兄弟がそれである。

 三食海鮮尽くしということも珍しくない港町で、おまけに上には健康な兄が居る。そのまま子爵家に雇われても、自分たちが辛いばかりだとして、新天地を求めた兄弟の結論には、親も反対しなかった。

 海鮮類にアレルギーがあれば船乗りは出来ず、船乗りが出来ないならボンビーノ子爵家では日陰者である。それならば、自分たちの主家と繋がりの強い家に好条件で雇ってもらうのが得策という判断だ。

 まして、婚姻政策によって主家と旧主家が縁続きになるというのなら、もう半分ぐらいは身内であろうとも思っている。


 「クロンはもう馬鹿だし、大丈夫じゃない?」


 ごく自然に相方を揶揄うのはモルテールン家の悪い家風だ。口の悪い連中が上層部に多いので、自然とジャスパーのような新人まで口が悪くなる。というよりも、モルテールン家に一生懸命馴染もうとして、多少無理してでも周りの真似をしているということだ。揶揄い方もまだまだぎこちない。


 「喧嘩売ってるなら買うぞオイ」

 「止めようぜ、この暑いなか。無駄に使う体力なんて無いからな俺。何て言ったっけ、先輩が言ってた……そう、省エネ。俺、省エネとかいうのを目指してるから」

 「何だそれ」


 他家の色がついていて、まだまだモルテールンに染まり切っていない二人。

 彼らが今何をしているかといえば、見回りだ。それも、人っ子一人居ない、見渡す限りの荒れ野を巡る、忍耐と苦痛を伴う苦行。


 モルテールン領の本領は、広さだけならば大貴族並みの広さがあるのだが、大半が山や荒野という不毛の土地。人が住める土地だけで勘定するならば、中小規模の下級貴族の領地にも劣る。

 つまり、オアシスの如き僅かな潤いに集住するという特異な環境。犯罪やら騒動やらも、基本的には人が集まったところで起きる為、普段は警備も村に対して集中的に行われる。時折、街道を見回って異常が無いか確認する程度。


 しかし、ここモルテールン領は、国境を守る最前線という性質もある。

 四千メートル級の山々が聳え立ち、人の往来を防ぐ天然防壁となってはいるが、それとて絶対というわけでは無く、いつ何時、隣国の軍隊が越境してくるか分からない。

 そこで定期的に見回り、外国の人間が越境してきた形跡や、それに類する前兆が無いかを確認する必要がある。


 若い新人二人が任された仕事が、まさにこの確認の為の見回りである。

 指定された場所から、マニュアル通りに周囲を見渡し、お互いに見落としが無いかを確認し合う。丁寧さと真面目さがあれば務まる仕事だが、それが中々に難しい。


 「異常あるか?」

 「異常に暑い。クソ暑い。死にそう」

 「異常なしっと」


 既定のルートの中間地点。ここには、掘立小屋のようなものがあった。四方に立てた柱に、壁板を張り付けただけの粗末な造り。雨風をしのぐには十分だが、暮らせと言われれば顔をしかめるボロ屋。

 ここは、モルテールン家中では見張り小屋と呼ばれている。

 偶にペイスやカセロールが、魔法で物資をまとめて置きに来る倉庫も兼ねていて、保存食の類は常備してあるのが特徴。

 実は建物こそボロッちく見えるが、中に入れば石積みで囲ってあったり、狭間が有ったりと、地下室が隠してあったりと、割としっかりしていたりする。外見は偽装なのだ。敵にはさほどの重要な場所とは見られないようにしつつも、万一の時には戦術拠点となるように整備された施設。隠語が「見張り小屋」というわけだ。

 故に、備蓄環境もしっかりと整えられているということ。

 水こそ持って来た水袋以外には無いものの、食べ物は比較的豊富なのだ。


 申し訳程度に備え付けられた、殴りつければ取れそうな鍵を開け、小屋に入る二人。


 「さっさと名前とか書いとけよ」

 「自分の分は自分で書けって。えっと、黄下月二日、ジャスパー、堅パン二、肉二、使用目的? 見回りでいいよな」

 「俺の分もついでに」

 「お前ねえ……」


 見回りの為に設けられた施設とはいえ、一応備蓄倉庫兼用なので、使用量と備蓄量は常々チェックされる。ジャスパーは、黒っぽい石板に、蝋石の石筆で自分の使用量を記入しておく。

 この備蓄の量のチェックも、見回りの仕事の内だ。ここに食料があることは昔からモルテールン領に居る人間なら知ってるわけで、窃盗被害に遭っていないかの確認も兼ねている。

 そろそろ建物を立派に立て替えて、見張り台を立て、倉庫には鍵をしっかりとかけようという提案もなされているのだが、優先度が低い為後回しにされていたりもする。


 「備蓄の量は大丈夫っぽいな」

 「こっちのやつは古くなってるな。一応、報告しといた方が良いかも」


 缶詰やレトルト食品があるわけでもなく、真空パックもカップラーメンも無い世界。保存食といえば、乾物や塩漬けが多い。それも、現代のように一年二年と保つわけでもない。

 古くなってきた備蓄をチェックして、定期的に新しいものと入れ替えるのも、業務の範疇。


 大方のチェックが終われば、今日の仕事はひとまず終わり。

 今日は見張り小屋に泊まりだ。野営よりはマシとはいえ、住環境が酷いことには変わりはない。


 「水はまだあるよな」

 「あと三つか? 明日の見回りもあるから、あんまりがぶ飲みするなよ」

 「ザースデンに戻るまで温存しても仕方ないだろう」

 「まあそうだけどさ」


 水は備蓄には含まれていない。モルテールン家以外の人間が不正利用した時を想定して、あえて水気を一切持ち込んでいないのだ。ワイン樽も置いてあるが、中身は毒なので絶対に口にするなというのが、先輩からの大事な申し送り事項。

 しかし、水が無くてはこの暑い中では早々にミイラになりかねない。故に見回りの人間は、いくつもの皮の水筒にたっぷりと水を入れて仕事を遂行する。

 革の袋にたぷたぷとした水の音。汗が噴き出るような日には、皮臭い水でものどを潤す甘露である。


 「うめえ」

 「飲み過ぎるなよ」

 「わあってるって」

 「あ、馬鹿、飲みながら喋るなよ。零れてるだろうが勿体ない」


 貴重な水が、地面に広がる。

 流れていく先を目で追ってしまうのは、貴重なものだからという未練だろうか。


 「お?」


 携帯用の皮の水筒から、絞り出すようにして水を舐めていたクロノーブが、部屋の中に見慣れぬ瓶を発見した。

 素焼きの壺のような、土気色をした小瓶。握りこぶし大の大きさのそれは、持ってみると何かしらが詰まっていそうな重みを感じる。


 「何だこれ?」

 「何か書いてあるぞ」


 瓶には、紐で小さい板が括りつけられていた。現代人なら値札と呼びそうな薄い板っきれに、整った几帳面な字で書付がある。


 「水あめ? 保存用……って書いてある。この字はペイストリー様の字だ」

 「食いもんかな?」

 「ペイストリー様が作ったんならそうだと思うけど……ここに置いてあるってことは、別のものかも」

 「別のもの?」


 ジャスパーのいう別のものとは、この小屋の本来の用途に属するもののこと。

 敵対勢力、主に外国勢力の侵入を監視し、可能ならば撃退する為の拠点となるのが今いる場所。そこに備蓄されているものであれば、軍事目的、という用途を思い起こす。

 ねばねばとした得体の知れない液体。それが軍事物資というならば、まず真っ先に“毒”という言葉が浮かぶ。

 ワイン樽には毒が入っているから絶対に飲むな、と先輩に教えられたように、これもまた毒であり、矢に塗るか、剣や槍に油がわりに塗るか。

 なるほど、油の類という線もある。あのお騒がせ少年のことだから、新しい油を作っても不思議はない。手や顔に塗る油は、こういう粘度がある奴だよなとジャスパーは考えた。


 或いは、薬かもしれない。

 モルテールン家といえば、医術に秀でているというのがもっぱらの評判。のど飴は万能薬扱いだし、航海病の治療法も発見した。

 末期と思われていた病人を引き取り治療したこともある。ペイスの祖父であったが、今は健康を取り戻して悠々自適な隠居生活を満喫している。

 この小屋は、一般人は立ち入らないし、外部の人間にはほとんど知られていない場所。ならば、秘薬の一つや二つ置いてあっても、おかしくない。

 少なくともジャスパーにはそう思えた。

 現代人ならばこんなボロ屋で、粗末な鍵しかないところに貴重品を置くはずがないと分かるだろうが、残念なことにジャスパーはまだ若く経験不足だ。


 「毒とかだったらどうする?」

 「くんくん……蜂蜜っぽいかな? やっぱ食い物じゃないか?」


 クロノーブが、指を瓶に突っ込み、指に付いた粘りのある物体を舐めた。


 「あっ、おい!!」

 「甘えええ!!」


 怖いもの知らずと言ってしまえばそれまでだが、毒かもしれないという話をしていて、躊躇なく舐めるというのは中々に度胸がある。

 同輩の無謀。それを呆気と共に感嘆したジャスパーだったが、うまいうまいと水あめを舐める同僚を見て、自分もと恐る恐る手を出す。


 「あ、甘い」

 「な? やっぱりこれは食い物だって。水あめってのは、飴の仲間だろうと思ってたんだ。危ないものなら、従士長とかが何も言わないのも変だしさ」

 「お前、意外と賢いな」

 「褒めても何も出ないぞ」

 「あ、これならそこの堅パンに付けても美味しいかも」

 「それ良いアイデアだ!! カチカチで食いにくかったから、丁度良いかも」


 釘が打てそうなほどに焼き固められた保存用の堅パン。それに水あめをまぶして食べる。二人は、その選択が正解だったと実感した。


 パンをスープに浸して食べるのは、この世界では常識の範疇。パン屋がある大きな街とは違って、ザースデンでは週に一、二度でしかパン焼きの日が無い。日が経ち、固くなったパンをふやかして食べるのは、珍しくもない光景だ。

 だが、水あめに浸すとそれとは全然違う。しっとりとしながらも、はっきりとした甘さ。水あめだけならば大量に食べるのは無理かもしれないが、パンで甘さを調整できれば、幾らでも食べれそうだ。


 「……二人とも、美味しそうですね」


 バクバクと、備蓄を食いつくさんばかりに食べていた若者二人に、ふと声が掛かる。


 「あれ? ペイストリー様。いつの間に?」

 「さっきですよ。ちょっと問題が起きたので、皆を集めているところなのです。二人は泊りがけで見回りとのことでしたから、僕が迎えに来ました」


 トラブルが起きた、というペイスの顔には、焦りはない。それを見て、新人二人は困惑しつつも同行に同意した。

 モルテールン家がトラブルと騒動に愛されているのは今に始まったことではなく、心穏やかで平穏な日々が遥か彼方に旅立ってしまったことは、彼らでも分かっていること。


 「それはそうと」


 ペイスは、周りを見やる。

 食い散らかされた備蓄。明日のことなど考えていない程に中身が減っている水筒。食べかけの肉片。

 そして、見覚えのある瓶。


 「記録よりも、かなり消費しているようですが?」

 「あ、書き直すところでした」

 「いや、この水あめっての、美味しいですね」


 本来の消費予定量を大幅に越えて腹に収まった食料。

 その原因は、調味料たる水あめだろう。

 美味しかったと感想を言う二人に、ペイスの目線は生暖かい。


 「とりあえず、これから二人は屋敷に戻ってもらいますが……」

 「はい」

 「常以上に食べた分は、給料から天引きしておきましょうか」

 「ええ!?」


 見回りの時の食事は福利厚生の範疇。普段ならそう言っているペイスの、無情のお達し。

 若手二人が口々に不満を言おうとした。


 「……僕が折角試作していた水あめを、許可なく食べてしまったのは許しません」

 「そんなあ」

 「水あめの代金も天引きしておくとしましょう」


 ジャスパーとクロノーブは、思わず互いに顔を見合わせた。


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