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おかしな転生  作者: 古流 望
第20章 片思いにはラズベリーを
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186話 捕縛

 ナエリエの街に、大勢のモルテールン軍人が押しかける。これは流石に黙ってことを起こすわけにもいかず、ペイスはウランタに事情を説明していた。

 ペイスは、よりにもよって自分の姉の晴れ舞台を台無しにした男たちに憤っており、彼らがモルテールンの領民であったことから、二重に面目を潰されたことになる。

 そしてウランタも、説明を聞いて強く憤った。自分とジョゼの仲を引き裂こうとするような動き。直感的に、逃げた盗人は自分の敵だと感じていた。


 「ボンビーノ閣下、ご領内をお騒がせしたことをお詫び申し上げます」

 「私たちは最も親しい間柄ではありませんか。そのような遠慮は無用です。いつも通りでお願いします」


 ペイスが頭を下げ、ウランタがそれを制する。普段なら滅多に見られない光景だろうが、その場にいる数十名は笑うことも茶化すことも無く真剣だった。

 特にモルテールンの人間にとって、自分たちの身内がおこした不祥事ということで、一層憤っている。


 「感謝します。しかし、ウランタ殿自ら捜索の指揮を執るとは思いませんでした」

 「私も、ジョゼにいい恰好がしたいのです。自分が贈った贈り物を盗られて、何もせずにいるなど、当家の恥です」


 そして、ボンビーノ家の数十名もまた憤っている。自分たちの縄張りで、勝手に動き回られて騒動を起こしたのだ。ボンビーノ家の領内なら盗みをしても平気だと思われている、つまりは舐められていると感じていた。元々がプライドの高い連中が多い旧家。舐めた真似を許してなるか、領内で、泥棒如きを野放しにしてなるものかと、気合を入れていた。


 「ご立派です。しかし、犯人はモルテールン領の人間です。捜査はお任せいただきたく思います」

 「それには及びません。ことが起きたのは我が領内。治安維持は我々の責任です。ペイストリー殿には、ゆっくりと見物して頂きたい」


 つまり、両家ともに、犯人には顔を潰されている。

 モルテールン家としては、自分の領民だったから。ボンビーノ家としては、自家の領内だったから。

 犯人を自分の手で捕まえてやりたい。盗まれた品を取り戻したい。そう思う気持ちは両家とも変わらず、自分たちが捜査するといってぶつかった。

 だが、そこはウランタとペイス。不毛なメンツ争いなどは脇に置き、現実的な協力体制の構築を提案する。


 「……競争ですか?」

 「そうですね」


 二人の少年は、互いに笑った。

 今までは、ペイスとウランタは並んで戦っていた。今回、盗人の捕縛という小さな事件とはいえ、お互いに競い合う、争うという経験は新鮮だった。


 ペイスは、自分と連れてきた部下たちの力量に自信を持ち、ウランタは土地勘と周辺住民の積極的な協力というアドバンテージを信じている。どちらも、一歩も譲らない。


 「では私は東側から北回りに捜索します」

 「では僕は東側から南回りに」

 「「そして海に追い詰めましょう」」


 実に息の合った二人の様子に、周りは不思議そうな表情をする。事前に打ち合わせでもしていたのではないか。そう思う程に、意思の疎通がスムーズ。


 二人は何時から以心伝心で作戦を立てれるほどの仲になったのか。

 何のことは無い。神王国の軍事教練。例えば寄宿士官学校や国軍などで、少数の敵を追い詰める方法の口伝があるのだ。伝統的なやり方、という奴で、ウランタは伝統貴族としての家庭内教育で、ペイスは父親経由の国軍情報で、同じやり方を学んでいるに過ぎない。

 少数をローラー作戦で追い詰めるやり方は、自分たちが圧倒的優勢の状況下で起きる軍事行動と相似形になりやすい。故に、数多くの口伝や伝統が残っているのだ。

 一旦、敵が逃走していると思しき方向と逆に動いて形跡を探し、逃げている方向を確定しつつ網羅的に包囲する為の行動。


 最初に動いたのは、ウランタ率いるボンビーノ軍だった。彼らは迅速に行動しても居場所を喪失しない土地勘もあれば、隠れそうなところにも心当たりがある。さっさと動いて、犯人を捕縛するつもりだった。


 残されたのはモルテールン軍。

 土地勘のない彼らは、出遅れたならボンビーノ家を出し抜くのは難しいだろうか。

 否。ウランタと離れたことで、モルテールン家は本来の実力、すなわちペイスの【転写】以外の魔法という能力を発揮できるようになった。


 「諸君、当家の不始末は、当家で片付けます。まずはシイツ」

 「あいよ」

 「【遠見】の出番です。要所要所で魔法を使い、全体の目となりなさい。一応、空からの目で補助します」

 「了解」


 シイツはペイスに首肯で返事した。

 こういう、逃げる輩の捜索と捕縛というのは、過去に散々やってきたこと。カセロールと組み、シイツが【遠見】で探しつつ、カセロールの【瞬間移動】で飛び回る、というのは、探し物にめっぽう強いやり方なのだ。

 今回はカセロールこそいないものの、その上位互換のようなペイスが居る。不足も無く、それ以上に不安は皆無だった。


 「トバイアム」

 「あん?」

 「シイツが犯人を見つけたら、実力でこれを制圧してください。場所と状況は、逐次知らせます」

 「お、つまり俺は、とにかくぶっ倒せば良いんだな?」

 「ええ」


 そして、モルテールン家でも腕っぷしなら上位にいるトバイアム。モルテールン家主催の決闘大会でも優勝経験があり、他の面々では一騎打ちなら相手にならない。実力的に一つ頭抜けた存在。性格は単に抜けているだけだが。


 モルテールン家は定期的に領民へ軍事訓練を施している。故に逃亡者も、単なる素人よりは遥かに腕が立つと思われる。モルテールン軍の最大戦力は言うまでもなくペイスだが、それに次ぐ実力者として、万が一の対応を任せるのは、トバイアムが負けるはずがないからだ。


 「そして若手の諸君」

 「「はいっ!」」

 「勢子(せこ)役です。僕が本隊を率いますので、敵が想定外の場所に逃げぬよう、追い立ててください。集合陣形、離散陣形、直線陣形、どんな形をとっても構いません。とにかく、後ろにだけは逃がさぬように。リーダーはスラヴォミールです」

 「おらが?」


 指名された方が、きょとんとしている。

 正規の専門教育を受けたわけでもなく、直接のスカウトで従士になったスラヴォミールにとって、指揮をとるというのは滅多にない経験。どちらかといえば、苦手と言える分野のはず。


 「家畜番の経験を買います。ようは逃げてはぐれた羊を、柵に戻すと思って下さい」

 「ほう、そりゃ分かりやすいっち」


 スラヴォミールが選ばれたのには理由もちゃんとあった。

 臆病な羊を操って思い通りに動かせるのだ。今尚逃走中で、捕まれば大変な罪を背負うと怯える臆病な犯人を、羊と見立てるなら、最小限の労力で追い詰めるノウハウを持っているはず。ペイスはそう言って、スラヴォミールの下に多くの人材を集めて任せた。


 「では、行動開始!!」


 逃げるのはモルテールン出身者。恐らく、モルテールンのやり方は承知のはず。

 今回の作戦は、人員を幾つかの隊に分け、塗り絵を塗りつぶすように、少しずつ浸透していくローラー作戦。この作戦は、モルテールン家としては基本的な作戦の一つとして村人にも教えている。獣狩りや山狩りでも頻出する作戦だけに、逃走者にもなじみがあるはず。


 しかし、逆に言えば相手の行動を予測しやすいということだ。

 ペイスが、何故あえて逃走者にもバレるであろう作戦を取ったのかといえば、逃げるであろうところに先回りして待ち構えておけるからである。


 「居ましたね」


 案の定、思った通りの成果で、簡単に逃走者は見つかった。


 ペイスは他の人間に一応内緒にしているのだが、以前に鳥使いの魔法使いと遭遇した際に、鳥を操る魔法を【転写】している。航空偵察を駆使すれば、こそこそと逃げ回る人間などは見つけるのも容易い。ましてや、逃げ回るであろう位置を事前に分かっているなら、実に簡単なこと。

 一度見つけて、また逃げられるのも癪である。べったりと、犯人の監視は続ける。


 「若様、俺が伝令に走りますか?」


 若い部下の言葉に、ペイスは首を横に振った。


 「いえ。僕が飛びます」


 ペイスは、ボンビーノ領内、とりわけナエリエ付近ならば比較的細かい座標を指定して【瞬間移動】が出来る。

 先行して捜索しているシイツの部隊の場所を見つけ、そこにひとっとび。


 「シイツ」

 「お、坊、居ましたか?」


 突然傍に現れたペイスにも、シイツは全く驚かない。カセロールやペイスが急に傍に現れることには、慣れを通り越して催促の域にある。

 犯人を見つけたのかと聞くシイツに対し、ペイスは頷く。


 「ええ。この先、真っすぐ海に向かって逃げてます」

 「よし、それが分かれば話は早い」


 犯人は、一般人に紛れ込むからこそ捜索が難しくなるのだ。建造物がそこそこ多い場所を、人通りが極端に少ないタイミングで通る人間。怪しい動き極まりない。どう見ても人目を避けている。となれば、まず今回の盗難事件の犯人だろう。

 ペイスが見つけた不審者は、顔にも見覚えがあった。間違いない。


 ペイスが【瞬間移動】すれば、そこには驚いた顔の男が居た。何のことは無い。逃げていた犯人その人である。魔法で飛ばしてもらう経験はあっても、自分の傍に突然移動してくることには不慣れだったらしく、かなり見苦しく狼狽していた。


 「くそっ!!」

 「この僕から逃げられると、本気で思っていたんですか?」


 戦いが始まる。

 犯人にしても、必至だ。モルテールン家から貸与されたままの剣を抜き、今までの訓練通りに剣を振るう。

 きっと真面目に訓練してきたのだろう。或いは、指導していたシイツやコアントローの指導力の賜物か。まともな剣筋の為、近づくことが困難になる。

 もっとも、それは普通ならばの話。


 「せりゃ!!」

 「ふんっ」


 ガン、という大きな音。

 犯人が多少剣に覚えがあったとて、専門軍人として毎日体を鍛えている連中に適うはずもない。また、多勢に無勢だ。まもなく剣を弾き飛ばされ、抵抗の術を失う。


 周りを取り囲んだところで、ずいと進み出た者が居た。指揮を執っていたペイスだ。

 これから尋問するにせよ、実際に捕まって死ぬ覚悟をされたタイミングより、逃げられるかもしれないという希望が残る今の方が、多少は素直にものを話してくれるかもしれない。

 そう考えての行動。


 「良い腕です。村人にしておくのは惜しい。何故、そこまでの腕を持っていながら、盗みなどという真似を?」

 「……我らが女神、ジョゼフィーネ様を取り返す為です」

 「え?」


 思わぬ言葉に、ペイスの頭が一瞬ホワイトアウトした。


 「あんな小僧に、ジョゼフィーネ様を盗られるというのは、我慢なりません。メンツを潰し、婚約を破棄させる。それを為す為には、手段を選んではいけない!!」


 ペイスは、頭痛がする思いだった。

 小さい時から活動的であり、それ故に領民と触れ合う機会も多かったジョゼフィーネ。モルテールン領のアイドル的存在であるとは認識していたが、まさかこんな狂信者が居るとまでは想像もしていなかった。

 第一、子爵家のメンツを潰す時、モルテールン家の体面もまた傷つき、ひいてはその原因ともなったジョゼが、不利な状況になるとは考えなかったのか。ジョゼの幸せを願うならば、婚約披露会を潰すのは悪手ではないか。


 しばらく自分の気持ちを落ち着けたペイスは、尚もぎゃあぎゃあ喚く窃盗犯に、更に質問を重ねた。


 「それで、盗んだ指輪は何処にありますか?」


 大事なことだ。犯人の捕縛が成った今、目的の半分は達成している。だが、もう半分は犯人の協力が無ければ達成が難しい。盗んだ指輪をどこにやったのか。もしもこれで口が堅いようならば、拷問をしてでも聞きださねばならない。


 「はははは」

 「何がおかしいのです?」

 「指輪なんて、何処に行ったか俺にも分かんねえよ」

 「何ですって!?」

 「ここに来る途中、適当なところで思いっきり投げてやったからな。今頃は森のなかで動物の腹の中かも。投げた場所も覚えてねえから、聞いたって無駄だ」

 「なんてことを」


 ペイスが一隊を率いているのは、一つは犯人の捕縛が目的である。そして、出来る事ならば指輪を取り返そうという、二つの戦術目的があったわけだ。

 その片方。指輪の奪還が、極めて困難になったというのが、犯人の供述から明らかになった。

 勿論、犯人が嘘をついているかもしれないが、恐らく本当のことだろうという予感がペイスにはあった。


 「……やむを得ません。犯人も捕まえたことですし、一度、領都に戻りましょう。勿論、ナエリエの領主館です。ウランタ殿に事情を説明せねば。取り急ぎ、誰か捜索中のウランタ殿に伝令を」


 指輪を捨てたという犯人の言葉に、動揺を隠せない面々。それでも冷静に対応するペイスは流石である。

 ウランタへの報告、犯人の逃走防止措置、政治的影響の検討、等々、やることを済ませばあとは帰るのみ。


 「全員、撤収!!」


 ペイスの号令一下、全員が所定の場所に帰還するのだった。


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― 新着の感想 ―
これって、主家に対する反逆だよね。やった本人たちは当然だけど、家族も連座でペナルティ受ける一件だね。本人たちは軽くて奴隷落ち、最悪4刑もありえるし、家族は良くて領地から追放、最悪奴隷落ちなる案件。身内…
うん。普通連座だよね…。 みんなそう思うよね。 どうなるかねえ?
[一言] 流石に上下関係に甘いモルテールンであっても、格上の他家の領土で、面子潰したのが自分の部下。しかも、次期領主であるペイスにまで剣を抜いたって… 流石に死罪か?連座はあるのかな?
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