185話 犯人
「それで?」
「……屋敷の中をくまなく探しましたが、見つかりませんでした」
ペイスは、部下であるクロノーブからの報告を聞いていた。彼は新人なのだが、実家がボンビーノ領にあり、親がボンビーノ家に仕えているという事情から、今回の一件に同行していたのだ。土地勘もあり、またボンビーノ家の屋敷の中にも詳しいので、今回の捜査に適任ということで動いていたのだが、その彼をして、紛失した指輪は見つからなかった。
元々、大事に保管していたもの。そう簡単に紛失するなどあり得ないのだが、指輪が消え失せていたという事実は事実。
単なる過失による紛失という可能性は元々低かったのだが、現状ではほぼゼロになったと言って良いだろう。
「となると、やはり……」
ペイスはじっと考え込んでいた。
これはどう見ても窃盗事件だと。
「やはり?」
「いえ、何でもありません。今から、うちの人間を全員集めてください」
「全員ですか?」
「ええ。護衛や世話役も含め、全員です」
ペイスは、一つの決断をしていた。それは、犯人を自分の手で捕まえる、というものだ。
元々ボンビーノ子爵領で起きた盗難事件だ。捜査を任せるならばウランタ達に丸投げしても良いし、責任は向こうにあると跳ね除けることも可能だろう。
しかし、これから長い付き合いになるであろう相手に借りを作るのも問題があるし、ペイスの読みでは、ボンビーノ子爵家に捜査権限を預けてしまうと、モルテールン家の不利益になる。
「ペイストリー様、向こうの部屋に全員集めました」
ペイストリーに宛がわれた部屋は客室。大きさ的にはワンルームと言って良い。要はホテルの部屋のようなもの。ベッドに、テーブルが一つ。収納スペースが多少といった具合。さほど広いわけでは無く、一人で過ごす分には何の問題も無い広さでも、人を集めるのには不向きだ。
それよりは、パーティーの時にも使われた、応接用の部屋の方が良い。多少の人数ならば入れるように広めに作ってあるので、人を集めるのに丁度良いからだ。
そして、ペイスはウランタにこの部屋の使用許可をもらい、モルテールン家の全員を集めた。
「結構。では僕がそちらの部屋に行きましょう」
借りた応接室にペイスが入ると、そこには二十人程の人が既に揃っていた。
モルテールン家としても、ジョゼの世話をする侍女や、護衛の為の人手を狩りだしていた為に、この人数になる。
母アニエス、姉のジョゼフィーネ、ジョゼフィーネ付きの侍女三名、アニエス付きの侍女二名に、下働きの下女が三名。女性陣は計十名。
男性陣は八名。従士として外務責任者ダグラッド、若手のジョアン、新人のクロノーブ、護衛の為の村人五名。これは有志を募ったので、一応傭兵扱いだ。
ペイスを入れて計十九人。これが、モルテールン家が現状ボンビーノ領に入れた人員である。中々の大所帯であり、ちょっとした軍事行動が出来そうな戦力。聖国人が、使者を含めても数名しか入領を許可されなかったことを思えば、ボンビーノ家のモルテールン家に対する信頼の証と言えよう。
「ペイス、急にみんなを集めて、どうしたの?」
アニエスが、息子に尋ねる。
これほどの人間を一カ所に集めたのだ。単にお茶を飲みましょう、というようなお誘いでないことは確か。
彼女からすれば、現状で一番大事なのはジョゼが粗相をしないように見張り、必要とあればサポートすること。細かい事は、ペイスを始め皆にお任せの状況なので、いまいち集められた理由にピンとこない。
「母様、例の指輪の件です」
ペイスが、集めた理由を言う。
アニエスにしてみても、指輪を“無くした”というのは問題だと思っており、現状で部下たちが一生懸命探していることは知っていた。
そのことでというなら、朗報だろうかと、ぱんと両手を胸の前で合わせて笑顔になる。
「あら、指輪が見つかったの?」
アニエスからしてみれば、ジョゼやペイスは、まだまだ子供に思える。実際、ペイスなどは本来なら成人前の年。ジョゼにしてみても、片付けは中々せず散らかす方が得意な性格を知っているので、指輪の紛失も大方ジョゼがどこかへ紛れ込ませてしまったのだろう、程度に思ってた。
だから、それがちゃんと見つかったのかしら、と希望的観測をペイスに向ける。
そんな、ある意味で前向きで能天気な母親の言葉を、ペイスは否定した。
「いえ。ですが、皆に話しておくことがあります」
「良いわ。話して頂戴」
アニエスが、ペイスに続きを促す。息子の様子から、ただならぬ気配を感じたのだ。
伊達に六人も子供を産んでいない。腹は据わっているので、怖気付くことも無くペイスの話を聞く。
「ではまず……指輪の窃盗事件。犯人は、この中に居ます!!」
ペイスが、いきなり宣言する。ビシっと突き付けた指先とポージングに、驚くのは集められた面々だ。
「何ですって!!」
「ペイス、それ本当なの!?」
「どういうことでしょう」
皆が口々に騒ぎだした。
ここに集まった面々は、モルテールン家としても忠誠心を信頼できるものや、身内ばかり。指輪の紛失が窃盗事件だったというだけならまだしも、集まった中に犯人が居るというのは、信じられないという思いがある。
「順を追って説明しましょう。まず、今回の事件、計画性があったのかどうか、考えてみて下さい」
「計画性?」
「そうです。計画性が無い。つまりは、突発的な思い付きで盗んだとしたら、不自然な点が多い。例えば、指輪だけを盗んだ点。部屋の中には、他にも金目のものはいっぱいありました。例えば、姉様の首飾りや、予備の宝飾品。母様の宝飾品だって高級品です。宝石のついたこれらの方が、明らかに目立つでしょうし、素人目に見たとしても高いものと分かります。或いは現金。部屋の中には、多少なりの現金もありましたが、こちらも手付かず。もしも僕が出来心で手を出すとしたら、さっと現金を掴むか、或いは、どう見ても高そうな宝石の方を取る。例の指輪はさほど高いものではありませんから、金銭欲を刺激するという意味でも、出来心を誘発する可能性は低い」
贈られた指輪は、歴史的価値は多少高いかもしれないにせよ、さほど値段の張るものではない。そもそも宝石もろくについていない、普段使いを想定した指輪なのだから。宝石がゴテゴテついた、明らかに高級さを意識した指輪とは程遠い。きっと、毎日着ける結婚指輪に使われていたものだろうと推察される。
安物とは言わないが、比較して相対的に安価の指輪だけを盗む。出来心だとしたら妙な話である。
「出来心じゃなく、計画的な窃盗団とかかもしれないじゃない」
「それならば尚更、他の金目のものに手を出していない理由がわかりません。金銭目的で盗みに入り、例の指輪だけを盗み、盗んだことがバレないように隠ぺい工作をした上で、他のものに手を出さず逃げる。あり得ませんね」
「そっか……」
ペイスの言うことももっともだ。仮に犯人が何であれ、目的が金銭的なものであるなら、他の宝飾品に目をくれていない時点で不自然。
「つまり、今回の件は、最初からあの指輪を盗む目的を持っていた計画的な犯行、ということです」
金目当ての犯人説は否定される。ならば、盗人は“あの指輪”だからこそ盗んだということになる。
当然の論理の帰結だ。
指輪があると知っていた上で盗みに入ったのなら、計画的なもの。これもまた、自然に導き出される答えだった。
「それで、犯人は誰なの?」
「慌てずに。それはすぐに分かります」
ペイスは、居並ぶ面々を見渡す。一人一人、丁寧に。時折、その視線が止まる。何か思惑があるのだろうかと、集まった人々は不思議がる。
「次に、計画的な犯行だとしたら、何故指輪だったのか、という疑問が浮かびます」
「というと?」
「犯人は、予め指輪を盗むと決めていた。つまり、指輪に何らかの価値を見出していたことになる」
「それはそうよね」
「あの指輪の価値は、先に述べたように、金銭的な価値ではない。あの指輪は、ボンビーノ家から婚約の証として贈られた、ウランタ殿の母君の形見の指輪。これらの要素の何かが、犯人の目的であるはずです」
「なるほど」
婚約の証であったから盗まれたのか、ウランタの母の指輪だったから盗まれたのか、ジョゼが受け取った指輪だったから盗まれたのか、或いはウランタからのプレゼントだったから盗まれたのか。
あの古い指輪の、どこに価値を見て盗んだのかは不明だが、その理由が分かれば、犯人に迫れるであろうとペイスは言う。
「もし、ボンビーノ家の人間で、指輪を欲していた者がいたなら……もっと早くに盗まれているか、正規の手段で入手出来ていたはず。ずっとボンビーノ家にあったのですから、買おうと思えば買えたでしょうし、少なくとも交渉してみるぐらいは出来た。いきなり盗むという行為をせずともノーリスクで手に入ったかもしれない」
いくつか指輪が盗まれた理由を挙げてみるが、どうにもボンビーノ家由来の目的だとは思えないとペイスは言う。
元々ボンビーノ家にあったものなのだ。例えば、ウランタの母の思い出だから欲した、などという理由だとしたなら、もっと早くに盗んでいたはず。他所の来賓も多く、警備が厳重になる今を見計らって盗む必要はないはずだ。
ペイスの説明には、皆が頷く。
「そして、当家の者であの指輪がどうしても欲しいという者がいたとして、もしそうなら同じ理由で、今盗む必要はない。今回は結婚ではなく婚約の披露。ジョゼ姉様がまだ当分はモルテールン家に居るということは、当家の人間なら周知のこと。ならば、モルテールン領に戻ったところで穏便に入手できるよう相談すればいい。事情があるようなら、検討位はしたはずですし、盗むにしてもそれからでも良いはず。いきなり窃盗という手段を取るなら、平和的な入手方法を、最初から検討していなかった、ということになる」
また、単にモルテールン家の人間が、指輪の何らかの価値を見て欲したとしても、今のタイミングでなくてもいいだろう、というのは道理だ。
例えば従士の中にはボンビーノ家に親が仕えている、というようなものも居る。彼らが、ボンビーノ家ゆかりの品に何がしかの思い入れや思い出があり、どうしても欲しい指輪だったとかであれば、モルテールン領に戻ってからの方がもっと自然に紛失を装えただろうし、或いは平和的な手段で何かの褒美に貰えるようねだれたかもしれないのだ。
総合してみて、“指輪の価値”を欲して盗んだというよりも“指輪がなくなる”ことで起きる騒動の方に、犯人の目的があったのではないか、とペイスは推察した。
今までの話で、ペイスが口に出さずとも、言いたいことを察したのはジョゼだった。
「つまり、犯人は指輪を盗むこと自体が目的だった? ペイスが言いたいことはそういうことなの?」
「流石は姉様。わざわざ当家がボンビーノ家に逗留しているタイミングで、隠ぺい工作までして捜査をかく乱させようとしている。その目的は恐らく、当家とボンビーノ家の離間工作と思われます」
犯人不明になるように、それでいて盗まれたとはっきりわかるようにする。まるで、“泥棒が居ましたよ”と言いふらしたいかのような所業。
ここを不自然に思わないペイスでは無かった。
そして、丁寧な説明で、ようやく従士達も意味を察した。
「そっか、犯人が誰か分からないようにしておいて、猜疑心を煽ってたのか」
「そうです。さて、そこで僕は考えました。両家を反目させようとしている。これは、外国の陰謀か? と」
「容疑者は聖国の連中だな」
「そうです。しかし、その考えは捨てました」
ボンビーノとモルテールンを反目させるために、両家の友好の証を盗んだ、となれば、怪しいのは外国のスパイではないか。部下たちはそう考えたが、ペイスはその意見を否定する。
「何故です?」
「政治的なデメリットが大きいからです。当家とボンビーノ家が仲違いしたなら、現状で一番喜ぶのはレーテシュ家。聖国なら、むしろ窃盗を防ぐ側に回るはずです。それは、今回使者を送ったことからも見て取れる」
「……流石ペイスね」
ペイスは、ビターを始めとする聖国の使者の目的を看破していた。それから考えると、両家を仲違いさせるような真似はしないと確信できる。むしろ怪しいのは国内の貴族の方だが、それならば社交の場等々で悪口を吹き込むなど、有効で確実な方法がある。単に紛失で処理されるかもしれない方法は、不確実性が高いだろう。
まとめるとするなら、モルテールンの内外共に、金銭目的はあり得ない。陰謀に目的がありそうだが、だとするなら他家では無さそうだ。
ならば、モルテールン家内部の陰謀目的、という結論だけが残る。
「つまり、最後まで残っている可能性として最も筋が通るのが、悲しいことに、当家の者が盗んだ、という可能性なのです。それも、ボンビーノ家と仲違いをさせるために」
「他にも可能性はあると思うけど?」
「それはそうです。レーテシュ家か、或いは他の工作員が紛れていた可能性や、ボンビーノ家の招待客関係者の可能性だってありました。しかし、今はその可能性はゼロです」
「何でよ」
「何のために、僕が全員を集めたとお思いで?」
ペイスが、じっと一点を見つめる。
視線の先には、明らかに顔色を悪くしている人間がいた。自分から手を挙げて今回の披露会の護衛を買って出た村人。それも、一人二人ではない。五人全員が似たように顔色を悪くさせている。
いよいよと観念したのだろう。咄嗟に逃げようとする。
「その五人を取り押さえなさい!!」
ペイスの号令で、従士三人が動く。彼らは専門軍人。動きは素早かった。
しかし、元より三人と一人で五人を捕らえるのは難しい。単純に、手が足りていない。
四人を一人づつ取り押さえたまでは良かったが、一人を取り逃がしてしまう。
「っち、すぐに追いかけます」
取り押さえていた四人を逃げないように捕獲する。犯人を追いかけるのはそれからだ。ペイスはそう判断した。二兎を追って両方逃がすより、まずは確実に四人を捕獲するべき。そういう判断だ。
縄で縛り上げたうえでモルテールン領に送りだし、代わりにシイツを含めて従士達を連れてきたペイス。
「逃げた者を捕まえます!!」
動き出したモルテールン家。
その動きは、すぐに各所の知るところとなった。