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おかしな転生  作者: 古流 望
第2章 婚約者には焼き菓子を
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018話 たんこぶの痛み

 寒さも日に日に厳しさを増し、本格的な冬がいよいよ到来したモルテールン騎士爵領。

 噂話が(かしま)しい中で、今年の冬はかなり楽に越せそうだとの安堵感が領内を満たしていた。

 そも、冬を越すという発想は、冬が作物の採りづらい季節だからである。冬眠する獣が増え、野菜も育たず、冬麦も春先になるまで採れない為、ほぼ蓄えのみで春まで過ごさねばならない。それ故、蓄えの多寡で冬を無事に越えるかどうかが決まる。蓄えの乏しい状況であれば、春になるまでに餓死者や凍死者が出るのだ。

 今年は、盗賊の襲来などがあり、蓄えなどは本来であれば厳しくなるはずであった。特に本村以外の村人は、自分の村に戻った所で蓄えなど皆無である。

 にも関わらず、彼らに焦りが無いのは何故か。


 その理由は、領主が行った一連の施策である。


 冬の間、各家に東西二村での家建て直しと畑整地の賦役を課したのだ。

 無論、それに参加した家には、一日のべ一人の参加で十人日程度の食糧と薪の支給がなされ、冬の間の飢えや寒さとは無縁で過ごすことが確実視された。

 子供でも半分支給されるとあって、各家はここぞとばかりにこぞって人を出している。特に十人以上を抱える大家族は、二人以上出さなければ飢えに苦しむとあって、必死でもある。


 先日、大量の荷馬車が、山のような荷物を本村に運び込んだことも、その施策の信頼性を高めた。麦袋の山を見て、我先にと群がっている状況。

 蓄えの少なさを心細く感じるどころか、今こそ稼ぎ時とばかりに働き、逆に蓄えを増やす家が出る有様である。


 「順調だな」


 報告を聞いたのは、一連の施策の総責任者。

 すなわち、領主であるカセロール=ミル=モルテールンである。出稼ぎを終えて、溜まっている雑務を片付ける為に領地に腰を据えていた。

 彼は、身銭を切ってまで領民の為に尽くした自分の政策の成果に、満足を覚えていた。


 「しっかし、ここまで領主がやる必要があったんで?」


 報告を上げた腹心。シイツは、当然の疑問を口にした。

 本来、領主が領民に金を渡すような真似はしない。むしろ逆で、領民から金を取るのが領主だ。領地を維持し、治安を正す。そのために税を取る。それが正しい姿である。

 自分が出稼ぎをしてまで領民に金をやる領主など、滑稽噺にしかならない。


 「領主として、あまり褒められることじゃ無いが、かといって領民を飢えさせたり凍えさせたりするのも、領主失格だろう?」

 「まっ、そんな甘さも大将の良い所でしょうね」

 「シイツにはこれからも頼らせてもらうさ」

 「俺にはもう少し甘くしても罰は当たらんでしょうに」


 お互いの遠慮のないやり取りには、冗談も混じる。

 笑いあいの中、ゆとりが出来た懐事情に、雰囲気もどこか緩くなる。


 「甘さがどうのと聞こえてきましたが、お菓子の話ですか?」


 鈴のような可愛げのある声が、そんな緩い空気に混じった。

 誰あろう、ペイストリーである。


 「坊、ノックぐらいしましょうや」

 「してもしなくても同じでしょう。笑い声が外に聞こえるぐらいですし」

 「建て直しが終われば、そんな音漏れもなくなりますぜ?」

 「なら、その時にはノックするよ」


 目下、本村(ほんそん)であるザースデンは拡張工事中である。人が増えてきていることもあり、堀や柵の範囲を広げ、それに合わせて区割りも整理中だ。

 井戸が村内に二つほど増える予定でもあり、併せて新しい領主館としてレンガ造りの建物を新設中である。急ピッチで作業は進められており、次の春には引越しを予定しているのだった。


 余談ではあるが、盗賊対策で本村へ一時的に人を集約した為に、出会いの場にもなってしまったらしく、モルテールン領は今結婚ブームである。婚姻許可は領主の仕事である為、カセロールはここしばらくそれに掛かりきりだった。来年の秋ごろには、ベビーブームの予感である。


 「それでペイス、何か用事があったのだろう。どうした。何かあったのか?」

 「はい父上。走り込みの途中で商隊の方から手紙を預かって来ました。初めてここに来られた方で、領主館は何処かと聞かれまして。僕が領主の息子と知って驚いていましたが、取り急ぎ手紙だけ、代理として三シロットほど渡して受け取っておきました」

 「そうか、ご苦労」

 「これが手紙です。二通あります」


 カセロールは、息子から手紙を受け取って宛名と裏面を見る。

 一通は、先だって挨拶したカドレチェク公爵。偉大なる魔法使い達へ、という宛名であったことに、彼の人の茶目っ気が垣間見える。

 もう一通がフバーレク辺境伯からの手紙。彼の御仁は字が荒く、武断気質で書類仕事の苦手な様が垣間見えた。宛名もそっけなくモルテールン卿へ、とだけ書かれている。

 二人からの内容に、おおよその予想は付く。

 阿吽の呼吸でシイツが渡してきたナイフで、封を切る。この手の手紙は、まず領主が見るものであり、他の者は見る権利が無い。領主の許可が無い限りは。


 「ふむ」

 「何が書かれていたんで?」

 「喜べシイツ、ペイス。臨時収入が決まった。シュティン銀貨二万枚の臨時収入だ」


 金額と相手から、聞いた二人は内容を把握する。


 シュティン銀貨二万枚の約束をしていた相手はフバーレク辺境伯。していた約束の内容が、辺境伯家三女と公爵家嫡孫の縁組の仲介であったのは、ここにいる三人には承知の事だったからだ。


 「それでは、いよいよスクヮーレ殿の婚約が決まったのですか」

 「ああ。ペトラ嬢の成人に合わせて内々に婚約を発表するらしい」

 「それは目出度いですね」

 「確かに祝い事ではある。流石に公爵家嫡子の長男の婚約だ。内々とは言え、王都でそれなりに人を集めるらしいぞ。それで、お披露目の為にペトラ嬢が王都に行くにあたり、私に王都までの送迎と、無事に準備を終えるまでの護衛を依頼してきた」


 やはりそうなったかと、三人は誰知らず頷く。


 今代のカドレチェク公爵の祖父は、三代前の国王の弟に当たり、その人が公爵家の初代。早い話が王家の親戚筋。当時は新たに建てられた公爵家ではあったが、代々の当主が優秀であったが故に重責を担ってきた家柄。

 集まる面子はさぞや豪華になる事だろう。メンバーだけで役満確定だろうか。

 当然、邪魔したがる人間など両手の指では足りないほど居る。数えるだけ億劫になるだろう。


 「公爵家と辺境伯家の縁組。面倒な事にならなければ良いが」

 「希望的観測に過ぎます。まずあり得ないですよ父上」

 「ならいっそ、断っちまいますか。面倒事なんて最初から抱え込まない方が良い」

 「国家の重鎮二人にこうして頼まれて、断れるわけがないだろう。向こうが手紙とは言え頭を下げて来ているのだ。断わるなら、公爵と辺境伯近縁の者全員を敵にする覚悟が要る。受けるしか無いだろう」


 貴族の婚約は、当てにならない。子どもが物心も付かないうちから決められることまであるのだから、状況次第では反故にされる事も珍しくない。

 家と家。爵位と爵位。地位と地位。或いは金と権力。そういった利害損得関係の考えの上に成り立つのが貴族の婚姻というもの。

 例えば極端な話で、有力な貴族家に娘を入れる約があった所で、相手方の一族が落ちぶれ、貴族位を剥奪されてしまったとなれば、そんな家に娘をやりたがる親はいないわけだ。

 つまり、いつ何時、婚約を破棄されるかは分からない。


 しかし、だからと言ってお互いに何時までも疑心暗鬼になるのも意味がない。

 そこで、婚約のお披露目というのが行われる訳だ。

 うちは何があろうと、この婚約について反故にはしませんよと、周りにアピールする。

 そうすることで、婚約当事者の両家がお互いに安心できる。散々に喧伝して、おまけに方々(ほうぼう)から祝いの品も受け取っておきながら、やっぱり無しでなどとは言えなくなるのが道理だ。


 逆に言えば、婚約を邪魔したい。或いは婚約をいずれ破棄させたい人間にとっては、お披露目などされては絶対に困るわけだ。

 結婚とは、強力な結びつき。しかし、婚姻適齢期の人間をこしらえるのに、仲の良い夫婦と十年以上の時間が必要なものであり、おまけに有力子弟の数などは限られてしまう。

 まして今回は公爵家嫡孫。超が付くほどの優良物件だ。以前から虎視眈々と狙っていた人間達からすれば、突然の横取りのような今回の話はどうあっても潰したい。

 その為に一番“理想的“なのは、相手の娘に“不慮の事故”があることだろう。


 そんな状況で、旅に不慣れな少女を守りながら、政情不安な土地や他人の領地内を往くのは、夏場に虫除けスプレーも蚊取り線香も使わずに(やぶ)で寝転がる様なもの。

 余計な虫が集ってくるであろうことは、火を見るよりも明らかだ。

 むしろこれで、何事もありませんでしたなどと言う方が不自然極まりない状況である。


 万難を排して王都まで少女を運ぶ。出来れば余計な所を通らずに。

 なるほど、カセロールの【瞬間移動】ほど、うってつけのものは無いだろう。その理屈は分かるのだが、ペイス達には一つ問題があった。


 「護衛と送迎に、三十クラウンだそうだ」

 「プラウ金貨三十枚とは豪儀だ。また家を幾つか建てますかねぇ、大将」

 「冗談だろシイツ。運ぶのはペイスの魔法を誤魔化せるからまだしも、護衛だぞ。王都なんて魑魅魍魎の住処だ。人の手配だけでも金が幾らあっても足りんだろう。正直、赤字になりかねん」

 「俺らだけでやるってのは?」

 「それこそ馬鹿を言うな。王都に土地勘の無い我々では、不測の事態に対処しきれん。第一、我々だけでどうやって守るんだ」


 今回の話の問題点。

 それは、無事にお披露目をするまで護衛しなければならないという点に尽きる。


 「公爵家の屋敷を借りるってのはどうです? さっさと運んじまって、そこで閉じこもる」

 「フバーレク辺境伯が嫌がるだろうな。それなら何故うちの別館にしないのだとか何とか。無論、辺境伯家の屋敷を使えばカドレチェク家が嫌がる。だからこそうちに頼むと言ってきている訳だ」

 「いっそギリギリまで領地に居て貰うってのはどうです?」

 「それは公爵家が嫌がる。来るかどうかを時間間際までやきもきさせるぐらいなら、さっさと王都に来ておけというのも正論だからな。どちらも軍人家系で、約束の時間より早めに来ておくのが常識だと言い出しかねん連中ばかりだし、そもそも余裕の無い計画は破綻しがちだ。ああ、うちに頼むわけだよ。全くもって面倒くさい」


 両家からすれば、互いと面識があり、かつ双方から中立で、それ相応に信頼できる人間に護衛を頼むのは当然だ。仲介役として話を渡した面目もある。

 公爵家も、辺境伯家も、政治の裏側を知る人物。お互いを完全に信頼するわけにはいかないし、してはいけない。どちらが警護を担当するかと揉めだせば、収拾などつかないし、責任問題も面倒になる。面子も掛かっている。


 似たような話では、隣国で婚約者のお披露目の護衛に一軍を動かし、あわや戦争になりかけたこともあるのだ。まさかそこまでやる訳にもいかない。

 辺境伯家が下手に軍を動かせば、要らぬ誤解を受ける。かといって、中央軍や公爵家私軍が出張っても同じ面倒が起きる。

 ならばいっそ、信頼に足る実力があり、お互いに中立を担保出来る少数の精鋭に任せてしまう方が面倒事も無い。

 ということらしい。実に面倒くさい話であるというのが、三人の共通認識だ。


 「僕たちで守るとしたら、一つ良い場所が思いつきました」

 「ほう、流石は坊だ」


 こういう少数で重要人物を護衛する場合、最も厄介なのは護衛対象が動き回る事。

 特に成人間際の女の子で、王都に初めて訪れるような場合は、物珍しさに動じないはずが無い。

 前世のことを覚えているペイスでさえ、初めて見るものに目移りしたのだ。

 行動力と好奇心の旺盛な年代の子に、じっとしてただ守られるだけで居てくれ、といってもそもそも不可能な話であった。


 そんな人間を護衛するのに最適な場所とは何処か。

 シイツとカセロールには思いつかなかったが、ペイスは違ったらしい。


 「窓も無く入口も一つしかない、頑丈な壁に囲まれた部屋があり、しかもそこにじっとさせる名目のある場所」

 「それは何処で……いや、分かった。教会か」

 「はい。僕たち三人ならどういう場所か分かりますが、余り知られることの無い場所ではあります」

 「俺も分かった。本聖別で使う部屋に閉じ込めようってんだな」

 「閉じ込めるというのは言葉が悪いです。お披露目の直前まで、“諸事情から”儀式が長引くだけですよ。元から護衛対象の子は、成人の儀式を行うという名目で王都に来るのですから」


 なるほどと、シイツとカセロールは感心した。

 確かに、成人していない子供を大人しくさせるには最適だ。そもそもが、じっとさせておくための専用の部屋になっているのだから。

 教会は年若い好奇心を抑え込むためのノウハウも豊富だろうし、大人しくさせる手練手管に長けている。


 中の構造があまり知られていないと言うのも好都合。本聖別を受けるものは貴族や裕福な人間に限られるし、本聖別を行う部屋に入った事のある人間はその中でも二十人に一人ぐらいだ。暗い中で閉じ込められるため、入った事のある人間でも中を良く覚えていないことが多い。

 人生に一度きりであるから、自分の受けた教会以外の構造を良く知らないと言う人間もかなり居る。

 であるなら、仮に襲撃しようとする側にしても、突発的な衝動には遭いにくい。少なくとも中の構造を調べる手間分ぐらいは、仮想敵の時間を奪える。

 例え僅かな数でも、調べる手間を惜しんで、襲撃なりを諦めてくれれば良い。突発の事故を防げるだけでも御の字だ。


 万が一に。いや、ほぼ間違いなく襲撃があるにしても、守り易さも違ってくる。

 構造と言うのも光が漏れないように厳重になっていて、大抵が地下にあるし、おまけに出入り口は一つ。これ以上守りやすい場所も無い。


 「それでいこう。両閣下には、行動予定として、聖別の儀を名目に辺境伯領の教会に出向くと伝えよう。そこからこっそり王都の教会に飛び、そのまま指定の時間まで守る」

 「いけそうですね」

 「何も無ければ、だがな」

 「大将、不吉な事を言うのはよしましょうや。これで、金貨三十枚のぼろ儲け。本気で、家の建て増し考えませんかね?」

 「そんなことは、この仕事が終わってからにしろよ」


 モルテールン家の懐事情は、どうやら一足先に春を迎えそうであった。


 「ところで父様」

 「ん?」

 「これ、手紙の代金も合わせての請求書です。手紙分は既に商隊に渡してあるので、それ以外を処理願います」

 「ああ、ご苦労」

 「それでは、僕はこれで失礼します。走り込みの途中だったもので」


 羊皮紙を父親に渡し、部屋を出ようとしたペイス。

 その襟首の辺りが、むんずと掴まれる。


 「ちょっと待てペイス」

 「はい、何でしょう父様」

 「このボンカ一箱と砂糖一樽ってのは何だ?」


 金額はしめて一レットとび十五ロブニ。領民の一般家庭なら一年ぐらいは食に困らないだけの金額である。

 今回の商隊への発注には、本来なかったはずの項目だ。

 誰がこんなものを余計に注文したのか。犯人など一人しか居ない。店で買い物する親の籠に、こっそりお菓子を紛れ込ませるような、悪知恵の働くガキのようなイタズラ。


 「テヘッ」

 「今更普通の子供ぶったところで、誤魔化されるか。お前は当分小遣い無し。今回の仕事の分け前からこの分は引いておく!!」

 「ええっ!!」

 「ええじゃない。このバカ息子!!」


 部屋から出たペイスの頭には、特大のタンコブが出来ていたのだった。


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