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おかしな転生  作者: 古流 望
第19章 ファーストキスはチーズ味
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178話 宣伝戦

 「相手の狙いが分かりました」


 王都のモルテールン別邸。新人達や既存の情報網を使って集めた情報を整理し、ペイスは一つの結論を得ていた。


 「レーテシュ伯は、宣伝戦(プロパガンダ)を仕掛けるつもりのようです」

 「なんすか? それ」


 聞きなれない言葉に、ヤントが首を傾げた。

 彼のみならず、新人達は頭の上にはてなマークが飛んでいる。マスメディアの存在しない社会で、広報宣伝によって政治目的を果たそうとする手法を、知っているほうがおかしいのだ。

 つまり、ペイスがおかしいのだ。ヤントを無知としてはいけない。


 「自分に有利な情報を流して、事実を噂で糊塗しようとしている、ということです」

 「へえ?」


 まだ曖昧なのか、しきりに首をかしげるヤント。彼だけでなく、新人は大なり小なりそんな感じだ。

 説明の必要を感じたペイスは、涼しい顔で先生役をやり始める。


 「まず、レーテシュ家の置かれた状況です。先の聖国との戦争の折、彼の家はあまり活躍することが出来ませんでした。それは知っていますね?」

 「はい」


 聖国との戦争は、海戦で一応は勝利したものの被害が大きく、止む無く講和したという形になっている。海戦の勝利とて、緒戦で手ひどく叩かれた上に航海病があったのだ。ペイスの助力がなければ負けていたかもしれない。

 勝利した海戦の総指揮がレーテシュ家であったことから面目は保ったが、胸を張れる結果とはいえない。本当に、最低限の体面を保ったに過ぎないのだ。


 「それに比べて我が家は、かなりの実利と名誉を得ました。皆が従士になる前のことですが、知っているでしょう」

 「はい」


 ジャスパーやクロノーブといった、今年入った新人の中でも、他家からの紹介で雇われた者が居る。モルテールン家の内情についてはヤントやアルほどに詳しくない彼らだが、その分、外側からみたモルテールン家の評判には詳しい。

 聖国との戦争の折に、航海病の治療法を隠すことなく公開し、ほとんど金銭を要求しなかったことでモルテールン家の、もっといえばペイスの評判はかなり高くなった。欲が無く、高潔で立派な若者である、というのがその評判。特に南部ではその評価は広く知られていた。

 モルテールン家の中に居たのなら、噂の無責任さを盛大に非難するはずである。自らの欲することに忠実な、欲望の権化であり、目的の為には手段を選ばない、高潔さとは程遠い性格。その分、頼もしさは比類ないモルテールン家の次期領主。噂とは真逆だ。


 「これは、我々の宣伝戦の成果でもあります。モルテールン家の良い噂は、時に相対する勢力への武器になる」

 「武器?」

 「誰でも知っているような、善良な人間を攻撃したら、通常以上に悪名を被るでしょう? リースとヤントが喧嘩していたら、何も知らなければヤントが悪いんだろう、と思われるようなものです」

 「なるほど!!」


 一名を除いた新人達の納得の声。


 「お前ら、何でそれで納得するんだよ!!」


 当然、のぞかれた一名(ヤント)は不平たらたら。


 新人のリースは、爽やかな男前。性格も良く、努力家だ。対しヤントは男前という程でもなく、不良ぶって散々悪さをしてきた。この二人が喧嘩したなら、事情を知らない第三者の印象としては、ヤントが悪いんじゃないか、という評価になる。

 警官と酔っ払いがもみ合って居たら、第三者的には酔っ払いが何かやらかしたんだろう、と想像するのと同じだ。

 引き合いに出されたヤントとリースは、複雑そうな顔である。


 「恐らくレーテシュ伯は、それで宣伝戦の有効性に気付いたのでしょう」

 「へえ、すげえな……」


 誰のつぶやきであったのか。この世界には無かった概念であろうとも、実際にペイスがやったことを知って宣伝戦に近しい着想を得て、更にはそれを応用して自家の利益の為に活用しようとする。並みの度胸と発想ではない。

 レーテシュ伯爵も、伊達に女傑と呼ばれているわけでは無いのだ。

 男性上位の社会で、女性であるにも関わらず、国政を左右できるほどの有力貴族の当主を続けて来た知性は、飾りではない。

 それだけに、ペイスとしても油断していては足を掬われかねないのだ。今回、偶然にも知ることが出来た動きは、モルテールン家にとってチャンスでもある。


 「劇の内容も調べました。劇を使って、先の戦争での自分たちの評価を糊塗し、モルテールン家の名前に乗っかる狙いがあるようですね」

 「具体的には?」

 「まず、レーテシュ家が、モルテールン家の裏で色々とサポートしていた、ということにしたいようです。モルテールン家の活躍は、レーテシュ家のお陰である、と暗に印象付ける狙いですね」

 「うわぁ」


 実際にはレーテシュ家もモルテールン家も独自に動いていたわけだが、そんな事実を脇に置き、“何となく協力していたように感じるかも”と言える程度の薄い関係性を誇張する。例えば、ボンビーノ家がモルテールン家に連絡する際に、海軍の総指揮者として“黙認”していた。これを、さもレーテシュ家が主導していたかのように描く。モルテールン家の邪魔をしそうな連中が居て、それを抑え込んでいた故の黙認だ、とでもすれば完璧だ。

 或いは、病状の把握。レーテシュ家が一番兵数が多かった為に、病人数も多かった。これは極普通のことだが、病気の正体を知る為の情報という意味では、レーテシュ家の割合が高い、ということになる。こじつけに近いものではあるが、これを「病気の対応に積極的だった証拠」とし、病状の詳細をモルテールンと共に突き止めたことにしたいらしい。

 総じて、モルテールン家の功績はレーテシュ家のお陰、と“匂わせる”内容になる予定らしい。


 「手柄の横取りじゃん」

 「少し違いますね。手柄を当家が得た事実そのものには、一切手を触れていません。そうでは無くて“おこぼれ”を狙っているのですよ」

 「おこぼれ?」

 「モルテールン家が声望を高める邪魔はしない。しかし、その声望にはレーテシュ家も関わっているのだから、レーテシュ家も同時に名を上げる」

 「何もせずに美味しい思いをするの?」

 「何もしていないわけではありません。宣伝をしているのです。嘘をつくのではなく、事実を誇張するやり方は、王宮では珍しいことではない」

 「むう」


 自分の手柄を針小棒大に誇張する輩は珍しくない。

 例えば、犬を棒きれで追い払っただけで、さも巨大な敵と大激闘をしたかのように語る、自称剣の達人。或いは、偶々運よく穴を当てたギャンブラーが、壮絶な頭脳戦を繰り広げて裏の裏の裏をかいた挙句に大金を手にした傑物になる。

 そんな話は、酒場に行けばネズミの数より沢山転がっていることだろう。

 レーテシュ家のやり方は、これに近い。架空の敵が居たことにして手柄を捏造するわけでもなく、想像の功績を喧伝するわけでもない。あくまで事実を事実として語るだけだ。ただし、とんでもなく大げさな上に、逐一モルテールン家の役に立つ形になっているだけで。

 後々、モルテールン家に追及される余地をなくす、狡猾さが見て取れる。


 「しかし、なんだってうちを巻き込んだんです?」

 「便乗商法でしょう。コバンザメ商法とも言いますが」

 「はい?」

 「うちと伯爵家が極めて近しい関係だと印象付けることで、当家の功績には一切関係がなくとも、伯爵家には“協力的なイメージ”が付く。それが広まって周知の事実となれば、モルテールン家の武名が、そのままレーテシュ家の武名を上げることに繋がる」


 モルテールン家の活躍の陰にレーテシュ家あり、というイメージが固まれば、モルテールン家が功績をあげる度に、何もせずともレーテシュ家は好影響を受ける。

 蜜柑(みかん)が高血圧に効果的、という話になれば、ミカンに近しいボンカンやオレンジも、同じように効果的なのだろう、と思われるようなものだろうか。或いは、凄いスポーツ選手を輩出した学校が、何故か評価や知名度を上げるようなものか。


 当然、リスクとしてはモルテールン家の悪評に巻き込まれる可能性もあるということだ。大手の会社で不祥事が起きれば、関連会社や取引先も白い目で見られるようなもの。


 「それで、うちとしてはどうするつもりですか?」


 コアントローが訊ねる。

 モルテールン家としてどう対応するのかは、王都別邸の留守居としては聞いておかねばならない事。彼の顔つきも真剣である。

 年上の部下の言葉に、じっと考え込むペイス。


 そんなペイスの傍では、新人達が自分なりの意見を言い合っていた。


 「普通の対応であれば、レーテシュ家に対して事情の説明を求めてから対応を協議するべきでしょう」

 「そうだな。迷惑料をどれぐらいで手を打つか、ってところじゃないか?」

 「いやいや、噂に名高いレーテシュ伯のことだから、宣伝してやってるんだから感謝しろ、ぐらいに言ってくるかも」

 「うへえ、恩着せがましい」

 「でもありそう。口出しするなら金も出せってのは正論だよね」

 「止めさせることは出来るかな?」

 「うちが強く言えば出来るんじゃないかな? カセロール様が劇場前で取り締まったら面白いかも」


 新人たちの意見は、常識的なものであり、実に正しい。

 だが、彼らの目の前に居るのは、常識というものがねじ曲がった少年である。

 非常識がおもむろに口を開いた。


 「僕は、いっそこのまま劇を上演させてはどうかと考えてます」

 「え?」


 ペイスの言葉に、皆が驚く。


 「我々の武名に便乗しようとしている。ならば、更にそこに僕らの意図が便乗されようと、向こうに文句を言われる筋合いはない。違いますか?」


 ペイスは、じっと部下たちを見渡す。


 「ほう、ということは、若に何か策があると?」

 「策というほど大したものではありませんよ。折角、レーテシュ伯がお金を出して、モルテールン家を宣伝しようとしてくれているのです。ちょっとばかし口を挟んで、更に都合が良くなるよう誘導しようというだけですよ」

 「はは、面白くなってきましたな」


 コアントローが笑う。

 彼は、ペイスが今より更に小さい時から世話してきたわけで、ペイスが色々とやらかしてきたことを余すことなく知っている。トラブルが起きる度に色々と苦労をしてきたのは事実だが、振り返ってみれば、普通ではあり得ない経験をしたという意味で、楽しくもあった。

 これからペイスがどう動くのか。楽しみでない、といえば嘘になる。


 「さし当って、劇団員の中に、協力者を作りたいところですね。出来れば、レーテシュ伯役かセルジャン役あたりの人間に、ちょっと“お願いしておきたいこと”がありますので」

 「それなら、俺が劇場まで案内しますよ」


 ペイスの案内役を自薦したのはヤントだった。ざっとペイスの傍まで寄って、軽く手をあげてアピールしている。

 確かに、今回のそもそもの発端としては適任だろうし、場所も知っているとなれば適役だ。ペイスにとっても、特に問題は無かった。


 「ならば、早速出向きますか」

 「承知です」


 即断即決、迅速行動が御家柄のモルテールン家。一旦決まれば、ペイスの行動は素早い。


 コアントローを屋敷に残し、ペイスを叱るだけ叱って仕事に戻ったカセロールとの連絡役とする。その上で、ヤントを案内役兼護衛として劇場に向かう。


 モルテールン邸から劇場までは、徒歩二十分ほどの距離だった。


 「こっちから入れるんですよ」

 「へえ、良く知ってましたね」

 「教えてもらいました」


 従業員用と思しきドアを開け、中に入る。鍵もかけて無いのは酷く不用心だが、恐らくそれだけ出入りが激しい入口ということなのだろう。

 中はかなり複雑な構造になっており、恐らく複数の劇団が出入りしている。知らない人間なら、まず迷うだろう。場所を知っている案内人に感謝だ。


 ヤントの案内で、劇場の舞台の一つに着く。表からではなく、脇の舞台袖からであるが。

 そこでは、既に“モルテールン海神英雄伝”の稽古が行われている様子だった。

 役者が集まって、何やら軽く通し稽古をしているらしい。


 「おい、ここは関係者以外立ち入り禁止……って、なんだ、あんたか」

 「どうも」


 ヤントを暴漢と間違えて襲って来た若い衆が、ヤントに声をかけて来た。

 彼は自分の役がまだもらえず、小道具兼雑用として働いているらしい。何時かは主役を張って観客を沸かせるのが夢だそうだ。


 「そっちの坊主は、何処の誰ちゃんよ?」


 そんな若者が、ヤントの傍に居た不審者に目をとめる。


 「えっと……」

 「モルテールン家の人間ですよ」


 ヤントが答えるよりも早く、ペイスが自己紹介する。あたかもヤントの同僚ですといった顔をしているのだから、ペイスの演技は役者顔負けである。


 「ふ~ん、そんな子供が……ん? 子供? もしかして……」


 だが、本職の役者は演技に厳しい。ペイスの態度の不自然さを嗅ぎ取って、一つの可能性に思い当たる。


 「おや、気付かれてしまいましたか。お察しの通り、僕がカセロールが息子で、ペイストリーです」

 「こ、これは、ごごご御無礼を!!」


 モルテールン家の“英名”を、劇の内容から嫌でも知っている若者は、狼狽した。

 レーテシュ伯からも、役柄について絶対に粗相するなと脅されていた人物こそペイストリーであり、今回の劇の演目では、カセロール以上に重要な役柄になる予定の人物。

 その本物が目の前の子どもだというのだ。驚いて当然である。


 「まあまあ。それで、少し聞きたいのですが」

 「はい!! 何でもお聞きくださいモルテールン閣下様!!」


 貴族と相対する経験が少ないのか、大分変な言葉遣いになっている。


 「……それで、今回レーテシュ家役は何方(どなた)が演じられるのです?」


 妙な態度は無視することに決めたペイスは、舞台の脇から演者たちを物色する。

 四十人は居るであろう大所帯。この劇団は中々だと心中で呟く。レーテシュ伯爵家が唾を付けただけあって、経験豊富な人間も多い様子だった。


 「あの、赤い服の茶髪が、セルジャン様の役柄です。真ん中にいるあの人」

 「ほう、中々男前ですね」

 「彼はうちの劇団で一番の人気役者でして。絶対にセルジャン様の役にしろ、と指示がありました」

 「ほうほう」


 レーテシュ伯家のプロパガンダなのだ。レーテシュ家を演じる役者に、最大限配慮を求めるのは当然だろう。


 「そして、レーテシュ伯爵様の役柄が、あそこのお嬢で」

 「ああ、例の事件の被害者ですね。かなりお若い方のようですが、人気があるのでしょうね」


 ペイスでなくとも、察しは付く。レーテシュ家の婿が一番人気の男性役者なら、レーテシュ伯本人には一番人気の女性役者を持ってきたはずである。


 「その節は大変お世話になりまして。劇団員全員の妹みたいな方ですから、助けて頂けたことには皆感謝してるんです」

 「そのお礼は、そこのヤントと、ここに居ないアルにお願いします。僕は何もしていませんので」


 傍で聞いていたヤントは、ペイスの言葉を否定したかった。ペイスが新人達に休暇を与えて居なければ、出会うことも無かった相手なのだから。


 「それでは、あとで少し話を……」


 後で話をしたい、とペイスが言いかけたその時だった。


 「やっぱり、私には無理よ!!」


 ダン、と大きな音と共に、少女が舞台から逃げ出した。

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