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おかしな転生  作者: 古流 望
第18章 最強の敵は笑顔と共に
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170話 最強の敵は笑顔と共に

 モルテールン領ザースデン。モルテールン邸裏庭。

 日頃から人目を憚る隠し事の多いモルテールン家ではあるが、その中でも比較的軽度の秘密はここに有る事が多い。

 ペイスの遊び場という別名のある試験畑、女性陣の下着を含めた洗い物を干すための洗い場、客人には見せづらい家畜の屠畜場。

 そして、魔法を使うための訓練場。


 この訓練場と言う名の単なる空き地は、モルテールン家の屋敷自体が村内でも小高い位置にあることや、木の壁で囲いを作っていることなどから、人目に付かない。

 少なくとも、中を見ようと思って意図して覗こうとしない限りは、ふらっと散歩してる人間に見られる、などということがあり得ない作りになっていた。

 テニスコート二面分ほどある広さの土地が、赤茶けた地面をむき出しにしている様は、かつてのモルテールン領が作物の碌にとれない痩せた土地であった頃の名残であろう。


 この、隠されたような場所に今数人の男女が居た。

 理由はといえば、ボンビーノ家とモルテールン家の嫁とり決闘の為だ。


 一人はモルテールン家従士長シイツ。

 彼は、今回の決闘の立会人としてここに居る。

 モルテールン家の重鎮という立場があると、不正があるのではないかと余人は思うかもしれないが、今回の立ち合いはあくまで形式的なものだ。問題ないと両家が認めている。

 ボンビーノ家としては、カセロールが不正を働いたり、或いは負けても往生際悪く負けを認めない、などといった真似はしないと信じている。また、そうやって信じているアピールをする事にも意味があった。

 そしてモルテールン家側としても同じ様なものだ。

 カセロールはペイスのことを信じており、自分の息子に限って、騎士として恥ずべき行為をするようなことは無いと思っている。親馬鹿の面目躍如。

 愛息子が代理人だから、立会人など飾りで良いと思っていた。

 斯様な両者の信頼もあり、本当に形だけの立会人という形で、シイツが居るわけだ。


 もう一人はアニエス。

 親子対決という仰天の事態に際し、さしものアニエスも放置が出来ず、こうしてわざわざ立ち合いに参加していた。

 今から夫と息子が剣をぶつけ合うというのだ。もしもどちらかが取り返しのつかない怪我をしたら。或いは不幸なことになったら。そう思うと気が気でないわけだが、おっとりとした風貌に反して気丈な彼女は、立場を弁えてじっと愛する二人を見守っていた。


 そして残るはペイスとカセロールの親子。

 今回の決闘の主役ともいえる二人。

 ともに愛用の剣を携えていて、刃引きなどもしていない、正真正銘の真剣勝負である。人を殺せるだけの技量を双方が持っているだけに、本気で命の危険があるのだが、止めようなどとは最早言えまい。

 ことここに至っては戦うのみ。


 本当ならばここにウランタやジョゼも居たのだが、ウランタはペイスの“本来の魔法の使い方”を隠すために、“ボンビーノ家が勝つため”という理由づけで疎外され、ジョゼはウランタが万が一にも覗きに来ないよう抑える役目でこの場に居ない。

 ジョゼと一緒に結果待ちという状況。ウランタとしては、期待と不安と喜びと恥ずかしさで、心中は嵐の海の如く荒れまくっていた。


 そんな各人の大騒動をしり目に、全くどうしてこうなったのかと、カセロールはやれやれと思いつつ軽く肩を回した。


 「お前は相変わらず、突拍子もない……」


 カセロールのつぶやきは、喧騒の中でもペイスの耳にはしっかりと届いた。


 「これしか道がないのです。僕のお菓子……もとい、ウランタ殿とジョゼ姉さまの幸せの為には」


 ペイスの本心として、ウランタとジョゼの仲を祝福してやりたい気持ちはある。特に、姉には出来るだけ良いところ、大事にしてくれるところに嫁いでほしいという弟としての思いやりを持っていた。今回の件の発端は、そんな姉への気遣いから生まれている。家族を大切にするモルテールン家の家風は、ペイスも例に漏れず全く同じだ。


 だが、それはそれとして、丁度都合よく転がって来たフルーツ取り放題の好機。ここでウランタに恩を売っておけば、モルテールン領では育てられないフルーツがボンビーノ領で栽培されるようになった際に、最優先で手に入れられる。フルーツの品種改良や、新規作物の栽培法にだって口を出せるだろう。恩人かつ義弟という立場は、その程度の融通を可能にする。

 モルテールン領はただでさえ水不足になり易く、生育に大量の水が要る果樹園などは物理的に難しい為、ペイスにとっては喉から手が出るぐらいに欲しかったもの。

 ある意味で、ボンビーノ家の果樹園を私物化出来る、絶好のチャンス。見逃せるほど無欲で居られなかった菓子狂いは、父に剣を向けて構えていた。


 「幾ら息子と言えども手加減はせんぞ!!」

 「父親とは遅かれ早かれ息子に抜かれるものと決まっています。父様には悪いですが、勝たせていただきます」


 決闘前の舌戦も終わり、戦いが始まる。


 じりじりと動き、父親の隙を窺っていたペイス。だが、じっと待っていてもらちが明かないと、思い切って動き出した。気合十分の動きは、カセロールにしても目を見張るほど成長を感じさせる、キビキビとした良い動きだった。シイツもほうと唸ったほどである。

 ダッと近寄りざま、突きの動きに近い微小な右払いで攻撃するペイスを、カセロールは剣も使わず、魔法も使わず、軽く足をすりあしで動かすだけで避けて見せた。

 小さな斬りかかりに、僅かな回避。どちらも無駄な動きをしてスタミナを消耗するのを避けようとする動作であり、どちらも互いに手ごわい相手だと認めている証拠。生半可な相手ではなく、長期戦覚悟という動きの応酬に、二人ともが即座に相手の動きの意図を察する。

 両者ともに手の内を読みあう駆け引きが始まった。剣を振るいながらの、親子の会話。


 「ねえシイツ」


 二人の剣戟の音が飛び交う、そんな中。アニエスがシイツに声を掛けた。


 「なんでしょう」

 「今更なのだけど、どうして息子と夫が戦っているの?」

 「そりゃあ、ジョゼお嬢の婚約が掛かってるからでさあ」


 おっとりとしたアニエスの問いに、シイツは横目で応える。この男の意識は今カセロールとペイスの二人に行っていた。この二人の場合、ちょっと目を離すといきなり別の場所にとんでいたりするわけで、一瞬たりとも気が抜けない。


 しかし、アニエスにとってはシイツの言葉に聞き逃せないことがあった。

 二人が戦うとは聞いていたが、ジョゼの婚約をかけてとは聞いていなかったと。それ故、珍しく憤りの感情を表に出してシイツに対しての声を荒げた。シイツに怒っているわけでは無いが、彼にしてみれば良いとばっちりである。


 「そんな!! 私に相談も無く?」

 「何でも、坊と大将の二人で決めたとか」


 カセロールが決闘を決めた際。まさかこんなことになるとは当人も思っても居なかった。

 決闘を申し込み、ウランタ当人が来るならば、実力はともかく根性と決意だけは認めてやると思っていたし、他の代理人が来るならどの程度の力量の者を用意するかで、子爵家の力量と本気度合いを測ってやるかと思っていたのだ。どちらも、勝って当然と言わんばかりの態度。

 つまり、自分が負けるとは思っていなかった。これは過信や慢心から思っているのではなく、幾たびもあった一騎打ちや戦場の経験から、自分を一対一で倒せる相手がボンビーノ家で用意できるわけが無いという確信からそう思っていたわけだ。事実、カセロールに対抗できる相手を用意できずに、悪魔のささやきに耳を貸したのだから、間違ってはいない。

 負けるつもりがないのだから、ジョゼの婚約という話は流れるだろう。断った婚約をいちいち妻に報告していては、カセロールは社交の度に妻と何十件も報告事項の連絡をするはめになるわけで、今回にしてもそのうちの一件として事後報告にするつもりだった。

 ジョゼを嫁に欲しいという家があった。それ相応の家だったし、相手にも多少見どころがあったが、断っておいたから。などという話をする。普段ならそれで十分だったし、親子決闘などという想定外が無ければ何の問題も無かったはずだ。


 ガンっとひと際大きい音がした。慌ててシイツはそちらに目を向けた。

 親子はまず、剣術のみのやり取りをしていたが、やはり純粋な剣技だけであれば体格と筋力と技術に勝るカセロールに分があり、その差は圧倒的。

 弾き飛ばされるような勢いでペイスが転がされた。勿論すぐにペイスは飛び起きて剣を構えるが、段々と疲労の色がにじみ始めた。


 「やるな、ペイス。強くなった」


 決闘だというのに、少し嬉し気なカセロール。武人として、息子の確かな成長ぶりが嬉しくて仕方ないのだが、決闘という真剣勝負の場にあって感情を押し殺そうとし、それでも漏れ出た喜色が顔に出た形。


 「ありがとうございます。しかし、剣術だけではまだまだ父様には勝てないようですね」


 対し、ペイスは少し悔しげだった。

 身体も大きくなってきているし、もしかしたらという思いはあったものの、やはりそう簡単に越えさせてくれる壁では無いようだった。


 「当然だ。まだ息子に負けてやることは出来ん。これでも父親のメンツというものがあるからな」

 「では、ここからが本番です!!」


 再び始まる剣戟の応酬。

 しかも、様子見は終りだとばかりに、カセロールが本気を出し始めた。

 魔法を使って一瞬で背後に回る動きをしたり、或いはそう見せかけておいて左右に現れて剣を突いたりと、魔法剣士の本領発揮と言わんばかりに、多彩で複合的な動きをし始める。魔法の発動の兆候を把握して、即座に対処する機敏な反応でしのぐペイスだったが、カセロールからしてみればペイスの動きは今まで何十回と余人に見せられてきた動きだ。ペイスの動きを経験から予測し、或いは動きを誘導し、ペイスの体力をゴリゴリと削っていく。

 普段の練習でさえやったことのないような動きで息子を翻弄し、そんなカセロールの動きにペイスが対応するたびに否応なく体勢は崩れ、尚更体力の浪費に拍車をかけるという状況。

 下手に傷を与えると、ペイスの魔法で倍以上になって返ってくる。或いはペイスもそこに勝機があるかもしれないと期待していたのだが、カセロールとしても対策は十分。疲れさせることを重点にして戦っていた。


 「どうした、本気を出すのではないのか!! こないならこちらから行くぞ」

 「ちっ!! 魔法で瞬間移動されると、強さが段違いに感じる」

 「飛び回りながらの剣術は、まだお前には教えていなかったな。ならばいい経験だ。その身で学び取っておけ。負けてもそれが財産になる」

 「これでどうです!!」


 いよいよもって危ないとなった時、ペイスが魔法を使う。

 それも【転写】ではなく【転移】だ。瞬間移動には瞬間移動で対抗とばかりに、魔法を使って飛び回り始めた。

 カセロールが魔法で跳べば、ペイスが更に跳び返す。

 目まぐるしくあちらこちらにポンポン現れては消える二人の姿に、立会人のシイツは目がおかしくなった気さえした。疲れ目の比ではなく見るのに疲れる。

 いきなり現れて消える、UFOみたいな動きを目で追おうとすれば、掛かる負荷は半端ではないのだ。

 さほど長い時間ではないはずなのに、いささか目の奥がチカチカとするようになった。


 お互いに同じ魔法を使い合う者同士。さほど劇的な動きの変化はない。高度の戦いであり、カセロールなどは次の次の次の一手まで読みながら動いている。ペイスも大体同じ様なものだろう。これが火を起こす魔法であるとか、物を投擲する魔法であれば、お互いに魔法を発動し合った時は周囲に尋常ではない被害を出しながら相殺されるだろうが、幸か不幸か二人が使っている魔法は【転移】だ。互いにぶつけ合うにも、弾が自分自身となれば気軽に使い倒すことも難しい。いや、不可能だ。

 魔法は互角で読みあいも譲らず、となれば不本意ながら、魔法使いの争いであるにもかかわらず、魔法以外の部分で優劣がつくという喜劇が起きる。つまり、結局は普通に剣を振るときと同じような形勢にならざるを得ないということ。

 カセロールも大分疲れてきているが、それにもまして少年の方は、転移の瞬間にごっそり魔力を取られた気がしていた。

 魔力の総量自体はペイスの方が圧倒的に多いが、瞬間移動の使い方もまた経験。継戦能力にさほど大きな差はない。


 「ほう、私の真似か。中々様になっている。だが、所詮は付け焼刃!!」


 ところが、案外カセロールも焦っていた。

 思っていた以上に息子が手強く、当初の想定以上に自分の体力や魔力が減ってきている。

 このまま長引けば、もしかしたらと思ってしまう焦り。

 そんな焦りを抱えてつつ親の威厳を守っていたところで、ふと息子の身体が泳いだ。


 「そこだ、貰った!!」


 瞬間移動を使わせない素早い動き。

 体力も底をつき、当初の素早さは見る影もなくなっていたペイスは、避けきれない剣捌き。だった。


 「……この時を待っていました」


 ペイスが意外にも、剣を手放した。

 あれほど剣を手放すなと教えていたにも関わらず行われた動き。そのまま剣がいずこかに消えた。つい、それに気を取られる。

 しかも、息も絶え絶えだったはずのペイスが“治癒の魔法で体力を回復させながら”、カセロールの後ろに転移するという仰天の荒業を見せた。

 転移が上手くいった後にすぐ転移というならばわかる。あくまで魔法の発動速度という技術的なものだから、まだ常識の範疇。カセロールとしても、やろうと思えばできるかもしれない。

 だが、ペイスは連続発動でもない。非常識にも魔法を二つ並列で使ったのだ。

 

 「なっ!! 魔法の同時発動だと!!」


 あり得ない。

 そう思いながらも、カセロールの首筋にはペイスの剣がぴたりと当てられていた。手放したはずの剣を逆手に握り。

 紛うことなき決着である。


 「ハァ、ハァ……父様には今まで一度も勝ったことは有りませんでしたが……今日、初めてですね」


 ペイスの勝利宣言。

 これは、カセロールとしても認めないわけにはいかない。潔さはカセロールの美点でもある。


 「負けた。悔しい気もするが、何故か誇らしい気もするな」

 「ならばジョゼ姉さまの話は?」

 「ああ。認めよう」

 「よし!これでまた一歩夢に近づきました!」


 ペイスは思わずガッツポーズで喜んだ。

 カセロールとしても、ここまでやったのだから、娘の婚約を祝福してやるか、という気持ちになっていた。


 「あなた、ペイス」

 「母様」

 「アニエス」


 そんな二人に、近づく女性が一人。

 その顔を見て、ペイスも、そしてカセロールも、自分たちの立場の悪さに気付く。そういえば、母には何の相談も無く話を進めていたなという事実。

 何よりも怒らせてはならない人物が、かなり怒っている。


 「詳しい話、是非とも聞かせてもらうわよ……ペイス、逃げるんじゃありません」


 その場から逃げようとしていたペイスであったが、母親もまたそんな息子の行動はお見通し。あっさりと捕縛される。


 結局、一番手強い相手は、自分の母親であろうと、ペイスはしみじみと思うのだった。




此れにて第18章〆

ここまでのお付き合いに感謝いたします。

お菓子が無い?

偶にはそれも許してほしいかなと。


尚、おかしな転生の8巻が12月9日に発売されています。

3月にはドラマCDの発売も予定されておりますので、併せて、よろしくお願いいたします。

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表紙絵
― 新着の感想 ―
………んで、結局ウランタの嫌疑はどうなんねん。
[気になる点] 他の人も書いてるけど、カセロールに勝てなければ断るつもりだったのが違和感。 笑い話として用意したアニエスに黙ってたことへの理由づけのせいで 本筋である決闘を申し込んだ父親の気持ちが曲…
[一言] 超えることの難しい壁から絶壁に変わり壁の内側と交渉してドリルで穴を開けるとは
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