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おかしな転生  作者: 古流 望
第18章 最強の敵は笑顔と共に
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168話 婚約の条件

 水と安全はタダと言われるような社会があるとしよう。

 それを本気で信じる人たちは、タダより高い物はないという言葉を忘れてはいないだろうか。


 警察機構や治安維持組織が不十分な社会において、自分の身は自分で守らねばならない。

 現代でも治安の悪い地域は有るわけで、例えば内戦の続く国の裏路地などを歩くとき、如何にも金持ちですという格好をしていては、いきなり殺されて身包み剥されて、有り金を全て奪われる羽目になりかねない。世界旅行の時なども、危ないところには近づかないようにしましょうというアナウンスは良く耳にすることだろう。


 現代でも最低限の自己防衛は必要。(いわん)や、神王国に至っては尚更。

 いや、神王国のみならず、南大陸のどこの国も基本的にはこの裏路地のような危なさがある。

 勿論、王都の表通りや、騎士や兵士が見回りを行う大都市の主要部は、現代と同じぐらい治安は守られているわけだが、一歩街から出ればそこは無法の世界。

 野生動物のみならず、何が襲ってきても不思議は無い。

 襲われてから訴え出ても遅いわけで、特に金持ちと誰でもわかる貴族は、自衛手段を常に持っていなければ、自殺と変わらないのだ。


 そんな物騒な中、お金持ちで、更にはうら若き女性が出歩くとどうなるか。

 これはもう、生肉ぶら下げてライオンの檻に入るようなものだ。危ないなんてものじゃない。特に、しっかりとした護衛を用意できない人間などは、絶対にやってはならない。


 だからこそ、よほどのことが無い限り、領地貴族は娘を他領に行かせたりはしない。護衛を準備するだけでも相当に金がかかるし、リスクに見合ったリターンが無ければ難しい。少なくとも、気軽に遊びに行くようなことは出来ない。

 社交の場が開かれていたとして、足しげく通う御令嬢などは、余程の大貴族か金持ちだろう。そうでなければ相当な美人で、費用も相手持ちの上で呼ばれるか。そんなところだ。

 領地に引きこもっていれば、それ相応の立場を持つ独身の異性と、顔を合わせる機会そのものが無い。


 つまり、男爵程度の御令嬢は、良い出会いが中々無いという現実があるのだ。


 「ということで、ジョゼ姉さまとウランタ殿を婚約させてはどうかと思います」


 王都のモルテールン家別邸。

 貴族街の端っこにある、目立ちにくい一角にそれはある。

 カセロールの魔法があるから、中心部に家が無くても別に困らないという理由もあるが、何かと狙われやすいお家事情から、守りやすい屋敷を求めたという理由もあった。


 モルテールン家の歴史はたかだか二十余年であるが、屋敷の歴史は五倍程度長い。今上陛下即位以前に反乱を起こし、お家取り潰しに遭った者たちが手放した屋敷の一つで、元々は歴史ある由緒正しき貴族が住んでいた。財務尚書預かりの国有財産となっていたお屋敷を買い取り、内装をアニエス好みにリフォームしたのが、ついこの間。

 応接室もかなり手が加えられていて、カセロールの趣味と、アニエスの好みによって、豪華そうな家財が皆無という質素極まりない応接室になっていた。貧乏暮らしが長く続いたため、派手なものに囲まれていると落ち着かないようになってしまったのだ。


 だが、寂しい感じがするわけでは無い。

 家族や、或いは従士も含めたモルテールン家一同、嫁いだ娘やその家族、孫とモルテールン夫妻のセット等々、ペイスが描いた写真が飾られているので殺風景とは言い難く、どちらかといえば賑やかな感じさえあった。

 応接室を使うのは月に数度といった頻度であるが、来客は皆カセロールの親馬鹿っぷりに呆れるとともに、鮮明な写真をみて是非自分達も欲しいと所望することになる。

 カセロールも貴族家当主。伊達ではなく、応接室をある意味で商品展示の広報スペースに利用していたのだ。

 一番目立つところに、騎士服の正装をしてポーズを決めるカセロールの写真があるのは、アニエスの趣味。中々格好いいと家中の評価は高い。嫌っているのは一人だけだ。


 この応接室には、今二人の男が座っていた。

 モルテールン男爵カセロールと、その息子ペイストリー。

 向かい合って座るペイスの突拍子も無い宣言に、カセロールは頭を抱えた。久しく感じていなかった頭痛も思い出した気がする。


 「お前はまた勝手に……」


 カセロールは溜息を盛大に吐いた。


 先の通り、貴族女性は王都に住んでいるような人間でもない限り出会いがない。また、十代前半で結婚するような女性も珍しくない世界、適齢期でも当人の判断力や知識が未成熟なケースも多い。異性を見る目を養う機会も、経験を積む時間も無いまま適齢期になる。無論、それは男女問わずだ。格好だけの浮気男に騙される話や、財産目当ての色仕掛けに引っかかる男の話など、珍しくもない。

 故に、本人の意思とは無関係なところで、子どもの結婚を決める親というのはザラ。むしろ、本人が結婚相手を自分で見つけてきて、親を納得させるケースの方が希少だ。どれぐらいかといえば、そのまま劇の演目とされてしまう程度に珍しい。


 「正直な話、当家としてもジョゼ姉様の婚約話を断るのも限界です。適齢期真っただ中ですし、ここ一、二年で決めなければ、婚期を逃しかねない。そして、一度逃した婚期を挽回するには、相当な困難が伴う。レーテシュ家の例を見ればそれは明らかでしょう」

 「む、それは確かに」


 適齢期をお家の事情で逃してしまい、それがまた良縁を逃す原因となってしまい、更に適齢期をどんどん過ぎていく悪循環の例。カセロールも、心当たりがある。


 貴族とは、家が生計の基本になっている。

 国家の社会保障などは存在しないわけで、自分が病気になった時や、或いは年老いた時等々、困った時に生活の面倒を見てくれるのは、家族しかいない。

 お家の断絶とは、現代で言えば会社の倒産のようなものだ。そこに関わる多くの人間が、生計を営む手段を失いかねない。だからこそ、貴族はお家の継続を重視する。時には養子を貰ってでも、お家の安定第一義という貴族は多い。

 子供が産めない女性を奥さんにする。子供を作れない男を旦那さんにする。どちらも貴族社会では嫌悪の対象だ。

 お家の繁栄と安定を図るのに、将来世代を増やすことは必須。だからこそ、適齢期を逃した女性の結婚が難しくなる。

 結局妥協せざるを得なくなるぐらいなら、ベストを何時までも追うのではなく、ベターな選択肢で良いではないか、という意見は一定の道理があった。


 「そして、ここ最近持ち込まれた縁談の中で、最もマシなのがボンビーノ卿の話でした。当家としても、独自に家を盛り立てつつあるボンビーノ家であれば結びつくメリットもある」

 「しかし、こういうものは当人同士の気持ちが一番大事だろう」


 モルテールン家は、貴族には珍しく恋愛結婚推奨派だ。少なくとも、嫌がる政略結婚で利益を得るぐらいなら、少々の不利益を被ってでも好きあった同士の恋愛結婚の方が良い、というのが家風。

 初代が駆け落ち紛いに親の反対を振り切って結婚しているわけで、わざわざ家訓にするまでもなくモルテールン家では常識。

 ボンビーノ子爵家との縁が、経済的にも政治的にも、或いは軍事的も大きな意義があることはカセロールとて頷く。だが、問題は当人同士の気持ちだとカセロールは譲らない。

 それでこそ我が父と、ペイスも誇らしげである。


 「ウランタ殿の気持ちであれば、大丈夫でしょう。姉様を大事にしてくれると思います。それに、ジョゼ姉様の為にもなると思っているのです」


 だからこそ、ペイスは押しの一手を通す。


 「どういうことだ?」

 「ビビ姉様達の時は当家も貧しく、他所に嫁ぐことで、姉様方は生活環境を向上させました。しかし最近はモルテールン領も目に見えて過ごしやすくなっています」

 「それがどうした?」

 「このままズルズルと長引けば、ジョゼ姉様の性格からして、嫁に行きたくないとごねだしかねません」


 ペイスの指摘に、カセロールの顔色が変わった。その通りだと、痛いところを指摘されたからだ。

 ジョゼフィーネはとても賢い娘である。それだけに、モルテールン領がどんどん発展していく様を、十二分に理解している。そして、ペイスが居る限り、今後も益々発展していくであろうことはジョゼであれば容易く気付く。

 慣れ親しんだ故郷である上に、居心地がどんどん良くなっていく。誰だって、現状の生活より不便な生活を強いられるのは嫌なものだ。モルテールン領が発展すればするほど、つまりは時間が経てばたつほど、ジョゼが嫁入りに不満を持つ度合いは強まるだろう。

 嫁に行くのを面倒くさがるならまだしも、嫌がる可能性があった。それは流石に不味い。


 時間は良縁の敵。ならば、決断は早い方が良い。


 「……分かった。ボンビーノ子爵との婚約について、ジョゼに聞いてみよう。当人が嫌がればこの話は無かったことにするからな」

 「そうですね。こういう話は、当人の気持ちが大事です」


 それでも、本人の嫌がる結婚だけはさせないと、カセロールは親として心に決めていた。絶対に譲れない一線。家族を守るのは自分であるとの自負。そして、愛する家族を幸せにするという決心。そこが揺らぐことは無い。


 「え? ウランタと婚約? いいわよ」


 そんな決心をして、王都に娘を呼んだカセロールだったが、ジョゼの返答には思わず椅子からずり落ちそうになった。


 「随分とまたあっさりだな」


 なんとか気を取り直して、ジョゼに向かい合うカセロール。

 ボンビーノ子爵との婚約を検討している、と言った冒頭の返答がこれである。拍子抜けも良いところだ。


 「ウランタは良い子だし、家もお金持ちだし。ウランタは両親も居ないから姑も居ないんでしょ? それにすぐ結婚ってことにもならないだろうし」

 「まあそうだ。しかし、それだけで決めると言うのも…」

 「それに父様、もっと大事なことがあるの」

 「大事なこと?」


 ジョゼフィーネも、既に成人。結婚に際して大人の女として望むことがあるなら、聞いてやるのが親の務めと、カセロールは傾聴の姿勢をとった。


 「ウランタのところってね、魚がすっごい美味しいのよ」


 そして脱力した。

 以前、ペイスと一緒の社交で、ボンビーノ領に行った経験を持つジョゼ。その際の供応では、子爵家の誇る海産物を好きなだけ振る舞って貰えたとは聞いていた。

 おすそ分けで貰ったお土産が、家中で奪い合いになるぐらいには美味しい魚であったと、カセロールも記憶する。

 しかし、幾らなんでもそんなことが決め手とは、我が子とはいえ教育を間違えたかと落ち込みそうになった。


 もっとも、ジョゼはジョゼなりに考えを持っている。決して間の抜けた発言ではない。


 ジョゼとて、家に居る時にただ遊んでいるわけでは無く、また社交の場に出た際にも無駄話をしているわけでは無かった。それを出来るほどに愚かではなく、さりげなく情報収集できる程度には賢かったのだが、そんな娘の活躍は、息子の活躍に隠れて父には見え辛い。


 ジョゼが自分で調べたところ、結婚して一番ストレスがたまるのは、何よりも舅や姑、親戚等々の人間関係。次いで、食生活の違いだ。

 人間関係の問題はどんな結婚相手でも大なり小なり存在するが、その点で言えばウランタは人間関係のしがらみが少ない方である。

 そして何より、食生活の違い。これを軽んじては、円満な夫婦生活は望めないと、先輩方からの有難い教えを頂いている。

 ただでさえ最近はペイスの指導する料理が増え、またレーテシュ家から引っこ抜いた凄腕の料理人がモルテールン家で料理するようになっているわけで、味に関しては世界一だとジョゼは思っている。

 そんな料理に慣れ親しんでしまった自分が、他家に嫁いで、そこの料理で満足できるだろうか。

 否、半端なところでは絶対に満足できない。特にペイスの作るデザートが無いのは痛い。

 ならばせめて、時々でもモルテールン家の味を味わえる家に嫁ぎたい。ボンビーノ家であれば、料理に関しても妥協の範囲内であると自分の舌で確かめているのだ。

 かつてのモルテールン家のように、毎日豆のスープという生活には戻れない。


 こんな思惑を想像もしていないカセロールは、娘の言い分に力を落とすのみ。

 食い物に釣られて結婚相手を決めるやつがあるかと、怒る気にもなれない。


 「はあ。わかった。お前には案外良い相手かも知れん。こんなお転婆を貰ってくれると言うだけで喜ぶべきだろうな」

 「えぇ何それ。父様、私に酷いこと言ってない?」


 投げやりに言った父親の言葉に、ジョゼは反応する。こんな素敵な娘に、なんて酷いことを言うのかしらと憤慨頻りだ。


 「良いんだ。我が家の子どもは、優秀さと厄介さが共存しているのが常だからな。しかしだ。可愛い我が娘と婚約したいというなら、少し条件が要るだろうな」

 「条件?」


 カセロールも、気持ちを引き締め直す。顔までキリリと引き締まった。

 お転婆とはいえ、愛する子供。可愛い娘。その娘を嫁に貰いたいという男が居るのなら、何をおいても求めねばならぬ条件があった。


 「ああ。最低条件ってやつだ」


 カセロールの目線の先には、歴戦を共に戦ってきた愛剣の姿があった。


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>お転婆とはいえ、愛する子供。可愛い娘。その娘を嫁に貰いたいという男が居るのなら、何をおいても求めねばならぬ条件があった。 >「ああ。最低条件ってやつだ」 >カセロールの目線の先には、歴戦を共に戦って…
[気になる点] ジョゼがウランタに嫁ぐのは違和感ある。作中にもあったけどペイスが超有能過ぎて生活の質が格段に上がっているのは分かるし今後も発展していくと賢いジョゼなら想像できる。将来的には王家にも負け…
[一言] ウランタに剣は無理じゃないかなぁ
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