165話 戦勝祝賀会
王都にある王城の青狼の間。
王家の居城として神王国の政治、経済、文化、伝統の中心地として王城がそびえ立つわけだが、そんな国の中枢ともいえる中でも、更に上から数えて四番目に格式高い部屋だ。
まず、天井は見上げるほどに高い。二メートルほどのところからアーチ状になっていて、湾曲している天井から何十本もの鎖がぶら下がる。この鎖には大きな輪が四重の丸を描くように取り付けられていて、それぞれの輪には蝋燭立てが付いている。四つの輪が蝋燭を灯せば、さながら頭の上に天使の輪が輝くが如く明るく、華やかな印象を与える。勿論、飾りとして金銀宝飾が付けられていて、蝋燭の灯りが揺れる度にきらきらとした光りを振らせていた。
不夜城の灯りに照らされる部屋の中には、中央付近にテーブルが幾つか並ぶ。純白の綺麗なテーブルクロスが掛けられた上に置かれているのは、神王国でも最高の料理。
一番目立つのは子牛の丸焼きだろう。中まで火が通るようにじっくりと蒸し焼きのようにした料理で、これ一つ作るのに料理人がつきっきりで丸一日掛かるという珍品料理。だが、珍品料理はこれだけではない。
王家お抱えの魔法使いがこの日の為に運んだ新鮮な海の幸や、各地から取り寄せた珍しい山の幸などなど。見るだけでも楽しめるのは、流石に王家の持て成しといえる。
この料理を楽しむのは、王家から招待された高貴な身分の者ばかり。
給仕を除き、貴族以外は入ることを許されないこの部屋の中は、今大勢の人間がひしめくようにして集まっていた。
そんな彼ら彼女らの注目は今、一カ所に集まっている。皆の視線の先には、豪華な衣装を身に纏った男が居た。
「王国の藩籬たる諸君。余はここに宣言する。勝利したと。先王陛下御崩御の折、火事場泥棒の如く浅ましく我が国を蹂躙した異端者達に、痛烈なる一撃を加えた!! 彼奴等は我々の正義の鉄槌に怯え、許しを乞うた。これを為したは、余が息子であるルニキスである。今宵はそれを祝う宴の場である。大いに楽しんでもらいたい。乾杯!!」
「「乾杯!!」」
国王カリソンの、いささか感情的な乾杯の挨拶も終わり、祝勝会が始まった。
国中からほとんどの貴族が集まり、また諸外国からも来賓が集まる場。普通の貴族ならば少しでも自分の顔を売り込もうとするものだが、そうでない者も居たりする。
顔を隠すように壁際に立ち、出来得る限り気配を消そうとしている者が何十人も。ほとんどは給仕と護衛の為の人員で、パーティーの参加者でない以上、目立つことはすまいと職務に徹していた。
しかし、そんな連中と、さも同じですよといわんばかりの顔で紛れ込む男も居る。
何故か一人で佇む、カセロール=ミル=モルテールン男爵だ。時折周りに対して睨みを利かせ、露骨に近寄って欲しくなさそうな雰囲気を醸し出してた。
壁の花と呼ぶには大分厳つい。もし本当に花だとするならば、花言葉は首狩りだろうか。
剣呑な雰囲気を発する戦場の武人。寄らば斬ると言わんばかり。
だが、そんな男に声を掛ける者も居る。
「カセロール殿」
「これはセルジャン殿。このたびは戦勝、おめでとうございます」
声を掛けてきたのはセルジャン=レーテシュ。カセロールの威圧を受けて声を掛ける度胸も大したものだが、流石に彼に声を掛けられては、カセロールとしても親しげな雰囲気を演出するしかない。
祝勝会の主役の一人のはずなのだが、婿養子の悲哀というべきか、役割分担というべきか、目ぼしい挨拶は大抵がレーテシュ女伯爵の方に行く為、セルジャンはセルジャンで単独行動することになったのだ。
高位貴族の相手をしなくてもいいと喜ぶべきなのか、妻のおまけ扱いに悲しむべきなのか。当人はあまり気にしていないようだが、男が主役になるこの手の社交では、割と珍しいパターンである。
「何とか勝ちました。少々みっともない勝ち方ですし、祝っていただくのも恥じ入るばかりです」
「過程はどうあれ勝ちは勝ち。戦場に落ちている勝利を拾えるのも、実力あってこそ。誇られればよろしいのでは?」
「そう言っていただければ気も楽になります」
人に自慢できるような大活躍とまではいかず、色々と想定外のことに苦しめられた挙句の不可解な判定勝利。セルジャンからしてみれば、とてもではないが自分が祝勝会の主役だと誇る気にはなれない。
歴戦の勇者にして神王国の英雄に、気遣って貰えたのは正直セルジャンにとっても有り難かった。
「セルジャン殿のご活躍も伺っております。敵船に自ら斬り込まれたとか。武名を上げられたこと聞き及んでおります」
先の海戦の折、病が蔓延する前の小競り合いの応酬の際、状況打破を図るつもりで旗艦を敵船に着けて乱戦に持ち込もうとしたことがあった。敵に上手く躱されてしまった為に作戦は失敗し、膠着状態が続くことになってしまったわけだが、セルジャンの勇戦に、友軍が奮い立ったのも事実だ。
その後に航海病が徐々に浸透し、打開を図るにも打つ手がなくなってしまう状況になったわけだが、これを解決したのがペイスの入れ知恵であることは公然の秘密になっている。
「さすれば、将自ら剣をとるなどは下策です。大軍を預かる身でありながら、反省しきりであります」
「困りましたな、先ほどから左様な言葉を並べられますと、どうにも労い辛くなります」
「それならば、是非ボンビーノ卿を。彼の御仁の率いる海兵は今回の殊勲者でありましょう。采配も確かであり、勝利はボンビーノ卿あってのものであったと衆目の一致するところ」
聖国との戦いでは、地上戦は殆ど行われなかった。だからと言って陸上戦力が無意味だったかといえばさにあらず。いざとなれば上陸するぞというプレッシャーがあったからこそ、海上戦力がまだ水際防衛可能なうちに講和を、となったのだから。
陸上戦力で神王国の方が劣っていたと仮定した場合、聖国としては海戦で仮に負けても、陸戦で一戦して叩くという戦略もあり得た。陸上戦力でも神王国有利と見せつけていたからこそ、海戦で勝ち目無しと見切った時点で聖国が負けを認めたのだ。このまま上陸されて領地を奪われるよりは、せめて傷を浅くという判断。これは間違っていないと神王国人の評価も高い。
負けたことで、逆に侮り難しと名を高めた者も居ると言う事だ。
そしてこの海戦に際し、最も活躍したのはレーテシュ家の海軍ではない。レーテシュ海軍の数は、連合していた貴族達の中でも一番多かったのだが、激戦の場で常に戦い抜き、最も手柄を上げたのはウランタ率いるボンビーノ海軍だった。
元々は賤民であった人材を海軍のトップに据える大抜擢を行ったうえで、荒事の得意な連中や、波音を子守歌に育ったような船乗りたちを大金で雇い入れて組織化。かつての先々代がやっていたことの真似だという評価も多いが、抜擢人事は現当主のオリジナルだと噂になっている。
今回の殊勲に際し、最低でも勲章の授与。もしかすれば、何十年ぶりかに新たな伯爵位貴族が誕生するかも、という風に注目を集めていた。
「ふむ、ではボンビーノ卿に祝いを……おや?」
カセロールとしても知らない仲で無し。海の無いモルテールン領の領主としても、南部閥に睨みを利かせる軍内の立ち位置としても、是非とも仲良くなっておきたい相手である。
挨拶の一つもしておこうと見回したわけだが、ウランタはすぐに見つかった。
いや、正しくはウランタが居るであろう集団が見つかった。
「ウランタ様、是非私にもお話を聞かせて下さい」
「あたくしにも武勇伝を教えて欲しいですわ」
「いえ、あの、お願いですから胸を押し付けないでください」
「そうよ、ボンビーノ卿が困っているじゃない。ボンビーノ卿、あちらで私とゆっくりお話ししましょう。静かで落ち着いた部屋を用意させてありますので」
「お飲み物は如何ですか? 酒精の薄いものを用意させましょう。ご一緒に飲みませんか?」
部屋の一角。緑、赤、黄、青、桃色に白色。無い色を探す方が難しいほどにカラフルなのは、そこに着飾った女性たちが密集しているからだ。数えてみようと思っても止めた方が良いだろう。二十人以上から数えるのが面倒になる。
誰もが十代前半と思しき、うら若き女性たち。そこだけ空気の色が違うのではないかと思えるほどの様子に、カセロールでさえたじろいだ。戦場に単騎で突っ込むのはモルテールン家のお家芸であるが、今回ばかりは分が悪すぎる。名将は引き際も心得ているものだ。
「おやおや、流石は話題の少年領主。大人気ですな」
「まことに。あそこまで人気とは、男冥利でしょう。あんな風に囲まれるのは、ペイストリー殿の役目かと思っておりましたが」
「これでは近づけぬ。御令嬢達の恨みを買うことも無いでしょうし、あちらに行きますか」
「そうですな。既婚者は既婚者同士」
時折きゃあと甲高い声が響く。恐らくウランタが何がしか話したことに過剰反応しているのだろう。
耳を抑えたくなる衝動を抑え、場を離れようとしたカセロールとセルジャンに、少年が近づく。
「なら、既婚者の会話に、僕も参加して良いでしょうか」
そういってカセロールに声を掛けたのは、彼が溺愛する愛息子であった。
今日の彼の装いは、白で縁取られた薄いベージュの上着と、縁取りに合わせた白いシャツ。それにクリーム色のズボンと、落ち着いた雰囲気のものだった。目立たないようにしているともいえる。
装飾品をこれでもかという程身に着け、金糸をふんだんに使いギラギラに光る服を着て、周りの目をチカチカさせているような人間が一人ならず居ることを思えば、むしろ地味すぎる服装である。
「勿論構わない。ペイス、噂では話を聞いた。お前も活躍したそうだな」
「大したことは有りません」
「ペイストリー殿にそう言われると、我々の立場が無い」
謙遜するペイスではあったが、セルジャンからしてみれば反応に困る言葉だ。その通りですと肯定してしまえば、ペイスよりも活躍していない連中は無能になってしまう。
あくまでペイスがおかしいのであって、多くの人間が精いっぱいの働きをした。彼らの働きを大したもんだと褒める以上、ペイスもまた大したものでなければならない。
「ははは、そうかもしれません。我が息子ながら、自慢の子ですな。私も、家を任せるのに不安が全くないのですよ。多少趣味に走りがちなところはありますが、私以上に家を盛り立ててくれると確信しておりますので。そうですな、いずれはレーテシュ家に次ぐ家格となるやもしれません」
「これはまた……ご謙遜ですな」
聞き耳を立てていた他所の貴族などは、思わずどこが謙遜だと言いたくなるような会話だった。
ペイスと実際に剣を交え、国内屈指の大貴族家の力を最大限行使して調べ上げた情報を知るセルジャンだからこそ、カセロールの言葉が謙遜であると分かるのだ。
そうでなければ、カセロールの言葉はどう聞いても親馬鹿の類である。
元々モルテールン家は騎士爵家。カセロールに至っては平民と変わらない従士だった経歴を持つ、新興中の新興貴族。
それが、男爵位を持つに至っただけでも破格の出世。国内屈指の大貴族たるレーテシュ家は、下手をすれば小国並みの権力や財力があるわけで、そこに並び立つというのなら、いわば平民が王になるぐらいの革命的状況。
幾らなんでもそんなことは無いだろう。と、普通ならば思う。
その可能性を予見しているのは、普通でない人間か、普通でない人間を知っている人間かのどちらかだ。
「ところでペイストリー殿、リコリス嬢はどうされたのか。今日は一緒に来られていると思っていたのだが」
「ええ。一緒に来ていたのはその通りなのですが、実は少し問題がありまして……」
「お前、また何かやらかしたのか」
「父様、またとは何ですか、またとは。まるで僕がしょっちゅうやらかしているみたいじゃないですか」
「そう言っているのだ。それで、何があった」
「入口までは、姉様やリコリスと一緒に来ていたのですよ。それで、母様に見つかりまして」
「ああ。アニエスがちょっと行ってくると言って離れたのは、お前たちを見つけたからか」
普通、貴族の社交と言えば華が要るものだ。
特に今回のようなお祝いの席であれば、夫婦揃って言祝ぐぐらいが常識的な対応。それにも関わらずカセロールが一人であったのは、何も夫婦の仲が悪いからではない。むしろ逆で、仲が良いからこそ安心して単独行動が出来るというものだ。
「その時、ちょっとばかりおめかししていた二人の衣装に目を止めたらしく……僕は父様の方に行けと追い払われてしまいました」
「衣装?」
いつもはカセロールをたてて控えめに社交をするアニエスが、カセロールをほったらかしにするほど気を惹かれるもの。それが娘と義娘の衣装だというのだ。
ここらへんで、カセロールはピンと来るものがあった。
「お前、今度は女の服にまで手を出したか」
「御慧眼恐れ入ります」
今回のペイスの思惑は、女性陣の服を通してモルテールン領そのもののイメージアップを図ること。今までのペイスの政策と権謀によって、幾つかのお菓子についてはある程度の知名度を得ている。ここにきてお菓子以外も素晴らしいものがモルテールン領にはあるのだと知ってもらえれば、全体のイメージアップにつながる。それはそのまま、お菓子の売れ行きにも反映される相乗効果があるのだ。
今回の女性陣の衣装は、ペイスとしても自信がある。
職人たちは、何故か都合よく在庫を用意していたナータ商会から最高級の材料を取りそろえた。ペイスも支援は惜しまず、金に糸目をつけずに意欲的なデザインで作り上げた逸品。ジョゼフィーネのみならず、リコリスまで嬉しさを隠しきれずにはしゃいだといえば、どれほどの物か分かろうというもの。
母親が抗しきれずに話を聞きたがるのも当然である。
「では、私も娘たちの晴れ姿を見てみるとするか」
「では僕も。セルジャン殿、これで失礼します」
「ええ。いずれまたゆっくりと話しましょう」
セルジャンはセルジャンでレーテシュ家の社交がある。
青年と別れたペイスとカセロールは、モルテールン家の最高権力者を探した。
幸いにして、人だかりが良い目印となっていたので、見つけるのに苦労はない。
だがしかし、そこでペイス達は意外なトラブルに巻き込まれることになる。
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