162話 戦いはフルーツに合わせて
「全軍、突撃!!」
セルジャンの号令一下、神王国軍の艦隊が波しぶきをあげた。
「良い動きですね。流石はレーテシュ家の精鋭」
「風に恵まれたようです。これもまた神の思し召しでしょう。それに動きが良いのは当家だけではない。ジョブズ家、ボンビーノ家、ダン家、皆が良い動きをする。モルテールン卿から見て、どう見えますか?」
「やはりボンビーノ家の動きがいいですね。あそこの船員とは多少の面識がありますから、実力については疑いようもない。腕に磨きがかかっているように思えますね」
「ほう、モルテールン卿のお墨付きとあれば心強い。これは、今度こそ期待できますな」
旗艦の特等席。
指揮官の横に居たのは、何故か銀髪の少年だった。
今回の戦い、ペイスはセルジャン含む上層部に、盛大に歓迎された。それと同時に、忌避された。
元々戦場に出る度に手柄を立てるモルテールン家を、今回の戦いで疎む家はゼロでは無かった。いや、むしろそちらの方が多かった。
自分たちが手柄を立てたいとなれば、何かと目立つうえに実力派のモルテールン家には遠慮してほしいのが人情。出しゃばるなと口に出しはしないが、態度でそれを感じさせるものも多い。
しかし、そういう家に限って情報に疎く、援軍に来たのがペイス一人と聞いて安心していたのだから笑えない。
子供一人が、例え魔法使いと言えど何するものかと。
神童との呼び声も聞いている人間は多かったが、それにしたところで病人ばかりの苦戦をひっくり返せるような奇跡もあるまい、というのが大勢の見方。今更ここにきて、もしかしたら逃げ支度の相談かとまで疑われた。
斯様な状況をこれ幸いと感じたのは、カドレチェク家、レーテシュ家、ボンビーノ家等々、ペイスの実力を嫌という程知っている面々。
若手実力派として貴族社会で知られる面々がこっそり隠れ、爵位も低いペイスに上座を譲り、助けて欲しいと訴えたのだ。
ペイスとしても鬼ではないので、ボンビーノ家から援軍要請と助力を乞う手紙が届いたことを伝えた上で、一定額の報酬と引き換えに知恵とお菓子を授けた。
フレッシュなフルーツタルトに、モルテールン領で採れた山盛りのベリー。そして、壊血病の治療法。
熟練の船乗りでさえ、揃って知らぬという病気の治療法を、何故生粋の陸軍軍人家系のモルテールン家が知っているのかという不思議はあったものの、今更ペイスのことを疑うような阿呆は三家にはおらず、早速とばかりに対策を講じた。
その甲斐あって、先の三家からは航海病の患者の容体が快復しはじめ、また新規の患者が著しい減少を見せ始める。顕著な効果を確認したところで、他所も真似をするようになった。
尚、情報料としてペイスに支払った以上の額を、三家も強かに稼いだのは余談である。手柄の報酬の前借りまで言い出した家があり、王子の耳に届いて失笑を買ったりもした。
一度良い方に転がりだすと、全て上手くいくようになるのが世の中の不思議。
緒戦の苦杯に雪辱を果たさんと、各家の士気は著しく向上した。
それを纏め、満を持して決戦の場に向かっているのが今現在であり、今度こそは敵を潰して攻め込んでやると鼻息も荒い。
「敵影発見!!」
敵の発見を優先するために、哨戒体制をとっていた神王国軍。
敵影見ゆるとの報せを受け、改めて密集陣形を取るよう、旗艦に旗が上がる。
船と船の間が、飛び移れそうなほど近づく密集陣形。隙の無い陣形だ。
一塊になった神王国軍の前に現れたのは、聖国の船団だった。接敵したのはお互い様なのだ。向こうも自分たちに気付いているはずと皆が思ったが、その通りに早速敵が動く。
「敵が船団を二手に分けるようです」
部下の報告を聞くまでもなく、セルジャンは敵を睨みつけて考えを巡らせていた。
「今回は、前のように小細工は許してはならんな。敵の動き、モルテールン卿はどう思われるか」
戦力的には優勢。或いは緒戦の被害を勘案して、互角と言ったところだろう。
失敗は許されないという緊張感。軍人として精神力も鍛えてあるセルジャンではあるが、確実を期すためには、自分達とは違った目線も要るだろうと、頼れる援軍に声を掛けた。
「……どうにかして此方の戦力を分散させたいようですね。何が狙いなのか……兵力が劣勢である以上、此方の頭を叩きに来ているというのが一番可能性がありそうですが」
「つまり、私か」
敵の動きは、悪手に思える動きだった。
少ない兵力は可能な限り纏めて運用するのが兵法の常道。にも拘らず、あえて二手に分かれた動きを見せている。
緒戦ではこの手の動きに惑わされ、合わせるように動いたために痛撃を受けた。同じ手を二度食らうことほど、軍人として間抜けなことはない。今回もまた、此方が兵力を分けて対応しようとしたところで、弱点を強襲する可能性がある。そうセルジャンは考えた。
ならば対処は一つ。分かれた敵船団どちらかを全軍で一気に潰してしまえば、理想的な各個撃破戦法になる。
「或いは、挟み撃ちか……何か魔法的に隠し玉でもあるのでしょうか」
「モルテールン卿でも読めないか」
「僕も海戦は素人ですし、そもそも軍事は苦手分野ですよ」
ペイスは、自信をもって得意と言える分野はお菓子作りだけだと思っている。自分よりも優れた魔法使いや、強い軍人なども居るはずだと思っている。
こればかりは、自己評価と他者評価の乖離が著しいわけだが、当人の目的が、最高のスイーツを作る事なのだから仕方がない。領地を富ませるのも、軍事に強くなるのも、謀略を駆使するのも、外交戦でやり合うのも、全てはその為の手段に過ぎない。
「卿の力量で苦手と言われてしまうと、我々の立場が無い。だが、確かに相手の狙いを読もうとしても始まらないか」
セルジャンは苦笑した。
自分の得意分野で自分よりも勝るペイスが、苦手なのだとしたらば、自分は一体どうなるのかという、アイデンティティの問題だからだ。
「そうですね。あえて後手をひくことも無いでしょう。敵の狙いが何であれ、此方が動けばいずれ分かることです」
敵の思惑を読もうとして、後手に回るのはよろしくない。先手を取り、主導権を握った方が有利になるというのは、戦いの基本である。
セルジャンも指揮官としてそう判断し、改めて全軍での突撃を命じた。狙いは敵の左翼。風下に居る敵だ。風と波に乗れれば、一気果敢に攻められる。
「攻めろ!!」
矢戦が始まり、戦いの幕が切って落とされた。
◇◇◇◇◇
聖国軍の中では、深刻な問題が起きていた。
「っち、同じ手には何度も乗ってくれんな」
旗艦に乗るアドビヨン枢機卿は、苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。
「ただでさえ、病人が続出しているのに、敵は意気軒昂か」
「猊下、猊下、やっぱり作戦は変えないんですか?」
「変えん。これが唯一、勝ち目のある方法なのだ」
そう、聖国の方でも長い間の対陣で、船内に病気が蔓延していたのだ。
奇しくもそれは神王国船団で猛威を振るった航海病と、全く同じ症状の病気。いや、掛け値無く同じ病気というべきだろう。
情報管理に関しては一日の長がある聖国軍。情報封鎖はきっちり行っていた為に苦境が神王国側に漏れているということは無いが、ただでさえ劣勢の戦力が傷病者で目減りしている現状。
不利が一層不利になったところで、状況は何も変わっていないと開き直ることもできない。
おまけに、聖国の軍事力で唯一神王国に勝っていた魔法戦力でもトラブルが起きた。
アドビヨン枢機卿の養女であり、戦略兵器ともいえる癒しの聖女マリーアディットが出血による高熱で倒れたのに始まり、序列一位にして唯一モルテールンに対抗できるビターもまた病で戦線離脱。他にも何人かのお抱え魔法使いが、船内で航海病に罹って後方に送られた。
こうなるともうまともに作戦などは立てられないのだが、それでも勝ちを諦めなかった人間が一策を授け、それに縋るようにして気持ちを奮い立たせているのが現状である。
「せめて、お前とビターが逆であったらなあ」
「猊下、何か悪口言われてる気がするんですけど。あれ? 違うのかな?」
辛うじて救いと言えるのは、序列十位のリジィ=ロレンティが無事であることだろうか。
こんな頭の軽い女でも、聖国にとっては唯一の勝ち目であると枢機卿はジト目になった。
暗に、どころか明確に落胆されているにも関わらず、呑気さが失われていないというだけでもある意味大物だ。
「撤退ってわけにはいかないんですよね」
「今撤退すれば、相手は勢いを持ったまま攻め込んでくる。我々は、病人を治しきらぬうちに領内で戦闘ということになる。敵に領土を取られてしまっては、まともな講和など望めん。ここで、出来る限り時間を稼ぐ。戦力を可能な限り保持してな。後方に送った者たちが復帰すれば、それで状況は変わるかもしれんのだ。ここは絶対に引けん。一戦し、可能な限り有利な体勢を作り、講和を申し込む」
そう、聖国の狙いは、徹底的な遅滞戦闘だ。時間稼ぎともいう。
そして、敵の指揮官を叩く。もしも指揮官の捕縛、ないしは除去が叶えば、敵の戦力自体は減らせずとも、新しい指揮官を選ぶまでぐらいは時間稼ぎができる。時間が稼げれば、聖国側の戦力も回復するかもしれない。
だからこそ、船団を二つに分けた。一方の動きで敵を攪乱し、隙をなんとか見つけて敵の首魁を襲う。そこに勝機はある。
如何に相手の目を陽動に向けさせるか。如何に相手の隙を見つけるか。どうやって相手の隙をつくか。そしてこちらの狙いをどう誤魔化すか。
課題は多いが、不可能ではない。そう自分に言い聞かせる枢機卿。
「敵が向かってきます!!」
「迎え撃て。ここで矢をケチる必要は無い。撃ち尽すつもりで撃て!!」
矢戦の応酬が始まる。
意外なことに、聖国が僅かに優勢であるようだった。どうやら、神王国側が長期戦を考えて矢の消費を計算しながら撃っているのが影響しているらしい。
がむしゃらに撃ち続けた聖国が、この間だけは優勢を勝ち取った。貴重な主導権、渡すわけにはいかない。
「別動隊を回り込ませる。精々怪しい動きをして、敵の目を引き付けさせろ」
船内の雰囲気がにわかに明るくなった。
ここで手強さを印象付けておけば、ほぼ病人だけの別動隊にも、敵は戦力を張り付けて対応せざるを得ないはず。その分だけ旗艦の防備は薄くなる。
「敵、旗艦を確認」
「よし、よし!!」
更に朗報が続く。
旗艦が後方にあり、手厚く守られている可能性もあった中、ほぼ最前線と呼べる位置に神王国の旗艦が見えたとの報告が届いたのだ。
恐らくは緒戦の被害もあって、指揮官自ら士気を鼓舞する必要を感じたのだと思われる。勇敢な敵だ。敬意に値する。だが、それだけに今回はその首を是が非にも頂く。
「全艦に伝達」
「はっ」
枢機卿は、顔を僅かに赤らめながら、大声で命令を発する。
「突撃だ!! 目標は敵旗艦。狙うは敵の指揮官の首。他の些事に構うな。戦いの勝敗はこの時に掛かっている!!」
「「おお!!」」
指揮官の檄に、船員たちが応える。神に守られたと信じる精鋭中の精鋭だ。加護を信じ、勝利を疑わず、数多の命令をこなしてきた忠実な者達。
これならば大丈夫と、枢機卿は自分の気持ちを落ち着かせようと椅子に座った。
「猊下、猊下」
「なんだリジィ」
「旗艦に突っ込むのは良いんですけど、敵に魔法使いが居たらどうします?」
「……お前に頼ることになる。分かっていると思うが、負けられんぞ」
伊達に序列十位に列せられているわけでは無い。若いながらも、リジィも実戦経験を持つ実践派の魔法使い。彼女にも、そんじょそこらの魔法使いであれば、十分に対処して見せるという自信はあった。
だがしかし、物事には例外というものがある。
「でも、もしも敵の旗艦に首狩りが居たらどうします?」
「……勝てるか?」
「無理でしょう。あたしの魔法だと相性が悪すぎます。他の魔法使いなら、あたしの魔法でなら最悪でも捕まえるぐらいは出来そうですけど、あの悪魔が相手だとそもそも捕まえられませんって。刺されて終わりですよ。あたしなら」
リジィの意見は、冷静だった。何せ命が掛かっているのだから、真剣そのものである。
「そうか……もしもその場合なら……撤退だな」
「あたしだけ?」
「総撤退だ。私の首を狩られれば、軍の崩壊は止めようがなく、最早為す術がない。よって、旗艦に首狩りが居た時には、すぐに知らせるように」
「じゃあさ、猊下」
「ん?」
「あっこにヒラヒラしてる旗って、モルテールンの旗ですよね」
神王国旗艦にたなびくのは、神王国王家の紋章に、レーテシュ伯爵家の紋。そして今しがた高々と掲げられたのは、モルテールン家の旗だった。
◇◇◇◇◇
神王国旗艦の船内は、わっと明るい声が響いていた。
「閣下、敵が講和を申し込んで来ました。降伏旗が上がっています」
「そうか。話し合いには応じると返答しろ」
セルジャンは、肩の力を抜いた。
絶対に負けられない戦いであったが、何とか恰好が付きそうだと。
「モルテールン卿にも世話になりました。卿が来られなければ、我が軍は戦う事すらできなかった」
「いえいえ。偶々治療法を知っていただけのこと」
「それでも礼を言います」
セルジャンは、ペイスに頭を下げた。
「しかし、まさかお菓子や果物で航海病が治るとは」
「部下の方々にはベリーや芋をそのまま渡しましたが、これは特別製です。僕のお手製ですから」
「効果があった以上信じるしかないですが……旨い。これは役得ですかな」
セルジャンが頬張ったフルーツタルト。
新鮮な果物がちりばめられたそれは、多分に酸味を感じる勝利の味だった。
これにて17章結
次章「最強の好敵手は笑顔と共に」
乞うご期待。
尚、ブログにも書きましたが、12月9日に8巻が発売になります。
それに合わせて情報解禁がありました通り、ドラマCDも予約を開始しました。
コミカライズとあわせ、引き続き「おかしな転生」をお楽しみください。