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おかしな転生  作者: 古流 望
第17章 戦いはフルーツに合わせて
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156話 時代の寵児

 「壮観ですなあ」

 「そうですね」


 海の上で会話する男が二人。

 そのうちの一人は、レーテシュ伯爵家当主代理にして、神王国南方遠征軍の海上戦力を取りまとめるセルジャン=ミル=レーテシュ。もう一人は、カドレチェク公爵家当主代理にして、神王国南方遠征軍の陸上戦力を取りまとめるスクヮーレ=ミル=カドレチェク。

 どちらも年若く、セルジャンは二十代。スクヮーレに至っては十代だ。共に軍家として実戦経験を積んでおり、これが初陣という訳でも無い為落ち着いた雰囲気があった。

 彼らがこれから行うのは、対聖国の戦争である。


 先日の国王宣下(こくおうせんげ)による宣戦布告から一ヶ月。準備を万端整えた神王国は、いよいよ軍を動かした。


 総大将は国王カリソン。つまりは、王家を主体とする国家をあげての戦いと言う事。

 総兵力は七万を越えて八万にもなろうかという圧倒的なもの。号して十万の大軍だ。聖国相手とあって海軍と陸軍の共同作戦となっており、全てをまとめて遠征総軍と称す。


 しかし、総大将と言っても、実際に戦場に出るわけではない。国王は、王都にあってデンと構えておくのが仕事。

 実質的に遠征総軍の取り纏めを行うのは中央軍であり、実務の総責任者は中央軍大将という肩書の第一王子。彼の下に、海軍担当のレーテシュ家や陸軍担当のカドレチェク家等が就く。


 神王国では、国軍は百パーセント陸軍だ。南大陸の内陸部の都市国家を発祥とし、騎兵たる騎士を主力として勢力を拡大した歴史から、騎兵こそ戦場の華という伝統が息づく。

 そんな国柄だ。今回の戦争でも騎兵を用いないわけが無い。

 国軍と騎兵を中心にした、第一部隊一万五千騎をコーリーフ伯爵が率いる。決戦戦力と目される、精鋭中の精鋭だ。これほどの数の騎兵を揃える国は、南大陸広しと言えど、神王国ぐらいなもの。どんな敵が相手でも怯むことはなく、突撃すればいかなる敵も粉砕するとコーリーフ伯爵は豪語する。


 しかし、騎兵だけでは戦争は出来ない。陸軍のメインは歩兵。

 国軍の歩兵部隊や、貴族諸家の部隊を統合して運用するのが、第二部隊二万二千名を率いるカドレチェク公爵家だ。今回の戦争では、公爵本人は後方にあって国王の補佐を行う為、息子であるスクヮーレがトップに立つ。

 前線に立つことを(いと)わず、恐れず、その上で下々にまで目を配るスクヮーレは兵の信望がある。更には公爵家の優秀な人材が揃って脇を固めるのだから、大戦果を挙げること疑いようも無いと、多くの者は噂する。


 だが、戦争には前線の兵士だけでは勝てない。いつでも、或いはどんな組織でも、優秀な働きをする組織には優秀な支援体制があるもの。

 アングルワット伯爵の率いる第三部隊二万余名は、後方支援の専門家集団。兵站や補給を始めとし、輸送路の護衛や資材調達も彼らの担当。縁の下の力持ちである彼らは、万全の態勢で構え、今や遅しと言わんばかり。士気高く、小動(こゆるぎ)もさせないと、アングルワット伯爵は鼻息を荒くさせる。


 そして海軍も忘れてはいけない。

 船は平時でも維持費が掛かり、製造にも時間が掛かることから、急に揃えるのは不可能。

 また、戦争の時に動員するにも騎士に船を動かせと言ってもどだい無理な話。つまり、専門家に任せるにこしたことは無いということ。

 日頃から船を扱う海沿いの領地を持つ貴族家がこの専門家に当たるわけだが、これを指揮する者にも専門性が求められる。陸軍の軍人に海軍を動かすのは無茶というもの。船乗りの経験がある人間でなければ、海軍のトップは務まらない。

 しかし、ただ船乗りを頭に置けばいいという訳でも無い。最低限海沿いに領地を持つ十家ほどを束ねるだけの威が要る。

 となればやはり、国内最大の海洋戦力を保有する、レーテシュ伯爵家以外には人は居まい。

 レーテシュ家以下二十家、船舶の総数が大型船で四十八隻。これは全て帆船で、半分程度は兵員と物資の輸送の為に使われる。そして、小型船が二百五十五艘。二百艘以上は手漕ぎの櫂船であり、現在は帆船に曳航(えいこう)されている途中。

 第四部隊たる海軍の総数が一万二千人。一度にこれほどの船を動かしたのは、神王国の有史以来初めてのことだ。


 これに、国内の二線級の人員や、傭兵などを纏めて運用する第五部隊がある。予備兵力としても機能するよう、質も量もバラバラな人員を一個の部隊として運用する手腕はバッツィエン子爵が得意とする分野。現状は物の数ではないが、いざとなれば数千の兵士を戦場に送れるだろう。


 総員で七万程度。予備兵力にも余裕があり、まさに神王国の威容そのもの。本陣を聖国の対岸に置き、海戦で勝利を収めて制海権を握り、対岸へと進行する手はず。

 旗艦として海に浮かぶ“栄光の海神号”の甲板の上。セルジャンとスクヮーレの眼下には、全てが一望できた。


 「お二方とも、ここに居られたのですか」


 これからの戦いを胸に秘め、責任と誇りを噛みしめていた実戦戦力のトップ二人に、掛けられた声。

 幼さの残るような声ではあったが、掛けられた方にはそれが誰であるかすぐに分かった。


 「おや、これはボンビーノ閣下」


 ウランタ=ミル=ボンビーノ。子爵家の当主であり、今回はレーテシュ家の下に大型帆船十隻を率いて参陣した海軍の重鎮。年は幼いながらも海賊討伐で名を馳せ、俊英の名も高い南部閥の名門。

 無論、会話していた二人とも事前の面識があり、レーテシュ家のセルジャンなどは共に馬を並べた戦友である。遠慮する間柄でも無く、気軽に声を掛けて来た。


 「何を見ておられたのですか?」

 「未来を見ておりました」

 「未来?」


 ウランタの何気ない問いに答えたセルジャンの言葉に、若者二人が怪訝そうにした。船の上から眺める景色のどこに未来があるのかと。


 「この戦い、実戦の総指揮官が王子殿下。各軍の指揮官も、半分は若手です。我々のように、まだ未熟な者ばかり」

 「言われてみれば確かに。集まったのは若手が多いですね」


 神王国は、周辺諸国との小競り合いこそ絶えないものの、大きな争いは極力避ける外交方針を執って来た。その為、王家の主導する対外戦争というのは実に久しぶりである。

 戦争など無い方が良いと考える人間からすれば素晴らしい状況だったのだが、手柄を立てて立身出世を目論む人間からすれば不本意な状況。

 今回のことをチャンスだと考える人間は、こぞって参加している。内訳としては、過去の戦いで手柄を上げている年かさの人間よりも、将来の為の軍功を欲する若年層が圧倒的多数。先の大戦で手柄をあげて爵位を貰ったような人間は、今回の戦いには出てこない。仮に当人が望もうとも、周りが止める。若者にチャンスをと説得されるし、それを分かっているからこそ空気を読むということもある。

 また、海戦と陸戦では勝手が違うという点も大きい。過去の成功体験を誇る人間であるほど、勝手の違う戦いに出向いて晩節を汚す真似を避ける。

 海戦と陸戦が全く別物だと分かっている人間は今回の参加を見合わせ、それが分からないような人間はそもそも手柄を立てていない。

 諸々の事情から、過去に手柄を立てれなかった人間か、或いはこれから手柄を立てたいと願う人間が、今回の主力となる。平均年齢的には、相当若くなっている理由がここにあった。


 「神王国の将来を決めるとも言える大戦(おおいくさ)に、若い力が集まっている。未来を予感させるとは思いませんか?」


 セルジャンは、元々伯爵家の次男坊。部屋住みの穀潰しとも揶揄された存在。

 それが何をどうしてこうなったのか、国を支える重鎮の名代として、最重要の海軍を率いる立場になっている。

 三年前でも、今の姿は想像できなかったに違いない。未来の不確実性と、将来の展望の明るさについては、一家言を持つ。


 そんな好青年の言葉に、頷いたのはスクヮーレだった。

 カドレチェク公爵家に生まれ、初陣では辛酸を味わい、苦労の中でもがいている最中の彼は、また別の見方があった。


 「……今回の戦いは、二十年前の戦いに区切りをつける戦いなのでしょう」

 「といいいますと?」


 カドレチェク公爵家の政治的見解だ。こればかりは、誰もが拝聴の価値があると耳を傾ける。


 「かつて、我が国は四方から攻められて滅亡の危機に瀕した。そこから国力を取り戻し、今は逆に攻め込もうとしている。ここで勝利すれば、誰の目にもかつて以上の力を持ったと明らかになるとは思いませんか?」

 「なるほど」


 二十余年前の大戦では、神王国は滅亡寸前だった。極一部の英雄的活躍により危機を脱したのだが、今尚根強く残るのは“運が良かった”という意見。

 国王カリソンの運が良かっただけ。或いは宝くじの如く偶然カセロールの奇襲が嵌っただけ。或いは、双方の油断が無ければ最後まで押し切られていた、などなど。

 こんな意見は、今でも口にする者が相当数居る。

 神王国の四方を囲む国々にしてみれば、非常に惜しいところまで押し込んで、ほんの少しの油断、欠片ほどの不運、たった数刻ほどの時間差で、手にしていた勝利をつかみ損ねたという感覚がある。もう一度やれば、今度こそ上手くやれる。そんな感覚が、何時までもこびり付くような敗北だったのだ。

 本当は勝っていた。そんな、敗北を敗北として認められない感覚。これがある限り、神王国は常に周りが敵で有り続ける。

 この感覚を断ち切り、神王国が間違いなく勝利者なのだと思い知らせること。それが出来て初めて、神王国は過去の大戦にケジメを付けたと言えるのだ。

 そのチャンスが、巡ってきたのがまさに今。


 「後は、世代交代でしょうね」

 「やはりそう思いますか」

 「何処の家も考えることは似たようなものでしょう。先の大戦以来二十余年。当時第一線で活躍していた英雄たちが、今は一線から退こうとしている。次に来るのは、我々の時代です」


 二十年という年月は、人が子供を授かり、育て、赤ん坊が大人になるに十分な時間だ。

 そして、壮年であった者たちが老い、老人となって衰えるのにも十分な時間。

 当時若者であったものが中年や、或いは老人とも呼ばれる年になり、子供や、下手をすれば孫まで居るような者まで居る。

 先の大戦から今日まで神王国を守って来た者達から、次の世代へ。新たな守護者の時代になったのだ。そう知らしめるのに、相応しい。誰もが感じている感覚だ。


 これからは、自分たちの時代。

 居並ぶ若者たちは、そう感じていた。


 「しかしそうなると、一人欠けている気がしませんか? 我らを代表する、時代の寵児が、ここには居ない」

 「誰のことを言いたいのかはお察しします。しかし、その……欠けると表現するには、いささか穴が大きすぎはしませんか?」

 「確かにそうだ」


 カドレチェク公爵嫡子スクヮーレ、レーテシュ伯爵家セルジャン、ボンビーノ子爵家当主ウランタ。誰にしたところで、次世代の顔と言ってもおかしくないだけの実力を持っている。家柄にしても、全員が全員共由緒正しい家柄の生まれ。向上心を持ち、実力も同世代に比べて傑出した人間ばかり。

 にもかかわらず、彼らには一つの共通認識があった。自分たちの世代を代表する人物として、相応しい人物が居ると。


 「やはりふさわしいのは……」


 全員が、一人の少年の名を口にした。



◇◇◇◇◇



 「やはり、ビターじゃないかな?」

 「何の話だ?」


 聖国の中心に位置する聖都。一部の宗教者などが世界の中心だと豪語するここには今、国家の重要人物が集まっている。

 先般、神王国からの宣戦布告があり、対策を協議する為に枢機卿が集まっているという意味だ。

 枢機卿である彼ら、彼女らは、普段は自らの身を守る為に護衛を侍らすが、協議の為の部屋は聖なる空間とされていて、協議中は護衛の人間も別室で待機する。世俗の穢れを持ち込まないという、宗教的規律というもの。

 護衛の人間といっても様々で、国一番の武闘派を自他ともに認める大剣の使い手であったり、一見すれば深窓の令嬢にも見えるものの、護衛術と暗殺術を仕込まれた忍者のような女性であったりと、バラエティ豊か。

 それでも比率と言う意味であれば、魔法使いが最も多い。十三人の護衛の内、半数以上は魔法を使えるのだから、聖国の魔法戦力の大部分がここに集まっていると言って過言ではない。


 聖国内において魔法使いは年若いころから別格視されがちで、必然、交友関係も際立って偏りがち。政治的にも金銭的にも宗教的にも国家の上層部の庇護下に置かれる。

 ある意味で籠の鳥のようなもので、気軽に友達が作れるような立場ではない。

 そうなれば、友人と呼べるものも同じ境遇の人間同士となりがちで、ここに集まった魔法使いたちもまたその例に漏れない。社交の場でしょっちゅう顔を合わせる知己同士とあって、護衛の任務中であるにも関わらず、気楽な雑談に興じる。


 「時代を代表する、わが国で一番の魔法使いは誰かって話」

 「それが俺か?」

 「そ。序列一位にして我が国の切り札。最も神に愛された神童と呼ばれ、数々の悪魔を討ち取って来た使徒の中の使徒」


 聖国では魔法使いを聖職者が後見する。後見人は魔法使いの衣食住の面倒を見るのと同時に、被後見人の魔法の使用については後見人の監督下で行うこととされている。魔法の有用性よりも危険性に対しての対策を重視し、より強く国家の干渉を行う聖国の施策。

 国が管理する以上、生活支援や有事の際の保護について、各々の優先度が定められる。複数の魔法使いが居て、全員に必要十分なリソースを割けるなら良いのだが、国家予算は有限で、より貴重な魔法使いや有用な魔法使いを国家として優先するのは至極当然。AとBでよりAの方が国家として重要性が高いとしたならば、二者択一を迫られた時には迷わずAを守りBを切り捨てる。それが聖国の魔法使いに対する方針だ。

 この優先順位。何時の頃からか、魔法使いの序列そのものとして認識されるようになり、現在では魔法使い自身が自分たちの序列をもって他人と優劣を比べるようになった。序列が上がれば予算も増えるし、人々の役に立っていると広く認められている何よりの証、というわけだ。


 この序列の一位には、現在ビターテイスト=エスト=ハイエンシャンという青年が就いている。序列二位が治癒の魔法を使うマリーアディット=アドビヨン。この二人は、魔法の希少性、有用性、実力、実績等が傑出しており、あと二十年は不動と言われる聖国のツートップなのだ。

 更に、能力の汎用性という意味では、ビターの能力は頭一つ抜け出ている。


 「魔法は戦いの為だけではないだろう。癒しの聖女のように、人々に神の恩恵を与えるのも我々にとっては重要な使命だ」


 しかも、本人の性格は極めて温厚。

 謹厳実直であり、規則に従順というお堅い中身。鍛え上げられた外見と相まって、騎士の中には同僚と間違える人間も居るほど。


 「うわ、耳が痛い」

 「そうだな。大食らいのギーは、素行に問題があると専らの評判だ」

 「違うって、あたしは普通の女の子なの。ただ、お腹が空いてると気が立つじゃない。ビターもそうでしょ? そうよね。そうに違いないの。だから、あたしのせいじゃない!!」

 「御高説は結構だが、今は前みたいに暴れてくれるなよ」


 以前に空腹から暴れ、魔法を暴発させた前科のある少女に対し、ため息交じりに会話する青年。

 大食らいと呼ばれた少女は、心外だと言いたげな顔で、胸を張る。


 「それなら大丈夫。これ持ってきたから」

 「……焼き菓子か?」

 「そ。最近港で見つけてさ。お隣の国のお菓子だっていう話だから、戦争で買えなくなる前に買い占めて来ちゃった」

 「また無駄遣いを……我々に下賜される金子は、信徒の浄財なんだぞ?」

 「お腹が減ってちゃ仕事も出来ない。これは有効な使い方よね」

 「……何も言うまい」


 少女は、どこからか焼き菓子を取り出してぱくぱくと食べ始める。

 国の最重要人物達の護衛という立場。彼女以外の人間は、皆冷えた目で菓子を貪る様子を見ていた。

 そんな視線に気づいたのだろう。少女が、名残惜しそうに一枚の焼き菓子を摘まんで、男に差し出した。


 「ビターも食べる?」

 「要らん」

 「お腹空いてないの? このクッキーって凄く美味しいのよ?」

 「今は仕事中だ。それに……」

 「それに?」


 男は憮然としたまま、焼き菓子を拒否して答える。


 「俺は菓子が嫌いだ」



明日も続けて更新

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― 新着の感想 ―
[一言] ビターテイスト、て(笑)
[一言] 茶番仲良かった長え
[一言] 菓子嫌いのビター……これは宿敵の予感 菓子漬けにしなければ……
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