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おかしな転生  作者: 古流 望
第16章 豆菓子は急を告げる
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150話 アマンドカラメリゼ

 「これが、モルテールン家が新しく開発したという」

 「開発、というほど大げさなものではありませんが、他家には無い。いえ、世界初のお菓子であると自負するものです」

 「ほほう、世界初。これは何とも」


 驚くヴェツェン子爵長子エーベルトに説明をするのは、モルテールン家領主代行ペイストリー。新作スイーツの製作から僅か三日。材料を仕入れるのに飛び回っていたのが二日なので、正味一日で全く新しいお菓子を作ったことになる。

 エーベルトが驚いたのは、隠し玉を披露してきたと勘違いしたからだ。新技術、新製品、新商品というものは、えてして長い時間と多くの労力を掛けて作り上げるもの。まさか、ここで惜しげも無く披露してくるとは思ってもいなかったのだ。大したことが無いものならば嫌味の一つも言えるが、これではとても言えない。

 それ故の驚き。してやったりとニヤつくのは、モルテールン家領主代行の少年である。


 王都に集う貴族は華やかさこそ自己顕示と思っている者が多く、ヴェツェン子爵家が使う部屋もまた華美。

 高級そうな絨毯や、高そうな絵画といった、明らかに一般庶民では手に入れることが難しい品が部屋に溢れている。ペイスでもほうと気を取られたのだから、並みの人間ならば子爵家の財力に気圧されたことだろう。

 それだけ、国内最大派閥の重鎮という立場は美味しいということかもしれない。だが、今この場で気圧されているのは部屋の主の方である。


 豪華な部屋の中、ペイスが取り出したのは豆菓子。

 一種の光沢があり、キラっと光るのは見た目にも美しい。色こそ派手さはないが、それが逆に落ち着いた高級感を演出しているようで、甘い香りと合わせても如何にも美味しそうに見える。

 いや、実際に美味しい。香ばしいアーモンドを包む、茶色い飴。大人の味とも思えるだけに、試食したエーベルトは唸った。


 「アマンドカラメリゼ。アーモンドにカラメルを絡めたスイーツでして、ドラジェとは製法が近しい。これならば“御家の料理人でも”作れるはず。アーモンドは多産や繁栄を意味する豆ですから、贈り物としてもきっと喜ばれるでしょう」

 「これはこれは、望み通りの物だ。いや、望んでいた以上のものだ。流石はモルテールン家というべきでしょう」

 「ありがとうございます」


 慇懃に頭を下げるペイス。お菓子を褒められて、少し機嫌が良くなっているらしい。

 相対するエーベルトも、満足げだ。贈り物にしようとしていた菓子ではあるが、モルテールン家が意図を十分察してくれたことに。


 アマンドカラメリゼは、名前の通りアーモンドをカラメルで固めた、ヨーロッパの伝統菓子。アーモンド以外の豆でも作られることがあるが、このお菓子のポイントはカラメルの作り方にある。

 砂糖を大量に使うカラメルは、火の通りが甘ければカラメルにならず、火が通り過ぎてしまえば焦げてしまう。火力を薪に頼り、火加減の調整が極めて属人的な職人技になる世界では、全く知らない状況から作るのは、コロンブスの卵的な発想が必要だ。まさかスプーン一杯で一般家庭の月給並みの砂糖を、何度も焦がして感覚を掴めという金満家も居まい。世が世なら、料理人の秘伝として弟子に伝えられる技術である。

 また、仮にカラメルを作れたとしても、それを活かすだけのお菓子というのは長い研究が要る。

 つまり、大変貴重なレシピだと言う事。それを差し出す以上は、軍内の協力も含めて、モルテールン家の味方になることを要求するだけの価値がある。

 十分に理解したのだろう。エーベルトはモルテールン家に対して頭を下げた。恐らくは今までの不躾な態度の詫びのつもりなのだろう。


 「では、約束の物を頂けますか?」

 「勿論、ここに用意しております。当家はカドレチェク家には大層世話になっていまして、それ以外にも何かと贈り物をする機会は多い」


 エーベルトは、巾着袋を取り出した。中身は金貨だ。お菓子の現物と、作り方を教えるだけで金貨の山。ペイスは実質一日で木っ端貴族の年収を稼いだことになる。豪儀な話だが、誰も知らない珍しい食べ物というのはそれぐらい価値があるのだ。

 とりあえず最低限の利益は確保できたことを確認したペイスは、数えもせずに仕舞い込む。

 金貨数枚程度なら誤差、と言わんばかりのペイスの態度には、今度はエーベルトが内心驚いた。益々侮れないと、嘆息することしきりだ。

 エーベルトは年に似合わぬペイスの態度を訝しみながらも、手を差し出す。握手を求めてのことだ。


 「今後とも是非とも協力していきましょう。モルテールン家には期待をしております」

 「お互い共存共栄が理想かと存じます」


 少年と青年が、互いにしっかりと手を握り合った。

 これで、モルテールン家は王都でもしっかりと足場を固めることになる。


 無駄に派手な部屋を辞し、大金を抱えて転移。モルテールン領に戻ったペイスは、早速とばかりに執務室で部下に話しかける。

 その場にいたのは、予算管理でペイスに泣かされるニコロだった。


 「ニコロ、これを」

 「なんですかこれ」

 「子爵から頂いた新作スイーツの代金です。今後の予算に充当してください。しばらくは予算調整に悩まずとも済むでしょう」


 月の予算を一時的にとはいえすっからかんにしたのだ。調整作業は並みの苦労では無かったはず。事情を説明して、支払いを数日引き延ばしてくれたナータ商会などには、後で頭を下げた上で、色を付けた支払いが必要だろう。

 その仕事も又、会計責任者の仕事。つまりはニコロの仕事。


 「良かった。ほんと良かった」

 「何も泣かなくても……」


 ペイスからは、五日以内に新作菓子を作ることを言われていた。つまり、五日以内に使い込んだ予算が充当されることは聞かされていたのだが、不安が無かったと言えば嘘になる。

 ペイスの実力はニコロも心から信頼しているが、お菓子のことになるとタガが外れる悪癖もまた信頼性抜群だ。必ず壊れるという意味で。

 大丈夫だろうと思いつつも、もしかしたらと不安に思う中、予定通り五日以内で他家から金を巻き上げて来たペイスに対して、改めて安堵の表情を見せる会計役。


 「頑張ってもらいましたからね。それと、これはニコロ個人にです。他の人間にも別途渡しますが、まずは労いの意味を込めて最初に渡しておきます」


 苦労したんですと訴える部下に対し、ペイスも鬼ではない(?)ので、労いの気持ちを渡す。

 小さめの巾着袋に、硬貨が少なくとも四~五枚は入っている音がした。それも、軽い銅貨の音では無くそこそこ重めの音。

 ニコロが中を恐る恐る覗けば、金色が見えた。それも中身全部がだ。


 「金貨じゃないですか。こんなに沢山……」

 「特別ボーナスですよ。ついでに、三日ほど休暇を与えましょう。他の皆にも順次休暇を与えますが、ニコロは明日から休暇を取ってください」

 「うひょう!! やった、嬉しいっす。若様、一生ついていきます」

 「現金ですね。とりあえず今日は引継ぎを密にしておいて下さい」

 「任せてください。ジョアンにはきっちり仕込んでやります!!」


 ニコロは、初めてのまともな就職先がモルテールン家。つまり、良くも悪くもモルテールン家に染まった人間である。

 大体の場合は上司や先輩の真似をして、馴染んでいくことを染まるという。ニコロの上司はシイツにペイスにカセロールだ。特に、帳簿管理を手取り足取り教えてもらった関係で、シイツと連れ立っていた期間が長い。

 早い話、シイツを“見習って”覚えたことが一番多いということ。仕事の仕方もそのうちの一つだが、休みの日に酒を飲んで博打に興じるという悪さもまた、シイツに“教えてもらった”ものである。

 大金と休みを貰って、ニコロが羽目を外すのは目に見えていたが、休みの日のことまで口を出すものではない。

 

 部屋を出ていくニコロを見送るペイス。


 「ふふふ、これで邪魔も入らず、しばらくはお菓子研究に専念出来ますね」


 折角大量に仕入れた研究材料。このまま放置するのは我慢できない。

 ペイスにお菓子の材料。空腹の中、目の前に餌を置かれて待てを言いつけられた犬のようなものだ。

 少年の怪しい笑いは、引継ぎにジョアンが来るまで続いた。



◇◇◇◇◇



 「ふんふん~るるる~」


 モルテールン家に臨時収入があってから数日後。

 鼻歌を歌いながら、趣味に邁進する少年の姿があった。

 いや、正しく言うなら少年と少女の姿があった。

 モルテールン家の若夫婦こと、ペイストリーとリコリスの二人だ。


 「これは何という豆ですか?」

 「イナゴ豆と言います」

 「イナゴマメ?」

 「ええ。仕入れる時に船乗りに聞いたんですが、乾燥に強い豆だそうです。上手くお菓子が作れそうなら、うちでも栽培して増やそうかと思いまして」


 二人が何をしているかといえば、勿論お菓子作り。


 先日、ひょんなことから世界中の豆を取り寄せる機会を得て、丁度良いとばかりにあちらこちらに声を掛けて買いあさった豆。これを使って、ペイスは色々なお菓子を試作していた。他の仕事は一応片づけた上で。


 ところが、自分の旦那が仕事とこれに掛かりきりになっているのに対して、嫁が拗ねた。

 少しは構って欲しいとばかりに厨房の傍を行ったり来たりしているところで、ペイスが一緒のお菓子作りに誘ったのだ。


 「変わった豆ですね」

 「そうですね。豆の(さや)や果肉がとても甘く、家畜の餌にも使えるそうです」

 「甘い豆?」

 「ええ。これを使って、どうにか代用品を作れないかと……」

 「前に言っていたあれの?」

 「ええ、あれです」

 「楽しみです」


 時折、お互いに見つめ合って気遣いながらのお菓子作り。

 作る物の甘さ以前に、雰囲気が甘い。


 「少し食べてみますか? ……はい」

 「え!?」


 茹でていた豆を、ひょいと一粒摘まんだペイスは、そのままリコリスの口の辺りに指を運んだ。

 いわゆる「あ~ん」状態。リコリスも顔を赤らめながら、ペイスの指から直接ぱくんと豆を食べた。


 「どうですか?」

 「……ぉいしいです」


 まだまだ初々しさの残る若夫婦。特にリコリスは生来恥ずかしがりやなので、こんなあからさまなことをされると、顔が真っ赤になっている。平然としているペイスがおかしいとも言えるが。

 次期領主とその伴侶の仲睦まじい姿を見れば、次代は安泰と誰しもが思う事だろう。


 「……あ~坊、イチャついてるところ(わり)いんですけどね」


 ところが、そんな二人の邪魔をする人間がやって来た。


 「シイツ、邪魔です。そのうち馬に蹴られますよ」

 「分かってますぜ。こんなところに俺も邪魔したくはねえんですけど、ちょっと来て下せえ」


 露骨に顔を顰めたペイスだったが、邪魔した側も負けず劣らず渋い顔だ。こんなところに来たくて来たわけじゃない、というのはシイツの本音だろう。それでも急な用事だから執務室に来いという用事は伝えた。

 従士長(おじゃまむし)に呼ばれ、しぶしぶ執務室に向かう領主代行。


 「仕事は片づけていたと思いますが?」

 「ああ、そうですぜ。ついでに言うなら、予算のことでもねえです」


 シイツが呼び出す理由に心当たりがない。最近はお菓子作りで“大人しく”していたので、自分が原因のトラブルにも思い当たるものが“今のところ”無い。


 執務室に入ると、モルテールン家の家人には馴染みのある顔が居た。

 身長はシイツと同じぐらいで、年齢も大差がない。

 そんな男がペイスを見ると立ち上がった。


 「ああ、そのままそのまま。別に座っていて構いませんよ」

 「若、お久しぶりです」

 「ええ、久しぶりですねコアン。王都の様子はどうですか」

 「カセロール様は相変わらず大隊の整備と訓練に忙しいようです。なんでも、カドレチェク大将が近々引退されるそうで、代替わりには遠征があるのではないかとの噂です」


 コアンことコアントロー=ドロバ。モルテールン家古参の従士で、槍の名手。モルテールン家の私兵団副団長。現在は王都でカセロールの傍にあり、護衛や王都の家人取り纏めを行っている。


 「そうですか。新しくトップになった人間が、前代に負けじと武勲を欲して軍事行動を起こすのは良くあることです。父様も大変でしょうが、コアンも父様を引き続き助けてあげてください」

 「お任せください」

 「それで、わざわざ父様の魔法でこっちに帰って来たのは何の用事があったんですか?」

 「……若は先日、中央軍参謀のヴェツェン子爵家に何やら新しいお菓子の作り方を伝授したそうですね」


 ソファーに座り直したコアンが、顔を引き締めてペイスに尋ねる。


 「ええ。父様から聞いたんですね? 確かに、そんなこともありました」

 「その菓子なんですが、どうやら、ヴェツェン子爵令息が、盛んにあちこちで振る舞ったらしいのです」

 「ふむ、予想通りですね」

 「結婚の祝いに相応しいお菓子であるという事でしたが、事実ですか?」

 「ええ。正しくは結婚後の多幸を願う曰くがあるんですが」


 何やら、会話の先行きが読めない。ペイスにしても、コアンが何を言いたいのか分からず、首を傾げながらの会話。


 アーモンドは実を一度に多く付けることから、多産や繁栄の象徴となっていることは良く知られている。したがって、アーモンドの菓子とは正確には結婚した後の家内安全、子孫繁栄を願う意味合いのもの。


 「実は、ヴェツェン子爵家からカドレチェク家に贈られたそれが、どうやら大変な人気だったらしく、王家の耳にも届いたそうでして……」

 「ん?」


 カドレチェク公爵嫡孫とフバーレク家三女の結婚。それと時期を合わせるように、神王国の王子の結婚が有る事は広く連絡が回ってきている。それ自体には驚く要素は無い。

 だが、ペイスもようやくコアンの言いたいことが分かって来た。


 「陛下が『何故俺のところに持ってこない』と言い出したらしく」

 「何とも厄介な。しかし、アマンドカラメリゼが欲しいなら、ヴェツェン子爵に聞けば良いでしょう。子爵家としても、王家に結婚祝いで贈るなら喜んで贈るはず。箔も付きますし」

 「それが、どうやら新作を用意した経緯も調べられたらしく『どうせなら俺も他にない新しいものが良い。子爵のところとは別口で』と仰せで」

 「もしかして、うちに直接?」

 「はい」

 「……普通ならば、無理難題も良いところですね」


 ペイスは、無理難題を言い出しそうな顔に心当たりがあった。具体的には、レーテシュ伯家との料理対決の時の審査員に。


 「ええ。その点、カセロール様も一度はお断りしたそうです。しかし『カセロールの息子なら何とかするだろう』と押し切られたとか」

 「……多分、父様も一枚噛んでますね、その話」


 カセロールの親馬鹿は有名であり、息子のことを聞けば自慢話しかしないと言われている。

 そんなカセロールに対して「お前の息子は優秀だから問題ない」と言われてしまえば、それを否定する言葉など出るわけも無い。何せ、当の父親が同じことを思っているのだから。


 「それで、一応は若の意向と、更なる新作の用意が出来るか確認して来いと言われまして」

 「コアンもご苦労様」

 「如何です? 流石に無理ですか?」


 お菓子に限らず、新しい技術や製品を作り、製法を安定させるには、相当な労力が要るもの。コアンとて、政務に関わって来た人間だけに見識がある。

 子爵家に乞われて新作スイーツを持ち出したところまでは、まだ“コアンの常識”の範囲内。優秀なペイスのことだから、いざという時の隠し札ぐらいは持っていても不思議は無い。

 だが、その札も既に開示したばかり。手札も無しなら、全く新しいものを一から作らねばならないということだ。


 幾らペイスでも無理だろう。

 そう言いたげなコアンの態度には、心配する心情が見え隠れしていた。

 自分の息子の親友であり、また赤ん坊の時から知っているペイスは、コアンにとっても自分の子供のようなものだ。カセロールほどに親馬鹿になれないコアンからすれば、不安がどうしても隠せない。

 しかし、その懸念は無用だったらしい。


 「ふふふ、ふふふふ。コアン、何というタイミング」

 「は?」

 「丁度、新作を試作していたところだったのです」

 「おお!!」


 自信あり気に立ち上がるペイス。


 「その名をアマンドカラメリゼ・ショコラ。さあ、お菓子の歴史を百年進歩させましょうか」





カカオ以外でショコラって良いのかな…と思いつつ。フランス語教えて欲しいですね。

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表紙絵
― 新着の感想 ―
ペイストリーの新作菓子は108式あるぞ。 何なら3日あれば出来るやろ。 と言うか本格的にペイストリーがパティシェールとして認識されないかこれ。この前のウェディングケーキもどきとかもうヤバいでしょあれ。
[一言] この作品に出会ってから新しい言葉についついグーグル先生のお世話になりっぱなしの今日この頃。 今話読書中にアマンドカラメリゼを調べたところ、アマンドカラメリゼショコラなるものまで発見。 あ…
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