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おかしな転生  作者: 古流 望
第16章 豆菓子は急を告げる
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149話 熱い男達

 冷静かつ沈着に暴走する。

 矛盾するようではあるが、現状がまさにそうとしか言いようのない有様だった。

 何をか況や。ペイスのことである。


 「だから、これはチャンスなのです。相手がわざわざ手を伸ばしてきている今こそ、新作スイーツにチャレンジする絶好の機会なのです。時は今、まさに今ですよ!!」


 大げさな身振り手振りで、熱心に父親に訴えかける息子。

 その熱意だけは父親には良く伝わっているが、肝心の内容についてはさっぱり伝わっていない。


 「落ち着けペイス」

 「僕は落ち着いて居ます。とっても落ち着いて居るじゃないですか。どこからどう見ても平常運転です。だから、新作ですよ!!」


 父親は息子の状況を鑑み、これはどうしようもないと溜息をついた。


 「順を追って聞こう。まず、私の手紙を見たな?」


 間違いなく見ているとの確信がある。何せ、カセロールが魔法を使って手紙を送ってすぐに、ペイスが飛び込んできたのだから。

 それでも、会話のとっかかりとして確認しておく必要があった。


 「はい。ヴェツェン子爵から、レーテシュ家に贈ったドラジェのルセット……作り方を教えて欲しい、という要請があったんですよね」


 父親の問いかけに、ペイスもようやくまともな(?)返事をする。


 「正しくは子爵の息子からだが、子爵は実務を息子に任せているから、実質は子爵家からの要請と思って間違いない。それで、子爵家の要望に対して、私がどう考えているかも分かるか?」

 「……ただ単に頷くのは釈然としないものがあるが、敵にしてしまうと五月蠅くなる。出来れば舐められない程度に、伸ばしてきた手をお行儀が悪いと叩きつつも、笑顔でにこにこ対応するのが望ましい」

 「分かっているようだな」


 カセロールは満足げに頷いた。

 傍目には、尻尾の毛を抜かれて暴れる馬のような息子が、きちんと状況を弁えていることに満足して。


 「それぐらいは分かります。だから、新作です。さっきから言っているじゃないですか!!」


 だが、そんな満足も長くは続かない。


 「そこが分からんのだ。さっきの話と、どうつながる」

 「良いですか父様。相手は、派閥の代替わりを見越し、次代の派閥領袖と、次代の後継者の機嫌をとり、それをもって自分の発言力と権威を高めようとしているのです。自分に協力するなら、こちらに配慮しても構わないという条件で」

 「うむ」


 やれやれ、といったペイスの顔。それを見る父親の顔色は苦笑あるのみ。

 ペイスの顔。これがまた物わかりの悪い子供に諭すような顔だから、本来は逆だろうとカセロールも内心思う。勿論、自分の息子がただ者でないことは分かり切っているので、大人しく会話を続けているが。


 「向こうが望むのはあくまで贈り先に喜ばれるもの。物珍しさや美味しさというのは、彼らにとっては手段であって目的ではない」

 「ふむ、確かにその通りだ」

 「つまり、彼らの言う『豆菓子』が、必ずしもドラジェである必要もないのです。いや、むしろもっと相応しいお菓子を持って行く方が喜ばれるのです。相手が厚顔にも要求してきたことを明確に断っておいて、その上で相手が望む別のものをチラつかせる。これこそ最良の解決策。だからこそ、相手との交渉に先立って、相手が欲しがりそうな新作スイーツを用意しておくのは、外交カードとして有用ではないですか」


 ペイスの意見を落ち着いて聞き、カセロールはある程度は納得した。


 「なるほど。言い分は分かった。相手の要求を唯々諾々と受けるのではなく、いったん断りつつも、更に良いものを売り込み、条件闘争に持ち込む。お前がやりたいことに一理あることは認めよう。しかし、相手に売り込むものが菓子である必要性は無いと思う。別に珍しいものや美味しいものであれば良い。そう言ったのはお前だろう。そこは矛盾していないか?」


 モルテールン家には、菓子以外にも酒がある。カセロールが暗に匂わせているのはそのことだ。モルテールン産の酒ともなれば、珍しさは十分ある。何せ、まだ世に出していないのだから。最近では職人の慣れに伴って、味の向上も進んでいると報告を受けていた。少量の贈答品ならば、何の問題も無い。

 相手がわざわざ接触してきたのだ。鬱陶しいと払いのけるのではなく、何かしらの利益を得るチャンスとして活かしたいというのは、親子共に共通する感覚。

 ならば、“出来るかどうかも分からない”新作のお菓子に拘らず、今の手持ちの伏せ札を開くだけでも良さそうなものだというのがカセロールの内心。この点、新作が出来ると確信するペイスと温度差がある。この場合、常識的なのはカセロールの方だ。


 「ただ単に珍しいものでは、当家の利益は即物的なもので終わりです。一時に大金を掻っ攫うことは交渉次第で可能でしょうが、それではあまりに旨みが無い」

 「菓子なら旨みがあると言うのか?」

 「当然です。今回子爵が金を積み、権力をチラつかせて当家に接触してきたのも、ドラジェというものがあったればこそ。この調子でスイーツ文化が広まれば、製糖産業を抱える当家は濡れ手に粟で儲かるのです。折角相手が当家のお菓子を宣伝してくれると言うのです。新商品の販売戦略に使えるなら使いましょうよ」


 スイーツが一般的になれば、製菓原料の流通網が自然と出来上がる。そうなればペイスの最終目標、夢にもまた一歩近づく。お菓子の国、最高のスイーツを作る頂きが見えて来るのだ。

 などという本音はおくびにも出さず、父親を説得しようとするペイス。


 子爵が贈り物にモルテールン産スイーツを使うとなれば、さぞ宣伝に力を入れてくれるだろうという見込みを、この少年は持っていた。

 大体、贈り物というのはアピール合戦になりがちだ。手に入れるまでにどれほどの費用を掛けたか。いかほどの手間を掛けて手に入れたか。どれだけ珍しいもので、価値があるものなのか。気を引く為にも、誇張に誇張を重ねる勢いで吹聴するに決まっている。

 国王陛下絶賛。レーテシュ家が脱帽。これに加えて世界初、とでも銘打てば、子爵は鼻高々でそれらの内容を自慢するに違いない。ただし、本家本元がモルテールン家というおまけ付きで。

 勝手にブランド宣伝してくれるというのだ。使わない方がおかしい、とペイスは言う。


 「……まあいい、新作とやらの製作を試してみるのは、仮に失敗しても後々で意味があるだろう。お前に任せよう」

 「ありがとうございます」

 「ただし、引き延ばせても五日だ。それ以内に成果を出せないときは、お前の言う新作菓子では無く、別の代案を私の方で用意しておく。いいな」

 「はい」


 カセロールも、息子を信頼しつつも盲目ではない。息子の失敗に備え、保険の手は用意しておこうと考えた。

 幸いにして王都で色々と珍しい伝手も得られているし、腐らないもので何か珍しいものを仕入れておこうという考え。今回出番が無かったとしても、別の機会で何かに使えるだろうという発想だ。不安を解消する為の手立ては多い方が良い。

 一番不安なのは、ペイスが新作の菓子にとんでもない騒動を付け加えることなのだが。


 今にも空を飛びそうなほどに浮かれているペイスは、そんな父親の心配をよそに、既に次の手を考えていた。



◇◇◇◇◇



 「鬼!! 悪魔!! 人殺し!!」


 モルテールン領ザースデン。

 領主館の中から、外の人間にまで聞こえるほどの大声で叫ぶ男が居た。彼の手には一枚の通達。無慈悲にして理不尽な通達。


 「ニコロさん、なんですか?」

 「ジョアン、聞いてくれ。若様が、俺を殺そうとするんだ!!」

 「なんだ、いつも通りじゃないですか」

 「でもさ、今回は酷いんだって。これ見てくれ。あの人、俺に相談も無しに今月の予算を全部使い込んだんだ!!」

 「ええ!?」


 ニコロ=ノーノ。モルテールン家の若手の中では一番の先輩格。

 モルテールン家の予算を管理し、財政を一手に預かる金庫番。計算も正確であり、モルテールン家の家風にも馴染み、優秀さには疑いようもない人物。

 筆頭苦労人の地位をシイツから相続予定の、将来の幹部候補。

 その男が、ペイスの無茶、無理、難題に頭を痛めるのも又、いつも通りの光景である。


 「んだよ、騒々しい」

 「あ、従士長」


 騒々しい状況、何があったんだと様子を見に来たのは、現在の筆頭苦労人こと、従士長のシイツだ。新婚ほやほや。いつもは各所の人事調整や、資材の配分等と言った管理業務を行っており、誰もが認めるモルテールン家の腹心。

 結婚してから多少は小奇麗になった格好のまま、頭を掻きつつ後輩に向き合う。


 「シイツさん、大変なんです!!」

 「ちったあ静かに出来ねえのか。大人げねえ。ニコロ、お前も後輩に示しってもんを見せねえといけねえぞ。何時いかなる時も、冷静であれってなあ言うまでもねえだろう」


 上司として、騒々しく騒ぐニコロを嗜めるシイツ。

 重々しく、威厳をもった態度で後輩を諭そうとする姿勢は立派なものだ。

 それを見ていたジョアンが、熱くなっている先輩に代わって、事情を端的かつ明確に説明する。


 「従士長、若様が今月の予算全部使いました。一ロブニも残ってません」

 「んだと!! あのガキャァ!!」

 「従士長、落ち着いて、冷静に……」


 説教をする人間は、大抵は自分のことを棚に上げてしたり顔になるもの。シイツも例に漏れない。

 なまじ、貧乏所帯で銅貨一枚にも涙ぐましい努力をしてきた時代を経験しているシイツにとっては、予算を大幅に弄られるのは敵わないと、慌ててペイスを探し出した。

 いや、正しく言えば探したわけではない。探すまでも無く、いる場所に見当がついていたのだから、怒鳴り込んだというのが正しい。

 甘い匂いのする厨房に、最重要参考人が居た。


 「坊!!」

 「おや、シイツにニコロ、それにジョアンまで。そんなに慌ててどうしたんですか? 今日はつまみ食いは駄目ですよ?」

 「坊、事情を説明してもらいやしょうかっ!!」


 気色ばむシイツ。それに倣うように、険しい顔のニコロとジョアン。

 ただでさえ拡大基調にあるモルテールン家では、お金は幾らあっても足りない状況。限られた予算をやりくりし、あちらこちらで折衝し、怒鳴り込んでくる同僚をなだめすかして作った予算を、一日で御釈迦にされて、怒らない人間の方がおかしい。


 「落ち着きなさいシイツ。どんな時でも冷静にならないと。シイツは下の者の模範となるべき立場なんです。可愛い奥さんも貰ったことですし、もう少し落ち着きをもった態度を取らねばなりませんよ」

 「うちの嫁さんは関係ねえでしょうが。話を逸らさんでくだせえ」


 勿論、ペイスにしても何故部下たちが怒鳴り込んで来たかなど重々承知している。こうなることは初めから分かっていて行動するだけの理性はあった。

 理性の使い道を間違えていると常々言われているのだが、お菓子を目の前にしてペイスが自重するはずがない。


 「それで、何の用ですか?」

 「今月の予算を使い切った件について。説明してもらいやしょう」

 「ああ、そのことですか。やむを得ない事情があり、どうしても即金が必要な買い付けが多かったものですから」

 「やむを得ない事情?」

 「ええ。五日以内に、新作スイーツを作らねばなりません。今はこれが最優先事項なので、申し訳ないとは思いましたが他のことは全て後回しにしています」


 お菓子作りが、全てに優先。開き直ったようなペイスの態度には、閉口するしかない。


 それはそれとしても、先のカセロールとの話し合いで決まった内容を説明するペイス。次期領主の丁寧な説明を聞き、彼の少年の用事も確かに急ぎの用事であると、部下達にも分かった。

 緊急事態というほどでもないが、優先度は比較的高い。ペイスが最優先というのも、あながち全く根拠がないわけでも無かったと知り、とりあえず憤っていた面々の怒りは収まった。

 だが、それでペイスの行動に納得するかは別問題である。


 「んなこと言っても、既に手付打ってる買掛も有りますし、何も全部使うこたあねえでしょう。今月のやりくりをどうするんです」

 「心配いりません。父様の方に定期送金している仕送りを、今月は免除してもらうように言ってあります。また、いざという時の予備費に手を付けることを許可します。とりあえずはそれでやりくり出来る見込みです」

 「予備費使っちまって、災害でも起きたらどうするんで?」

 「その時はその時です。今回の予算措置は、領主代行としての責任において緊急措置として行います。分かりましたか」

 「仕方ねえですね」


 ペイスとて、領内の運営については責任ある立場。何も好き好んで部下を虐めたいわけではないのだ。


 「分かってもらえたようですね。では、手伝って下さい」

 「はい?」

 「あちらこちらの伝手を使って、外国の物も含めた色々な豆を買い集めたんです。どんな豆かを知らねば、豆のお菓子なんて出来ませんし、混ざりものも結構ある。まず仕分けしないと」


 だが、やむを得ないこともある。

 一ヶ月の予算を使い切ってまで買いあさった多種多様な豆が、厨房一杯に積み上がっている。整理するのは大変なことだろう。

 誰が整理するのか。

 貧乏くじは苦労人が引くと相場が決まっている。


 「うぎゃあ、やっぱり悪魔だ!!」


 ニコロは、ペイスの背中に羽が生えている姿を幻視した。


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