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おかしな転生  作者: 古流 望
第2章 婚約者には焼き菓子を
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014話 お見合い写真は金になる?

 人が目覚める時は、水泡に似ている。

 水底から、ゆっくりと上がっていく。ゆらゆらと揺蕩いながらも、決して戻る事の無い浮遊の時。

 やがて水面に浮かんだ泡は弾ける。それも、突然に。


 「気が付いたか」


 はっと飛び起きたペイスが、まず感じたのは鈍い痛みだった。

 後頭部にずきずきと響く、酷く鈍い痛み。


 「僕はどれぐらい気絶していました?」

 「半鐘ぐらいじゃないかな。そんなに長くない」

 「いてて、今日はまさか二人がかりでとは……マルクも、ルミも手の込んだことをしますね」

 「へへん、戦場では、卑怯とも言ってられないぜ」

 「おう、爺ちゃんもそう言ってた。一人より二人の方が生き残る。生き残った奴が偉いってさ」


 今の状況を単純に理解するなら、悪友二人がかりの手に嵌められた、というのが適当である。

 ルミが剣をあえて避けさせ、隙をついてマルクが後ろから。

 位置取りから、タイミングから、全てが狙っていたとしか思えない絶妙さ。


 「今回はやられましたよ。でも、やっぱり二人がかりってのはずるすぎませんか?」

 「でもよう、ペイスは魔法が使えるじゃねえか。俺たちは魔法なんて使えないしさ」

 「ルミ、言葉づかいを直しなさいといつも言っているでしょう。それに、聖別の儀で魔法が使える様になるかも知れないでしょう?」

 「あ~無理無理。うちに本聖別を受ける金なんて無いし、そんな夢みたいな話は期待しないことにしてるんだよ」

 「現実的ですね」

 「博打はしないのが賢さってもんだよ」


 ルミは魔法を既に諦めている。

 そういう人間は決して少なくは無いし、珍しくもない。

 金が掛かる、廃人になる危険が有る、教会に監視される、危険が増える等々、理由は人それぞれであるが、分からなくもない。

 手に入れれば間違いなく力にも金にもなる。が、それが必ずしも幸せになれることだとは限らない。


 「で、ペイスは何を悩んでいたんだ?」

 「そうそう、俺らに隠して、ムズ臭いぞ」

 「馬鹿、水臭いだ」

 「そう言ったじゃねえか」


 ペイスの胸は、その言葉にドキリと驚いた。

 領内の経営について悩んでいることが、ばれたのかと。


 「何の事でしょう」

 「ペイスは隠し事が下手だな。普段ならこういう時は『何もありません』とか言ってるのに。それじゃあ何か隠しているって自白してるようなものだ」


 隠し事が無いなら、何のことか分からないと答える。

 下手に金策で悩んでいた為に、それがばれたのか、と深読みしてしまったようだ。


 「まあ、ばれてしまっては仕方ありませんが、悩んでいたのも事実です。二人にもちょっとアイデアを出して貰いましょうか」

 「おう、何でも聞け。手伝ってやる」

 「そうそう、友達だからな」


 持つべきものは友人。

 裏表なく、心から助けてやろうと考える優しさに、(ほだ)されない人間は根性がひねくれすぎて三回転半捻りでもしている。

 まだそこまでひねくれていないペイスは、素直に二人にアイデアを考えてもらうことにした。

 勿論、領内の金策が切迫している事は隠し、単にまとまったお金を稼ぐアイデアが無いか、と尋ねる形で。


 「畑を広くするってのは駄目なのか?」

 「確かに、まだまだ領内には開発の余地はあります。が、それにもまず先立つものと時間と人手が要ります。長期的に進めている途中ですから、今日明日にでもさあ広げよう、と言っても無理ですね」

 「じゃあさ、このあいだのボンカパイってのを街で売るってのはどうだ? あれ旨かったから、また作ってくれよ」

 「お土産でボンカが手に入れば、また作っても良いですよ。ですが、あれを売ると言っても精々が銀貨1枚~2枚と言ったところでしょう。薪や麦が比較的割高なうちの領地の特産とするには、利幅が少なすぎますし、下手をすれば赤字です。ボンカを仕入れる手間も掛かりますし。作るのは楽しいですが、儲けにはならないでしょう。というより、ルミはまた食べたいだけでしょう」

 「あ、ばれた?」


 バレるも何も、目を輝かせてパイを語れば、そこにあるのが不純な動機であるのは自明の事。

 ちなみに、ルミは女の子だから当てはまらないにしても、思春期の男がパイについて語るのは女性の胸的に不純で怪しい。


 「じゃあさ、ペイスが俺らに魔法を教えるってのはどうだよ。魔法が俺らにも使える様になれば、でかいことが出来るだろ」


 マルクは、ルミとは違って魔法に夢を見るクチらしい。

 それ故に魔法につられて賊に騙されたわけだが、それはそれとして、魔法に対する憧れというのは捨てがたいようだ。

 世間一般の男の子など、大抵はこんなものだ。夢見がちな大言を吐き、それでいて適えられると無根拠にも信じる。

 そしていつか現実に打ちのめされて、大人と呼ばれるようになっていくのだ。


 「マルクは成人にはまだ何年か早いです。それに、教えたからと言って覚えられる物でも無いでしょう」

 「だよなぁ。ちょっと言ってみただけだよ。でもさ、魔法が使えたら俺も金持ちになれっかなあって。んでさ、貴族様になって、美味しいものを毎日食うんだ」

 「無理だね。仮に一万歩譲って、奇跡的にも魔法が使えるようになったところで、使いこなす頭が無い。火を出せても、自分の火で焼かれるね。ペイスも、この馬鹿の寝言は気にしなくても良いさ。それより、結局俺はペイスの魔法を見られなかったからさ。どうせなら魔法ってのを良く見せて欲しいな。何か思いつくかもしれないし」

 「おいこら、馬鹿とはなんだ馬鹿とは」

 「毎日毎日、剣ばっかで計算の一つも覚えないのは、馬鹿っていうんだよ」

 「んだとこらぁ!!」

 「はいはい、じゃれるのもそこらへんにしておく。まあ魔法が見たいって気持ちは、僕も分かります。確かに父様の魔法を初めて見せて貰った時は感動したものです。良いでしょう。でも、見せるだけですよ?」

 「やったね」


 三人寄れば何とやら。

 ペイスは、二人との会話で金儲けのヒントが思いつきそうな感覚を掴んだ。

 確かに、魔法使いは金持ちが多いと言われている。逆に言えば、金を儲けようとするなら、魔法を使った方法があるのではないか、と考えて。そこに儲かる手が有りそうな気がしてきた。


 「じゃあ、基本的な所から。二人とも、地面に好きな絵を描いてみてください」

 「何でもいいのか?」

 「はい」


 折れた剣先や豆の木の棒を使い、地面に絵を描きだす二人。

 マルクは独創的な絵を描く。何の怪獣か分からないような生物に、人らしき物体が何やら光線チックな物を照射しているっぽい絵を描く。


 「何です、これ?」

 「へへん、俺が魔法を使えるようになった時の活躍の場面だ。ドラゴンを魔法でズババ~とやっつけるのさ」


 ペイスからすれば、ミミズに足が生えたのかと思ったものだが、口にしないぐらいの気遣いはある。

 子供の落書きとは、何時の時代も変わらないものだと感慨深い。


 それに比べると、ルミの絵は若干丸みがある。

 絵柄自体は不慣れな感じがありありと出ているが、何とかリンゴっぽい果物は見て取れた。

 その横に、皿らしきものに山積みにされた団子のようなもの。見た感じは泥団子だ。


 「ルミ、これはもしかしてボンカですか?」

 「へへ、当たり。上手いもんだろ」

 「この隣のは何ですか?」


 ペイスの問いに、ルミは無い胸を張って答える。


 「勿論、この間のボンカパイに決まってるじゃん。見れば分かるだろう」

 「俺、石ころか何かかと思った。下手糞だな」

 「んだと。マルクの絵こそ、蛇が這いずり回った絵にしか見えねえだろうが」

 「うるせえ。このドラゴンの格好良さが分からねえのかよ」

 「はいはい。じゃあ、ルミご所望の魔法の実演、いきますよ~」


 魔力の高まりは、素人でも分かる。

 人間、誰しも多少なりとも魔力があるからだ。

 強い磁石や擦った下敷きが近づくと、何となしに分かる様なもので、その反応は持っている魔力が強ければ強いほど顕著になる。


 ざわつくような肌の感覚に、マルクとルミは期待を膨らませる。

 とりわけ少女の方は、賊と戦ったというペイスの魔法をよく見ていない。暗い中での夜戦であったし、その後も身体を切られて寝込んでいたからだ。

 好奇心を瞳一杯に浮かべて、自分の絵を見つめる。


 「【転写】」


 ペイスが魔法を使ったその時、悪童二人は自分の手に違和感を覚えた。

 熱いとも、冷たいとも言えるような不思議な感覚。


 「お、すげえ。手に絵が写った」


 手の甲を見れば、自分達が書いた絵がそれぞれの手に描かれていた。

 日焼けのような、若干周りと色が違う線で、描いた絵そのままに転写されている。


 「うわ、本当にペイスは魔法が使えるんだな」

 「いや、ルミは信じてなかったのですか?」

 「俺は自分の見たものしか信じない」


 面白そうに、手の甲に描かれた日焼けの絵を、見つめるルミ。

 手のひらを返してみたり、抓って見たり、擦ってみたりと、色々と楽しげに遊んでいる。


 「まあ刺青では無いので、2~3日もすれば消えます。兄妹に見せてあげると、喜ぶでしょう」

 「へへ、爺ちゃんに見せてみよ。あ、なあペイス」

 「何です?」

 「どうせなら、逆は出来ないのか?」


 ふっと思いついたようにいうルミの言葉に、ペイスは引っ掛かりを覚える。


 「逆とは?」

 「何かを描いたものを転写するんじゃなくてさ、何かを転写して描くのさ。例えばこの手の絵を地面に描くとか、人の顔を地面に描くとか。それが出来ると面白いかなって思って」


 その言葉を聞いた瞬間、ペイスは思い切り少女の手を掴んだ。

 顔は晴れ晴れとした笑顔である。母親譲りの美麗な顔での満面の笑み。

 思わずルミは赤面してしまう。


 「それです!!」


 突然両手を掴まれた方は戸惑う。

 ペイスが掴んだ手を、振り払うようにしておろし、一体何事かと問い詰める。


 「そうです。それですよ。ルミは天才です。良いアイデアです。これで上手くいきそうなアイデアが思いつきました。早速、父様の所に行ってきます。それじゃあまた明日!!」

 「お、おいっ」


 走り去る銀髪を目で追いながら、残された二人は首を傾げる。

 子供とは思えない速度で走る少年は、思い込んだら一途なのだ。ああなると、途中で止めるのは難しい、と幼馴染の二人は理解した。


 「ところでルミ」

 「ん?」

 「お前、まだ顔が真っ赤だぞ」

 「うるせえ!!」


 少女の拳が、少年の腹に突き刺さった。



◇◇◇◇◇



 モルテールン騎士領主邸では、三人の大人が議論を交わしている。

 当主である騎士爵に、その腹心。そして、騎士爵の妻であるアニエス=ミル=モルテールン。

 議題の大筋は金策についてであるが、その主題は若干ずれていて、アニエスの実家であるデトモルト男爵家への援助申込みの可否についてだ。


 「やっぱり、私の実家に頼るのは難しいと思うわ」

 「御父上では無く、兄君にこっそり、というのもか」

 「ええ。お兄様はお父様に厳しく教育されていますから、隠し事はされないでしょう。それに、兄様は今叔父様の補佐をされているはずです。ご自身で動かせる金銭は、多くないでしょう」

 「そうだな。いや、分かってはいたのだが、改めてお前の口から聞くと、な」


 はあ、と溜息をついたのは誰だったのか。

 音が最低二つは重なっていたのが、議題の困難さを物語っている。


 「こういう時に、坊の頭に期待したいところなんですがねぇ」

 「幾ら我が息子といえど、無から有は作れん。ペイスに期待しすぎるな、と言ったのはシイツ、お前だろう」

 「そうは言っても、ここまで手詰まりだと、期待もしたくなるじゃねえですか」

 「気持ちは分かるがな。そうそう息子に頼ってばかりも……」


 バン、と扉の開く音。

 咄嗟にカセロールとシイツは剣に手を掛ける。

 妻を庇う様子を見せるカセロールは、その後に飛び込んできた人物を見て警戒を解く。


 「何ですかペイスちゃん、ノックもせずに。御行儀が悪いわよ」

 「すいません母様。でも、良いアイデアが浮かんだので飛んできたんです」

 「良いアイデア? 例の件か」

 「はい」


 次期領主たる少年が部屋に飛び込んできた。

 その時点で、シイツとカセロールは議題をぼかした。

 これは、少年に連れが居た時の事を警戒してのことである。領主が金欠であり領地運営が赤字である、等と言う話が広がれば、ただでさえし辛い金策がより一層難しくなってしまうからだ。

 誰だって、危ないと分かっている所に金を融通するのは嫌がる。投資だろうと借款だろうと、するなら余裕のある所にするのが常識なのだから。晴れに傘を貸し、雨に傘を取り上げるのは、金貸しのセオリー。

 この手の信用に関わる噂というのは、一度煙が立ってしまえば消火に恐ろしいほど手間がかかるのだ。


 しばらく様子を伺い、ペイス以外に誰も来ていないと分かった所で、その場の大人はようやく落ち着いて話を聞く姿勢になる。


 「まあ、まずは座りなさい。落ち着いて話を聞こう。今も丁度その話をしていたところでもあるしな」

 「はい」


 領主であるカセロールの言葉に、腹心のシイツが何も言わずに立ってソファを空ける。

 が、そこに座る前に母親に掴まってしまい、ペイスは母の膝の上に座らされてしまう。

 笑顔の母親から抜け出そうともがくが、所詮子供の力では勝てるはずもない。母は強し。


 やれやれ、と言いたげな男衆が改めて全員座った所で、ペイスはさっき思いついたアイデアを話し出す。


 「父様、この間ジョゼ姉さまのお見合いについて話しておられましたよね」

 「ああ。あの子ももうすでに成人。相手を探すのは親の務めだからな」

 「その時、父様は【瞬間移動】が使えますから、姉さまを連れて顔を売ることが出来ました」

 「私にとっても娘を自慢して回れる機会だからな」


 ジョゼフィーネは五女。ペイスの姉としては一番下の姉になる。

 女性であれば13~16歳が結婚適齢期と言われる世界にあって、もうすぐ彼女は適齢期を迎える。

 結婚相手を決めるのは家長の務めであり、本人の希望をある程度汲むこともあるが、基本は家同士の繋がりになる。

 今回の金策で実家の話が出たように、何かあった時に頼れるのは身内。それ故、姻戚という繋がりは、かなり重要なものになる。貴族同士で争いになった際も、身内が相手の家にいれば話し合いで収まりやすい。逆に言えば、赤の他人と思われてしまえば、いきなり襲われることもあるという事だ。


 「では、父様のように魔法が使えない親は、どうするのでしょうか」

 「そりゃあ、あちこちの社交界に娘を連れて行って、その場で紹介して回るのが一番効率的だな。最善なのは王都での王家主催の夜会か」


 社交の場は色々と種類がある。観劇、夜会、茶会、武芸披露、狩猟などなど。とにかく貴族が集まる場には、大抵は社交というエッセンスが垂らされる。

 その中でも、女性が参加する社交の場は限られている。

 武芸や狩猟は、騎士を基本とする貴族には嗜みであるが、女子にはそういう荒事をさせないことは多い。

 必然、お茶会や夜会などの会話がメインとなる社交の場が主戦場となる。


 「しかし、多くの貴族。とりわけ僻地や離地に領地のある領地貴族は、そうそう頻繁に王都に娘や息子を連れて行くわけにはいきません」

 「危険もあるし、移動もただでは無いからな」


 ここら辺で、大体シイツもカセロールもペイスの言いたいことが分かって来たらしい。

 ちなみに、分かっているのか分かっていないのか、それが分からないのが母アニエスである。


 貴族が移動する場合、金に羽が生えると言われる。

 馬車を動かすのにも御者や馬の世話が掛かり、泊る場所もまさか野宿と言うわけにはいかない。

 嫁にボロを着せていれば旦那が稼ぎの悪さを噂されるように、みすぼらしい行動はそのまま貴族家の名誉。ひいてはそれを任じた王家の顔に泥を塗る。


 貴族でございと言わんばかりの身なりの良さそうな連中が通れば、盗賊だのが寄ってくるため護衛もケチる訳にはいかないし、当然それにも費用が掛かる。


 江戸時代の参勤交代も、領地に居る藩主に金を撒かせる意味があったという。何処の時代でも、偉い人がぞろぞろ供を連れて歩けば、金が飛んでいくのと同義である


 「それでも、王家主催の夜会等には、領地貴族はこぞって子女を連れて参列します。それは何故か」

 「顔も知らん奴より、見知った相手の方が安心できるからだな。同じ条件の家が二つあれば、顔を知っている方が安心感を持って選べる。当人同士も顔を知っている知己の方が、仲も深まりやすい。どんな奴かも知らん子を、家に迎えるのは、相当に相手の家の格が上なのだろう」

 「そこです。逆に言えば、多少なりとも顔を知って貰えれば、安心感を持ってもらえると言う事です。それで、こんな物を売りに出向いてはどうかと思いまして」


 そう言うと、ペイスは【転写】を唱える。

 手元に持った板切れに、薄らと人の顔が浮かび上がってくる。


 「おお」

 「こりゃスゲエ。そっくりだ」


 板切れに描かれたのは一人の女性の顔。

 ここに居る全員が、とてもよく知る顔である。


 「あら、これは私かしら。ホント、よく似ているわね。鏡みたい」


 ペイスを抱きかかえていた手を片手だけ離し、息子を逃がさないようにしつつも板を手に持つモルテールン夫人。

 傍から見れば、鏡でも見ているようにそっくりな似顔絵が、まさに鏡映しに描かれている。


 カセロールもシイツも知る由も無いが、ペイスが考えているのはお見合い写真だ。

 恋愛結婚が主流となる前は、こういった見合い写真が絶大な威力を持っていたことをペイスは知っている。

 写真機が出回って、明治期には大流行したとも言われている。

 顔が全てではないが、風貌や容姿が多くを語るのもまた事実。口で『うちの娘は美人で』と言われるより、写真一枚見せられる方がより多くのことを読み取れる。


 「ふむ……」

 「父様に僕を連れて挨拶回りをして貰い、その”ついで”にそれとなくこの……見合い写真と便宜上呼ぶものを売り込んでみてはどうかと」


 悪くない。とカセロールは思う。

 彼は、領主として、また一貴族として、自分であればこの見合い写真なるものにどれぐらいの価値を見出すかを考える。

 安く見積もったとしても、金貨五枚や十枚は出せるはずだ。

 この魔法を使わずに同様の肖像画を描かせれば、高価な絵具や高い依頼料や絵師を用意せねばならない。それより安ければ、少なくとも絵画程度の需要は確実に有る。


 身体の弱い子弟を抱える親は多い。長旅に耐えられず、領地に籠りがちな子供を抱えていれば、本人が出向かずとも本人の顔を売り込める手段は喜ばれる。

 社交の苦手な子女というのも居る。人ごみが苦手であったり、自分から声を掛けるのが苦手な引っ込み思案であったり、礼儀作法が未熟な子供であったり。代わりに絵が自己紹介をしてくれるのなら、大金を出す親とて居るだろう。

 ましてペイスは同じ絵を何枚も複写出来る。手紙代わりに贈る様な気安さで使えるとなれば、絵師に描かせるより遥かに役に立つ。


 「いけるかも知れんな」


 カセロールの目算に、ペイスは笑顔を見せた。

 親子の魔法を組み合わせての、出張見合い写真屋である。きっといけるとの思惑がそこにはあった。


 「俺は、危険もあると思うがね」

 「え?」


 だが、反対意見を言う者も居た。従士長のシイツだ。

 彼は、モルテールン領の重鎮でもあり、その意見は意外と思慮深いことが多い。

 それ故、想定外の反対にペイスとカセロールは思わず、どういう意味か聞き返した。


 「危険は、二つあると思う。一つは、坊が魔法を使えると喧伝する危険。これは言うまでもありませんがね」

 「まあ、確かに」


 カセロールとシイツの二人が魔法を使えるだけでも、辺境の騎士領には過分の戦力だと言われているのだ。ここに息子まで加われば、要らぬ嫉妬やヤッカミを買うのは目に見えている。

 親子で魔法使いと言うのも、何か秘密があるのでは無いかと勘ぐられるだろうし、痛くもない腹を探られることになりかねない。


 「もう一つは、この見合い写真ってやつの悪用でさぁ」

 「それは例えば?」

 「例えば……そうだな、この写真がまかり間違って盗賊に渡るとする。で、この顔の奴は貴族ですって話になるから、誘拐するとか、暗殺する側には顔が知れて便利って話になるでしょう」

 「ふむ、それもそうか」


 知らない相手にも顔が伝わる利便性。

 確かに、悪用されれば利便性がそのまま危険性になりかねない。


 「良い提案だと思ったのだが、問題があるか。さて……」


 問題のある手段で金を稼いだ場合、貴族同士の時には厄介な話が付いて回る。

 すなわち、事後責任の問題だ。


 例えば、麦を売ったとする。その麦が、後から中身がスカスカの(しいな)ばかりと分かった場合、当然不良品を売った側に責任が生じる。

 或いは武器を売った時、売ったものがクズ鉄で出来た粗悪品だった場合、最低でも返品・返金は行わなければ、下手すれば紛争ものである。


 クーリングオフなどない世界で、物を売り買いするには信用が第一。揉めた時の解決は、最後は力。これが常識である。

 鶏が先か卵が先かの話になるが、信用を得るにも有力者との縁組は有用で、実力者とのパイプは政治力にも軍事力にもなる。故に見合いには家の浮き沈みが掛かっているのだ。

 下手に問題を起こしてしまえば、貴族社会を丸ごと敵にしてしまいかねない。

 普通ならば、これでこの案も失敗だった、と考える。


 しかし、転んでタダで起きるような素直な人間が、執務室に居るわけが無い。


 「それならこうしましょう。見合い写真を、相手方に持っていくところまでお金次第で責任を持つ。ただし、そこから先の用途は相手さん次第とする。これに納得してもらえるなら、僕たちの責任問題にはならないでしょう。追加料金もガッポリです。僕の魔法がバレるのは、遅いか早いかだけの話ですから、今更でしょうし」


 ペイスは、前世の知識がある。

 その中に、菓子の配達についてのものがあった。


 スイーツは、生鮮食料品であり、溶けたり、腐ったりというトラブルの起きやすいもの。当然、配達先でトラブル等も起きやすいとされている。

 このトラブルを防ぐ為に、指定日時に届けた後は、責任を取らない旨の了承を事前に受けておく工夫があった。今回はそれの応用である。


 事前に、相手方に渡った後の責任は取らないとしておけば、何か問題が起きた所で、それは写真を受け取った側の責任になる。誰でも思いつくような簡単な事ではあっても、そういう工夫がトラブルを防ぐと、ペイスは理解していた。


 「よし、まあ手始めにレーテシュ伯爵あたりから感触を試してみよう。あそこは確か頃合いのご子息が居たはずだし、盗賊騒ぎの文句の一つも言いたいと思っていた所だったんだ」

 「まっ、何もしないよりは良いでしょうかね。俺は領内の作業を片付けます」

 「いつも面倒な事を押し付けて悪いな、シイツ」

 「そう思うんなら、がっぽり稼いできてくださいよ大将」

 「稼ぐのは私じゃないさ。私の息子だよ」


 違いない、と男二人は笑った。

 成人になったばかりの少年も加えると、三人だろうか。


 そこでふと、笑っていない者が一人居ることに、全員が気付く。

 しかめっ面で、難しそうな顔をしている女性。


 「アニエス、どうかしたのかい?」

 「あなた、この絵なのだけれど……ねえ、ペイスちゃん」

 「はい? 何でむぎゅ」


 モルテールン夫人は、自分の膝に座っていた息子の頬を両手で挟むようにして、絵の方に顔を向けさせた。

 何か問題でも見つけたのかと、男三人の目が絵に向く。しかし、そこにあるのは完璧な複写。本物と見まがうばかりの出来であり、まさに瓜二つ。何も問題は無さそうに見える。


 「この絵のココ。良く見て欲しいの」


 むにゅっという音が聞こえそうなペイスの頬。母親が、左手だけをやや強めに押したからだ。

 彼女が見せたがっている先には、美人と呼ぶべき女性の顔があった。より正確に言うなら、目があった。


 「これ……目じりの皺って消せないかしら」


 アニエス=ミル=モルテールン。六児の母。

 小皺が気になるお年頃であった。

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表紙絵
― 新着の感想 ―
[気になる点] 画家ではなく絵師という表現に違和感
[気になる点] 子供のやることとはいえ、さすがにこのレベルの不意打ちは外道だなぁ。 今後、この二人が居たら問答無用で殴りかかられることを考慮しないといけなくなりますよね。
[気になる点] この世界には普通あるであろう修正した肖像画を見合い写真の代わりに送り合う文化がないのでしょうか? 少なくとも地球には400年程前には存在していたのですが…
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