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おかしな転生  作者: 古流 望
第14章 ハネムーンに浮かされて
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134話 合同結婚式と披露宴

 モルテールン家が陞爵し、領地加増を受けて増えた施設の一つが、聖教会の礼拝堂だ。元リプタウアー騎士爵領。現モルテールン領東部地域にそれはあった。質素な石積みの土台の上に、木造で出来た極めて簡素な造り。厳かな雰囲気を醸し出しながらも、隅々にまで掃除の行き届いた清潔な様子は、敬虔な信徒たちの献身によって教会が支えられている何よりの証。


 国教に指定されているボーヴァルディーア聖教会は、ある程度大きな村や町には礼拝施設を建て、布教に努めている。

 モルテールン領が南東部の最辺境にあり、超が付くぐらいのど田舎であった時。さすがにそんなところに布教に来たがる聖職者は稀であり、また領主カセロール自体があまり熱心な信徒でないとなれば、教会を建てる必要性も無かったというのもある。

 しかし、元来神王国においては軍人とは信心深いと相場が決まっている。嫌でも人の死を見ることになるし、自分の手で人を殺すのが商売なのだ。心を病み、精神的に多大なストレスを受けるのは商売柄仕方がないものであり、職業病ともいえる。

 苦しむ軍人の心を救ってくれるのが聖教会というわけだ。

 リプタウアー領に教会があったのは、リプタウアー騎士爵が相場通りのごく普通の軍人だったからに他ならない。


 この聖教会。宗教施設である以上、冠婚葬祭の全てに関わりがある。

 神王国では、おぎゃあと産まれた瞬間から信徒だし、骨になるまで信徒であり続けるのだ。

 人生のありとあらゆる部分で神と精霊という言葉が使われ、神王国で暮らす以上は何をするにつけて教会の教えが刷り込まれる。

 食事の作法、日頃の道徳、収穫の祝い。


 そして、結婚式。


 「うわぁ、シイツさん目が死んでるよ。なんか哀愁を背負(しょ)ってない?」

 「モンテモッチやガラガンが嬉しそうにしてるのと比べると、不本意感丸出しじゃん。少しは嬉しそうにしないと、横の奥さんに失礼だろう」

 「いやはや、ほんとに若い嫁さんだよ。良いのですかあれ。親子に見えますよ?」


 教会では今、神と精霊に真実の愛を誓い、夫婦となる儀式が行われている。

 教会の中まで入れる参加者は当事者の家の身内だけだが、カセロールとアニエスのモルテールン夫妻は親の居ないシイツの当事者側として参列している。モルテールン家当主はじめ重要人物が集まるので、その警備も兼ねてモルテールン家のほぼ全員が出張っている。

 式の主役はシイツを筆頭に、ガラガン、ビオレータ、モンテモッチの四人。そしてその伴侶の四人。計八人。彼女、彼らを祝うために、モルテールン家は総動員で結婚式を盛り上げようとしていた。


 従士家で結婚となれば、仕える主人たるカセロールが出席しないわけにもいかないが、三回も四回も短期間に続けて結婚式に参列など、負担が大きすぎる。どうあっても結婚式では一日潰れるわけで、四回参加すれば四日間が消える。常日頃から忙しいモルテールン家で、従士も含めて全員が四日間休むなどとなれば、まず仕事が回らない。

 また仮に仕事が恐ろしく溜まることを許容できたとしても、順番が後先(あとさき)になることで序列だなんだと面倒も出て来る。序列の高い人間ほど優先して結婚式をさせろという考えは根強い。間違っても、従士長と新人の順番を逆にしてはならないのだ。

 モルテールン家は比較的序列意識は低いフラットな家風だが、お相手の家までそうとは限らないわけで、面倒を避けたいとなれば、いっそ全員同時に結婚してしまえ、という話になる。

 今回、合同で結婚式が開かれたのはその為。


 だがしかし、本来なら四人が等しく祝われるべき家中の慶事であっても、会話のネタにされるのはほぼ一組に集中している。

 誰あろう、従士長兼私兵団長のシイツと、その伴侶ターニャスティ。

 先の決闘騒動以来、噂にならない日が無いとまで言い切れるほどの状況だ。開け放たれた教会の扉から良く見える場所に、噂の新郎新婦たちが晴れ着で並んでいた。普段は態度の悪いシイツも、着飾って大人しくしていれば、いっぱしの紳士に見える。


 「あそこに居るのがバッツィエン子爵か?」

 「そうだ。なんでも娘の旦那になるシイツに、腕試しとか言って更に模擬戦を要求した戦闘狂だ。娘がシイツを物理的色仕掛けで篭絡したのを、手放しで称賛したって噂がある」

 「それは噂ではありませんね」


 従士達の会話に、ペイスが口を挟む。


 「若様」

 「子爵本人が娘を褒めてるところを見ました。力づくで男を落としたことを、さすがは自分の娘だと褒めているのを見て、異文化の理解は難しいと実感しましたよ。それに、模擬戦の要求も本当です。僕もシイツの結婚の件で打ち合わせや結納等々の場に居ましたが、子爵本人や、子爵家の家人がシイツに挑みかかっていくのを何度も見てます」

 「何度も?」

 「ほどほどの実力を見せた上で、上手に負けて向こうにメンツを譲れば良いものを、なまじシイツも負けず嫌いなものですから、勝ったり負けたり。それが余計に向こうの戦闘意欲をかきたてる様で、娘の旦那には相応しいと。顔を合わせる度に手合わせをせびられていますよ」

 「へぇ。従士長のことだから、てっきり若様の側室にでも押し付けようとすると思ってましたけど。結構真面目に婿さんをやってるんですね。案外あの娘を気に入りましたか」


 シイツは昔から独身主義である。

 女性を束縛することも、女性に束縛されることも嫌う、生粋の自由人。プレイボーイ崩れの享楽主義者。敵に刺されるより女に刺される方が先だろうとまで言われていた。

 独身の従士長という立場から止む無く参加したお見合い会だっただけに、そこで結婚を決定されてしまったのは心底不本意だったはずだ。


 しかし、それでいて責任感の強い男でもある。遊び人なのに責任感が強いとは矛盾するようだが、事実は事実。

 大勢の前で恥をかいてまで結婚を勝ち取った女性に対して、絶対に嫌だとごねるような子供っぽさは無い。あくまで大人の男として、穏便に落としどころを探ろうとする政治センスもあった。

 決闘での責任を果たしつつ自分の主義を貫き、それでいて相手の家の面目を立てようと考えるならば、相手が自分との結婚で得られるメリットを失わせることなく、自分以上にいい男との結婚を取りまとめる他ない。

 シイツ以上の条件の男。魔法使いで武勲確かなモルテールン家の重鎮。これ以上となれば二人しかない。カセロールかペイスだ。

 カセロールに娘より年下の女性を嫁がせるのは風聞も宜しくない。となれば、シイツ的には何としてもペイスを身代わりにして逃げたいと考えるところ。事実そうなるように動こうとした。


 「僕は子爵やターニャ嬢のお眼鏡に適わなかったようです」

 「ほう、それは何でまた?」

 「もっと鍛えなければ頼りないとのことです。腹筋も割れてない子供は男ではないということで、シイツはターニャ嬢を娶ることが決定したわけです。まあ、仮に眼鏡に適ったとしても断りましたけどね」

 「若様にはリコリス様が居られますし?」

 「分かっているじゃないですか。年も大して変わらない正室と側室? お家騒動を作り出すだけです。論外のこととシイツの提案は却下しました。結構粘っていましたが、父様が見苦しいとばっさり切り捨てたことで、シイツも観念したようです。だから教会(あそこ)に居る」


 教会の儀式も、終わりに近い。

 お互いの契約のサインが終われば、新郎新婦は晴れて新しい夫婦となるのだ。


 「おめでとう!!」

 「おめでとうございます!!」


 新郎新婦が、教会から出てきた。

 四組の夫婦がそれぞれに腕を組んで出てきたところで、領民たちからのフラワーシャワーのプレゼント。

 色とりどりの花びらが舞い、一人を除いて幸せそうな皆を祝福していた。


 「さて、それでは披露宴会場に行きましょう。一班はこのまま新婦たちの護衛を。お色直しが終わるまでは頼みます」

 「はい」


 教会の堅苦しい式が終われば、身内以外も参列する披露宴だ。

 今回は他領から嫁ぐ嫁・婿が四人であったため、他領からの参加者もそれなりに多い。

 よそ者が多く集まるわけで、何かと恨まれやすいモルテールン家としては警備を怠るわけにはいかない。

 新婦四名のお色直しが終わるまでは新郎と新婦が二手にばらけるし、客もまた同じ。新婦側に付き添う親族も居れば、新郎に付き添って披露宴会場に行く者も居る。一番狙われやすいタイミングだと警戒しているところ。

 尚、今回の新婦側警備のリーダーはコローナである。彼女はお見合い会にも参加したわけだが、同じような境遇の友人が増えただけ。同僚のビオにも先を越されてしまっただけに地味に傷心中。しかし女性の従士が彼女しかいないので、着替えの中で警備できるのもコローナしかいないという、精神的に辛い仕事だ。幸せいっぱいの新婦達の護衛を、独身で焦る女性にさせるのだから、カセロールもペイスも鬼である。

 同じくお見合い会で相手が見つからなかったニコロなどは、シイツをからかうのにイキイキとしていた。それと比べると、コローナはまだまだモルテールン家に染まりきっていないのだろう。どちらが幸せなことかは分からないが。


 「盛り上がってますねぇ」

 「既に酔いつぶれてる人間が居るみたいですけど?」

 「めでたい席に野暮は言わずにおきましょう。お客様ですし、うちの常識を押し付けても揉めるだけです」


 披露宴は、新郎側、新婦側両家がお互いの親族を知る為に行われる。人間とは不思議なもので、一度顔を合わせて酒を酌み交わせば自然と仲良くなるのだ。公務的建前が必要な堅苦しさもなく、お互いのプライベートな部分を教え合うことで距離感が近づくし、別な日に顔を合わせた時も酒を酌み交わしたことを共通の話題に出来るので話も弾む。

 ただし、醜態を晒せば逆効果だ。

 披露宴というのも各領地ごとに文化が違うし、常識も違う。共通するのは、見苦しい連中や不必要に暴れる連中は嫌われるという点。酒が入って理性が減退したところで垣間見える本性にこそ重要な情報があるもの。


 しばらく新郎達だけでも騒がしかったものが、新婦達が改めて衣装を着替えて登場したことで一層盛り上がる。美しい花嫁が四人も居るのだ。褒める言葉があちらこちらから先のフラワーシャワーのように降り注ぐ。


 「ニコロ」

 「はいはい、何でしょう」

 「そろそろ例のものを披露しましょう。準備は出来ていますね」

 「バッチリです。参加者の度肝を抜いてやりましょう」


 指示を受けて、ニコロが披露宴会場に大きな布を運んできた。いや、正しくは布で隠された何か巨大なものだ。

 大きさは人の背丈ほどはあるだろう。台座に載せられ、四人がかりで運ばれてくる何か。不審物を警戒するべき人間が運ぶ不審物。


 「さてお集まりの皆さま、どうぞご注目ください」


 参加者一同の目が集まる。

 衆人環視の中、布が外された。


 「おおお!!」


 姿を現したのは、大きな塔だった。

 形は、斜めになっていないピサの斜塔のようなもの。中世ヨーロッパの鐘楼(しょうろう)を彷彿とさせる段重ねの直立塔。ロマネスク建築を思わせる、柱とアーチを多用した構造をしていて、いくつもの半円が規則正しく並ぶさまは幾何学的な美しさがある。大理石造りを再現したのか、一つ一つの石組みまで彫り込まれた緻密な細工。そこに絡まる(つた)が美的センスの光る意匠で、左右対称の並ぶ中にあえて枝分かれする植物を配することで、無機質な美しさと植物の温かみを兼ね備えた工芸品に仕上がっている。純白の壁に緑の蔦を纏わせることで、色彩も計算されているまさに芸術。


 「ピエス・モンテの一種。パスティヤージュで作った塔のオブジェです。シュガークラフトとも言いますが、砂糖や卵白、ゼラチンなどを使って固めた飾り菓子。我がモルテールン家の財力を惜しみなく使い作り上げた逸品でございます。どうぞ皆さま、見るだけでなく口に入れて楽しんでください」


 ペイスの言った砂糖菓子という言葉に、会場はどよめく。

 砂糖は、スプーン一匙でも銀貨が要るぐらいの高級品。人の背丈ほどの建築物を再現するだけの量の砂糖とは、どれほどの費用が掛かっただろうかと想像もできない。材料全てがメイドインモルテールンなのは未だトップシークレットなのだ。

 モルテールン家の底力を見せつける、デモンストレーションとしては満点の効果があった。


 早速とばかりに、人が集まる。いや、集まってしまった。


 「坊、やりすぎでしょうぜ」

 「おやシイツ、素敵な奥さんを放っておいていいのですか?」

 「良いんすよ。坊がやらかしたせいで、花嫁も花婿も脇役になっちまってるんで。何で花嫁の衣装よりも豪華で目立つもんを出すんです。主役を奪ってどうするんですかい」

 「シイツの結婚式の祝いだと思うとつい張り切ってしまいまして……てへっ」


 銀髪の少年が若干上目遣いのまま舌をぺろりと出す。


 「可愛くねえですよ。全然、可愛くねえです。それに、あざといのはもう十分でさあ」


 先のお見合いからこのかた、散々にいじり倒されたシイツとしては、ここぞとばかりにペイスに軽口を叩いてストレスの発散をはかる。


 「お、こんなところにシイツさんが居たぞ」

 「けしからんぞ従士長。ただでさえ若い嫁を貰って羨ましがられてるんだ。潔く新婦の横に座り、男らしく堂々と、嫉妬の視線を独占するがいい」

 「お前ら二人とも酔ってるだろう。警備の人間が飲んでんじゃねえ!!」


 だが、グラスやコアンといった人間に、シイツが捕まった。披露宴会場は最早宴会の混沌に包まれ始める。


 「祝いの席でケチ臭いですよシイツさん。そんなんじゃ若い子に嫌われますよ? あ、新婚でそんなことも無いか。向こうがベタ惚れですもんね」

 「ワインの一杯ぐらいで鈍るような腕ではない。故に警備にも不都合はない。女の胸の一つや二つで不覚を取る従士長とは違うのだ」

 「クソ、俺に絡むんじゃねえ!! あっちに行け!!」

 「まあまあ」

 「そういわず」


 シイツも含め、新郎が弄られるのは披露宴の常。綺麗な女性を娶ったリア充野郎は、未だ独身の人間からは、潔く祝われるべきなのだ。という理屈の元、シイツは会場の一番騒がしいところへ連行されていった。

 披露宴の一番美味しい役どころはシイツ以外にあり得ないと、皆が精いっぱい、これでもかと祝う。


 そんなカオスの坩堝(るつぼ)から、酒が飲めない為に逃げ出そうとしていたペイス。悪い大人たちに捕まっては、子供と言えども無理やりに飲まされかねないのだ。

 いそいそと会場を離れようとしていた少年。目立たないよう行動していた彼に、声を掛ける男が居た。


 「ペイストリー=モルテールン卿。お待ちあれ」

 「はい? これはバッツィエン子爵。御息女の御結婚、あらためてお祝い申し上げます。当家にとっても心強い良縁を頂きまして」

 「社交辞令は良い。少し(けい)に頼みたいことがあるのだ。出来れば、娘には秘密で」

 「僕に?」


 少年と、ボディービルダーと間違えそうな子爵の、不釣り合いな二人組。

 両者の交わした会話は、会場の喧騒のおかげで他の誰にも聞かれることは無かった。

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― 新着の感想 ―
不審物を警戒するべき(不審)人間が運ぶ不審物
[気になる点] モルテールン産の砂糖は質が悪かったはずだけどちゃんとしたお菓子に出来るくらいには質が向上したのかな? [一言] ビオレータとモンテモッチは13歳じゃなかったっけ?結婚早いな。
[気になる点] モルテールン領て、結局国のどの辺にあるのでしょう? 南東辺境なら、国の他の領地が西側にあり、東側は海か他国のハズ だけど東部新領地があり、西側は他国、どちらかというと南西辺境のような?…
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