132話 見合いの成功?
「死ぬ!! 俺は今日死ぬんだ!!」
初夏も終わりに近づき、夏の盛りが目前に迫るとある日。
ただでさえ暑いというのに、それをより一層加速させるような、暑苦しく騒ぐ男が居た。
「仕事をし過ぎて死ぬなんて嫌だ。戦場で死ぬ方がまだマシだ」
「我慢してくださいダグラッド。今日が終われば三日ぐらいお休みをあげますから」
「こんなイベントの運営なんて、ニコロにやらせりゃ良いじゃないですか。あいつの方が得意でしょう」
「そのニコロも主役の一人なんですから、無理に決まってるでしょう。独身の従士は皆お見合い会場の控室に居ますよ」
モルテールン家主催の、お見合いパーティー。
舞踏会や夜会といった名目を取り繕った会ではなく、目的も手段もぶっちゃけた婚活イベントという、ある意味モルテールン家らしい企画。回りくどいのが嫌いなカセロールの性格そのもののように、男女の出会いや親睦を深めるという手順を丸々すっ飛ばして結婚相手を探せという、身も蓋も無いイベントである。
この非貴族的な、ある意味で斬新な企画。モルテールン家の家人で独身の人間は全員参加させると決めていたこともあって、モルテールン家とお近づきになりたい人間は目の色を変えた。
モルテールン家から嫁いだ姉妹に対して接触していた人間も、このパーティーへの参加を促されるや我先にと申し込みをしたとか。プレッシャーから解放されて泣いて喜んだ旦那も居たとか居ないとか。
姉妹たちの紹介状を持って馳せ参じた若者たちによる特需に今、ザースデンは湧いている。
モルテールン領に来るときには、遅れると問題なので魔法で運んでもらえるが、帰るときは急ぐ必要も無いからと放置されるからだ。カセロールの魔法便は帰りのみ有料。大抵は、自分の家で帰りの馬車などを手配したり、乗り合わせるわけだが、どうしたってモルテールン領での滞在期間が発生する。
デココのナータ商会が経営する宿屋は、全室が埋まってウハウハ状態。儲かって儲かって仕方がない状況だとか。それでも足りずに、各村の村長宅へ泊る者や、モルテールン家の部屋を借りる者も居る。
大量の貴族が集まるのだから、落ちる金もまた大量だ。まさに特需と言うほかない。
「参加者の身分はどうやって見分けるんです? 何度も自己紹介するんですかね?」
「名前を書いた木札を、名札として見えるところに着けることにしています。各家の紋章を【転写】してますからどこの家人かは分かりますし、貴族号の有無や縁故もフルネームが書いてあるので分かるでしょう。所属派閥や領地の有無で色分けもしておきましたし、当人の嫁入りや婿入りが可能かどうか分かるよう、該当者には赤のラインが入ってます。あと、離婚歴があるなら緑のラインが入ってます。その旨は参加者全員に伝えてあるので、何人かと会話する頃には名札の見分け方にも慣れるはずです。他にも名札の決め事はありますが、重要なのは名前と立場です」
「ジョゼお嬢様は赤のライン入りで?」
「不本意ながら、入ってます。父様がまだ嫁にやりたくないからラインを入れたくないとごねましたが、それでは意味が無いと説得したのです……姉様達が」
今回のイベントの一番の目玉は、勿論ジョゼである。
モルテールン家直系の子女で唯一結婚しておらず、婚約者も居ない。彼女の覚え目出度きを得て、あわよくばという期待を持った貴族家は、そうそうたる顔ぶれ。
軍務閥からカドレチェク公爵派の重鎮コーリーフ伯爵家以下十七家二十名。外務閥からは筆頭格のミロー伯爵家以下八家十一名。南部閥からは領袖レーテシュ伯爵家の縁戚筋だけでも五家七名で、役務閥を除いた純粋な南部閥でも十一家を数える。東部閥、西部閥、北部閥もそれぞれ数家は人を送り込んで来たし、内務閥や軍務閥といった色のついた家も多く含まれる。男性だけでも百人は軽く超える参加者の数。
この全てがジョゼただ一人を狙っているというのだから、モテ期どころの話ではない。全部をいちいちまともにお見合いしていたらと考えると、ぞっとする数でもある。流石のペイスもこの数には驚き、モルテールン家の注目度合いを甘く見ていたとカセロール共々気を引き締める結果となった。
それぞれの家の重役格の陪臣まで含めれば更に倍は数えるし、女性も同等程度参加する。女性陣にしてみればジョゼは婚約者にならないが、ジョゼ狙いの優良株のおこぼれには期待できる。ほとんど全ての派閥の上澄みが集まるのだから、出そろう顔を値踏みするだけでも良い。
ジョゼ本人とも顔をあわせておけば友人になれるかもしれない。参加するのには大いに利があると、親に送り込まれているのだ。
「若様も不満そうですね。シスコンってやつですか?」
「メンバーの名簿を作ったのは僕です。参加者は全員把握しましたが、どいつもこいつも姉様には相応しくない。家柄に胡坐をかいている人間ばかり。いっそ全員叩きのめしてやろうかと、父様と本気で相談しましたよ。シイツとグラスに大反対されましたが。国の全ての派閥を敵に回して戦争でもする気か、と止められました」
「……従士長が止めてくれてホント良かった」
「マシなのは、ほんの五~六人だけでしたね。姉様に見る目があれば、その数人から選ぶかもしれません……選ばなくても構いませんが」
当初、お見合い会の参加者は下級貴族も多かった。
しかし、話を聞きつけた上級貴族まで参加をこぞって表明するにあたり、遠慮した家がかなり出た。
これも戦いといえば戦いであり、戦う前から勝ち目無しと見切った家が多かったという意味では、見合い参加を取りやめた家の方が案外まともな人材が居そうである。
実力重視のモルテールン家としては御家柄を振り回す輩は唾棄すべきで、下位貴族や陪臣家でも実力があるならどんとこいなのだが、そういう家に限って立ち回りが狡猾で、遠慮を知る。
外に嫁いだモルテールン姉妹の姻戚も参加しているが、こちらはモルテールン家側の立場。流石にモルテールン家側の貴族がジョゼだけというのも不公平が過ぎると、十人程が参加している。一応はモルテールン家の親戚になるわけで、モルテールン家と縁を持つという意味では妥協の範囲内と見る者は多い。カセロールの娘の婚家の弟妹。つまりはペイスの義理の兄弟姉妹などは、落としどころとしては上々だろう。
人脈の乏しい弱小貴族ばかりなので、ここぞとばかりに高位貴族の縁者を落とすと気合を入れているのは余談である。
「さて、それでは参加者を入れますか」
パーティー会場には、お茶とお菓子が用意されている。
リコリス印のモルテールンクッキーであるとか、新しく作ったシュトレンであるとか、シュークリームであるとか。ペイスが今まで他家に披露し、今後のモルテールン特産としてブランド化するものをここぞとばかりに用意していた。勿論、作ったのは嬉々として働いたペイスである。
お茶についても、モルテールン家はレーテシュ家から良葉の購入権という利権を確保しており、ここぞとばかりに最高級品を用意。王家の伝手というモルテールン家ならではのコネで王宮勤めの侍女や侍従をパートタイムで雇い入れており、給仕も最高級のものを用意した。
モルテールン家の実力をアピールする場として、国威発揚。いや、領威発揚に使い倒す気マンマンである。
会場に参加者がぞろぞろと入れば、早速とばかりに動き始める者も居た。
「思ったほど、姉様に集中するわけでは無かったですね」
「がっつくと逆効果と分かってるんでしょう。或いはお互いに牽制し合ってるのか」
今日は、ペイスが会場警備の総責任者で、ダグラッドが実務責任者。その為二人して会場をじっくり観察していた。ジョゼの肌に触れる不届き者が居たら叩き出せとの指示もあるので、警戒は怠れない。
ちなみにカセロールは、参加者の付き添いとして集まった既婚者達の相手をしている。参加者の両親であったり、後見人であったりという人々。これ幸いとモルテールン領にやってきた既婚の面々を別会場に集め、カセロールとアニエスが応対しているのだ。
こちらはこちらで普通のお茶会として社交の場になっているのだが、既婚者が会場に居ては紛らわしいし、保護者同伴で良い顔をする人間も居ないということで、本会場は独身者のみに限定されているのだ。例外は警備の人間だけである。
モルテールン家の屋敷の一番広いロビーと中庭を会場にし、グラサージュやコアントローといった既婚の腕利きが警備の実務を担当中。独身の人間は全員が着飾って婚活中。グラスやコアンに、後でからかわれるネタを提供中だ。
「ってか、一番がっついてるのはボンビーノ子爵ですね。すごい真剣にアピールしてますよ?」
「一応、まともな人間の一人ですね。お家の利害損得では無く姉様個人に対して思い入れがあるようですし、ここでジョゼ姉様の気持ちを掴めれば他よりも一歩も二歩も抜きんでるのですが……」
「駄目ですね。他の人間に割り込まれた。あまりしつこくすると逆効果だと教えてあげますか?」
「さりげなくで構いません。焦る必要は無いとそれとなく伝えてください」
ペイスの指示で、ダグラッドがボンビーノ子爵ウランタにアドバイスをしに行く。日頃外務を担当するものとして、恩と顔を売りつける絶好の機会というわけだ。有料でジョゼの好きそうなことや、会話のネタの提供もやっている。
「行ってきました。しかし当の子爵が別の人間に捕まったみたいですけど」
「ボンビーノ子爵も今伸びている家ですからね。うちとの繋がりが主目的としても、捨て置くには惜しい優良物件という訳ですよ。うちに集まる高位貴族のおこぼれを狙っているのでしょうね」
お見合い会である以上、女性も多く参加している。その中でも、割と年少な十代前半ぐらいの娘が数人、ウランタを囲む。年が近いこともあり、ここでお近づきになれれば美味しいと考えているのだろう。ボンビーノ家とモルテールン家は同派閥で親しい関係と目されているわけで、ここでウランタを落とせれば、少々遠回りながらもモルテールン家と伝手を持てる点で目的が叶うというわけだ。
「今のところ一番人気は……やっぱりシイツですね」
「ははは。凄いですね。親子ぐらい年の差がありそうな女の子に囲まれてる」
「女性の扱いには手慣れているはずですが、どうも戸惑っているようですね」
「飲み屋や色町の女とは勝手が違うってことでしょう。下手に相手の機嫌を損ねると、モルテールン家に迷惑が掛かるという立場もありますし……って何です、それ」
「貴重なシーンですから、羊皮紙に【転写】しておこうと」
「それを使って予算が取れたら、俺にも一枚噛まさせてください」
「まるで写真を脅しの道具に使うような言い方はよしてほしいですね。これは我らが戦友の貴重な思い出。人生の記念すべき一ページ。純粋な善意による記録です」
「んな話、誰が信じるんですか」
モルテールン家従士長のシイツは、今回のお見合いの目玉商品。ジョゼと並んで人気の一品だ。
噂に名高いカセロールの懐刀。モルテールン家の右腕。いや、両腕ともされる信頼度の高さは有名だし、二十年来のカセロールとの友誼も良く知られている。モルテールンにその人ありと謳われた、重鎮中の重鎮。
次期領主たるペイスに対して真正面から説教の出来る人間であり、モルテールン家に影響力を持つという意味では、これ以上ない人材。
当人は、過去に傭兵稼業をしていたこともあって自由を貴び、いつ死ぬかも分からない危険を背負ってきた過去もあって結婚という束縛を避けてきた。
それが今回はついにお見合いをするという。目敏い人間は、シイツの好みに合いそうな女性をここぞとばかりに押し込んできた。情報源が色町の女性たちなのは公然の秘密。
彼女たちも、魔法使いであり蓄えもある男というのは好条件とみて、アピールに余念がない。中には露骨に色仕掛けをしている娘も居て、シイツは嬉しいような苦しいような、酷く複雑な状況に置かれていた。
右往左往するシイツなどというレアショット。ペイスは後々“多目的に”利用する気で、羊皮紙に情景を写し取っている。
全体的に見れば、ちらほらと良い雰囲気になっている男女も出始めた頃合い。
朝から始めた会で昼食を気にしだすような時間に、会場の一角が急に騒がしくなった。
「ダグラッド、行きますよ」
ペイスが野次馬に割って入ったところ、そこに居たのはモルテールン家従士のコローナと若い男性。男はクアイオン騎士爵の息子ブーハットというのが名札から見て取れた。
男性は右目の周りに綺麗な丸いあざを作っており、どうやらそれをプレゼントして差し上げたのがコローナらしいというのが、騒動の原因のようだ。
「二人は詳しい話を向こうの部屋で聞きます。ダグラッド、後は任せますよ」
「了解です」
二人の身柄を一旦別室でペイスが預かり、お見合い会自体は普通にダグラッドが引きつぐ。むしろこういう時の対応の為にペイスが居たともいえる。
「それで、何があったんです?」
「この女がいきなり殴ってきたのです」
「この男が無礼を働いたので躾けたまでです、ペイストリー様」
ペイスが事情を聴取すると、何とも呆れた内容だった。
どうやら二人は以前からお互いを知っていたらしく、コローナがハースキヴィ家の者として参加していた催しで、面識を持っていたとのこと。
彼女がモルテールン家の従士となった事情は、婚約破棄と合わせて面白おかしく流布されているので、周りはどこか遠慮気味に接していたという。しかしブーハットはそこをあえて踏み込んだ。
一応顔見知りと言うことで挨拶でもしておこうと考え、コローナに声を掛けたまでは極普通の対応だ。
ところが、その後の対応が拙かった。
従士とはいえ、今回のお見合いに参加する以上は独身の令嬢としての立場。一張羅のドレスを着こみ、壁の花になっていたコローナに、ブーハットは「馬子にも衣裳」的な言葉でもって衣装と彼女を評したそうだ。本人曰く、褒めたつもりだったと。
「そりゃ怒って当然だと思いますが……」
「しかし、いきなり殴る事ないじゃないか」
「その点は確かにその通り。しかし、貴族たるもの騎士として武芸を嗜んでいて当然で、急に襲われたから何も出来ずに殴られました、では恥になるでしょう。彼女が本当に敵なら、今頃首が飛んでますよ?」
「むむむ……」
「コローナも、幾ら失礼なことを言われたからと言って、いきなり殴るのはいけません。当家は平和と安定を愛するのです。殴るときには、これから殴りますよと断ってから殴るように。それなら、騎士たるもの避けられない方が悪いです」
「なるほど。ならば今からもう一発」
「ちょ、ま、待て、謝る。謝るから勘弁してくれ」
ペイスも含め当事者だけということもあり、ブーハットは土下座の如く見栄を捨てて謝罪した。
これでようやくコローナも留飲を下げ、ペイスはブーハットに貸し一つと念押しの上で放免する。
「では、コローナは会場に戻って」
「このまま警備に回ってはいけませんか? どうにも会場は居心地が悪いのですが。皆が私を遠巻きにするので、気分がよろしくありません。先ほどのことも、苛立っていたせいだと思うのですが」
「自分から積極的に話しかけてごらんなさい。別に男だけに声を掛ける必要もありません。同年代の友達を作っておけば、何かとお互いに励ますことも出来る。勿論、良さそうな男を落としても構いませんが。そうなったらハースキヴィ家の義兄様は泣いて喜ぶでしょうね」
口より先に手の出るコローナに、まともな恋愛は難しそうだ、とはペイスは言わなかった。
蓼食う虫も好き好きであるし、もしかしたら彼女にも運命の出会いがあるかもしれない。行動あるのみと発破を掛けた。
そんなこんながあり、夕方になって一通りのお見合いパーティーが無事に終わる。
何と二十四組のカップリングが成立したというので、モルテールン家としても大いに面目を施し、上々の成果と誰もが安堵していた。
うち四組はモルテールン家の家人。ビオレータ、モンテモッチ、ガラガンがそれぞれ相手を決めている。
「しかし、これだけはどういう経緯だったか分からないんですが?」
唯一、ペイスがトラブル対応で別室に居た時に成立した組み合わせに、モルテールン家の注目が集まっている。
カセロールはその場に居なかったし、ペイスも場を離れていた。誰もが事情を知りたいと思うカップル。
その片方には、従士長シイツの名前があった。