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おかしな転生  作者: 古流 望
第13章 婚約破棄には焼き菓子を
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122話 オン・ステージ

 モルテールン家従士ニコロ=ノーノは、傍に居た同僚ジョアンことジョアノーブ=トロンに対して呟いた。


 「俺さ、若様のことを尊敬してるよ? 俺なんかよりも頭良いし、部下の待遇改善には熱心だし、危ない時でも先頭に立って俺達を引っ張ってくれるし、どんな時でも頼れるし」

 「はあ」


 顔は褒めているような顔ではない。聞いているジョアンも合いの手が雑になるのは、この手の愚痴が既に何度もあったから。いつものことだと、聞き流す術を覚えた。


 「でもさ、これはあんまりだと思うんだ」

 「ですねえ」


 ニコロの目の前には、大勢の人、人、人。

 モルテールン領本村のザースデンに集まった観客たち。上はやんごとなき方々から、下は平民まで。日頃は貧しい田舎町といった風情のザースデンが、どこのバザールかと思うほどの賑わいを見せていた。

 デココ商店始め、行商人たちによる屋台出店まであり、あちらこちらで美味しそうな匂いや、元気な呼び込みの声がある。

 一番人気は羊の丸焼きの屋台。ハーブや果汁などをブレンドした甘辛いタレを付けながら、肉の塊を炭火で炙り、焼けたところからこそぎ落して食す。立ち込める香りだけでよだれが出て来る一品だが、屋台の目立つところにモルテールン家直販屋台とあるところは御愛嬌である。

 

 老若男女を問わずに集まる大勢の人々。

 まさに近年のモルテールン領好況の集大成のような光景。


 何故それをニコロが嘆くのか。


 ことの起こりは、ペイスがレーテシュ伯に対して喧嘩を売ったことだった。

 ペイスに対して露骨に娘を押し付けようとするレーテシュ伯に嫌気がさしていた彼の少年が、今後その手の話を一切持ち込むなと求めるに際し、決闘で決着を付けようと言い出した。

 モルテールン家が負ければ優先交渉権と側室受諾の確約他諸々。勝てば今後一切の不当な企てに対して、手厚い補償を受ける権利。別名ぼったくり確約。

 元々勝ち目が極めて少ないと思っていた婚姻外交に勝ち目が見えたと、レーテシュ伯もこれに頷いたから問題がややこしくなった。


 決断の早いモルテールン家。上層部のトップダウンもあって、あれよあれよという間に決闘大会の開催が決まってしまった。

 以前によく似た決闘大会を開いたときの教訓やノウハウもあったのが運の悪さ。

 大会運営の実務責任者に抜擢されたのが、誰あろうニコロだったのだ。


 「あの人は(オーガ)だ。いや悪魔だ。魔王だ!! 俺を仕事漬けにして殺す気だ!!」


 新しく配属されたジョアンの助けが無ければ、本気で過労死の危険があったに違いない。


 仕事の多さ、トラブルの多さに、臨時で村人を二十人程雇用してまで対応しているのだが、責任者であるニコロの仕事は減ることが無かった。

 そして今、仕事の追加という恐ろしさがやってくる。銀髪の悪魔の手で運ばれて。


 「ニコロ、お出迎えの準備は出来てますか?」

 「何のですか? 若様」

 「陛下がもう間もなく来られます」

 「え゛? あれってマジな話だったんですか。てっきり冗談かと」


 今回のお菓子対決。

 公平な審判をどうするかとなった時、何故か噂を聞きつけた国王陛下が御自(おんみずか)ら審判に名乗りを上げたのだ。曰く「こんな面白そうなことに何故俺を呼ばない」とのこと。これのおかげでカセロールは半日寝込んだ。

 仕事が忙しいのは国王こそ人一倍であるはずだが、それをさておいても駆け付けるという厚遇っぷりに、モルテールン家の重要性はいや増すばかり。加えて、レーテシュ家までがお家の総力を挙げると判明。

 瞬く間に王都中の噂になり、それが各地に伝播することで人がわんさか集まり、今に至る。

 内務尚書などは建設中の国道について、何故もっと早く作っておかなかったのかと突き上げを食らったほどだ。


 「僕が陛下を冗談のダシに使うわけないじゃ無いですか。今父様が王都に行っていますから、もうすぐ陛下が来られます」

 「んぎゃあ!!」

 「ああ、ニコロさんが倒れた!!」

 「うう……若様、俺もう無理っす。オーバーワークです。ってか陛下の応対なんて何していいか分かりません」

 「仕方ないですね」


 流石に、まだ新人と大差ない若手のニコロには、国王臨御の一大興業を仕切るのは無理だったらしい。

 過労と心労で倒れるに至っては、流石のペイスも無茶を言えない。


 「ニコロは屋敷で寝かせてあげてください。ここしばらく忙しかったので、大変だったのでしょう」

 「はい」

 「よっしゃあ!! じゃあ俺休んで来ます!!」

 「……意外に元気そうですね」


 休めると分かった途端に勢いが良くなった要領の良さはさておいて、ニコロが場に居なくなる事実は事実。


 「さて、じゃあジョアン、頼みましたよ」

 「はい?」


 無茶は言えない。はずである。普通ならば。


 「ニコロが倒れてしまったので、引継ぎを頼みます。あちこちから問題が上がってくると思いますが、対処と決済を頼みましたよ」

 「え? は? え? む、無茶ですよ!! 俺まだ新人です!! そんな大仕事なんてやったことが無い!!」

 「何事も、初めてはあるものです。大丈夫、ジョアンなら出来ます。陛下への対応はさすがに任せられませんから僕が見ますが、その分、他の雑事は全て任せるので、よろしく」


 ペイスの爽やかな笑顔と、優しく肩に置かれた手。


 「ニコロさん……俺、今日初めてニコロさんの正しさが分かりました」


 ジョアンはようやくモルテールン家の従士の“仲間入り”を果たした。



◇◇◇◇◇



 決闘大会と銘打たれた催しは、交渉時の混乱に乗じたペイスの押しもあり、モルテールン領で開かれることになった。何をするのかと、レーテシュ家が困惑していたこともあったからだ。

 会場となるのは本村(ザースデン)の広場。

 モルテールン家と、レーテシュ家も協力して作り上げた舞台は、コンサート舞台のように一段高い場所にそれなりの広さのスペースがある大掛かりなもの。遠くからでも舞台の上が良く見える。

 観客用の席には貴族席と一般席と立見席があり、チケット売り上げの興行収入は両家折半。


 ステージ上、来賓用の特別席にはひと際目立つ国王の姿もあり、彼の後ろには五人程の完全武装の護衛が立つ。近衛兵の精鋭で、今回は毒見役も兼ねる。お祭り騒ぎの中でも職務をこなすべく、怪しいものがペイス以外に居ないかを、険しい顔で警戒している。

 その傍には、どうしてこうなったのかと頭を抱えるカセロールや、勝ちを見越して微笑むレーテシュ伯やセルジャンの姿もあった。


 ステージの周り。

 王の姿など初めて見た者も多く、皆が興味津々で舞台に注目している。


 そこに、トコトコと少年がやってくる。


 「それではこれより、レーテシュ家並びにモルテールン家主催、料理対決を始めます!!」

 「「うおおおおお」」


 開始の合図に、集まった観客は盛大な歓声を送る。


 「司会進行は私、モルテールン家ペイストリーが務めさせていただきます。本日は敬愛なる我らが国王陛下にも御臨幸を賜り、畏れ多くも御裁定を頂けるとのことでございます」


 一同の目が、用意されたステージの奥に目を向ける。

 ノリが良いのか、国王カリソンも集まった者達に手を上げて愛想を振りまく。


 「ルールのご説明を致します。スタートから半鐘の時間を制限時間としまして、その時間内に陛下に献上するデザートを作ってもらいます。使う材料や道具はそれぞれ両家が個別に用意したものを使いますが、制限はありません。また、何品作っても良し」


 デザートを複数品作って良しとしたのは、国王が裁定役になると決まった為に生まれたルールだ。

 当初は一品勝負の予定だったのだが、国王陛下に献上するなら普段の料理と同じように、複数品のデザートを用意すべきだ、とレーテシュ家が主張したのだ。

 やむを得ずモルテールン家が受諾したのだが、レーテシュ家はこれで勝ちを確信するほど有利になった。何せ、港を領内に抱えて対外貿易を牛耳るレーテシュ家だ。モルテールン家がどれだけ頑張ろうと、財力の基礎体力が違うし、材料の入手難度が違う。

 外国産の材料は全てレーテシュ家が抑えた為に、モルテールン家はレーテシュ領から一切の製菓原料の入手が出来なくなった。おまけに、豊かな財力と政治力を駆使して四方に圧力を掛けたものだから、モルテールン家はボンカ一つ手に入れることさえ難しくなったのだ。レーテシュ伯も手加減なしの本気である。

 その上で複数品目を並べるとなれば、素材の量も質も限られる中で戦うモルテールン家は、極めて不利になる。自給できるのは砂糖、酒、小麦粉、卵、ミルク、ハーブぐらいなものだろう。


 また、道具が持ち込み自由というのも、レーテシュ家にとって有利となる項目だ。

 この世界では大量生産のプレス品などは存在しないので、調理器具一つとっても全て職人による手作りしかない。材料の基本は鉄か、或いは銅になる。


 鉄を一キログラム作るのに薪が百キロ、或いは炭が二十キロ必要とも言われる。新興の家が簡単に始めるわけにもいかないのが製鉄。

 調理器具の材料となる鉄は、神王国でも北部閥が、技術も設備も大部分を独占している。そして、鉄を始めとする金属加工技術も北部がほぼ独占している。

 鉄は国家なり、という言葉があるように、鉄製品は武具、馬具、防具、農具等々、用途も多種多様。北部の工房は何時だって仕事が詰まっている。

 調理器具作りを割り込ませるには、権力と金と政治力が要るのだ。仮にモルテールン家が画期的なデザートを思いつけたとしても、それを作るには新しい道具が必要になるだろう。

 しかし、調理器具を最優先で作らせられる程の実力など、モルテールン家には無い。レーテシュ家には有る。この違いは大きい。


 材料についても、道具についても、持ち込み自由となった時点で、レーテシュ家には自由な裁量が産まれても、モルテールン家には手持ちで戦う事しかできない。

 戦力の補給や補充が自由自在のレーテシュ家に、無補給で戦うモルテールン家。何とも、酷く不利な状況である。


 それに気づいているはずのペイスは、更にアナウンスを続ける。


 「相手の調理に対しての妨害は一切禁止。純粋に料理の腕と味で雌雄を決します」


 妨害禁止もまたモルテールン家に不利な条件。

 モルテールン家には魔法使いが三人も居る上に、何をしでかすか分からないトリックスターがそのうちの一人だ。また、人脈の広さと質ならモルテールン家はレーテシュ家に勝るとも劣らない。妨害可にしていると、意外な介入があるやもしれず、それを防ぐ意味から設けられた規定。

 それに裁定役が国王陛下である以上、下手に相手の足を引っ張ることは、陛下の口に良からぬものを入れる可能性と同義だ。認めるはずも無い。

 砂糖を主産業としたいモルテールン家に相応しい、製菓技術を競うというのが本旨。モルテールン家以上の製菓技術を持っているからこそ、レーテシュ家と縁を結ぶのはプラスになる、と証明する為の決闘なのだ。

 純粋な腕比べにするのは当然だった。


 「……妙ね」

 「何がだ?」


 ここまでは、多少の混乱があったとはいえ、レーテシュ家圧倒的有利。しかし、舞台の上のレーテシュ伯ブリオシュは、隣のセルジャンに聞こえる程度の小声で呟いた。


 「何故、あの坊やはあそこまで平静でいられるの?」


 そう、どこまでもレーテシュ伯家有利に見えるのに、決闘を持ち出した当の本人が平気な顔をしているのだ。

 しかも、更に重要な部分でもレーテシュ伯家が有利にも関わらず。


 重要な部分とは、今回の決闘を行う料理人の人選。


 「さて、ここで両家の料理人を紹介しましょう。レーテシュ家は七人の料理人を揃えました。代表はレーテシュ伯爵家厨房責任者、人呼んで炎の天才料理人ことファリエル!!」

 「「おおお!!」」


 観衆のボルテージは上がる一方だ。

 ペイスの煽りもあって、熱気がステージ上まで伝わるほど。


 ファリエル氏は、レーテシュ家に長らく務めてきた料理人。平民ではあるが、その腕の確かさから先代の厨房責任者に引き立てられ、レーテシュ家伝来の調理技法やレシピを身に付けてきた、まさに生粋の職人。

 近年、ボンカパイやタルトタタンなどの新メニューについても試行錯誤の末に身につけており、神王国を見渡しても、指折りの料理人と言えるだろう。

 もっとも、炎の天才料理人という呼び名は、つい今しがた呼ばれるようになったばかりの呼び名であるが。

 四十前の堅物そうな料理人は、自分がとんでもないことに巻き込まれていることに憮然としながらも、天才と呼ばれたことには満更でもなさそうだった。


 料理人の人選でも、レーテシュ家は有利な条件を勝ち取っている。人数制限なしというのもそうだが、ペイスを料理人から除外したのだ。

 これが何よりも大きい。

 ことスイーツに関して、ペイスは今までも何度となく新メニューを生み出してきた実績がある。侮ることなど出来るはずも無く、ペイスの嫁に関わることなのだからペイスは傍観するべきという、理屈にならないような理屈でごり押しの上で、ペイスは司会専任となった。


 最重要なポイントでもモルテールン家が不利。

 さて、もしかすれば超凄腕の助っ人が登場するのかもしれない。

 そう、注目が集まる中。ペイスがコールする。


 「モルテールン家はたった一人に任せます。神王国が生んだ奇跡の美少女パティシエール。リコリス=ミル=モルテールン!!」


 現れたのは、顔を真っ赤にしたリコリスだった。



これを書いてる時、どうしても料理の○人的なイメージが…


(以下宣伝です)

カクヨムでエッセイを書いてみました。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054882133424


ちなみに、エッセイのイメージ的な画像を見つけて、ブログに追記してます。

http://ameblo.jp/koryu-nozomu/entry-12224522735.html

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― 新着の感想 ―
[一言] 私の記憶が確かなら・・・なっつ
[良い点] 意表を付く、というのはこういう事だ、との見本ですね。 つまり、面白い!
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