120話 詐欺未満
日が高く昇り、更には天頂を通り越してしまった、汗ばむような昼下がり。
モルテールン家では、領主婦人と“娘二人”によるお茶会が開かれていた。
使われている茶葉は旧ハースキヴィ産。ハースキヴィ家の領地替えに伴う急な在庫処分から手に入れた特上品。南方茶葉独特の、薫り高いお茶である。
ふわりと漂う香りを楽しみながら、会話するのは女性三人。
女三人寄れば姦しいとは言われるが、その通りに会話がはずんでいた。
「ペイスもやるわね。それで、リコちゃんは何て返事したの?」
「えっと……」
「鈍いわねジョゼ。はいと返事したから、ここに居るのよ?」
「それもそっか。でも、いいなあ。リコちゃんもついに人妻ってことよね」
参加者は、モルテールン家の女性陣のトップが勢ぞろい。
領主婦人アニエスを筆頭に、実の娘であるジョゼフィーネ。
そして、義理の娘となったリコリス=ミル=モルテールン。
そう、リコリスはつい昨日、神と精霊の前で生涯変わらぬ愛を誓い、名実ともにモルテールン家の嫁になった。
「でも、披露宴が大々的に出来ないってのはちょっと残念よね」
「仕方ないわ。前フバーレク伯の喪が明ける前には、派手なことなんて出来ないもの」
「そうは言っても、折角の結婚だし。ペイスの披露宴なら美味しいものが出るって前から楽しみにしてたのにさあ」
「ジョゼが楽しみにしても仕方ないじゃない。残念がるなら当人よ。ね、リコちゃん」
「あの、私なら大丈夫です」
「そっか、リコちゃんはペイスが居れば良いもんね」
義姉のからかいに、顔を赤くするリコ。
まだまだモルテールン家の距離感には慣れないだけに、しばらくは弄られ役になりそうだ。
ペイスとリコリスの結婚式は、身内だけで慎ましやかに行われた。
ど派手に目立つくせに派手嫌いなカセロールの意向や、父親が亡くなったばかりで服喪中というフバーレク家の事情があったからだ。
もっともそんな事情はさておいても、二人っきりの世界を作っていた若夫婦にはみなが辟易としたのだが。
「ところでさあ、その旦那は何処に行ったのよ」
「仕事で領外の折衝だってカセロールが言っていたわ。あの子も新婚早々で出張だから大変ね」
「ふ~ん、ペイスが家に居ないのは珍しくも無いけどさ。どこかに出かける度に何かやらかしてくるじゃない? 今度はどこに行ったのかしら。母様は知らないの?」
「東部に行くとだけ聞いてるわ」
「危なくはないのでしょうか?」
ペイスは、カセロールの息子らしく度胸がある。五歳から続けて四年になる剣の道でも、それ相応に実力を付けていた。【転写】の魔法という規格外の能力も持つし、絶対的に有利な隠し札も持つ。カセロールに負けず劣らずの一騎当千。
それだけに危ないところに率先して飛び込むこともあり、残されて家を守る女性陣をハラハラさせることはしょっちゅうなのだが、今回も未だ黒煙の残る東部に行ったという。
三人の中では一番政務に疎いリコリスなどは、戦争の記憶も新しい中で、危険地帯に突っ込んでいくように思えるペイスを心配する。
「大丈夫じゃない? もうだいぶ落ち着いてるでしょうし。東部は今なら特に問題もないはず」
ジョゼの推測は半分当たっている。
先の戦争の後片付けも始まっており、既に平穏を取り戻しているという点では半分正しい。
だが、問題が無い、という推測は外れている。
いや、正しくは、ペイスが出向く時点で推測が外れてしまうというべきだろう。
何せ、彼が東部に出向いた理由が“問題を起こしに行く”ことそのものだったのだから。
◇◇◇◇◇
「おお、ようこそペイストリー=モルテールン卿。若き知将と名高き貴君に御来訪いただけたことは、当家末代までの誉れとなりましょう」
神王国東部のとある屋敷。
両手を広げて歓迎の姿勢を見せるのは、東部閥の重鎮。グース子爵家当主ブラッドン=ミル=グース。
三十三歳で細身。髪は緩く癖毛になっているが、清潔感のある風体。一重瞼の茶色い目が眠たそうな印象を与えるが、見た目に反して狡猾な切れ者と評判だけに油断してはいけない。
正妻と側室合せて五人の奥さんが居て、子供が六人。死別を含めると九人の子供をこしらえた、私生活の派手な男。非公式な子供が更に倍は居ると噂される。
東部閥に属す領地貴族であると同時に、外務閥にも属す外交屋。
フバーレク辺境伯領と王都の丁度中間に領地があり、何かと騒がしいフバーレク辺境伯家と王家の物理的・精神的な仲立ちとして、東部閥でも存在感を高めてきた。
お役目柄、そして地政学的な立ち位置から、東部の諸家に対して調整役を自任してきた御家柄だ。
そんな男の歓迎に対して、ペイスは護衛を後ろに付けながら笑顔で挨拶する。
「お久しぶりです」
「ははは。久しぶりとはまたまた。この間の戦勝祝いでも御挨拶させていただいたではないですか」
「若輩故、たった数日でも間が開いたように思えてしまうのでしょう。閣下のお顔を拝見しない日は寂しくて仕方ありません」
「おやおや、それは光栄なことですな。そこまでおっしゃっていただけるのは嬉しいが、下手に喜ぶと可愛らしい婚約者に嫉妬されてしまいそうだ」
ブラッドンは笑った。ただし、外面だけ。
社交辞令のやり取りであっても、こっそり探りを入れてくるあたりは外交屋らしい抜け目の無さ。
南部辺境のモルテールン領からどれほど急いだところで、昨日のことが東部まで伝わるはずも無い。故に、婚約者にかこつけてジャブをうってくるぐらいは、ペイスからすれば予想の範囲内。
笑顔のまま、ペイスも子爵の探りにのっかる。
「その婚約者のことで、今日はお伺いしたのです」
「ほう?」
東部閥には複雑な事情がある。
外国の脅威という、目に見えた敵が居なくなった途端、内部に抱えていた不満があちらこちらで噴出した。
例えば、領地貴族。新旧の諍いが目に見えた形で勃発した。
自分たちの土地を守るために兵を使った旧来の者たちは、南部閥に美味しいところを掻っ攫われた上に自分たちが卑怯者のように罵られることに不満を持つ。決して怠けていたわけでも無く、危機意識を捨てていたわけでもないというのが彼らの意見。今まで散々苦労していたのは自分たちなのに、報いられないと憤る。
先のサイリ王国との戦争。現実を見たリアリストとして、フバーレク家さえ敗れるような敵に、自分たちが寡兵で立ち向かっていったところで何ほどの効果があるのかと考えた。中央の精鋭が援軍に来るまで時間を稼ぎ、耐え忍ぶことが正しいと思っての行動だったのだ。
ことが終わった後ならば、人は何とでも言える。あの時あの立場で、撃退どころか逆撃まで出来るなど、誰が考えるというのか。
というのが東部領地旧主流派貴族の主張。
対し、新しく領地を貰った貴族たちは、多くがモルテールン家を含む南部閥の縁者達。或いはかつて南部閥に属していた者達。
南部閥の活躍によってサイリ王国軍を撃退出来たのだから、それに報いがあるのは当然と考えるし、旧東部閥主流派は、亀のように閉じこもっただけで何もしていないと考える。
実際の功績に褒賞があるのは当たり前で、苦労してきたと言いながら結果を出せずに来た面々は無能だ、という極端な意見さえ出ていた。
なんで何もしなかった連中が先輩面して偉そうにし、更には利権を寄越せなどと言ってくるのかと、不満もある。
新旧の対立は、功績筆頭の南部閥であるモルテールン家が介入すると、より一層深まる。
或いは、外務閥と軍務閥の対立も表面化した。
元々軍事的に敵対しているサイリ王国とはいえ、外交的に関係が断絶しているわけではなかった。
むしろ、軍事的に緊張しているからこそ、話し合いによって是々非々の対応が模索されていたし、敵であるがゆえに生まれる共存関係も存在する。
仲立ちをするのは、外務閥の仕事だった。
例えば、国境付近に発生する盗賊や魔物。越境する密輸。人身売買。
幾ら軍事的緊張が有るとはいえ、両国に跨った問題は、どちらか一方の勝手には出来ない。外交官が粘り強く調整し、神王国とサイリ王国の双方が妥協できる範囲で問題解決が図られてきた歴史がある。
国境線が大きく書き換えられ、また新しい領地貴族が増えた現在。外務貴族には可及的速やかに関係の再構築、新構築を図る必要性がある。
そんな外務閥からすれば、軍事的緊張が一挙に、そして一方的に解決したことは、凶報であった。
自分たちが長い年月をかけて培ってきた人脈、信頼、貸し借り。時には命を懸けてまで敵地に築いた情報網。いわば外務貴族としての財産全てが、一夜にして無くなったのだ。
対外関係を重視する平和的な人間からすれば、幾ら相手が攻め込んで来たにせよ、自分達に話も通さずに独断で行動し、その上で軍事行動後の尻拭いだけ押し付けられた状況のように思えた。
命を掛けて戦争してきた軍人と、命を懸けて対話を続けてきた外交族。
東部の新興領地貴族は多くが軍家の為、話し合いを模索する外交官など温すぎて話にならないと軽視する。長年サイリ王国と向き合ってきた外家は、自分たちの苦労も分からずに血気に逸る単細胞と新貴族を蔑む。
軍家にして名高いモルテールン家が出張ってくれば、これまた騒動の火種に油をかけるようなものになる。
何にしたところで、モルテールン家にこれ以上介入されては、東部の安定と調整の一翼を担う人間は困る。その筆頭はグース子爵だろう。
だからこそ、フバーレク家とモルテールン家の婚約を潰そうと動いた。その中心にいたのもグース子爵である。
そんな中にあって、調略の対象者本人がわざわざ出向いてきて、しかも言いたいことが婚約者についてだという。警戒もしようというもの。
「子爵閣下は、東部でフバーレク家に次ぐ実力者とお聞きしております」
「ふむ、幸いなことに陛下よりご信頼頂けていると自負する。フバーレク家には及ぶべくもないが、家格に相応しい身代であろうとも思う。それがどうかされたかな?」
貴族同士では謙遜しすぎも拙く、子爵としても社交辞令的な返答。
「そんな閣下を見込んでお話します。ここだけの話として御内密に願いたいのですが」
「これでも外務が御役目。口の堅さは信用してもらって良いと思うが?」
「ならばお話しますが……実は、フバーレク家と当家の婚約が、解消されそうなのです」
「ほほう!」
子爵は内心喜んだ。
若きフバーレク家当主の実力はまだ未知数な所が多く、色々と自分が動いているのだが、どうにも成果がはっきりしていなかった。圧力を掛けてみても、効果がありそうなのになかなか結果が出てこなかった。
それが、裏では成果を出していたのだ。誰だって、自分が苦労した成果が実れば嬉しいもの。
前代のフバーレク伯は手強かったが、今のフバーレク伯はどうやら押しに弱そうだとも思う。
それに、脇が甘い。自分の家の情報管理は徹底できても、他家から漏れれば意味が無い。子爵は嘲笑を心に秘める。
「僕としてもリコリス……失礼、フバーレク家の御令嬢」
「言葉遣いのことなら、普段通りで構いませんぞ? 慣れたものの方が言い易いでしょう」
「ありがとうございます。そのリコリスとの婚約解消は、とても不本意なことです」
「そうでしょう、わかりますとも。かなり長い間婚約者として付き合っておられたのですから」
ペイスは、とても悲しそうな顔をしている。
恋人と別れた傷心そのものといった様子。
何を企んでいるのかは、この様子では分かりづらい。新辺境伯と比べれば、まだこっちの小僧の方がマシか、などと子爵は考えた。
「どうやら、父とフバーレク伯の間で何かの話し合いが持たれたようなのですが、その際に婚約破棄についての話もあったとか。これは部下に聞きましたから確かです」
「ほうほう。いや、それはまた貴重な情報だ」
「その上で先日。父からリコリスが婚約者でなくなると明言されてしまったのです。僕にとっては人生の一大事です」
「なるほど、ふむふむ。婚約者でなくなる。確かに当事者にすれば大問題でしょう」
子爵は、外交官として多くの魑魅魍魎と騙し合いをしてきた。
人間観察にはそれ相応の実力がある。その観察眼が、ペイスの言う言葉が真実であると告げる。目線の動き、姿勢、口調や仕草などなど。こればかりは、特殊な訓練でも受けない限りは、全くのゼロには出来ないものだ。
自分が培ってきた経験からしても、ペイスが嘘をついている様子は無い。間違いない。
ならば、婚約破棄されたのも事実なのだろうと、子爵は考えた。
「婚約者でなくなったとしても、僕としてはリコリスを大事に思う気持ちに変わりはない。そこで、子爵にお願いなのですが」
「何でしょう」
「僕との今までの思い出を忘れないで欲しいと願い、リコリスに贈り物をしたいのです。出来れば宝石を贈ってあげたいのですが、何分ご覧の通りの若輩者。先立つものがございません。閣下に御援助頂けないかと思い、こうしてお伺いしたのです」
「なるほど。別れる婚約者に贈り物をしたい。金が無いから小職を頼られると」
「いかがでしょう」
「それは借款でということかな?」
「お借りしても返す当てがございません。出来れば返済不要の援助を頂ければ」
子爵は、目の前の少年の意図を推察しようとした。
モルテールン家の麒麟児と言えば、先の東部の戦いでも悪魔が裸足で逃げ出すほどの大活躍をしたと評判。そんな人間が、タダで金をくれと虫のいい話をしてきた。
他所の子供ならば、ずうずうしくも小遣いを寄越せと集ってくるのは有りそうだが、目の前の子供がそうではないのは明らか。
子爵のメリットとしては、次期モルテールン家の当主に大きな貸しを作れることだろうが、それにしたところでメリットが小さすぎる。
故にブラッドンは首を横に振った。
「……縁戚でも無い者に、何も無くただ金を渡すということが難しいのはお分かりかな?」
「無論承知しております。しかし、将来にわたって無縁とは限りません」
「ほほう?」
もしやと思い水を向けてみたところ、思わぬ反応があったことに子爵は眉を上げる。
「フバーレク家の意向により、近々僕は婚約者が居ない状況になります。いや、すでに先方の意識ではそうなっているでしょう。これは父の話からも間違いない。もしも今回無償資金を御援助頂けるのであれば、“正式に婚約破棄された後”には子爵閣下の御意向に十分な配慮をする、というので如何でしょう」
「……な、るほど。なるほどなるほど。うむ、それは面白いご提案だ」
子爵にとっては思いがけない提案。そして、かなり旨みのありそうな話だ。
東部の諸家に対して、今ならばモルテールン家はかなり強い影響力を行使できる。それこそ時と場合によっては王家やフバーレク家を凌ぐ影響力を発揮するだろう。
そのモルテールン家の跡目。ペイスの婚約者という地位を狙う人間は、両手の指折りでは足りない。それも、押しも押されぬ大貴族がこぞって狙っていることを、子爵は知っている。大貴族から働きかけがあり、リコリス嬢とペイスの離間を図ったのだから間違いない。
ペイストリーの婚約者という空席に対して、優先権を持てるとするならば朗報。それを材料に色々な家から好条件を引き出す交渉も容易く出来るだろう。何せ、辺境伯領一つを大した出費もせずに手に入れて見せた男。婚約者を押し込めるならば、金貨の千枚や二千枚なら惜しくないだけの価値がある。
つまり目の前の少年は、別れる恋人との綺麗な思い出の為に、将来の婚約者の予約席を売りたいと言っているのだ。
予約チケットに幾らの値を付けるのか、という交渉。
ここで僅かな金銭を惜しめば、恐らくこの少年は別の家にセールスに行く。何も自分のところである必要は無いのだと子爵は察する。
東部の調整役である役職から、最も効果的にチケットの転売が出来るだろうと、暗に匂わせてきた形。
「ふむ……面白い。実に面白い」
子爵は、考えを纏める。
今ここで口約束というのも良いが、どうせなら公文書を残しておきたい。子供の口約束だからと、親が反故にしては敵わない。
「よろしい、他ならぬモルテールン卿の御子息の頼み。当家としても苦しいが、その条件で援助いたしましょう。無論、返済不要で」
「おお、ありがとうございます」
「ただし、こちらとしても口頭だけでは心もとない。一筆認めてもらえますかな?」
「構いませんとも。そうおっしゃるだろうと思い、ここに直筆で書いてきたものがあります。ご確認ください」
さすが、用意が良いと子爵は思った。
差し出された羊皮紙には、既にペイスが条件を纏めていたのだ。後は子爵のサインがあれば良いだけになっている。
さらさらと一筆、男は気分よくサインした。
すぐにも用意された金貨の山をペイスは懐に入れ、子爵の屋敷を後にする。
屋敷をでたペイスは、両手を上に挙げてぐっと背伸びをした。如何に彼と言えども、まじめな交渉事は肩が凝るものだ。懐には先ほどの金貨があるのだから、尚更肩に重みがある。
大金を手にしたペイスに、護衛として置物のように黙っていたニコロが、溜息と共に口を開く。
「若様、これで何件目でしたっけ?」
「五件目です。子爵のところを最後にしたのは正解ですね。すぐにも関係各所に連絡が飛びそうな気配です。連絡が行けば、さすがに同じ手は使えないですよ」
「……既に手遅れですけどね。これって詐欺じゃないんですか?」
「詐欺? どこがです?」
「若様は昨日、結婚したばかりじゃないですか。婚約者を決める時には優先的に、って旨い話をしてましたけど、五件も同じようなことを言ってれば詐欺でしょう。ってか一件でも詐欺じゃないですか?」
「いえいえ。僕が約束したのは“婚約破棄されたあと”の話です。既に結婚したので、婚約破棄されることは一生ありえません。つまり、何の問題もありません」
「どこの家も、若様が婚約破棄されたって思ってましたよ?」
「向こうが勝手に勘違いすることまで責任は持てません。“婚約者では無くなる”のも事実ですし、“婚約関係は解消”されるのも間違いない。“父様が婚約破棄について聞いた”のも嘘じゃないです。全部事実をありのままに言っているので、誤解した方が悪いのです」
「ひでえ……空の宝石箱を宝石入りと誤解させて売りつけたようなもんじゃないですか」
「上手いこと言いますね。ニコロは良い交渉人になれますよ」
「なりたくないです。ってか無理」
ニコロは、頭を抱えた。
ペイスが問題を起こすのはいつものことだが、今回に限っては旧来の東部閥主流派に喧嘩を売って回ったようなもの。
騙されたと気付いた後には、必ず苦情と抗議が飛んでくる。
そうニコロは指摘した。
「抗議が来たなら、先の公文書を引き取る代わりに、貰った金を返すぐらいで折り合いを付けられるでしょう。その頃にはフバーレク家も急場はしのいでいるはずなので、そのまま返済してあげればいい。精々半年をのらりくらりと躱せばそれで終わり。東部の金で東部を救うのです。それ以上のトラブルが有ったら、最後はフバーレク伯に処理してもらいましょう」
「義兄に容赦ねえっすね」
「フバーレク家の事情に、うちを巻き込んだのです。うちの事情に巻き込まれても、文句は言わせません」
「東部の人たちから金を巻き上げた理由は? 若様なら普通に金策も出来たでしょうに」
「東部の面々は僕とリコリスの仲を裂こうとしたのです。関わった人間には多少は痛い目を見てもらいませんと、また同じことをしてきます。それよりも問題は……」
「問題は?」
「一度痛い目を見ておきながら、全く懲りずに手を出してきたココ。この家だけは、他所とは違って手強そうですよ?」
ペイスがターゲット一覧を記した羊皮紙。
その中の最後尾に書かれていた一つの家名。
指を指した先には、ひと際目立つ字でレーテシュ伯爵家と書いてあった。