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おかしな転生  作者: 古流 望
第13章 婚約破棄には焼き菓子を
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117話 陞爵ラッシュと訃報

 そこは、死だった。


 規則正しく並べられた死を、順番に見る。

 物言わぬ死体となった者たちからは、否応なく自分の無能を責められる様で、込みあがる吐き気を堪えるのには相当に疲労を伴う。


 「父です」

 「……閣下」


 あちらこちらから、うぅと偲び泣く声がした。


 「間違いありませんか?」

 「ええ。間違いなく、ドナシェル=ミル=フバーレクです」

 「お悔やみ申し上げます」

 「痛み入ります」


 無念だ、と訴えかける死体。

 息子、ルーカス=ミル=フバーレクはそっと布を被せ、片膝をついたまま右手を左胸に当てて敬礼した。

 無念は晴らしました、と心の中で呟きながら。



◇◇◇◇◇



 王城の一室。

 貴族のみが入室を許される部屋に、幾人もの人間が集められていた。

 共通点は無い。いや、神王国貴族であるという点は共通点なのだがそれ以外に、という意味だ。

 あえて言えば男ばかりであることだろうが、貴族家当主は大抵男なので、それが偶然だとして。


 「モルテールン卿、卿の魔法は相変わらず便利だな」

 「リプタウアー卿も御壮健のようですな。変わらずに鍛えておられるようで、運ぶのが重たかった」

 「おいおい、重さは関係なかろう」

 「いやそれこそ。これで魔力の使用量が違うのです。こなれてくると、消費量で体重の細かいところまで分かる。おかげで妻には嫌がられております」


 はははと冗談を言い合って過ごす面々。

 ふと、カセロールは集められた人間に共通点を思いついた。

 かつての大戦で、武功を上げながらも政治的理由で恩賞を抑えられた者達。その筆頭は自分であろうとも感じていた。


 「一同傾注。国王陛下(こくおうへいか)御入来(ごにゅうらい)!!」


 ざっと全員が跪き、(こうべ)を垂れて、握った手を胸に当てる。

 やがて、彼らの主が部屋に入ってきた。

 赤銅色の髪を綺麗に整え、威厳をもって臨座する第十三代神王国国王カリソン=ペクタレフ=ハズブノワ=ミル=ラウド=プラウリッヒその人である。


 「皆よく集まってくれた。顔を上げて楽にしてくれ」


 国王の言葉で、全員が部屋に備え付けられた椅子に案内される。

 一番上座は勿論国王であるが、その傍には護衛の騎士と内務卿が(はべ)っていた。


 「カセロールは手間を掛けたな。手間賃は弾むから後で受け取って帰れよ」

 「有り難き幸せ」


 カリソンは全員の顔を一人一人見ていた。

 カセロールが気付いたように、集められたのは大戦時の苦労を共にした男たちだ。国王とて感慨の一つや二つはあった。

 当人たちがどう思っているかは分からないものの、カリソンからしてみれば戦友とも呼べるものたちだ。誰もが逃げ出した中でも職責を全うし、忠誠篤き勇者たち。或いはその子供たち。


 「さて、お前たちに集まってもらったのは他でもない。東部の戦争の後始末について、皆に(はか)りたい相談事があったのだ。ことが領地に関わることだけに俺も無理強いは出来んし、強制はしないことを最初に明言しておくが、決して損をさせるような話ではないと約束しよう」


 いきなりの前置きに、皆は首を傾げる。

 情報伝達が早くても馬伝(うまづた)いという世界、まだ東部で戦争があったことすら知らない者の方が圧倒的多数。気付かないうちに戦争がはじまり、気付かないうちに終わっているというのも珍しいことではない。今回がそれだ。


 「さて、ここに居るものではカセロールぐらいしか事情を知る者がおらんから説明するとしよう。ジーベルト」

 「はっ」


 カリソンに家名を呼ばれて、進み出たのはジーベルト侯爵。王宮政治の全てを取り仕切る重鎮。

 こまごまとしたことは彼が差配することになっているが、国王臨座の元で彼が上位者として言う言葉は、国王の言葉とほぼ同じ。国王が相談すれば命令になってしまうので、それを避けるための名代としての立場になる。


 「まず皆様にご説明いたしますと、先ごろ、サイリ王国ルトルート辺境伯率いる十万の軍勢が我が国のフバーレク辺境領へ侵攻致しました」


 素知らぬ顔で戦果を誇張するジーベルト侯爵だが、これもよくあること。

 数万の軍勢の正確な数など分からず、数百数千の数え間違いなどは誤差である。だからこそ、打ち破った敵がさも強大であったかのように宣伝するのは政治の常。

 実数が数万なら、号して十万というキリの良い数で言われる。


 しかし、実数を知らずにこれを聞いた者たちは気色ばむ。

 東部が襲われて蹂躙されれば、次の矛先が自分たちの領地である可能性は無視できない。いや、下手をすれば神王国全体の危機だ。間違いなく自分たちに火の粉が掛かろう。

 軍家が揃って居るだけに、戦争となれば我らの出番と力も籠る。腰を浮かしかけたが、それをさっと手で制した侯爵。


 「いや、一同ご心配めされるな。ここにおられるモルテールン卿始め、我が国の誇る精鋭たちが侵略者を退け給う。お歴々の皆さまには、どうか安んじられて落ち着き給え」


 堂の入った態度で落ち着き払った態度。さすがは国家の重鎮と言われることは有る。それに安心して改めて腰を落ち着ける一同。

 侯爵は、一旦は集まった面々を見回し、一息置いて説明を続けた。


 「さて、戦いの経緯を掻い摘んで話すと、一時は東部深くまで押し入られたが、フバーレク家の献身と、援軍として駆け付けた南部諸家の活躍で、逆にルトルート辺境領を制圧するに至った」

 「なんと!!」


 衝撃的な悲報を聞いたかと思えば、即座に伝えられる朗報。

 四方を敵に囲まれて、ただでさえ争いの絶えない神王国。小競り合いはしょっちゅうだが、それにしても辺境伯領を一つ丸々奪い取ったというならば近年稀にみる特大のニュース。


 「さて、ここからが本題ではあるが、この制圧した旧ルトルート領は、フバーレク家や南部諸家が力を合わせて勝ち取ったるもの。本来であらば手に取った者が優先して差配すべきところなれど、当事者の一人であるフバーレク伯は、まことに残念なことに戦乱の中に没したと知らせがあった。野戦から逃げる際に、高価な防具武具を捨てて雑兵に身をやつし、逃げる途中で討たれた為に確認に時間が掛かっていたとのこと。先頃ご遺体を関係者が確認した。こうなると、折角手に入れたルトルート地域も代替わりで騒がしいフバーレク家の手には余り、浮いた形となり給う」

 「では他に功有るものが差配すれば良い」

 「正論ではある。ということらしいがモルテールン卿、御家はルトルート領を欲するか?」

 「要りませんな。今でも手一杯ですから、飛び地などは手間の分だけ余計です」


 茶番ではあるが、事前にカセロールと侯爵の間で内々の根回しが行われている。関係者を集める為に、カセロールだけ先に呼びつけたついでに、である。

 モルテールン家には相当量の金や宝石や布を褒美として下賜されることになっていた。自分が交渉したいと言い張った問題児を領地に残し、カセロールのみで交渉したため、極々常識的な報奨となっている。


 「と、斯様な事情から、旧ルトルート領は陛下の(おん)預かりとなり給う。陛下の御意は、フバーレク家には亡くなった伯を国葬の栄誉とし、別途報奨をとらせるが、かの地は功ある者に与えたいとのこと」


 国王がこの言葉に頷いて同意する。


 「そこで、広大なルトルート領は幾つか分割し、その上で新たに子爵家以下の爵位を新設。このうちの幾つかを、ここにお集まりの諸卿に任せたいと、ご相談する為に御足労頂いた次第です」

 「ほう」


 どよめきが走った。

 長らく安定期が続いていた神王国では、新たな貴族家の増設などは久しぶりに聞いたからだ。慶事をよく聞く日だ、などというささやきが聞かれる。いや、辺境伯の訃報という凶報と相殺だろうか。


 「さて、ご異議なきようならば、この場で諸卿に任せたい任について、新たな爵位と共にお伝えする。無論、御断り頂いても構わぬが、その場合は適任者の御推薦を願いたい。さて、ではまずクラッツ男爵」

 「はっ」

 「卿には、新たな地をクラッツ子爵領として任せてはどうかと考えておる。任せる地はここだ。爵位も陞爵(しょうしゃく)となり給う」

 「おおぉ」


 侯爵は、壁に広げた手書きの地図で領地を示す。

 旧ルトルート家の屋敷を接収した際に押収した、ルトルート領の詳細な地図。地形から何から全て細かく書かれているだけに、最重要な軍事機密だったもの。


 クラッツ男爵は、当年とって四十六歳。近々引退すると噂されていたが、先の大戦を含めて軍家として尽くしてきた功臣である。

 長年の忠孝に対する恩賞と言う意味もあり、陞爵の上で旧ルトルート領の取りまとめを任された。

 これでは引退も先延ばしになるだろうが、もしかすればそれも国王の思惑の内かもしれない。


 次々と名前が呼ばれ、大抵の人間は陞爵する。

 その中の一人に、カセロールも聞き逃せない者が居た。


 「ハースキヴィ騎士爵」

 「ははっ」


 ハンス=ミル=ハースキヴィ騎士爵。まだ年若く、溌剌とした雰囲気の青年。

 彼は、カセロールとも浅からぬ縁がある。

 何せ彼の妻は、カセロールの実の娘。すなわちハンスは、カセロールの義理の息子なのだ。彼がこの場に呼ばれているのは、ハースキヴィ家がモルテールン家の縁戚だからである。モルテールン家の大きすぎる手柄に報いるのに、遠回しながら配慮した為。

 もっとも、当人にはそれは知らされないが。


 「卿にはこの地を任せたい。爵位は準男爵位となろう。領地替えの転封であるが、今までの領地について、誰か推薦したい者は居るかな?」

 「愛着のある土地ですから、出来れば身内に引き継いでもらいたいのですが……」


 ハンスはちらりとカセロールを見た。

 まさかペイスがあちらこちらで人に言えないような騒動を起こしているとは知らないわけで、人伝(ひとづて)に聞いた、活躍しているらしいとか、優秀らしいという噂しか知らない。

 だから、ペイスに引き継いで貰えると嬉しい、という意味でカセロールを見たのだ。

 モルテールン家にはジョゼも居るので、可能じゃないか、という期待で。

 しかし、カセロールにその気は全くないので、目線は逸らされてしまった。ハンスからすれば少し残念な気もした。


 ペイスが駄目なら、出来れば自分と話の合う人間が良いと希望を出す。

 これで、義父とも爵位がまた並んだか、と思いつつ。


 「ふむ、卿の希望は分かった。配慮しておこう」

 「ありがとうございます」


 今回の人事異動的な領地替えは、総じて好意的に受け取られる。

 皆が皆爵位も上がるし、それに見合っただけ今までよりも豊かな土地、広い土地を与えられるからだ。

 引き換えに敵国と向き合う羽目になるわけだが、皆揃って血の気の多い人間。サイリ王国の人間、何するものぞと意気も高い為問題にもならない。


 その中の一つに、これまたカセロールが無視できないものがあった。


 「リプタウアー騎士爵」

 「はは」

 「卿も陞爵の上で、新たな地を与えたいと考えるが、如何か」

 「有り難いことです。異存はございません」


 リプタウアー騎士領は、モルテールン領のお隣さんだ。

 支度準備金という名目で王家からの援助もあり、今まで重ねてきた借金をチャラに出来るとあって、喜んでいる。

 近年の不幸続きと言うこともあり、領地経営に難航していた矢先の領地替え。喜んでみても、当然といえば当然だろう。


 しかし、そうなってくると空いたリプタウアー騎士領はどうなるのか、という問題が出て来る。

 モルテールン家を敵視する人間に与えられれば、何かと嫌がらせをされかねない。

 現状でモルテールン家に繋がる街道は、新たに敷設中の国道を併せても二本。両方ともがリプタウアー騎士領を通る為、ここが友好的か敵対的かで領地経営が左右されかねない。


 しかし、何故か侯爵も後任の話はしないまま内示を終えてしまった。

 いずれ嫌でも分かることだと、カセロールはその場は我慢する。


 「ふむ、話はついたな。卿らの希望を聞けて余も満足であった。可能な限り望みを適えてやりたいと思うが、正式な(ちょく)は後日。フバーレク伯の葬儀が終わり次第伝えるものとする。以上だ」

 「「御意」」


 カリソンの国王としてのまとめに、相談事はこれで終わりと皆が退室していく。

 行きはカセロールが送ったが、帰りまで急ぐ義理は無い。中にはこのまま貴族街の家に行き、領地へは事情を知らせる使いだけをやる者も居るだろう。こういう時の為に、貴族は王都に家を持つことが許されているのだから。


 「ああ、カセロールは残れよ。ちょっと話がある」


 皆と同じように退室しようとしていたカセロールを、カリソンが呼び止めた。

 何事かと興味を持って足を止める者も居たが、侯爵に急き立てられて部屋を出ていく。


 「陛下、私に何かございますでしょうか」

 「うむ。他でもない。お前のところへの褒美についてだ」

 「それは金銭宝物を以て報いて頂けると聞いておりますが?」

 「今回の戦功に関してはそうだ。しかし、確か以前約束していたな。酒と砂糖を作って見せれば陞爵させると。調べさせたところ、中々に上手くいっているそうではないか」

 「確かに、作っております。ただ、未だに陛下へ献上できるほどのものは……」


 王家は国一番の諜報組織を抱えている。

 魔法使いも多く抱えており、戦闘に向かない魔法使いを暴力から保護する代わりに、能力を活かして王家に仕えるように促したりもしていた。中には諜報に向いた人間もいる。

 それだけにカセロール達が隠していたことも、村の中で人目に付くような状況である限り、調べも付けられる。


 「よい、あくまで建前よ。正直な所、お前の息子がやらかしてくれたことでこちらとしても忙しくてな。あちらこちらを調整するために、お前には金銭で報いるというようなありきたりな対応になった。本来であれば、ルトルート領の幾ばくかはお前が持って行っても誰も文句が言えん。それを譲ってもらう以上、王としては代わりを用意すべきだと思っているのだ」

 「光栄です」

 「しかし、お前のところは目立つからな。今から大っぴらにしては、フバーレクの葬儀でさえも鬱陶しいのが寄ってくることになる。それが終わるまで、今から言うことはここに居るものだけの話に止めておけよ? ああ、息子には言っても構わん。あれも功労者だからな」

 「はっ」


 国王の配慮に、騎士は感謝の念を持った。

 モルテールン家は、フバーレク家からすれば親戚に準じる。そうなってくれば、フバーレク家の葬儀でもそこそこ上席(じょうせき)に座るだろうし、顔を出さねばならない場は多い。

 今から陞爵ともなれば、そういった席でも寄ってくる人間は多く、心安らかに故人の冥福を祈ることなど出来はしない。それを避けようというのだ。


 カリソンは立ち上がり、ジーベルト侯爵からひと巻きの羊皮紙を受け取る。

 カセロールは何をするのか察し、跪いた。

 滔々と王の言葉が流される。


 「余、カセロール=ミル=モルテールン卿を男爵に任じ、モルテールン領並びにリプタウアー領を統合し、新たなモルテールン領となし、与えるものとする。神王国に仇なす者あればこれを討ち、外にはヴォルトゥザラ王国の脅威に備え、内には王家の治世の助けとなることを命ず。神王国十三代国王、カリソン=ペクタレフ=ハズブノワ=ミル=ラウド=プラウリッヒ(ちょく)

 「勅命、謹んでお受けいたします」

 「期待しているぞ」


 モルテールン準男爵家改め、モルテールン男爵家。

 近いうちに起こるであろう喧騒を予感しつつ、カセロールは慇懃に勅命を受けるのだった。


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現国王が内政外交共にveryhardであるが故に思うままに恩賞を与えられないと言うジレンマがある。と言うのは前情報でありましたな。 そして陞爵は領主貴族であればその土地を治めるに相応しい力を付けてから…
[気になる点] 前の功績と今回の功績を合わせて考えたら子爵でも良いような気がするけど男爵とは刻むね〜。 ハースキヴィ領がどのくらい離れてるのか分からないけど同じ南部にあるなら大して離れてないしモルテー…
[良い点] 色々と衝撃的な展開。 リコリスが可哀想、、
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