115話 糖衣菓子は争いの元
「産婆は全員呼んで来い!!」
「お湯だ、お湯は有りったけ持って来い。何? 薪なんて幾らでも使え。備蓄が足りなくなるかも? 備蓄小屋一杯に用意してるんだからそんなわけない!! それでも足りなきゃ町からかき集めろ!!」
当代レーテシュ伯爵は、女性の当主。政務を執りながらの妊婦業は、常に流産の危険を伴う。
それだけに三つ子の懐妊が分かってからというものあらゆるリスクを考えて準備に準備を重ねてきていた。レーテシュ家従士長などは、自分の家族のことすら二の次にしてレーテシュ伯の出産に備えている。
だから、何時産気づいても構わない、とばかりに待ち構えてさえいた。
それでも、いざその時が来たとなれば、誰にしたって初体験の慌ただしさとなる。
今日、運がいいのか悪いのか、よりにもよってペイス達が訪ねる少し前に、産気づいたという。
こうなっては、幾らモルテールン家が大事な客人だとはいえ、やむなく客間で待たせる羽目になった。モルテールン家にしても、事情が事情だけに異論はない。
「おや?」
だが、客間に見慣れない女性が一人、先客として居たことにペイス達は首を傾げる。年の頃は十代そこそこ。宗教的な装いなのか、頭からつま先まで肌の露出がほとんど無く、おまけに顔もヴェールで隠している。女性であると分かったのは、体形からの推察である。
護衛と思しき人間が二人も居ることから、貴人ではないかと思われた。
レーテシュ伯家の人間は優秀なので、ダブルブッキングなどというミスはそうそうない。故に本来ならば、こんな客間で会うことも無かったはずの相手。
どこの誰かは分からないが、レーテシュ家の客間に待たされるような人物ならばひとかどの人物に違いないと、ペイス達は慇懃に挨拶をする。目上の人間に対する挨拶だ。
「お初にお目にかかります。モルテールン準男爵家当主、カセロールと申します。怪我の身の上故、跪いての挨拶をしかねます事ご容赦願いたい」
「同じく、モルテールン家が嫡男、ペイストリーと申します」
モルテールン家の挨拶に、女性は片膝をついて応えた。両腕を胸の前で交差したまま手のひらを肩のあたりに添える姿勢で、目を伏し目がちにする姿勢。
アナンマナフ聖国式の挨拶に、彼女が誰であるかを察するペイス達。
「ご丁寧な挨拶を賜り恐縮でございます。私は、聖国よりレーテシュ家に呼ばれて滞在しております、マリーアディット=アドビヨンと申します。御高名なモルテールン卿にお会いできましたこと光栄に存じます」
「アドビヨンとおっしゃると、もしかしてアドビヨン枢機卿は御親族か何かで?」
「枢機卿猊下は、わたくしの養父でございます。畏くも御精霊に治癒の力を授かり、その折より養女として迎え入れて下さりました」
「なるほど」
アナンマナフ聖国は、神王国以上の神権国家だ。祭政一致とも呼べるほどに宗教的な権力が強く、一神教として有名なシエ教を国教としている。
住民は皆信徒とされ、収入の十分の一を教会と国に税として納めるという特異な国体を維持していた。
この国では、心正しき信徒には、神の使いである精霊が聖なる力を授けるとされていて、神王国でいうところの魔法がこれに当たる。ただし、他の宗教には排他的であり、ボーヴァルディーア聖教会を国教とする神王国とは犬猿の仲。
まだ神王国が都市国家だった頃に、この自称聖教徒達を邪教の徒と断じ、彼らが使う力を悪魔の力と呼んだことから、神王国では不思議な力が魔法と呼ばれるようになった。
宗教国家である為、実質的な国の運営は十三人居るシエ教の枢機卿の合議制で為され、そのうちの一人がグリモワース枢機領を治めるアドビヨン枢機卿。グリモワース枢機領は正式には北方管区或いはグリモワース地方管区と呼ぶ。
対神王国の最前線として防備に当たっており、レーテシュ家とは海を挟んで向かい合う。それだけに、ここの領主ともいうべき歴代の枢機卿は、飛び切り優秀と相場が決まっている。
腹黒さではペイス以上の人間が、自分の家の養女としてまで囲い込む魔法使い。どうあっても、只人ではない。
「先刻から、レーテシュ卿に新たな芽吹きの息遣い有りとの報せがあり、長らく歓待の誉を頂戴しておりました恩義をお返しする為に登城致しましたが、折悪く皆さまお手が塞がっているとのことで、ここで待機していたところでございます」
なるほど、とカセロールは思った。
この女性は、噂に聞いていた治癒の魔法使いに相違ない。何故この地に居るかといえば、まさに今日のようなときの為のはずだ。
彼女自身も自分の役目をよく分かっており、気を利かせて城に来たところで、気の利かせ過ぎで待たされることになったのだろうと想像する。
となれば、こうして面と向かって内々に会話できる今は、神が与えた絶好の機会ではないか、とも考えた。
「左様ですか。実は我々は、レーテシュ閣下にお願いがあって来ておったのです。それは、他ならぬ貴女へ、ご紹介して頂けないものかという話でして」
「まあ」
女性を守るように、ずいと護衛が進み出る。
ただでさえ貴重な魔法使いで、その上素人目にもはっきりと分かる有用な能力の持ち主だ。多少の犠牲を払ってでも拉致しておいて『彼女は当家へ亡命を希望した』とでも言い張って囲い込もうとする不埒な連中は後を絶たない。誘拐されかかったことも一度や二度ではなく、枢機卿に養女として囲われたのもそこらへんに理由があった。
治癒の女性に対する露骨な興味を窺わせた、モルテールン家の面々に対し警戒するのは当然である。
特に、モルテールン家といえば瞬間移動で有名な家。魔法の発動条件がどういうものか知らない人間からすれば、魔法で攫って逃げられるのが一番困る。近づけさせないに越したことはない。
その様子を見て、カセロール達はおどけた風で警戒を解こうとする。
疚しい気持ちは無いと、態度でそれを表明した。
「実は、先日戦場で不覚を取りまして、ご覧の通りの怪我を負いました。ここに居る部下も私を庇って見ての通り重体。出来れば治療をして頂きたいと思っております」
「あら、それは大変ですわね。しかしながら、わたくしから神の恩恵に預かろうと考える方はとても大勢居られて……どなたかを特別に扱うわけにもいかず、一律お断りをしているのです」
医療技術の極めて低い世界。治癒に特化した魔法使いに治療を願う人間は、引く手数多。
それらを全て引き受けていては、仕事量過多でパンクする。
だからこそ、よっぽどの事情と破格の報酬が無い限り、彼女は自分の力を使うことは無い。それを暗に匂わせるだけで、養女とはいえ貴族的なやり取りを学んでいるのだと察せられた。
常識的な貴族対応が通じると分かれば、後は交渉次第。可能性が見えたと、断られたにも関わらずカセロールやペイスは内心で喜ぶ。
「それは勿論分かっております。私も【転移】が使えますので、便利に使おうとする人間は幾らでも寄ってくる。その点、貴女の苦労も分かるつもりでいます」
「ご理解いただけて助かります。分かっていただけない方も多いので、正直な所、辟易としていたのです」
「お察しいたします。しかし、わたくし共も見ての通りの事情。特に部下は未だに意識が戻らない。私の身体はともかく、せめて部下の身だけでも何とかしてやりたいのが、こちらの正直な所です。無論、慈悲の心にすがるだけのつもりもありません。我々に出来ることであれば、対価も精いっぱいのものを用意しようと思っています」
「あら、まあ」
対価、という言葉が出たところで、女性は護衛の一人に目を向けた。
護衛が軽く頷いたところで、何かの合意があったらしい。
「レーテシュ閣下のご出産を控えております折、蓄えた力を使うのは憚られます。この場での、ほんの気休め程度でよろしければ、何とか私の一存でも、構わないだろうとのことです」
「それで構いません。治癒の可能性だけでも生まれるのならば」
聖国の女性も、この後には大きな契約を控える身。また、患者の希望を最初から十全に適えるような交渉はしてこない。
出産のように成否が明らかなものならまだしも、欠損の治療は“以前と感覚が違う”といったクレームを受けやすい為、難しいと前置く。
それでも良いとカセロールが押せば、そこでようやく女性が頷いた。
「分かりました……然るべき対価を頂けるのであれば」
「何をお望みか?」
「そうですね。私が今求めているものは、人々の安寧、故郷の繁栄、神への奉仕」
聖国の人間らしい、抽象的な表現だった。
具体的に何を求めているのか。ここで間違えれば交渉がパーになるとカセロールは気を遣う。
「なるほど。それならば問題ありません。安寧の為にも、当家は御家に対して非戦をお約束いたしますし、繁栄の為に千五百レットの浄財をご用意しております。また、神への感謝を心から捧げ、御父君を通しての御寄進も致します」
モルテールン家の非戦の約。それに伴う女性自身への安全の保障。そして、貴族であっても驚く程度の大金。解釈は間違っていないはずと、目線で訴えた。そして、男の言葉は正解だったようだ。
聖国の女性もほっとした様子。
聖国からしてもモルテールン領は貧しい土地というのが常識で、自分たちが望んでいるほどの条件を正確に理解して、かつ用意出来るかは不安だったのだ。
「それと」
「まだ何か?」
恐らく、モルテールン家の状況は漏れていたのだろう。
如何にも今思いついたように並べ立てていたが、事前に打ち合わせが出来ていたことは明らかだった。
「確か、モルテールン家には喉を癒す飴があるとか」
「はい、それは確かに」
「敬虔なる神の子を癒すにも、私の力だけではままならないことも多いのです。その飴で助かる者は多いでしょうから、是非とも作り方をご教授頂きたいのです」
「……やむを得んでしょうな」
聖職者は祈りと説法が仕事。
毎日人々の前に立って長々と演説をしていれば喉も傷める。風邪気味で腫れている時などは、どうしたって仕事に差しさわりが出て来る。
これの対策にのど飴は有用で、現状モルテールン家が独占する技術。これが欲しいと言われたとき、一家の外交的なアドバンテージを寄越せと強請るに近い行為だ。
どこまでモルテールン家が治療を本気で考えているのか。明らかに踏み絵を迫っていた。
これと同じような強請に耐えて魔法使いを呼んだレーテシュ家が、どれほどの損失を払っているのか。察するカセロールは嘆息を禁じ得ない。
ちらりと息子を見やったカセロールは、少年が首肯するのを見て、レシピを外交カードに差し出すと決めた。
ここまで譲歩したのだ。モルテールン家は本気で治療したがっている。
そう判断したのが聖国の人間。
準備が良いのか悪いのか。モルテールン家の子供は、まるで要求されるものが分かっていたように、持って来ていた荷物から金貨の袋を幾つかと、羊皮紙の巻物を一つ取り出す。
金貨は浄財と寄進。巻物はレシピである。
「こちらがご所望のもの。ご確認いただけたなら、是非とも部下から治して頂きたいのですが」
「……さすがはモルテールン家。ここまでお膳立て頂いては、断ることも失礼でしょうね」
そう言って、聖国の女性は“ペイスが見る中”で、シイツの熱い体を少し診た。
やはり重傷のようで、カセロール共々完治は難しいだろうという。
念のためにと、カセロールも気休め程度に痛みを減らしてもらったが、無くなった欠損まで治そうとするならば、更にもっと譲歩しろと暗に迫る。
枢機卿からしても、またこの女性にしても、治癒の力は他にない絶対のアドバンテージなので、効果を小出しにして出来る限り多くをむしり取るのは常套手段。
ところが、そうこうしていると、レーテシュ家の従士長が部屋に飛び込んできた。
「アドビヨン卿、居られますか!!」
「はい、わたくしはここに控えておりますが」
「うちのお嬢様が、いよいよ破水したとのことです。産婆から貴女を呼ぶよう指示があったので、お迎えに上がりました」
「そうですか。では参りましょう。モルテールン家の皆様も、ごきげんよう。続きを望まれるのであれば、いつでも仰ってください」
既にテンパっていそうな強面のコアトンと共に、聖国の数人が部屋を出て行った。
おかげで、部屋の中はモルテールン家の人間のみ。ぽつんと三人、寂しいものだ。
だが、中に居る人間は未だに敵が居るような警戒態勢。
「……さて。いけそうか?」
「バッチリです父様」
ペイスの嬉しそうな顔に、周囲を警戒する父親。
彼は“両目”で辺りを気にしだした。
その背後では、今までうめき声しかなかった男の声で、意味のある言葉が発せられた。
「う~気持ち悪い。二日酔いを万倍したぐれえに頭がいてえ。坊、これは治らねえんですかい?」
「治癒の代わりに体力が低下するのは魔法の発動条件の一つですから、無理っぽいですね。ああ、まだ一応は怪我人なので、シイツはもう少しゆっくり寝ていてくださいね」
いざ待ち望む。
我らが頼もしき従士長の復活だった。
◇◇◇◇◇
レーテシュ領での出産騒動から数日。
ドタバタと慌ただしいことこの上ない状況に好転の兆しが見え始めた。
カセロール(とペイス)の協力によって、戦地からレーテシュ家の婿さまが戻って来たからだ。
伯爵自身が産後の弱り目の中で政務を執るよりは、婿がオーバーワーク気味になりながらでも代行する方が良いと、セルジャンは必死に政務を代行する。
上は王家から、下は庶民まで。レーテシュ伯爵家の嫡子が産まれたとあれば、祝いの品だけでも山と積まれる。況や、祝辞だけに限ったとしても、返礼に終わりが無いほど届いていた。
庶民からの祝辞や、レーテシュ家に仕える従士家の祝辞ならば、従士長はじめ外務を嗜む人間が返礼を代筆すれば済むが、貴族家に対してはそうはいかない。
せめて最後の署名ぐらいは然るべき立場の人間がするべきであり、それが出来るのは産後の伯爵を除いて、セルジャンのみ。
定型に則って一通り捌くだけでも、精神的に疲れる仕事。
「ふう」
ようやく、目ぼしい男爵家までの返礼が済んだところで、セルジャンは椅子の背もたれに寄りかかって背筋を伸ばした。
ここ数日碌に寝ないで仕事をしていた為、背中の筋肉までカチカチに固まっている気がする。
ぐぐっと背伸びをして凝りを解していた男に、声を掛ける女性が居た。
「あなた」
「ん? リオ、もう起きてきても大丈夫なのか?」
「軽く散歩するぐらいなら良いって言われたのよ。ただ寝てるだけなのも暇だから、様子を見に来たの」
「そうか。まだ無理をしてはいけないよ」
声を掛けてきたのは、執務室に併設されたプライベートスペースの住人。世間からは、稀代の悪女とも不世出の才女とも言われる女傑。
リオことブリオシュ=サルグレット=ミル=レーテシュその人であった。
「あの子たちはどうしてる?」
「今はぐっすり寝ているわ」
「なら、後で顔を見に行くかな」
「パパの顔見たら泣いちゃうんじゃない?」
「戦場の匂いは洗い流したはずだけどなあ」
先ごろ、聖国の魔法使いによるサポートもあって、無事に三つ子が産まれた。
若干早く生まれた為に体重は軽めだったが、三人共元気な女の子で、今は乳母からお乳を貰ってご機嫌に眠っている。
出産後でお乳の出る女性を世話役の乳母として雇うにあたり、三つ子と分かった後がかなり大変だったのだ。信頼出来る乳母を三人も用意するのは困難だが、かといって当初予定していた一人では物理的に厳しい。この世界では、胸が三つあるような女性は居ないのだ。
それでも王国屈指の財力と情報力を駆使して乳母を追加で雇い、二人の乳母が三人の赤ちゃんを世話する体制が整っている。
それだけに、今のところレーテシュ伯の仕事は皆無。胸が張るので授乳だけは一部を負担するが、それとて産後に弱った体の調子を整えてからの話だ。
貴族家の子育てとは、母親の介入する余地がかなり少ない。
「ちょっと休憩したら?」
「そうだな」
夫の顔に疲れの色を見て取った妻は、休むように促す。
自分の代わりに頑張ってくれているのはありがたいが、ここで倒れられてしまう方が困るのだ。適度に休みを取って欲しいとは思うものの、セルジャンは生来真面目で、思い込んだらのめり込む性質だ。
「そうそう、ちょっと面白いものを貰ったのよ。良かったら開けてみない?」
「面白いもの? どこからだ」
「モルテールン家」
くすっと笑うような妻の笑顔に一瞬見とれたセルジャンだったが、贈り物の相手が“あの”モルテールン家と言うだけで普通とは思えなかった。
何せ、贈り物としては引く手数多。軍人や聖職者には垂涎の的とされた“のど飴”の作り方を、惜しげも無く公開するような家なのだから。
そう、公開だ。知ろうと思えば誰でも知れるようになった。
モルテールン家の面々は、情報を集めた限りでは、出産の折に偶然にも聖国の魔法使いとコンタクトを取ったとのこと。その際、交渉材料の一つとして、のど飴の作り方の伝授が含まれていたらしい。商売柄、喉を酷使する聖職者には文字通り喉から手が出そうになるもの。
かなりの大金も積んだらしく、モルテールン家の重傷者二人はその場で治療を受けたという。不思議なことに、聖国は治していないと言い張っており、モルテールン家は聖国の人間に治してもらったと言っている。
聖国の人間が魔力を行使した痕跡が微かに残っていたとの報告もあったし、事実として治っているのだからモルテールン家の言い分が正しいと思われるが、何故聖国が治療した事実を隠そうとしているのかは現在調査中。よほど隠したいのか、聖国の調査はかなり難航している。
恐らく、モルテールン家がのど飴の作り方を“一般公開”したことと無関係ではないと思われた。
独占すれば大きな財産になる情報。幾ら仮想敵国に流れたからといって、まさかオリジナルの側から公開してしまうとは、誰も思っていなかった。
モルテールン家の財政の柱であるはずの産業。二家で独占し、あわよくばモルテールン家に対する圧力に使おうと考えていたはずのアドビヨン家は完全に当てが外れた形。
モルテールン家。具体的にはそこの跡取りが常人でないと知るレーテシュ家は、のど飴以上に“効果的”なカードが有るからこそ、自分たちの弱点にならないよう切り捨てたと見ていた。
だからこそ“贈り物”にも、気は抜けない。
「何だ? 豆? それにしてはカラフルだな」
「手紙も付いてたわよ。糖衣菓子ですって。アーモンドを砂糖の衣で覆って飾ったお菓子だそうよ」
ドラジェ、或いはコンフェッティ。
古代ローマ貴族ファビウス家の料理人ドラジェが、アーモンドを蜂蜜に落としたことから思いついたとされる菓子で、ドラジェの名前はこれに由来すると言われている。
ファビウス家では、一族の結婚や出産の時にはこのドラジェを配ったとされていた。
実を沢山つけるアーモンドは多産や繁栄の象徴とされ、日本でも結婚式で配られることがある。
イタリアでは子孫繁栄、富貴、健康、長寿、幸福をそれぞれ意味した五粒のドラジェを贈る。ペイスは国こそぼかしたが、その由来と共にレーテシュ家に五粒のドラジェを贈っていた。
ペイスの【転写】も使われているのか、お菓子とは思えないほどカラフルで、幾何学的な模様まで付けられている。
「素敵ね」
「ああ」
まさか出産にまつわるお菓子があるとも思っていなかったレーテシュ家。
そして、のど飴程度を切り捨ててもお釣りの来るであろう新たなカードはこれに違いないと確信した。
アーモンドには鎮咳・鎮痙の効果があることを、博識なレーテシュ伯は知っていたからだ。タイミング的に、のど飴の上位互換と見てまず間違いない。
「美味しいのが、また癪だわ」
香ばしく炒られたアーモンドを、甘い砂糖で包んであるのだ。カリっとした歯ごたえと共に、スッと溶けていく甘さ。その後に感じるアーモンドの香ばしさに、仄かな苦み。
中々に完成された芸術的ともいえる菓子。
これは売り出しにかかると間違いなく売れると、才媛の商売センスにビンビンと感じるものがあった。
「あら?」
しかし、幾ら美味しいとはいえ、贈られたのは五粒。
そして、この場に居るのは二人。
奇数を二で割って、どうしても生まれてくるのが余りである。
美味しいお菓子。出来ることならば一粒でも多く食べたいのが人情であるが、最後に残った一粒が二人の間で笑っている。
「……」
じっと睨み合う夫婦。
目と目でお互いが食べたいとアピールする戦い。
「……どうぞ」
この無言の争い。
結局どちらが勝ったのかは、夫婦のみが知る事だった。
これにて12章結
次章は未定。
詳しくは活動報告で