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おかしな転生  作者: 古流 望
第12章 糖衣菓子は争いの元
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108話 それぞれの仕事

 「ペイス、これから言うことは私が許可するまで、従士以外には口外無用だ。特に、リコリス嬢には絶対に言うな。口が裂けてもな」


 モルテールン家の執務室。

 一点豪華主義で用意されていた執務机。その前に座る父親の神妙な様子に、ペイスは嫌な予感を覚えた。

 ソファーにも座らず、立ったまま自分の推測を語る。


 「……フバーレク辺境伯に何かありましたか?」

 「うむ。東部で戦争があるという話を聞いて、私が調べに飛んでいたのは知っているな?」

 「はい。王都のラミトと合流して、情報を収集、精査していたという話でしたね」

 「そうだ。それで二日ほどかけて調べていたのだが、つい先ほど最新の情報が手に入った」


 椅子の主が体重を掛けたことで、執務用の椅子がギイときしむ。

 二拍ほどの間があり、決意を固めたようにカセロールは口を開く。


 「それによると、フバーレク辺境伯領にルトルート辺境伯側からの侵攻があったらしい。奇襲に近いものであったらしく、当然フバーレク卿も撃退せんと軍を纏めたらしいのだが……」

 「だが?」

 「どうやら負けたらしい。戦闘の詳細は不明だが、敗軍は今アルコムまで軍を引いて、再編に当たっているそうだ。その場にフバーレク卿の姿が無かったとのことで、今東部は大混乱と聞いている」

 「大変じゃないですか!!」


 フバーレク辺境伯と、隣国のルトルート辺境伯は、お互いに実力伯仲で戦い合う関係。小競り合いならばしょっちゅう起きていたが、前線から領都まで引かねばならないほどの大敗となれば前代未聞のこと。

 更には領主であり、リコリスにとっては実の父親となるフバーレク辺境伯本人の安否も不明となれば、一大事。

 辺境伯領が敵国の手に落ちれば、国防の危機でもある。事態は、ペイスが想像していた以上に悪化していると見るべきだろう。


 「当然、我が国としても座視出来るものではない。遠からず、我々にも援軍の要請がある」

 「援軍……」

 「私は一足先に東部へ飛び、情報収集を行う。恐らく王都や他領への情報伝達も私が行うことになるだろう。一刻を争う事態になるやもしれん。当家の軍編成や運用を含め、今この瞬間から当家の全権をお前に委ねる。最善を尽くせ。フバーレク辺境伯領で落ち合おう」

 「分かりました」


 数年前までであれば、カセロールがモルテールン家の軍を率いなければならず、他家への単独行動など出来なかった。

 しかし、今は状況が違うとカセロールは決断した。頼れる仲間、後を託せる息子が居る。ならば自分が動くことで、動かせる状況もあるだろう。元々カセロールは、単独行動でこそ真価を発揮するワンマンアーミーだ。


 「早速動きたいと思うが、後は任せていいな?」

 「一つだけ確認を。父様不在の中、当家の軍を纏めるとなると、僕が率いて戦場に向かうことになるでしょう。領地に残して政務を預けるのは誰になりますか?」

 「常識で言えばシイツを残すが……戦力は多いに越したことはない。ふむ」


 ペイスの疑問に、領主はしばし考え込む。非常の時だ。非常の手を打つのも一興かと、カセロールは判断した。


 「よし、ジョゼに任せることにする。あれも私の子だ。念のためにニコロは置いて行き、ジョゼの補佐をさせろ」

 「姉様にですか? 父様も大胆な決断をなさる」

 「お前に初めて政務を任せたときほどではない。ジョゼならば大丈夫と信じよう」

 「分かりました」


 二言三言、会話を残してカセロールはその場を離れる。

 フバーレク辺境伯領の危機は神王国の危機。カセロールが貴族に叙されたのは、まさにこのような時の為だ。


 後を任されたペイスは、戦時体制を整え始める。

 備蓄の確認、戦力の把握、領内の防備、やるべきことは幾らでも有った。早速とばかりに家人を招集する。


 「坊、至急来てくれって、何があったんで?」

 「シイツ待ってました」

 「大将は? 坊が執務机にいるってのは、どういうことで?」

 「それを今から説明します。全員揃うまで待ってください」


 呼び出しを受け、領内で自分の仕事をこなしていた従士達が集められた。

 徐々に人が集まる中、ただ事ならぬと空気が語る。しかも、普段は執務室には顔を見せないジョゼまで居るのだから、皆は否が応にも無口になった。


 「全員集まりましたか?」

 「新人以外は、全員でさあ」

 「では皆に状況を説明します。ここでこれから話すことは、許可が出るまでここに居る人間以外には話さないように」


 口外法度と知り、一同に緊張が走る。


 「東部で戦争が起きました。フバーレク家とルトルート家が争い、フバーレク家が敗れたとのことです」

 「なっ!?」

 「父様は一足先に戦地に赴き、王都や諸領への伝令に従事するとのこと。今現在、当家の全ての権限を、僕が代行している状況です」

 「うへぇ、大変なこった」


 シイツが大変だ、といった言葉は二つの意味があった。

 国を揺るがす事態に、対応せねばならないという意味での大変さ。そして、それに対応する為の指揮を、ペイスが取っているという意味での大変さ。

 後者は手綱を取るのが自分になるとの予想からである。


 「フバーレク家の事情を鑑みれば、まず間違いなく当家に援軍の要請があります。父様は、先んじて派兵を決定しました。皆を集めたのは、今後のことを指示する為。まずはシイツ」

 「はいよ」


 真っ先にペイスが声を掛けたのは、当然ながら従士長。彼を外に出すか、内に残すかで、モルテールン家の方針が決まるといっても過言ではないのだ。


 「今回はシイツも連れていきます。取り急ぎ遠征軍編成の指揮を執ってください。本村から十五名、他三村からは各十名の徴兵です。五名づつを一つの班に。補佐にはコアントローとトバイアムを付けます。編成後は、各班をそれぞれここに居る皆の下につけ、全体の統括は父様と合流するまで僕がやります。最精鋭の班はシイツが直接率いてください」

 「了解でさあ」


 ペイスの出した結論は、カセロールとも話していたように、文字通りの総動員令発布。シイツを連れての遠征という事態が、最重要課題であるという何よりの証左。


 「グラス、貴方はスラヴォミールとガラガンの二人と共に、物資の確認と調達にあたってください。その後は三人に物資の護衛班を任せます。三班での交代制で、後方を固めてください」

 「どのぐらいの期間分を目途に物資を集めればいいでしょう」

 「ひと月分。多ければ多いほど良いですが、現金も用意しておいてください。どうせデココも揉み手の準備をしているでしょうから、難しくは無いはずです」

 「承知しました」


 モルテールン家は、こと補給に関しては他家に比べて圧倒的なアドバンテージを持つ。距離と時間を無視できるカセロールとペイスが居る限り、モルテールン家に補給切れはあり得ない。

 しかし、だからと言って補給物資を全く用意しない状況もあり得ない。怪我、病気、死亡、魔力切れ等々。ペイスやカセロールが動けなくなる事態は想定すべきだし、そうなった場合でも大丈夫なように、ある程度は持久体制を整えておかねばならない。


 「ダグラッドは情報収集と整理。その後は東部の状況を南部の各家に伝達。出来る限り素早く。おおざっぱな内容だけで構いませんので」

 「分かりましたよ……相変わらず人使いが荒い。若様の魔法はアテにできますか?」

 「いいえ。伝達は通常手段を使って下さい。南部に伝達をするのは持久戦になった時の用意ですから、急ぐ必要は無いものですし、仮に急いで伝えたとしても、他家が準備を整えるのにはどのみち時間が掛かる。それよりは、父様と我々の合流を優先します」

 「手紙の字が荒くなるぐらいは勘弁してくださいよ?」


 ここまで一気にしゃべり、改めてペイスが一通り見渡すと、自分が何故呼ばれたかを薄々察し始めた少女と目があう。


 「ペイス、あたしは何で呼ばれたのよ」

 「ジョゼ姉様に、残って政務を執ってもらうからですよ。ニコロを補佐に残します」

 「そうよね。戦争って聞いた時からそんな気がした。でも、ニコロだけなんて頼りないじゃない。万が一があったらどうすれば良いの?」


 モルテールン領は、他国とも接する辺境にして最前線の領地。東部の乱に乗じて、外国や他家がことを起こす可能性はある。平時ですら、どれほど準備しておいてもし過ぎということは無いのだ。家中の戦力の大部分が留守になるとなれば、最悪を想定しておくべき。

 ジョゼの判断は正しかった。


 「新人たちは皆残していくので、いざという時には彼らと共に逃げてください。ニコロは見捨てて良いです」

 「若様、酷い!!」

 「優先度の問題です。最優先はリコ。その次はジョゼ姉様と母様です。領民の避難が必要になれば、まず子供を優先。次いで女性です。何かあれば、ビビ姉様を頼るようにしてください」

 「ハースキヴィ家に? 分かったわ」


 いざという時、やはり頼れるのは血縁だ。自分たちの姉が嫁いでいるハースキヴィ家ならば、少なくとも弱り目に襲い掛かることは無いだろうという信頼がある。当代当主も立派な騎士であり、経営的な才覚はともかく、誠実さは信用も出来た。

 こういう時の為に貸しも作ってある。何かあれば重要人物だけでもハースキヴィ家に逃がせというペイスの指示に、ジョゼは頷いた。


 そして、唯一の居残り組にして、いざという時には見捨てろと言われたニコロは落ち込んでいた。しゃがみ込み、今まで一生懸命お家に尽くしてきたのに扱いが酷いとブツブツ言いながらいじける。

 その様子を見て、モルテールン家の従士達とペイスは、やれやれと肩をすくめた。

 何も、ニコロを虐めようとしているわけではなく、むしろ逆なのだから。


 「俺も頑張ってるのにさぁ、見捨てろとか酷いよね。いつもいつも無茶な仕事ばかりさせるくせにさぁ」


 小声でブツブツ言う若者の肩に、ペイスはポンと手を置いた。


 「ニコロ、仮に他の誰が残ろうと、僕は同じように命じますよ。僕も含め、領地を守る者が逃げるときは最後に逃げる。それに、ニコロならば殿(しんがり)を任せられると信じてのこと。何もないとは思いますが、いざという時には僕の大事な人たちは任せます」

 「うひょ、そういうことですか。そうですよね。俺は頼られてるんですよね。ああ、でもそう言われると、今度はプレッシャーが……」


 信頼故に最後まで残すのだと言われれば、ニコロとしても複雑な気持ちだった。だが、先輩たちからも後ろは任せたと声を掛けられれば、イジケていたところからも復活だ。

 ちなみに、モルテールン家筆頭苦労人の称号は、シイツからニコロに相続予定である。


 「では、皆取り掛かってください。姉様は残ってください。少し引継ぎがあるので」


 ジョゼとニコロ以外は自分の仕事に向かい、部屋を出ていく。


 「それで、引継ぎって何すればいいの? あたし、領主のお仕事ってあまりよく分かんないんだけど」

 「基本的に、先に片づけておける仕事は出来るだけ僕が片づけて行きます。姉様には、突発の事象にのみ対応して貰うことになるでしょう」

 「あんまり自信は無いわよ?」

 「父様と落ち合った後であれば、戦場の状況次第では僕か父様が戻ってくることも可能ですし、あまり心配は要らないです。極論を言えば、姉様にお願いしたいのは、執務室の椅子に座っていることですから」


 どんな組織でも、最終的な判断を下せる人間が不在である場合、急な状況の変化や、突発的なトラブルには極めて脆弱になる。

 どれだけ良く出来た自動運転でも、最後のブレーキや停止スイッチは人間の判断に委ねられるように、どれほど万全の体制であっても、最後の一線を決意する人間の存在は欠かせない。


 「んじゃ、若様。話がまとまったところで、さっさと仕事を片付けてください。片づけられるのは今のうちにやっておくんでしょ?」

 「何かあるんですか?」

 「ここ数日カセロール様も情報収集とやらで居られなかったので、決裁が溜まってます。順番にいきますと、まず放牧予定の変更。ヤギの出産シーズンなもんで、頭数が大分増えてます。スラヴォミールの申請で放牧予定に修正がありましたので裁可を下さい。急がないと放牧地が砂漠になっちゃうもんで」

 「……森に近すぎます。ガラガンが居ないと森の監視が出来ないので、村側の方を先に開放するように。サインはこれでいいですか?」

 「ども。とりあえずは一月ぐらいもちます。次は国道整備に関して。コアンさんの要望で、警備費用を増額で調整したいらしいです。今回の件もあって状況が大分変ってますが」

 「要求の内容は?」

 「村人の自警団を組織したいそうです。見回りぐらいでも役に立つって話で、それなら少なくても良いから賃金を出してやりたいと。そうなると、どっかで予算を削らないとならないわけでして。どう調整しますか?」

 「ふむ、ならば新人の訓練費用を警備費用に回してください。どのみち僕らが戻らないと訓練も出来ませんから浮くはずです。新人をそのまま警備に回してもらってもいいです。たとえ六人程度でも役には立つでしょう」

 「どうせ新人を使うなら、俺んところに回してもらいたいですけどね」


 ペイスは、カセロールに代わって政務を片づけていく。領主という政治家に求められる仕事は、極論を言うなら二つだけ。

 判断と決断である。

 ペイスは領主代理として、積み上げられた課題をどんどんと裁可していった。


 「ふ~ん、ペイスや父様はいつもこんな感じなのね」

 「姉様、自分でも出来そうですか?」

 「うん、無理ね。今決めたわ。私は大人しく座ってるだけにする。ニコロ、今のうちに仕事片づけておかないと、私はやる気ないからね」

 「うし、じゃあちょっと仕事を取ってきます」


 ジョゼのお人形宣言に、ニコロは焦った。ただでさえ人手不足の中で、裁可が止まるというのだ。

 慌てた苦労人は部屋から飛び出し、今まで急ぎで無かった仕事の資料などもこの際だからと取りに向かう。


 そんなドタバタの中、ニコロが執務室を出てしばらくして。

 トントンと、軽い感じのノックがあった。苦労人が戻って来たのかと、ペイスが入室を促したとき。

 珍しく少年が固まる。


 部屋に入ってきたのは、涙を溜めたリコリスと、侍女のキャエラだった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 早速情報漏れちゃった?
[良い点] >>椅子の主が体重を掛けたことで、執務用の椅子がギイときしむ。  二拍ほどの間があり、決意を固めたようにカセロールは口を開く。 場の緊張感をあらわすこの表現が好きです。展開も面白くて続き…
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