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おかしな転生  作者: 古流 望
第12章 糖衣菓子は争いの元
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106話 盗み食い

 青上月になれば、春も終わりに近づく。

 夏の訪れをかすかに感じ始める頃。緑の勢いが増し、風の匂いにも青さを感じる。


 モルテールン領では、早い畑では冬を越して大きく実った麦の収穫があり、落穂拾いが始まっていた。

 寡婦、孤児、下男下女といった貧しい階級の人間が、刈り入れの終わった畑に落ちている穂を拾って回るのが落穂拾い。


 領内では近年の農政改革もあって収穫量は右肩上がり。

 麦の収穫のうち(およ)そ三割ほどが来年の種籾や備蓄、二割が土地を所有する領主家への税、四割が土地を借りている農家の取り分となり、残りの一割弱が落穂ひろいによる収穫だ。

 それでも尚拾いきれない粒は、休耕時期に鶏のエサとしてついばまれることもある。


 雀やハトといった害鳥も盛んにやってくるため、モルテールン領では数年前より子供たちによる投石や罠の練習シーズンともなっていた。かつてラミトがしていたように、弓の練習台にしている子も居る。小さい子が無邪気に追いかけていたりもする。

 野鳥のサイズも現代日本のものと比べれば一回りか二回りは大きい。特にハトは食い応えもあるし、買い取ってくれる大人も多いということで、子供たちの丁度いい小遣い稼ぎになる。特に、石投げで捕まえたりすれば、その日のヒーロー間違いなし。


 「うっしゃあ!! ルミ見ろ、一発で仕留めたぜ」

 「んだよ。そんな近くからなら当てて当然だろうが。どけ、次は俺がやる。マルク、見てろよ」

 「まあルミの腕じゃ……あれ? ペイスじゃん。お~い!!」

 「あぁぁ、テメエ、大声出すから逃げちまったじゃねえか」


 毎度のお騒がせ、幼馴染ペアもまた小遣い稼ぎと鍛錬を兼ねて害鳥狩りをしていたのだが、マルクが馬に乗ったペイスを見かけて呼びかけた。

 おかげで鳥が皆一斉に逃げてしまったために、ルミはおかんむりである。


 「二人とも、鳥退治ですか?」

 「おう。みてみろよこれ。俺が仕留めた」

 「ハトですか。早めに血抜きしておいてくれれば、うちでも買い取りますよ?」

 「マジか。じゃあ後で持って行くわ」


 マルクは、自分の仕留めた獲物を誇らしげに見せびらかす。

 実際、投石はコントロールが非常に難しく、狙ったところに当てるのは相当にセンスと練習が要る。しかも的が鳥となれば飛んで逃げる。一度距離を測って修正、というようなことも出来ないので、一回こっきりのチャンスをものにする図太い神経も必要。

 子供たちの中でも、期間中に一羽でも仕留められれば家族にもべた褒めされるレベル。


 「っち、マルクが馬鹿みたいに叫ばなけりゃ、俺だって仕留められてたのによ。ってか馬鹿だよな、馬鹿」

 「んだとコラ!!」


 そんな自慢気なマルクに苛立っているのがルミニートだ。

 成長期の為か、マルクも最近は体つきが大きくなってきた。差が広がっていくことに焦っているというのもある。彼女自身はそれほど大きくならないのに、マルクだけがニョキニョキ伸びている。身体が大きくなれば力も強くなり、力が強くなればあらゆる面で有利になる。

 背がマルクほど伸びないルミの心情、一言でいえば“ずるい”だ。


 「ルミの腕がいいことは知っていますよ」

 「そうか? じゃあ俺が仕留めたときも買い取ってくれるよな」

 「勿論です。しかし、どうせならうちに持ち込んで現金化するより、デココのところに持ち込んではどうです? 物々交換に応じてくれるかもしれません」

 「ナータ商店に?」


 ハトの肉などは脂肪分が少ないことから、ささ身を解したような細長い形で保存用に加工されることがある。或いはジャーキーのように加工されることも珍しくない。

 酒のつまみのようにして食べられることもあるが、野趣あふれる風味にファンも居る。


 モルテールン家に持ち込めば、手間暇の掛かる保存食にはしない。多少熟成したところでローストになるか、詰め物でもされて丸焼きになるか、スープの具材になるか。料理人の判断に任される。

 食材の一つとして扱われる分、買い叩かれることは無いが、子供の小遣いの範疇から出ることも無い。


 対しデココのような商人に持ち込めば、商材として見てもらえる分、上手くすれば小遣い以上で買い取ってくれるかもしれない。勿論、買い叩かれるかもしれない。

 普通ならば、子供にとっては海千山千の商人に買い叩かれるリスクが極めて高い為、選択肢にはならないが、マルクとルミは事情が違う。

 両人がペイスと仲が良いのは、デココならばよく知っている。下手に二人の恨みを買って、巡り巡ってペイスに悪口を吹き込まれるリスクを思えば、そうそう買い叩くとも思えない。

 また、一度領主家でお金を貰い、それで買い物をすれば商店側は利益を載せて売る。当たり前の商行為。鳩で買えば、物々交換だけに原価で勘定してくれる。その分だけお得な取引も出来る。


 「ええ。デココのお店も最近は繁盛しているようですし、景気が良いならおまけもしてくれるでしょう」

 「お、良いこと聞いた。ラッキーじゃんそれ」

 「ずりい、マルクばっかり。俺はまだ捕まえてねえぞ」


 デココの作ったナータ商会。主要な商材はモルテールン領の農作物。領内の麦や豆を一括で買い取り、訪れた行商人などに利益をのせて卸すのが、メインのビジネスモデル。

 主要顧客のモルテールン家を含めて、一括で大量に買うと単位当たりの価格やコストは安くなる。それを小分けにして行商人に売ることで、相場で売っても利益が出る、という寸法だ。

 時には商会の抱える商人が直接大きな町に売りに行くこともある。ラミトがこれだ。


 モルテールン領は雨が少ない。それは言い換えれば、晴れの日が多いという事。日照量に不足は無く、十分な農業用水さえ確保できるなら、元より乾燥に強い麦は育ちやすい。これをデココは早いうちから見極めていた。

 今年の麦も予想通りというか、他領の人間から見れば予想以上の収穫があった。それを見越して値を付けていたデココなどはちゃんと利益を確保できるが、予想外だった他の商人などは、がくんと下がった相場で大損をこいた。


 今は、モルテールン領のポテンシャルに気付いた者たちが、それなりにやってきている。

 遠くからやってきた者たちが空荷を避ける為に寄るとすれば、ナータ商会しかない。

 今、デココのところはモルテールン家お抱えの商会として、大繁盛好景気の真っ最中にある。

 確実に需要の見込める保存食の材料などは、喜んで引き取ってくれるだろう。


 もっとも、現状でその恩恵を受けられそうなのはマルクだけという点に、ルミからすれば不満もある。


 「ならば、ルミはちょっと僕の手伝いをしてもらえませんか?」

 「手伝い? そりゃ構わねえけど……そういえばペイスは何処に行くところだったんだ? 馬まで持ち出して」

 「貯水池の方で養蜂の準備をしているので、視察をしに行くところでした。ガラガンから連絡があって、少し厄介なものが出たそうなので」

 「何だかわかんねえけど、面白そうだな。良し、行く。馬に乗せてくれよ」

 「ルミ、ずりぃぞ。俺も馬に乗せろ!!」


 ルミニートも一応はレディ。形式だけなら淑女。腐っても(?)従士家の令嬢であり、良家の子女というやつだ。ペイスは紳士として、馬の上にエスコートする。

 もっとも、エスコートなぞ無くても勝手に飛び乗るのだが。


 馬の上に二人乗りとなれば、結構窮屈になる。

 ここにもう一人乗せろと言っても無理な話なので、マルクだけは小走りになった。悲しき身分社会では、不便は下の立場が甘受するしかないのだ。まさかペイスに走らせて、従士家の人間だけが馬に乗るというわけにもいかない。

 ちなみに、従士階級でも無い人間が馬に乗るだけでも問題視される土地もあるが、モルテールン領は虚飾を嫌う領主家の意向で、従士家の人間ならば御目こぼしがある。将来に向けての練習という名目があり、いずれ領主家の役に立つための稽古ならば、むしろ忠孝として褒めるべきだ、という建前だ。

 馬に乗りたがった何処かの悪ガキ達の為に、悪ガキ筆頭がひねり出した理屈なのは余談である。


 貯水池の近く。新しく用意された森林管理用の建物に着いた時、息が上がっていたマルクには果実水の差し入れがある。ペイスから、せめてもの労いだ。

 それを物欲しげにルミが見つめるが、流石に寄越せと言わない程度には常識も持っていた。


 「ペイス様、わざわざ来てもらって申し訳ないっす」

 「構いませんよガラガン。上の人間こそ率先して働くのが、当家の方針です。それで、厄介な問題が起きたと聞きましたが?」


 管理棟には、森林管理長のガラガンが待ち構えていた。

 今回のペイスの目的は、彼から陳情があった問題を解決するためだ。


 「ええ。どうも森にハチクイが居るらしいっす。森の木も花が膨らみ始める時期っすから、養蜂を試す前に何とかしときたいっす」

 「確かに、それは厄介ですね」

 「しかも手ごわいっす。俺一人じゃどうにも手に負えないんで」

 「当然でしょうね。しかし安心してください。ここに人手があります」


 ペイスが指さした先には、息を整えるのに必死なマルクと、果実水をこっそり盗み飲みしようとしていたルミが居た。ペイスは無言で、果実水をマルクの方にずいと押しやる。


 「ペイスよう。ハチクイってのは何だ?」

 「そうそう、俺も知りてえ。手ごわいとか厄介とか言ってたけど、クマみたいなもんか? ってあれはハチミツ食いだよな?」

 「養蜂ではクマと同じぐらい厄介というのはそうですが、それほど危ないものではありません」

 「そうなのか?」

 「ええ。ハチクイというのは、あそこにいるやつです」


 ペイスがまた別の所を指さす。その先には、ビロピロと高い音で鳴く鳥が居た。その見た目の通り、ハチクイとは鳥の一種。

 名前にあるように蜂を食べる鳥で、古くから養蜂の天敵とされる害鳥。南大陸には広く繁殖していて、羽の綺麗なことからカザリドリの異名を持つ。


 このハチクイが何故厄介かといえば、飛んで逃げるという一点にある。

 捕まえることが難しい割に食欲旺盛で、しかも群れを成す。少なくとも森番一人や二人で対処できるような相手ではない。


 「とりあえず、一羽か二羽捕まえてくれれば、後はこっちで対処できるっす」

 「そんなもんなのか?」

 「ルミは知らないようっすけど、ハチクイは仲間を呼ぶ鳥。一羽捕まえて籠罠の中に入れておけば、芋づる式に捕まえられるんすよ」

 「へぇ~」


 この、一羽だけでも捕まえるという点が難しい。

 羽が折れるぐらいならば大丈夫だが、出来る限り無傷で捕らえねばならないのだ。非常に機敏に飛び回り、小柄なハチクイ。生け捕りの難度はそこそこ高い。


 「具体的には、どう捕まえるつもりでしたか?」

 「罠っす。丁度人手が増えたのなら、早速試してもいいっすか?」

 「構いません」


 従士の提案に、御曹司は頷く。


 「マルクとルミは、貯水池の降り口は分かるっすか?」

 「ああ分かるぜ」

 「そこに網を張っておいたんで、逃がさないように追い立てて欲しいっす。くれぐれも上に逃がさないように」

 「うへえ、面倒くせえな」


 飛び回る鳥を所定の場所に追い立てるというのが、ガラガンの作戦。これには当然人手が必要。特に、石投げが得意である程度遠距離から誘導出来る人材が良い。

 となれば、人使いの荒さには定評のあるペイスだけに、幼馴染を働かせることにも躊躇が無かった。


 早速とばかりに、捕獲作戦が決まる。


 「うっし、準備は出来たぜ」

 「では、作戦開始!!」


 ペイスの号令一下。勢いよく動き出す子供たち。

 こういう時に張り切るのが、行動力の有り余る悪ガキというもの。


 「てりゃ!!」


 マルクが投石紐で投げた石は、カンという堅い音を残す。


 「マルクの下手糞!! 木に当ててどうすんだよ」

 「うるせえ。こちとら走って来たから疲れてんだよ!! ルミこそ外してばっかだろうが!!」

 「これは誘導の為にわざとやってんだ。お前と一緒にすんじゃねえ!!」


 騒がしく、ハチクイ捕獲作戦が進む。

 一度目は見事に失敗。二度目は惜しくも失敗し、三度目の正直とばかりに挑戦したところで、ようやく一羽を捕らえることに成功した。結構ギリギリで。


 「ふう、これで一仕事終えたな」

 「お疲れ様です」

 「お疲れさまっす。二人とも、手伝ってくれたお礼にこれをやるっすよ」


 幼馴染の活躍に、素直に感謝するペイス。

 勿論、ガラガンからもお礼にとパンが貰えた。窯役を兼任するガラガンの役得の一つだが、育ち盛りの人間には小腹を満たすに丁度いい。

 早速とばかりに齧り付く万年欠食児童もどきが二匹。


 「ペイス様、それに二人とも、助かったっす」

 「ガラガンも仕事は大変ですか?」

 「そりゃもう大変っすよ。害獣も増えてるし、見回りの度に色々あります」

 「森が豊かになってきている証拠でしょうね。しかし、害獣とはまた穏やかでは有りませんね。必要があれば駆除しなければならない。どんな害獣が居るんです?」

 「最近見たのだと、タヌキっぽいのが居たっすね。アナグマかもしれませんが、すばしっこい奴でした」


 タヌキにしろアナグマにしろ、野菜を作る畑に出てこられては荒らされる。

 そのうち、村人も総動員して山狩りをせねばならないと、ペイス達は歩きながら相談する。定期的な害獣駆除も、領主家の仕事のうちだ。


 森林管理棟まで戻って来たところで、目ざとい少年はふとガラガンに尋ねた。


 「ところでガラガン」

 「はい?」

 「貴方が見かけたタヌキっぽいのって、あれですか?」

 「ああそうです。あれあれ……あれ?」


 管理棟のすぐ傍に居た動物。

 一同を見かけるやいなや、口に何かを咥えたまま一目散に逃げだした。

 何故こんなところに居たのか。何を咥えていたのか。その疑問はすぐに溶けることになった。一人の悲痛な叫びによって。


 「ああ!! 俺のハトがぁぁ!! 戦利品がぁあ!!」

 「ぷぷ、だっせぇ、タヌキに盗まれてやんの」


 マルクは、大事なものはきちんと仕舞うべきだと教訓を得るのだった。


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