日常
私は妹ーー雫を守ると、亡き両親と約束した。炎に包まれた故郷の村を背に、泣きながら誓った。
守る力がほしいと……。
この地は、『空の女神』にして『虹を産みし母』リーリアを主神とする神々に見捨てられた大地である。見捨てられた人間達は、それでも神々を信じ祈りを捧げる。そして、神々が大地より消え去った年から数え、リーリア歴と名付けた。
リーリア歴1年、神々が消えた。
そしてリーリア歴100と17年後、人間は神々の恩寵のない厳しくも美しい世界に慣れはじめていた。
漆黒の長髪を無造作にひとくくりした少女がいる。年は十代後半ごろ。スラッとした体型を、地味な色合いの麻の服で覆っていた。
髪と同色の、切れ長な瞳が開く。瞳に写す光景は、太陽の光を反射する湖。彼女が立つ場所は、見渡せる程度の湖の水の上であった。
『赤と水色の力を秘めし存在よ、その力を示せ(フレイ ラ リリア トークド マナ 、アラシェルリラ)』
薄く小さめの唇から歌がもれる。その歌を唱える毎に、彼女の手のひらにビリビリと音のなる光が集まりだしてきた。
『空に漂うその力よ、焼き付くす轟音とかせ(リリア ラ マナ、フレルジーク オーン)』
両手のひらに、さらに大きな音をたてる光が集まっていく。そのとき、彼女の前方の水面が揺らぎ始める。その一瞬後、人の数倍の大きさをもつ魚が空中に飛び出す。
『サンダーボルト』
手のひらから一直線に、魚へ向かって光が放たれる。その後、ビリビリビリという音が湖中を駆け抜け、魚は湖へかえっていった。その水しぶきは津波そのものだが、少女は慌てる素振りもなく視線も表情も変えない。
『青の力を秘めし存在よ、我を取り巻け(ウォー ラ トークド マナ、アナ ウーンズ)』
歌うかのように何かを呟くと、足元の水面から水が少女のまわりを取り囲む。その瞬間、津波が彼女を襲い姿を隠す。
波がひけた後湖の上には、あいかわらずその上に立ち水に囲まれた少女の姿と、焼き焦げた巨大魚の姿が浮かんでいた。プーンと、魚が焼けた美味しそうな匂いが充満する。
「姉さーん!」
静まった湖岸から、少女よりもやや若い女の子の掛け声がかかった。少女が声のほうを向くと、茶色の長い髪か綺麗な子がいた。まだ15程の女の子と呼べるような年の子が、手を大きくふっていたのだ。
咲羅ーーこの物語の主人公である少女が、1歩ずつ、ゆっくりとした歩みで湖の上を歩いていく。普通ならば沈むであろうはずだが、彼女の足下だけ水ではないような弾力で咲羅の体重を支えているのだった。
茶色の髪に茶色の大きな瞳をした愛らしい女の子の笑顔を見て、咲羅は薄く微笑みを浮かべるのであった。