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星食い虫

作者: 白熊猫犬

 人類というものがこの星を捨てて大気の外側に進出するのには、それなりの理由が必要である。例えば環境破壊によって住めなくなるだとか、人口が増えすぎて土地が足らなくなるだとか、原因としてはそういったものが挙げられる。つまり、浪漫だとかいった美しいものではない、やむにやまれぬ事情が我々人類を宇宙の彼方に押し上げるのである。

 暗黒の空を漂う宇宙船に、おおよそ五万人の人間が搭乗している。彼等は技術者であったり医者であったり学者であったり芸術家であったり、様々である。何の変哲もない若い男女もいる。勿論この宇宙船を操縦するパイロットもまた、幾人かのチームとして乗り込んでいる。

「おい、どうだ。どこか恰好の星は見付かったか」

「船長、駄目です。どこもかしこも、生物の痕跡すらありません。ましてや人が住めそうな惑星なんて、からっきしです。現地調査しなくても明白なくらいです」

「ううむ、まったく、これだけ沢山の星があって一向に生命の反応ひとつないとは、我々は運が悪いというかなんというか」

「船長、それは違います。地球に残った何億という人類の方が、よっぽど運が悪い。とにかく我々は、今すぐ死ぬといったような事態にはならんでしょうからな」

「それもそうだな。うん、ついでに最適な条件の惑星が一日でも早く発見できるくらいには幸運になりたいところだが」


 ある日突然、地球にいくつもの隕石が落下してきた。それはいくつかの都市を破壊し、あるいは海洋に沈んで海の生態系に深刻なダメージを残し、あるいは北極の氷を打ち砕いて人類を恐怖に陥れた。しかし、それらの隕石はその落下よりもずっと恐ろしいものを内包していた。

 隕石の中から、昆虫によく似た生命体がうぞうぞと涌き出てきた。それは例えばカマキリやムカデ、カミキリ虫にそっくりであったが、しかし地球上に存在するどんな生物よりも大きかった。体長は小さいもので二メートル程度、大きなものになると十メートルを超えるかといったそれら巨大生命体は、次々に人類を捕食していった。ビルを薙ぎ倒し、火器による攻撃をものともせずに突進し、ミサイルを落としても僅かに傷を負わせる程度で却って興奮させるばかり。人類も、他の地球で暮らす動物も、植物も、その昆虫たちは何でもかんでも食い散らかしていった。

 最終的に人類が下した判断は、この地球を捨てて、どこか別の星に移住することであった。世界中の政治家が集まり、技術者が集まり、一日中会議やら設計やら行って、どうにかいくつかの宇宙船を造り上げてそれに搭乗する、つまり昆虫の恐怖から逃れられる者を決定し、計画は実行に移された。政治家たちは我先にとそのメンバーに名を連ねようとしたが、民衆の大きな不満を買い、お前らが乗り込むくらいなら宇宙船を破壊してやるぞという脅しに屈してしぶしぶ辞退した。

 十隻用意された宇宙船に、およそ四万から五万の人間が乗り込んで出発し、ばらばらになって人類が移住可能な惑星を捜索する、というのが今回の計画であり、地球に残った人類も次々に宇宙船建造に取り組んで随時出発する予定であった。ともかくそういう事態であって、人類は宇宙のどこかにあるかわからない、存在するかさえ怪しい第二の故郷となりうる惑星を目指して大気圏を突破したのだった。


 船長室で合成飲料を飲みながら、船長は一人呟く。

「今ごろ、他の宇宙船の奴等はいい惑星を見つけられただろうか。もしかして宇宙人なんかに捕まってやしないだろうか。それに、地球に残った連中は、果たして無事に出発できただろうか。我々の時でさえ、あれだけもめたのだ。もしかしたらデモか何か起こってやしないだろうか。それに、あの化け物みたいな昆虫ども。あんなもの、俺は映像でしか見ていないが、あれに食い殺されるだなんて、想像しただけで身震いがする。よもや、残った人類がとっくに絶滅させられているなんてことになってはいまいか。なんにせよ、こう何日も何日も宇宙船の中にいては不安と苛々ばかりが募る。他の皆も、同様だろう。暴動が起きないうちに、早いとこ我々の住める惑星を発見しなくては」

 食糧も娯楽も、それなりには揃っていて今のところ表立った不満は無いように見えた。しかし、味気ない、栄養ばかり詰まった合成食料や、バーチャルで行うスポーツなどでは、そのうちに飽き飽きしてしまうだろう。そうなったときに五万人の人間がどんな行動にでるか、と船長は不安な日々である。惑星に辿り着けさえすれば、遺伝子から再生された植物を育てたり、動物のクローンを放牧させたり、あるいは本物のラケットを握ってスポーツに興じたりと、それらの不満も幾分か解消できるのだが。


 いつもと同じ、暗黒の空間を漂っていた宇宙船は、にわかに騒然となった。といっても、多くの搭乗者には伝わらず、船長を含めたごく一部の人間だけが騒然となった。

「急に呼び出して、一体どうしたというのだ。何か素敵なことでもあったのか」

「船長、よく聞いてください。いいですか、ここからそう遠くない所にある惑星で、生命体の反応があったんです。つまりですよ、そこは生命が住んでいて、もしかしたら人間も住めるかもしれないってことです!」

「何だと、君、本当かね!」

「ええ、詳しいことはもっと近付いて、実際に降り立って調査しないといけませんがね。少なくとも今まで通過したどんな星よりも可能性は高いでしょう」

「ようし、今すぐその星に進路を変更だ。ただし、これはまだ他には知らせてはならないぞ、下手に希望を持たせて、いざ駄目でした、となったら反感を買うからな」

「了解です、船長!」

 皆、興奮を抑えきれない様子であったが、船長はどうにか自分を鎮めて冷静になろうとした。焦ってはいけない、星を見つけることと同じくらい、船に乗った五万人を落胆させないことが大切なのだ、思った。


 三日ほど経って、どうやら例の惑星に十分接近したらしいと連絡を受け、船長は操舵室に駆けた。

「君、どこだね、その生命体の住むという星は」

「ええ、もうすぐ目視可能なはずです、船長。ほら、右の方にある、あの星ですよ」

 船長も、操舵室にいた他のメンバーも、その光景に目を疑い、次に嫌な過去を思い出し、そらから大きく絶望した。希望を打ち砕くどころではない、今まで以上の絶望がその星にあった。

 星の周りを、昆虫によく似た生命体が遊泳していた。それは地球に隕石とともに飛来したものよりもずっと大きく、その体長はおそらく五十キロメートルやら百キロメートルやらで、もっと大きなものもいた。それらが宇宙空間を巧みに泳ぎながら、星をぼりぼりと食べていた。大きなものが一口齧る毎に星の欠片がばらばらと散って、しかし引力の力で星の近くに留まって、それを小さなものが捕まえてはもりもりと顎を動かして噛み砕いていた。星は既に半分ほど食われていたようで、もとは球形だったろうその惑星は至る所についた歯形によって、すっかりいびつな形になってしまっていた。

 船長たちはしばらく絶句し、ただ口を開けてその光景を見ていたが、やがて現状を飲み込み始めた。

「おい、あれは、一体どういうことだ」

「さあ、どうなんでしょう。しかし少なくとも、あそこに我々は住めそうもありません。それから、きっとこの宇宙船が見つかったら、大変なことになると思います。あの大きな顎なら、こんな宇宙船、ぺろりと食べてしまうでしょうから」

「何を呑気に!だったらさっさと舵を切らんか!それから、おい、そこのお前、今すぐ窓という窓に疑似映像を写せ!あんなもの見たら、パニックは必至だぞ!」

 船長は他のクルーに指示を出すと、一言「俺は船長室で休んでいるから、何かあったらすぐに連絡を寄越せ」と言って操舵室を後にした。


 船長室で一人、合成酒を飲んでため息を吐く。地球で見た昆虫どもでも絶望するに十分な大きさだったのに、あんなものは宇宙の中ではもしかしたら弱い部類だったのかもしれない。片や隕石に隠れて飛来する十メートルの大きさの昆虫、片や何十キロメートルにも及ぶ体で惑星そのものを食らう昆虫。宇宙は我々の想像よりずっと恐ろしい世界だったと船長は感じた。

 しばらくして、震える声で連絡が入った。どうやら一応は無事に離脱できたこと、他の人間があの光景を目にすることもなく、よって大きな騒ぎにはならなかったこと、クルーの何人かがパニックで倒れたことなどが報告された。とりあえず宇宙船の無事がわかったので、船長も「ご苦労だった、暫くは自動航行のままにして、皆も少し休んでくれ」と告げた。通信が切られた後、椅子に深く座り込んでまた大きくため息を吐いた。

「まったく、恐ろしい体験をした。そもそもあれだけ規模の大きいものが存在すること自体、人類はこれまで考えもしなかっただろう。地球に残った連中や、他の宇宙船の奴等にも、伝えるべきだろうか。いやしかし、単に恐怖させるだけかもしれない。どちらにせよ、次にもし生命体の反応があったとして、これまでよりずっと慎重にならければならないな」

 それから暫くあの巨大な昆虫が星をぼりぼりと食べている光景を思い返して寒気を覚えていた船長は、ふと妙な空想した。

「もしかしたら、もっともっと巨大な奴がいるかもしれないな。宇宙の外側で生まれたそいつは、この宇宙空間を巨大な顎でむしゃむしゃと食べてしまうのだ。我々を乗せたこの宇宙船も、星々も、あの昆虫たちも丸ごと一口でばくばくと……」

 そんなものを想像して恐ろしくなった船長は、グラスに残った合成酒をぐいっと一気に流し込むと、頭を振って今の発想を忘れようとした。ほどよく酒の入った船長は、そのまま椅子でうとうととし始めた。遠く遠く、宇宙の外側からばりばりという音が聞こえた気がしたが、それは酔っぱらった故の幻聴や、夢の中の出来事であったのだろうか。

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