秘密く・だ・さ・い 其の1
「こ、これっ……本物?! 」
改めてふさふさと感触を確かめる。
柔らかな、そして滑らかな毛並みの手触りが気持ちいい。
おそるおそる顔をそちらに向けてみる。
「っ!?」
思わず息を呑んでしまった。
そこには紛う事無き尻尾が、美しく金色に艶を放つ立派な尻尾があったのだ。
「尻尾だよ……」
あまりの驚きに呆然としていた。
「……う……くぁ…………」
御巫くんの呻き声を聞いて我に返る。
顔を見ると激しい苦悶の表情をしてる。
「ど、どうしたら!」
尻尾があることに戸惑いがあるんだけど、
凄く苦しがっている彼を放っておくわけにも行かないし、
さんざん迷った挙句、自宅へ運ぶことにした。
「ただいま、母さん!ちょっと助けてよ!」
玄関のドアを開けるや否や大声をだして母さんを呼んだ。
「母さん!母さんってば!!……母さん?もしかしていないの?」
呼べども返事は無かった。
「こんな時にどこに行ったのさ……
こういう時にこそ大人の知識が必要だっていうのにさ。」
文句をいいながらも御巫くんをいつまでも背負ってるわけにもいかない。
とりあえず自室のベッドへ寝かせることにした。
「ふう。とりあえずこれからどうしたらいいんだろう……」
いまだ眉を歪めて荒い息で悶えている御巫くん。
寝かせるときに全身を軽くチェックして見たけど、血が出ていたりする箇所はなく、こうしていると風邪にうなされている様にも見える。
とりあえずおでこに手を当てるとすごい熱を持っていた。
「熱っ!?これは冷やしてあげたほうがいいのかも……
とはいえ、原因がわからないのに冷やしてもいいのか判らないし……」
たしか本で読んだ知識だと、病気なんかで身体が熱を持つのは身体浄化作用の一つで、治そうとするエネルギーの副産物だから冷やしすぎてそれを邪魔するのも駄目とか。
汗が蒸発して体温を下げるように自然放熱するのが一番だとか。
「じゃあ、水でぬらしたタオルを使いますか。」
昔ながらの方法を思い出し、キッチンに下りてボウルに水を汲む。
夕方も過ぎた頃の水道水はゆるくも無く、やや冷たくて丁度いい感じだった。
新品のハンドタオルをボウルの水にいれて部屋へ戻る。
「こういう時こそは母さんにアドバイスとヘルプを頼みたいってのに、まだ帰ってこない……いったいどこほっつき歩いてるんだよ!」
普段のこの時間はキッチンで晩御飯の用意を鼻歌交じりでしている母さんが、伝言もなく家を空けるなんて珍しい。
冬場なら焼き芋屋の車を追いかけていくなんてことはあるけどさ。
ベッドの隣に机の椅子を寄せて、ボウルに入っているタオルをぎゅっと絞って御巫くんの額にのせる。
「最悪の事態になるなら救急車を呼ぶしかないんだろうけど……」
夢でも幻でもなく、依然として御巫くんには尻尾あった。
なぜ生えてるか理由はわからないけど、たぶん他人に見られるのはまずいはずさ。
そうしていろいろと答えの出ない事を考えては行き詰る。
そんなことを繰り返しながら、看病といってもタオルを交換するだけの作業を続けた。
いつ彼が目を覚ましても良いように可能な限りそばに居ることにした。
こういう時ってしゃべったりはできないけど、意外と意識だけはあったりして、そばに人の気配がしていると安心できて落ち着くんだよね。
時計を確認してみると家に帰ってからもう3時間が経っていた。
御巫くんの容態も幾分か落ち着いてきている。
「ちょっと暑いかな……」
彼の身体にどうかと思ってクーラーはつけないでいる。
部屋の温度が高いのか、扇風機の風がぬるく感じる。
「空気の入れ替えしよっかな。」
窓に近づきカーテンを開ける。
外はすでに真っ暗で、大きな満月が浮かんでいた。
窓を開けると入ってきた少し冷ややかな夜の空気が心地いい。
「今日は満月だったのか……雲も少なくて月明かりが眩しい位だ。」
そうして椅子に座って御巫くんのタオルを交換した。
窓から差し込む月明かりに照らされる御巫くんの顔はドキッとするほど綺麗だった。
「な、何考えてるんだ僕は!」
いままでの流れで失念していたけど、彼が目を覚ましたらどんな顔で会えばいいんだ!?
告白されたこと、なぜあそこで倒れたか。更には尻尾が生えてること。
きっと凄く気まずい。
「……飲み物でも取りに行こう。」
部屋を出てキッチンへ向かう。
考えを整理してみよう。
今更どうあがいても彼が目を覚ませばいろいろと話さないといけないんだ。
変な夢をみたとか告白が夢か現実かわからない、なんて事で逃げ出せるわけも無い。
なにせここは自分の家なんだからね。
グラスを二つ取り出し、氷を落とす。もちろん御巫くんの分さ。
「はぁ……納得はできないけど、腹くくって向かい合うしかないよねぇ……」
泣きそうな気分になりつつ、冷蔵庫から麦茶を取り出しグラスに注いだ。
両手に持って部屋へもどると御巫くんは目を覚ましていた。
「や、やあ、目が覚めたみたいだね。」
彼が目を覚ましていたことに意表をつかれながらもホッとする。
「よくわからないけど、君に迷惑かけちゃったみたいだね……」
力なく微笑む彼に僕は持ってきた麦茶を手渡した。
「これ飲んでゆっくりしてて。聞きたいことはたくさんあるけど、御巫くんにも事情がありそうだし慌てないで。病み上がり……なんだしね。」
「ありがとう……やっぱり君は優しいね。」
面と向かって優しいだなんて言われるとなんだか照れくさい。
僕は椅子に腰掛けながら麦茶を口に含んだ。
「………………」
そしてしばらくの間、二人とも無言で麦茶を飲んでいた。
しばらく続いた沈黙を破ったのは御巫くんからだった。
「まずは何から話したらいいのかな…………」
グラスを揺らしては中で回る氷を見つめながら呟く様に話し始めた。
「まずはお礼を言わなきゃね。介抱までさせちゃったみたいだし。助けてくれてありがとう。」
頭を下げる御巫くんに気にしないでと言うと、すこし沈んだ表情になって話しを続けた。
「それからね、実はね………………ボクは人間じゃないんだ……」
普通ならとんでもなく驚く告白だった。
しかし、僕はすでに見てしまっている。彼に尻尾があることを。
「あんまり驚かないね。やっぱり見られちゃった……からだね。」
力なく笑う御巫くんはなんだか痛々しく思えた。
「ボクはね、君たちの言う所の”妖怪”って存在なんだ。」
妖怪……日本の昔話や伝承なんかでよく出てくるアレですか?
「あはは、不思議そうな顔してるね。
今となっては妖怪だなんて昔話か都市伝説くらいな物だしね。
でもね、ボクらは昔から存在するちゃんとした生物、種族なんだよ。」
「ちょっとすぐには信じられないんだけど……
だけど確かに御巫くんには尻尾があったし……現実なんだよねやっぱり。」
「うん。ボクは妖狐。化けギツネって言った方がわかりやすいかな。」
御巫くんはベッドから降りると部屋の中央に立った。
病み上がりなはずだけど、足取りはしっかりしていて、今は尻尾らしいものは見えなかった。
「ボクの本当の姿を……君に見てほしい…………」
そう呟くと彼の身体は徐々に輪郭がおぼろげになり、もやのかかったような不確かな影のように黒く変化していく。
「な…………」
目の前で起きている出来事が理解の範疇を超えたために開いた口が閉まらない。
影は形を微妙に変え蠢いている。
そして時間にして数十秒後、動きは収まり、御巫くんの身体の輪郭がはっきりとし始めた。
「…………そんな…………」
そして現れたのは白い着物のような服をまとった女性だった。
「この姿が……ボクの、妖狐としての本当の姿だよ……」
髪の色は金色に変わり、腰の下までのびている。
それに合流してひとつの川のように流れるのはこれまた金色に輝く三つの尻尾。
色白の整った顔立ちは、確かに御巫くんに間違いない。
しかし、白い着物で強調された女性らしい身体つきは、女の子をいやでも認識してしまう。
それよりも、そのあまりの美しさに呆然としてしまった。
「あの……直衛くん?」
「………………はっ?!な、なにかなっ?」
「いや、あんまり驚いてないようにみえるから……」
おずおずと話す御巫くんだけど、そんなの驚かないわけが無い。
「そ、そんなことない!すっごくおどろいてるよ!!
御巫くんが妖怪で、化けギツネで、目の前でいきなり変身しちゃったりとか、つまり、あまりに凄すぎてリアクションも取れず呆然としていただけさ!」
「やっぱり変……だよね?」
自分の格好を右左と確かめる。
「ぶんぶん、変だ何てとんでもない!とっても綺麗だったんで見とれてただけさ!」
僕のストレートな物言いにポッと赤面する御巫さん。
「や、やだな、そう言われると恥ずかしいよ。」
か、可愛いい。
やっぱり御巫くんは可愛らしい。
美人というのは男女問わず言うのだろう。
でも、やっぱり女の子のシルエットをもって、こうして目の前に存在されるとなおさら実感できる。
「話しを……聞いてもいいかな。」
いろいろ驚きの連続だけど、なぜかな、こうして御巫くんから受けるサプライズは、初めてって言う気がしないからかな、落ち着いて状況を眺めることができるみたい。
「うん。実はね…………」
そして彼女はゆっくりと話し始めた。




