悲劇のアイドル 其の2
僕はその視線を受けても微動だにしないよう気力を振り絞る。
身体が震えだしそうになるのを堪え、逃げ出したい気持ちを押し殺す。
御巫さんが横で不安げに僕と道真さんを交互に見やる。
「ふん、眼つきだけは其れなりだな。」
道真さんは僕に向けていた殺気を解き、一つ息を吐いて眼を閉じる。
「確かに貴様は金の為に娘に付き合っているようでは無いようだな。
だが、やはり何処の馬の骨とも知れない輩に娘をやるわけにはいかん。」
眼を開けて僕を再び見据える。
しかしその眼差しに威圧感も殺気も含まれていなかった。
どうやら、損得で御巫さんに協力しているという考えは改めて貰えたみたいさ。
「それでも、ボクは直衛くんと一緒に居たい!
パパがこれから直衛くんを知ってくれれば、それで知らない人にはならないでしょ!」
御巫さんがフォローを入れてくれる。
でも、ここからが最大の難関なのさ。
色眼鏡で見るのは止めて貰えたけど、これからは”父親”から認めてもらわないと。
道真さんが、[個人的に人柄を受け入れる=娘の相手として受け入れる]という式にはならないのさ。
御巫さんと僕が付き合ってもいいと思われる…そんな人物を演じなければ……
娘の父親の通例としては、誰が来ても大抵気に入らないんだろうけどね。
「道真さんの考える、円さんを任せられる人物とは、どのような条件を持つ男なのですか?」
直球勝負。
道真さんの趣向が判らない、この状況では適当におべっかをつかったって見抜かれるだけ。
向うから情報を引き出して、会話の方向性を考えないと手の打ちようがない。
「家柄、資産、容姿、品性、学歴の五つだ。」
きっぱりと断言された…なんて欲張りな人だ。
しかもまいったことに、僕が自信を持てる物が一つも無い。
だけど若い僕には将来という武器がある。コレを使わない手はない。
「家柄はどうしようもないかもしれません。
しかし、残りの四つに関しては、これから身につけます。
道真さんの納得いく大学へ行き、認められる品行方正を身に付け、見違える程に容姿を磨き、社会に出て一大資産を築けるようになります。
僕達に……僕に時間を下さい。」
「時間だと……?」
「はい、6年……いえ、7年下さい。貴方の眼鏡にかなう男になって見せます。」
興味を引いてくれればいい。
時間を引き延ばせれば今日は100%任務達成だ。
「何を馬鹿な……見合いは二日後だぞ?
見合いを破談し、可能性の判らぬ貴様の未来の為に7年も待てというのか?」
「急ぎ見合いをするのは、見合い相手が貴方の言う五つの条件を持つからですか?
その相手を他の女性に取られまいとする為ですか?」
「そうだ。今回の見合い相手と夫婦になれば、両家の繁栄は約束されるものになるだろう。
現時点、いや、この先も彼ほどの逸材が世に出てくるとは思えん。」
「なるほど、繁栄の為───ですか。
円さんの幸せではなく、御巫家の繁栄の為の見合い話と仰いますか。」
いい加減、腹が立って来た。
頭の中で描いていた堅物親父を地で行く道真さんに憤りがマグマの様に湧きあがってくる。
「そんなの娘の幸せを考えてないじゃないですか…それじゃあ、円さんはただの道具だ。
御巫家っていうのは円さんを指すんじゃないんですか?家が繁栄するって幸せと同じ意味じゃないですよね?
円さんが御巫家の看板を背負っているだけというなら、
それだったら、貴方の望みどおりになる女性を養子に迎えて政略結婚でも何でもさせればいい。
円さんは嫌だって言っているんだ。意思のある一人の人間なんだ!
幾ら親だといったって、それを無視するのは間違っている!
親だったら子の幸せを第一に考えるもんじゃないんですか?!」
自分でもビックリするほどの勢いに任せて一気に捲くし立てる。
最初は冷静だったつもりが最後のほうが抑えきれずつい激昂していた。
「直衛くん……」
隣の御巫さんも目を丸くして驚いている。
無理も無い、僕だってこんなに感情的に反目したことなんて産まれて初めてかもしれない。
ただ、余りにも子供の事を考えていない親の発言に気が高ぶってしまった。
「何を生意気な…貴様に社会の何がわかる?
古くから伝わる家督という伝統を護り、伝えてゆかねば成らない責任を貴様などには理解できまい?
無責任な子供の立場なら、好きにほざく事も出来よう。
しかし、我ら大人が、先人より社会を、世界を引き継いできたからこそ、今なお道標を作り続けているからこそ、貴様たちはのうのうと、迷う事無く生活しているのだという事すら認識してはいまい。
自己の欲望や、理想論だけを説いて身勝手にこの世は生きて往けぬわ。
子供は親の言う事を聞いていれば良いのだ。」
いちいち正論を並べ立ててくれる。
困った、怒りは未だ残るものの、反論するべき論点がズレてしまっている。
矛先を完全に別方向へ向けられてしまった。
流石───というか、手ごわい。
人情的な意見を全然受け付けてくれないさ。
これが本気で愛し合っている恋人だったら、感情のまま道真さんを殴り倒しているかもしれない。
たしかに御巫さんは可愛い。優しい。はっきり言って好きだけど、まだ恋人なんて感じじゃない。
これからそう言う深い関係に成れるかもしれない、しかし今の僕は演技者だ。
この舞台をハッピーエンドにするべく演技を続けなければ。
なんとかこっちのペースにしないと…
不本意ではあるけど、恥かしくて堪らないけど仕方ない、あの話題を持ってくるしかないかな…
「貴方の仰る事は最もです。
僕たちは子供で、大人に、家族に護られなければ生活する事かなわないでしょう。
でも、それでは子供の意思は無用の物になってしまう。
自分が自分でいられない、これでは殺されるのと変わらない。
今ここで見合いを嫌がっている、僕を好きだと言ってくれる御巫円という人格は不要だと仰るのですね?」
「そういうことだ。」
「では、貴方も人を愛した人格を捨ててきたというのですか?」
「何だと?」
「貴方と、円さんのお母さんとの間に恋愛感情は無かったと言う事です。
ただ、家督を生かす為に渋々、無理やり、嫌々結婚したという事ですよね?」
「な、なにを……」
道真さんは少し動揺を見せた。
最終攻撃は愛を語る事、相手の愛情を揺さぶる事。
こんなの普通ではとてもじゃないが恥かしくて言えない。
「継承した家柄を繁栄させるために、初恋や、当時好きになった相手を忘れ、
好きでも愛してもいない相手と結婚して子供を作り、自分と同じように家柄を継承した子供を好きでもない相手に嫁がせ、同じ道を歩ませる…
そんな悲く寂しい愛の無い家庭の連鎖…
それが貴方の言う伝統なんでしょうね?」
「なんだとっ!?」
道真さんは憤りを感じて声を荒げた。
やっと感情らしきものを見せてくれた。
御巫さんには悪いけど、このまま道真さんの平常心をかき乱させてもらう。
「貴方の言葉を理解して、感想を述べさせてもらったまでです。
少なくとも僕の家では親は子を愛し、子は親を愛している、そんな関係をもっているつもりです。
でも、貴方の言葉はすべて御巫という家名を第一にしているものだ。
けして親だとか子だとか、そんな愛ある関係で出てくる言葉じゃありませんよ。
家督を、伝統を受け継ぎ、尚且つ、家族の幸せを作るのが家長の勤めだと、僕は思っています。
貴方の言う事は正論で僕にも理解できますが、そこに親子の愛が存在しないのは、失望しざるをえません。」
「貴様は、俺が円や那岐を、愛していないと言うのか!!」
机を叩いて立ち上がって大声を上げる道真さんは、僕の言葉に憤り、身体を震わせている。
「パパ…」
御巫さんが憤慨する道真さんを呆然と見つめる。
「みっちーの負けだね。」
何時の間に入ってきたのか那岐さんが道真さんの後ろにいた。
「那岐……」
「ママ!」
道真さんと御巫さんが声をかける。
「はい?」
これは僕の声。ハテナマークが頭の上で点滅している。
「直衛くん、あれがボクのママ、那岐だよ。」
「やぁ、直っち!」
「ママああ!?」
「直っち?」
御巫さんがあだ名に怪訝な表情をしている。
そんなまさか!
那岐さんはどう見たってお姉さんじゃないか!
若すぎるのも程々にしてほしいよ!!
「俺の負けって、じゃあ、もういいのかな、那岐?」
「みっちーご苦労様ね。」
「いやー、慣れない事はするもんじゃないねぇ。」
安堵の表情で腰を降ろした道真さんの肩を揉みほぐす那岐さん。
「パパ?ママ?」
「?」
なんか唐突にほのぼのーとした空気が流れ始めた。
「円っち、直っち」
那岐さんは僕たち二人に向き直り、きりっとした真面目な表情をする。
「二人ともおめでとう。」
「え?」
「君達の結婚を認めるって事だね。」
僕も、御巫さんも耳を疑った。
僕は御巫さんのお見合いを取りやめる事が目的だった。
その為の手段として僕と彼女の仲を認めて貰おうとした。
だから、頑張って恥かしい台詞で道真さんを揺さぶったさ。
あと少しという手ごたえの時に突如現れた那岐さんから結婚を認めると言われた。
えっと、意味が良くわかりません……
あれだけ反対していた道真さんもニコニコ笑っているし。
「あの結婚って、どういう事でしょうか?」
「実はね、見合いの話っていうのは嘘なんだ。いや、全部嘘って訳じゃないんだがね。」
からからと道真さんは笑って言った。
「家出同然の円っちを家に連れ戻すにはどうしたらいいか、一生懸命みっちーと考えたんだね。
それでね、まず、お見合い話があるから戻れって言うわけだね。」
那岐さんは人差し指を立てて話す。
「すると円のことだ。間違いなく反抗する。
しかも反抗するにしても、きっと恋人を連れて反抗するだろう。」
「”好きな人がいるから見合いは出来ない”って感じだね。」
なんだか解からないけどとっても嬉しそうに話をする御巫夫婦。
絶妙のコンビネーションでデュエットでも歌っているように交互に会話を進めていく。
とても、とても嫌な予感がする。
まるで僕の母さんが、悪巧みをして含み笑いをしている時に感じる嫌な予感がさ。
「で、そうなったら連れて来る男の子が気になるよね?」
「もちろん俺たちの娘の婿、義理とはいえ息子になるわけだから、俺たちも納得できる男だったら最高なわけだ。」
「でも、円っちと円っちの選んだ男の子と無理やり引き離すのも可哀想過ぎて出来ないからね。
もともと認める事を前提で、いろいろと調査を兼ねて場を設けたって訳だね。」
「じゃあ、今までのは全部お芝居……?」
まだ信じられないといった感じの御巫さん。
「すまなかったな円。
お前が家を飛び出してから俺も色々考えたんだ。那岐にも散々絞られたしな。
散々男に生まれていたら、家督が大事だ、などと家の伝統を守る事を念頭にお前と向き合ってきた。
だが、お前が家出をするほど思いつめていたなんて思いもしなかった。
俺はお前に良かれと思っていたからな。」
「円っちの期待に添えようとする努力姿勢は知ってたからね。
みっちーの教育に口を挟む事は今までしなかったんだけどね。
家出までされるんじゃあ、ちょっと黙ってられなくてね。
色々話し合って、今回のようなお芝居を考えたって事だね。」
結局僕が道真さんに言った事は間違っていたわけで、とんでもなく娘を溺愛しているがゆえの盲信だったわけか。
そして御巫夫婦は一定の時間を置き、御巫さんを呼び戻す為に一芝居うったと。
こりゃ上手く乗せられちゃったかな。
でも、まあ、家族喧嘩もこれで仲直りできた見たいだし、よかったよかった…
「じゃあ、直衛くんとは……」
「もちろん、反対なんかしないさ。お見合いも、さっきまでの反対も、全部お芝居だったから、
思い切り意地悪な親父を演じていたつもりだったけど、最後は痛い所をつかれてついムキになってしまったよ。」
「なかなか直っちも熱いよね!
駄目男なら、みっちーの最初の正論攻撃で撃沈だったね。」
からからと笑う御巫夫婦。
「やったよ、直衛くん!」
手放しで喜ぶ御巫さんは人目もはばからずに抱きついてきた。
「わわっ!」
僕はドキドキして身体が硬直してしまった。
なにせ女の子に、それも御巫さんみたいに可愛い子に抱きつかれたら誰でもそうなるさ。
何とか御巫さんの様子を見ると余りの嬉しさに涙目になっている。
そんなに喜んでもらえると僕も嬉しい。よかった、本当に協力してよかった、文句なしの大団円さ。
「さあて、じゃあ、式の日取りをこのまま決めにかかりますかね。」
「……式って?」
まだ僕に抱きついている御巫さん越しに那岐さんに問い掛ける。
「だから、結婚式。」
そ、そうだったーーー!!
さっきも結婚の文字が引っかかってたんだった!
「ちょ、ちょっと待ってください!結婚式ってなんですか!」
「もちろん直っちと円っちの結婚式のことだね。」
「ええーーー!?」
やっぱり聞き間違えでも誤解でもなかった……
「け、結婚式って僕たちまだ高校生ですよ?!」
「ああ、知ってるさ。君は円と同級生だからね。」
「僕はまだ18歳じゃありませんから結婚できないんですよ?!」
「婚姻届は出せないけど、結婚式をするだけなら年齢は関係ないからね。」
ああ、なんて物分りのいいご両親なんだ。
「た、確かに式は挙げれるかもしれませんけど……でも……」
僕は何とか理由を見つけて食い下がろうとした。
そりゃ御巫さんは可愛くて、僕を好きだと言ってくれてるけど、結婚だなんてちょっと話が飛びすぎだよ!
「その…ほら!僕の両親にも報告しないといけませんしっ!」
と僕が言った時、突然テーブルの上にポンッと小さな爆発が起り、煙がもうもうと立ち上がった。
「その必要は……無いわよぉ!!」
煙が晴れたそこにはチャイナドレスに身を包んだ母さんが立っていた。
「な、な、なんで母さんがここで登場するんだ?!」
っていうかチャイナドレスって何?!
じゃなくて、どうやってイリュージョンみたいに現れたのさ!
僕はツッコミどころ満載のマイマザーを睨みつける。
「話は全部聞かせてもらったわ。円ちゃんと結婚なさい。これは母親命令よ!」
ウインク一つしてズビシと指を突きつけられた。
「あーら円ちゃん、これで私の事、お母さんって呼んで貰えるわねー。」
しゅたっと軽い身のこなしで床に降り立つと御巫さんの手を取ってぴょンぴょン飛び跳ねて喜んでる。
「母親命令って……あんた何も考えてないだろ!」
面白がってあおっているに過ぎない、深い考えなんかこれっぽっちも無いんだ。
「奈留さん、それでは、やっぱり1週間後でOKだね?」
那岐さんが必要以上に御巫さんを可愛がる母さんに親指を立てる。
「もちろんスケジュール通りで!!」
母さんも親指をぐっと立てて那岐さんへ返す。
奈留っていうのは母さんの名前だったりする。
「な、んで……那岐さん……母さんの名前を知って…るですか?」
僕の背筋に冷たい汗が一筋流れた。変な緊張感で上手く言葉が出ず、途切れてしまう。
「直衛君、済まなかった。君を騙すような事をしてしまって。」
突然道真さんが頭を下げてきた。
「なん……の、事です……?」
さらに嫌な予感は増長し、全身を駆け巡る。
「実は九鬼家と御巫家は、随分古ーい昔から…お付き合いをさせて頂いてたりするのよねぇ。」
母さんが御巫さんに頬擦りしながら、さらっと言ってのける。
「じゃあ、朝、御巫さんが来た時には……」
「実はね、直衛くん。あの時、おば様にはほとんど説明しちゃってたの……」
御巫さんが両手を合わせてゴメンネのポーズを取る。
…御巫さんもグルだった!?
「本当に、駄目な子と思っていたけど、立派に女の子を幸せにできる度量を持つまでに成ったてのねぇ。」
「ええ、直衛君は頑固親父を演じる俺に、怖気づく事無く、円への想いをびしびし訴えてくれましたから。」
「あの時の直っちは、かっこよかったね!」
「そ……そんな……」
信じられなかった、とてもじゃないが信じられる訳が無い。
僕は脱力してその場にへたり込んだ。
「それじゃあ、二人の結婚を祝して!!」
「「「ばんざーい!ばんざーい!ばんざーい!」」」
盛り上がる大人3人は万歳三唱なんかしている。
そりゃ御巫さんのことは好きだけど、結婚だって?この年で?
それに一週間後に挙式だって?
御巫家と九鬼家が旧知の仲で、結婚の話を纏める為にこんな手の込んだ事を?
舞台設定にお芝居…僕が?御巫家が?どっちも?
さ、最初から知ってた?え?どこからどこまでを?
解からない………何も解からない………
「末永くよろしくね、ボクの旦那様。」
ハートマークが見えるくらい御満悦の御巫さんが僕に抱きついてきた。
柔らかく、暖かい御巫さんの幸せな感触を味わうも、混乱して意気消沈した僕の目の前は真っ暗になり、どんどんと気が遠くなっていった。




