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悲劇のアイドル 其の1

学校の校舎を出ると黒塗りのリムジンが出迎えていた。

御巫さんが連絡を入れていたらしい。

それに乗り込んで連れられたのが御巫さんの実家。


「で、でっかい……」

庭自体が出鱈目な広さをもっていて、門を潜って更に車で10分程かかった。

目の前には西洋貴族が住むような洋館が聳え立っていた。

「ふふっ部屋数だけで50室はあるんだよ?」

「50!?」

自宅に50も部屋があるなんて想像できない。

温泉民宿旅館やカプセルホテルみたいな小さな部屋が並べられてるわけではないんだろう?

たぶん一つ一つの部屋がスイートルームみたいな感じなのかも……

っきゃぁぁ!物知らない僕には陳腐な表現しかできないほど豪勢すぎるのさ!!

御巫さんに導かれるがままに館の中へ足を踏み入れる。

「うわー本当にこうなんだ……」

広いロビー一面に踏みしめると程よい弾力で沈んで押し戻すふかふかの紅い絨毯。

真ん中に大きな階段があって突き当たりで左右に分かれている。

「お帰りなさいませ、お嬢様。」

大きな扉の右側で、黒い正装の男性が頭を下げて出迎える。

続けてその男性の左横に並ぶ3人のメイドさんが無言で頭を下げる。

「久しぶりだねボル、元気そうでなにより。愛名さん、舞名さん、美名さんただいま。」

御巫さんが一人一人の顔を見ながら挨拶をする。

その光景を見て、彼女が”御曹司”である事の実感が急に湧いてくる。

「旧家ってだけ聞いてたけど、もしかして御巫さんってお金持ちのお嬢様だったりする?」

声を潜めて聞いてみる。

「裕福な方だと思うけど、ボクはこういうのあんまり好きじゃないんだ。

直衛くんの家みたいな方が落ち着けて好きだよ。」

「そ、そう……?」

御巫さんに下の名前で呼ばれるのは、なんだかくすぐったい。

一応恋人同士なんだからと、他の人の前ではお互い下の名前で呼ぶように打ち合わせている。

この提案は僕からしたものだけど、御巫さんはそりゃ凄い喜び様で、何十回も名前を連呼していた。

はずかしくて、くすぐったくて、でもうれしかったり、複雑な気分だった。

ゆったりと微笑む御巫さんの後を物珍しそうにキョロキョロしながら、カルガモのように追いていく。

階段には上らず、ロビーの右手にある大きな扉の備えてある部屋に入る。

恋人の”ご両親に逢う”という緊張感が急激に増してゆく。

扉を開けて中に入る。しかし、そこには誰もいなかった。

ビリヤード台が余裕で3つ直列できるほどの長方形の部屋は家具も何も無く、

壁に絵画が等間隔に掛けられており、真正面に扉があるだけだった。

もしかしてこれって部屋じゃなくて回廊ってやつですか?

ここの広さだけで僕の部屋より広いのに……お金持ちの建築概念はわからないなあ。

そのまま進み扉の前で御巫さんは立ち止まる。

「ここが食堂になっているんだよ。」

扉を開けると左右に長く伸びた机が目に入ってくる。

白いテーブルクロスはその辺のカーテンよりも長いだろう、

その上にブーケ入りの篭と三又の蜀台が幾つも配置されている。

上を見上げると小さめのシャンデリアが三つほど等間隔に設置されていた。

「両親を呼んでくるから、ちょっとだけここで座って待ってて。」

御巫さんはそう言うと入ってきた扉とは正反対に設置された扉へと姿を消した。

御巫さんが居なくなってから5分ほど過ぎた頃、僕が入ってきた扉から一人の女性が入ってきた。

「あれ……あんた誰かね?」

まるでバーテンダーのような、白いシャツに黒い蝶ネクタイ、黒いストレートパンツを身に纏った女性は、

薄らと紅いルージュをひいた口に禁煙パイポを咥えたまま僕を見る。

御巫さんを腰までロングヘアにして20代後半に成長したような雰囲気をもっている。

あと数年すると御巫さんもこんな風に成長するのかな。

これだけ良く似ているのだとすると、この人は御巫さんのお姉さんなのかも知れない。

「僕は円さんの同級生で九鬼直衛といいます。」

席から立ち上がり軽く会釈をする。

これからお見合いを破談させるのに、家族の一人に悪い印象を与えるのは得策じゃない。

「へえ、円っちの同級生……ふーん。あの娘が友達つれてくるなんて久しぶりだね。」

女性は僕に近づくなり正面左右から値踏みするかのように観察される。

「ちょっと頼りなさ気だけど、優しそうでは有るね。

でもなんか、こう、母性本能がくすぐられるっていうのかね、

放って置けない危うさなんかも醸し出してて堪らないね、これはそそられるね。」

一通り観察が終わった感想がこれ。

なんだか妖しげな単語がならんでいる。

「あ、あの、失礼ですが、円さんのお姉さんですか?」

黙っているのが辛くなってきたのでとりあえず会話で気を紛らわそう。

「あたしが円っちのお姉さんだって?」

女性は目を丸くする。

あれ?もしかして間違っていたのかな?

「間違いましたか?」

しかし、すぐに妖艶な笑みを浮かべる。

「いやいや、お姉さんで結構。自己紹介がまだだったね。

あたしは那岐ナギ。よろしく直っち。」

那岐さんはそう言うと右手を差し出してきた。

握手を求められているのだと直感したのでその手を握り返した。

「なおっち?」

そして聞き覚えの無い呼ばれ方を口にした。

「そう、あだ名だね。どうも呼び捨てや敬称なんか苦手でね。

よーーっぽどの事が無い限り、知り合いはあだ名で呼ぶ事にしてるんだよね。」

「そうなんですか……なんか変な感じですね、あだ名で呼ばれるのって初めてだから。」

「へぇ、小学校とかで付けられなかったんだね。」

「はい。苗字か名前か……どっちかで呼ばれるだけでした。」

「ふーん。じゃあ初体験だね?」

「しょ、しょたいけん!?」

言葉の意味は有っているけど、僕らのお年頃にはどうしても瞬間的にHな響きに聞えてしまうのさ。

ましてこんな美人のお姉さんに発言されるとちょっとどぎまぎしてしまう。

「いいね、いいね、初々しいね!もー直っち本当に可愛いねー。」

「ちょ、ちょっとなん……ぎゅむぇ!?」

今まで握っていた右手をぐいっと引き込まれ、そのまま那岐さんの胸に抱かれる。

「うわあ、抱き心地も満点だね、堪らないね、こりゃ専用に欲しいね!」

がっちりと頭を抱え込まれ、ぎゅうぎゅうと締め付けられる。

那岐さんの大きな胸に顔を埋めている感触が妙に意識を乗っ取ろうとしているが、

身体機能的には酸素を求めてもがき足掻けと強制指示を出す。

後ろに下がろうとしても、細い腕なのにどうしても振りほどけない。

延髄を両腕で抱え込まれているみたいで下に頭を下げてもびくともしない。

仕方が無いので上に押し上げてみた。

「っあん!」

すると突然那岐さんが甘い声を上げる。

「!?」

瞬間、僕の動きは停止する。

ぞくぞくと背筋を毛虫が這い上がるような感触が襲う。

「んふふ、ちょっと感じちゃったね。」

なんて嬉しそうに言ってのける。

急激に顔が熱くなるのがわかる。

「ふ、ふみまふぇん、ふぁなひぃてふだふぁい!」

 訳:す、すみません、離して下さい!

「あらら、ゴメンね。つい、抱き締めちゃってたんだよね。」

「ふぅはっ!」

開放してもらうと同時に大きく深呼吸。

苦しかった……だけど気持ちよかった……

「直っち、あんた凄く気に入っちゃった、円っちに飽きたらあたしに乗り換えしてよね。」

「の、乗り換えなんてしません!」

きっと冗談、だけど、御巫さん似の美人に言われるとついドキドキする。

「あっはは!それじゃあたしは行かなきゃね。またね直っち!」

那岐さんは手をひらひらさせながら御巫さんの入った扉とは別の扉へと消えていってしまった。

「はぁぁぁぁぁ………………」

扉が閉まるのを確認すると崩れるように椅子に座った。

どっと疲れた。

御巫さんのお姉さんの那岐さんか……手玉に取られっぱなしだった。

あれが大人の余裕って奴なのだろうか?ただあたふたしてるばかりだった。

きっと弟を可愛がるみたいな感じなのだろう……

それが自然な考えだと思うけど、なんだろうこの理解できない敗北感は……

「……はっ!?いかんいかん!」

こんな事でどうするのさ!

これから御巫さんの両親と会ってお見合いを中止させるんだぞ!

すっかり忘れちゃってたよ。

「だけど、那岐さんはこっち側についたはずさ。」

自己紹介から予想だにしない展開だったけど、家族の一人を、

那岐さんを味方にはつけたと思って間違いない。

話し合いの場に那岐さんが立ち会うかは判らないけど、

今日が駄目だったと場合、次回の時には援護射撃を頼む事ができるのさ。

僕は冷静さを取り戻そうと深呼吸を繰り返した。

さて、御巫さんのお姉さん……那岐さんは明るい人だった。

御巫さんのお父さんとお母さんも同じように明るい人なのだろうか。

御巫さんは話せばわかる人だと言っていたっけ。

でも、頑固で豪胆な人だったら気後れしちゃうかも……

いやいや、弱気は付け込まれるだけさ!

僕は頬を掌で叩いて気を引き締めた。

初顔合わせで娘を任せるなんて言う父親なんか居ないと思え!

お見合い相手はきっとお父さん好みのヤツに違いない。

最初から不利なのはわかりきった事実なんだ。

少しずつ印象を良くして貰うんだ、どうせこれ以上悪い印象はないさ。

次回に繋げるように話を運ぶんだ。

僕は娘を嫁にやる頑固親父をあれこれ想像しながら再び御巫さんが帰ってくるのを待ち続けた。


待つ事30分、ノックが3回鳴って扉が開いた。

「ゴメンね、お待たせしちゃって。」

両手を合わせて謝りながら入ってくる御巫さん。

その姿は男子用の学生服ではなく黒いフリルのついた膝下までのドレス姿だった。

「……………………」

たしかに御巫さんは可愛い。

男子生徒だと思っていた時からそう思えたほどだ。

だがしかし、いざこうして、いかにも、というか、まんまドレスなんて着られたら、

もう、直球勝負のストライクでホームランを空振りって気分なのさ!

何の事だかさっぱりだけど、こうやって取り乱す程、まさしく女の子で、そして凄く綺麗だった。

「な、何か変……だった?」

スカートを軽くつまんでその場で自分の格好を右左と確かめる。

「ぶんぶん、変だ何てとんでもない!とっても似合ってるんで見とれてただけさ!」

僕のストレートな物言いにポッと赤面する御巫さん。

「や、やだな、そう言われると恥ずかしいよ。」

か、可愛いすぎる。何度も何度も思わされるほどこの人は可愛らしい。

本当に、演技じゃなくて彼女と恋人になれたら薔薇色の人生なんだろうな。

「ま、間も無く両親が到着するから、もう少しだけ待ってね。」

そういうと小走りで僕の隣に来て椅子に腰掛けた。

「ふふふ。」

微笑みかけられたので、僕も微笑み返した。

にこにこと、はにかんでいる御巫さんは、なんか、ずっと観ていても飽きない。

そうして二人で微笑みあっていると、御巫さんが入ってきた同じ扉が開いた。

「待たせた。」

入ってきたのは茶のスーツに身を包んだ細身の男性だった。

扉を締めるとそこで立ち止まり僕を睨見つける。

太い眉が釣り上がり、眉間に皺が寄っている。

これが御巫さんのお父さん……

御巫さんや那岐さんという二人の娘さんがいるとは思えない、

30歳といっても通じるほど若くみえる。

居た堪れなくなったのと挨拶の為に立ち上がって会釈をする。

むすっとした表情のまま対面の席へ腰掛けるお父さん。

「………………」

真正面に座るお父さんは僕を値踏みするように睨み付けている。

僕も腰を降ろして見据える。

ここでおどおどしたり、下向いて俯いたりしてはいけない。

もっと威風堂々とした態度をとるんだ!

「これがボクのパパで、道真ミチザネ。そして、彼が……」

「よく戻ったな円……」

御巫さんが紹介をしていたところ、道真さんの低い声の一言が割ってはいる。

「見合いの顔見せは二日後だ。それから、転校の手続きも数日で終わるだろう。」

「パ、パパ!?それは断るって言ってるでしょう!」

御巫さんがテーブルを叩いて反論する。

「今までお前の我儘に、散々目を瞑ってやっていただろう。だが、これ以上は、駄目だ。」

僕を置いて二人は徐々にヒートアップしていく。

「確かに今までのは我儘だったかもしれない、けれど、お見合いだなんておかしいよ!

まだ高校生なのに早すぎると思わないの!?」

「何も早くもおかしくは無い。この国では、女子は16から婚姻を結べるよう法に定められている。」

「そんなに結婚させたいなら、ボクはここにいる直衛くんと結婚する!」

しかも結婚するとか御巫さんは宣言しちゃったし……

たしか恋人がいるから──とかで乗り切るはずだったんじゃ……

たぶん売り言葉に買い言葉ってやつで御巫さんも勢いで言っちゃったんだろうさ。

「何だと?」

さっきの倍の威圧感を持った視線で僕を貫く。

御巫さんと話しているときより半音下がった声で話し掛けられた。

「申し遅れました、円さんとお付き合いさせて頂いてます、九鬼直衛と言います。」

道真さんが言葉を続ける前に自己紹介を言い切る。

この人はその威圧感から会話の主導権を握り、

自分の要求をスムーズに飲ませるように会話を進める手腕があるみたい。

理詰めや感情論では適わないかも……

あくまで冷静に、会話の流れの主導権を掌握されないようにしなければ。

「貴様の名など、どうでもいい。

どうせ、娘にそそのかされて破談の手伝いをしているだけなのだろう?

幾ら欲しいんだ?いまなら望みのまま与えてやる。」

ああ、テレビで良く見る”金持ち頑固親父”らしいセリフが出てきた。

これは、御巫さんが怒っちゃうんだろうなぁ……

「お金の問題じゃない!直衛くんを侮辱しないでよ!!」

やっぱり……でも、そんな御巫さんの怒る姿が僕には嬉しかったりするのさ。

「望みのまま頂ける、と言うのでしたら僕は円さんを望みます。それ以外は必要ありません。」

御巫さんを手で制して出来るだけ冷静に、声を上ずらせたりしない、あたかも自信満々のように言う。

「直衛くん……」

御巫さんを見ると、どうやらさっきのセリフに感激を受けたみたいだ。

目尻にほんのり浮かばせた涙と、嬉しさ爆発の笑顔がとても可愛らしい。

「……………………」

道真さんに向き直ると、今まで感じた事が無いくらいの威圧感……

いや、殺気といってもいい視線で僕を睨みつける。

まるで視線だけで殺されそうな気持ちになってくる。

しかし、ここが正念場さ。

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