TOMORROW BLUES 其の1
意識がぼんやりと覚醒を始めた。
身体は気だるく、目もまだ開くことが出来そうに無い。
「んぅ……?」
いつもと違い隣に人の気配が感じられたので目を開けて見た。
目と鼻の先に御巫くんの顔があった。
昨日の今日だから夢でも見ているのか、なんてぼうっとしている。
「おはよう」
呼吸をするたびに微かに息が触れ合う距離。
いい匂いがする……
「っっっ!?」
驚きすぎて声も出ない。
「ななななな」
思考回路がうまく作動しない。
「なななな?」
御巫くんは艶のある表情で可愛く首をかしげる。
「何で?!どうして御巫くんがここにいるの!!」
「どうしてって・・・君を起しに来たんだよ?」
甘く囁く様に、その度に息が首筋を掠める。
「!☆※◇▽§[∀°ξ!?☆!!?!σ(□¨)ゞ?!??」
僕はベッドから跳ね起き、驚くほどのスピードで逃げ出した。
ドアを開け放ち、階段を数段飛ばして降りる。
「おはよう。今日は早起き出来たわね。」
「かかか、母さん!!」
勢い良くリビングに突入した僕にソファに座ってのんびりお茶をしていた母さんが朝の挨拶をする。
「朝のご挨拶は?」
「そ、それより、僕の部屋に…!?」
「あ・さ・の・ご・あ・い・さ・つ・は??」
「あいーーっ!!おはようございますおはようございますぅぅぅ!」
どういう動きなのか全然視覚不能な動作で僕の背後に回りこみ、こめかみを拳でグリグリしてくる。
万力で締め上げられ、そのまま捻られるような激しい衝撃に、あれだけ慌てていたのに、堪らず情けない悲鳴をあげて挨拶をしてしまう。
うちの主婦はなぜか運動能力が抜群で、高校生にもなって、母親に頭の上がらない毎日が続いている。
伝え聞くところによると、他の家庭のお母様方とはずいぶんと性能が違うらしい……。
「よろしい。でも、挨拶は1度で充分よ。」
手を離されるとどしんと尻餅をついた。
どうやらグリグリされながら数cm持ち上げられていたようだ。
なんて母親だ…見かけは普通の主婦で、特にジム通いしているわけでもないのに…。
目で追えない俊敏さと、高校男子を持ち上げる怪力……本当に主婦なのかと疑うこと毎日。
「それで、慌ててどうしたの?」
母さんはリビングのソファに座りなおし、落ち着いた様子で聞いてくる。
「そ、そうなんだ!僕の部屋に御巫くんが居たんだ!!」
「あら、円ちゃん、ご苦労様。上手に起せたみたいね。」
僕の台詞を意に介さず、うふふと可笑しいそうに言う。
「はい、おば様のアドバイスのおかげです。」
振り向くと後ろには御巫くんが微笑んで立っていた。
「なっ?!えっ?」
僕は母さんと御巫くんを交互に見やる。
二人とも怪しく微笑みあっている。
「ま、まさか……」
「私が円ちゃんに頼んだのよ。」
「な、なんでそんな事っ!?いや、そもそもなんで御巫くんが家に居るのさ!」
ポッと頬を赤く染める御巫くんは見た目が良いだけに洒落になれない。
「そこっ!赤くなって照れないの!!」
母さんの容赦無いチョップがずびしと音を立てて脳天に直撃する。
「くっおおおぉぉぉっ……」
脳は横揺れに弱く、縦揺れに強いという。しかし母さんのチョップにその理屈は当てはまらないようだ。あまりの衝撃にしゃがみ込んで頭を抑える。
「もうっ、朝から騒がしい子ね。」
「くすくす。」
「ほら見なさい、円ちゃんに笑われてるじゃないの。」
「何、拗ねてるのか…もう直ぐ40にもなるオバサンが可愛くもない。」
そう呟いた次の瞬間、ぶわっと空気の固まりが斜め下からぶつかったような風を感じた。
さらにそれを感じるや否や視界は天井を捉えており、下あごを突き上げる衝撃が僕を襲う。
どうやら母さん十八番の”コークスクリュウアッパー”をお見舞いされたようだ。
ぼそりと呟いたつもりがしっかり聞こえていたのだ。
それにしても、脳天チョップを食らって頭を押さえてしゃがみ込んでいた僕に、どうやったら下からアッパーを叩きこめるのか?恐いので想像することさえ拒絶しておこう……
などと悠長に思いながらもそのまま僕は気を失っていった。
数分後、目を覚ましたところで、とりあえず朝御飯を食べる事に。
テーブルに並べられたのは僕と御巫くんの二人分だ。
「さあ、召し上がれ。」
ほかほかご飯と厚焼き玉子に味付け海苔と刻んだお揚げ入りのお味噌汁。
メインは鯵のひらき。純正和風朝食だね。
「ふう。朝から身が持たないよ。もう少し手加減してほしいよね。」
みりんと砂糖をホンの少量加えてほんのり甘めに味付けした厚焼き玉子を頬張りながら不満を呟く。
「馬鹿な子ねぇ。お母さんが本気でやったら、貴方瞬殺よ?」
もともと無い目を更に糸の様に細めて微笑んでいる。
世間一般の母親ってこんな台詞を息子に言いましたっけ?
「おば様、このお味噌汁、凄く美味しいです。」
「あら、そう?うれしいわ。でも、私の事はお母さんって呼んでも良いのよ?」
「ぶふーーーーっ!」
僕は思わず噴出してしまった。
「あらあら行儀の悪い子ね。」
「い、い、い……」
「イカの塩辛?残念、品切れよ。」
「違ーーーう!」
僕は声を荒げ立ちあがる。
二人はきょとんとして僕を見ている。
よし、今だ、今しかない、ここでタイミングを逃せばなし崩しに悪い方向へ事が運ばれていくんだ。
「そもそも、なんで家に御巫くんが居るのか理由を聞かせてよ!」
よし、言い切った!単刀直入、単純明快な質問だよ。
「なぜって……学校へ行くのに迎に来てくれたのよねえ?」
「はい。迎えに来ました。」
まるで用意されていたかのようにすらすらと答えられる。
「……何で部屋に御巫くんがいたのさ!」
「起こしてもらうように頼んだからよねえ?」
「はい。頼まれました。」
コンビネーションの良さに一抹の不安を感じる。
「じゃ、じゃあ、なんでベッドの中に居るのさ!!」
「そうやって起すと直ぐ目がさめるって教えてあげたから。」
「はい。教えてもらいました。」
母さん、やっぱりあんたかああああああ!!
「あら、お陰でパッチリ目が醒めたでしょ?」
良かったでしょ?なんてさらりと言ってのける。
「くっぅぅぅ……はぁぁぁぁ……」
暴れ出したいのを我慢して深く息を吐き出す。
「ほんと、心臓に悪いから勘弁してよぉ……」
「だって、ねぇ?うふふ。」
「はい。くすくす。」
二人して思い出し笑いあう。
「な、なんで笑うのさ…」
「母親の私が言うのも何だけど、可愛いかったでしょう?寝・が・お。」
「はい。とても愛くるしかったです。」
とんでもない言葉を御巫くんは即答する。
「な、なんなんなんなん!」
羞恥から来る震えに呂律が回らない。
「何勝手に人の寝顔見てんのさっ!!」
僕は顔を真っ赤にしていた。
「まあまあ、この子ったら、誉められてるのに怒り出しちゃって。」
「恥ずかしがる事は無いよ。誰が見ても君の寝顔は愛らしいと誉めてくれるさ。」
な、何を言ってるんだこの二人は……
一体何故こんな状況にいるんだ。
「っっとにかく!もう、学校行くからね!!」
朝食もそこそこに二人を置き去りに自分の部屋に戻った。
リビングを出るとき、
「何であんなに怒ってるのかしら……しょうがない子ねぇ。」
などといぶかしがる母さんの声が聞こえてきた。
誰のせいだと思ってるんだ!
「まったく、何で急に友人とはいえ、初対面の御巫くんを家に上げて、
よりによってあんな起し方を教えるかな!御巫くんも御巫くんだよ!
男同士なのに変じゃない……か……」
ソコまで独白をしてふと思い出した。
僕は昨日、放課後の教室で彼に告白されていたんだ。
あの時のワンシーンが脳裏に浮かぶ。
またも、急に顔が熱くなってきたので、急いで自分の部屋に飛びこみドアを閉める。
「なんで、こんなに意識しなきゃならないんだ!」
僕は正常なんだ……御巫くんは男の子、御巫くんは男の子、御巫くんは男の子………
よし、僕は正常な男子で、御巫くんは男の子!
きっと昨日のは何かの冗談か、夢に違いない!
今家に来ているって事は夢じゃない、きっと昨日の冗談を続けているんだ。
母さんも一緒になって息子の慌て振りに頬を緩めているに違いない。
ありえるさ……あの母さんなら絶対ありえるさ!
落ち着くんだ……冷静になるんだ。
慌てたり驚いたりすると相手の思う壺だ……
「まずはパジャマのままじゃ、外に逃げる事も出来ない。
きっと学校じゃ御巫くんも普段通りに行動するはずだし。
とりあえず着替えて、学校へ避難しよう。」
そう決めると直にパジャマを脱ぎ捨て、制服に袖を通し始めた。
「あれ?パジャマなんて着て寝てたっけ?」
脱ぎ捨てたパジャマに何となく疑問を感じた……けど、それど所じゃない。
黒い夏用ズボンを履いたら完成。
さあ、あとは脱出タイミングを上手く掴むだけだ!
自室から、階段をおりて、リビング入り口で様子をうかがってみる。
母さんと御巫くんはなにやら談笑しているようだ。
確か初対面のはずなのに、なんであんなに仲がいいんだろ。
気が合う……のかな?
とにかく、今ならイケル!
僕は数回深呼吸して、大きく息を吸い込んで限界近くで止める。
自分の中でカウントダウンを始め、クラウチングスタート。
「学校に行ってきます!」
そう大きめの声で言い残すと、ドアを開け放ち、玄関を抜け、全力疾走し続けた。
二人ともどうやら追いかけてくる様子はないようだった。
それでも気が抜けない不安感があったので、学校まで最短距離をマラソンで攻略した。
校舎の2階にある自分の教室の席で息つく。
「ぜぇぜぇぜぇ……」
流石に準備運動無しでのマラソンは疲れる。
机に突っ伏して犬がそうするように舌までだして短く呼吸を繰り返していた。
御巫くんのクラスは隣だから、とりあえず授業中は顔を合わさなくていい。
この空間だけは変な状況にならないんだとほっと安心していた。
今は8時30分か……45分からホームルームが始まるまでのんびり寝転んでいることにしよう。
そうして、午前中は平穏無事に過ぎていった。




