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眠れぬ森の美女

「……ぐ……ぶはっ!?」

勢い良く布団から顔をあげる。

「はぁ……はぁ……はぁ…………?」

あたりを見渡しても誰も居ない。いつもの自分の部屋だった。

御巫くんはもちろん母さんも居ない。

「なぁんだ夢かぁ……」

ほっとした。

と、同時にぞくぞくと寒気がした。

「うわっ……寒っ……」

状況を確かめてみるとクーラーがガンガンきいた部屋で下着姿で寝ていた。

「こりゃ寒いわけさ……」

苦笑いしながら急いでパジャマを着込んだ。

時間を確認すると夜の7時過ぎ。もう晩御飯の時間だ。

机の上においてあった飲みかけのぬるくなった麦茶をぐいっと飲み干し、キッチンへと降りていった。

すると母さんの姿はどこにもなかった。

食事の用意もされていない、家には僕一人だけのようだ。

「めずらしいな、こんな時間まで母さんが家をあけるなんて……」

そう思ったそのとき、玄関のドアが開く音がきこえてきた。

「あらあら、すっかりおそくなっちゃったわね。」

母さんは一人呟きながら買い物をしてきたのだろう、ビニール袋片手にキッチンへ入ってきた。

「おかえり。」

「ただいま~。晩御飯はちょっとまってね、これからゴージャスに作るから!」

普通の挨拶に対してなにやら高いテンションで返事が返ってきた。

「な、なにかいいことでもあったの?」

こういうときの母さんには一抹の不安を覚える。

「ふふふ。ちょっとね。さぁて!早速お赤飯の準備にかかりますかぁ!!」

更に急速にテンションを上げていく母さん。

小豆をざるに取り出し流水で高速に研ぎ始めた。

(な、なんで赤飯を生の小豆から!?なんて気合の入り方だよ……)

こうして一人上機嫌で夕飯の準備をする母さんを、遠巻きにみながら時間は過ぎていった。


「さあ、たんと食べなさい!」

あれから二時間たった。

出来上がった料理が所狭しとテーブルに並べられている。

最初に気合を入れていた赤飯、骨付き鶏もも肉の焼き鳥に、鯛の尾頭付き煮つけ、ショウロンポウにギョウザ、チンジャオロースー、クリームシチューにポテトサラダ、シーザーサラダと、和洋中の料理がならべられた。

どれも僕の好物ではあるけど……

「なにこれ?」

今日は誕生日でも何かの記念日でもないはずだ。

「ふふふ。べつにいいじゃない。うふふふ」

「年甲斐もなく微笑んだって可愛くもなんともな……」

微笑を崩さない母さんの容赦無いチョップがずびしと音を立てて脳天に直撃する。

「くっぉぉぉぉぉぉっ」

台詞を最後まで言うことなく、轟沈する。

「まあ、何も知らないあんたが訝しがるのは判らないでもないけど、

別に知らなくてもいいじゃない、おいしいものがお腹一杯たべられるんだから。」

その理屈は納得できるけど、理由を知っているのに話さない母さんの態度には納得できない。

「なんで、今おしえてくれないの?」

「明日の方が絶対おもしろいからよっ!うふふふふふふ!」

(……悪魔……)

結局僕は母さんの思惑通り何も知らされないまま、二人にしては量の多い夕飯を取ることになった。


「うく……好物ばかりだからって無理して食べ過ぎちゃったな……」

食事もおわり、ぱつんぱつんになったお腹をさすりながら自室へ戻ってきた。

「絶対なにか企んでいるのに、予想すらつけることができない……

これじゃあ対策も何もあったもんじゃない……

不安は豪快に残るけど、流れに身をまかすしかないか……」

ベッドに倒れこんで、今日の母さんの態度からいろいろあれこれ想像はしてみるものの、結局決め手になるようなものは思いつかなかった。

「本当に今日はいったいぜんたいなんだっていうだ……」

一人つぶやいて、今日一日を思い出していた。

確かに御巫くんに告白されたんだ。

そして返事を保留のまま家に帰ってきて、変な夢を二種類立て続けに見た。

おぼろげながらに覚えている。

どちらも御巫くんが僕に告白した理由を教えてくれるんだ。

それがありえないくらいとんでもない話だった……はず。

だけど、結局はそんなとんでもない話を信じて、受け入れた……と思う。

断片的に蘇る場面のほとんどは真剣な表情の御巫くんだ。

あとは、とびきり可愛い笑顔……

「駄目だぁ……だいぶ参ってる証拠かな。

確かに御巫くんは同姓からみても”美人”だけど、それにトキメクなんて……」

枕に顔を埋めて考えを否定する。

だけど、やっぱり、引っかかるキモチの正体が判らない。

結局ずっと考えていたら、満腹のためか、思考に疲れたのか、

そのまますぐに深い眠りに落ちていった。


朝ごはん。

それは睡眠時から身体を覚醒させるためのエネルギーと刺激をあたえるもの。

やっぱり、毎日ちゃんと朝ごはんは食べなきゃ駄目だよね。

本日テーブルにならんでいるのは、

カリカリトーストとスクランブルエッグにクルトン入りのポタージュスープ。

サラダにはニンジンとセロリのスティックを。

昨日の夕飯とは打って変わって従来どおりの普通のメニューでほっとした。

うむ。完璧な洋風ブレックファーストだね!

「なんか、こうして何の問題なく朝食を食べてると安心するよね。」

スクランブルエッグをトーストに乗せ、少量のケチャップをかけて噛り付く。

母さんはにこにこしながら僕が食べているのを見ている。

「な、なんでそんなににっこにこなのさ?昨日の晩御飯もゴージャスだったしさ……」

「ふふふ。あんたは何も心配しなくていーのよ。」

怪しい……おもいっきり怪しい。

どうせ問い詰めても教えてはくれないんだ。

なんとなく、家に居ることがまずい気がしてきた。

ここは早く学校へ逃げたほうがよさそうだ。

「ごちそうさま。」

スティックをぼりぼり口に詰め込みスープで流し込んで、自室へもどろうと立ち上がった。

「ちょっとまちなさい。」

「え?」

呼び止められて、足を止めた。

「今日は学校に行く必要はないの。」

「……え?」

驚いて母さんに向き直った。

「あんたはここで円ちゃんを待ってるの。」

「…………ええ!?」

びっくりして母さんに詰め寄った。

「それってどういうことさ?!」

説明を求めるとしぶしぶ母さんが言うにはこれから御巫くんがやってくるらしい。

「なんだって突然……」

「突然でもなんでもないわよ?だって昨日その話を聴きに御巫家に行ってきたもの。」

「だからあんな時間に帰ってきたと……?」

「そう♪」

「ゴージャスディナーも……」

「そう♪」

「その理由を教えてくれなかったのは……」

「そう♪」

「なんだそりゃあああああああああああああ!?

母さんいったい何の話をしてきたのさっ!!」


テーブルに着きなおしてじっくり話しを聞くことにした。

「んーぶっちゃけていうと~、O・M・I・A・E・・・つまりお見合え!」

「…………お見合えって御巫くんと?」

母さんのぶっちゃけ具合にただ唖然とするしかなかった。

「そうよ。と、言ってもねぇ~……」

急にニヤニヤと笑う母さん。

「昨日すでに円ちゃんから愛の告白されちゃってるんだから、厳密にはお見合いする意味は無いんだけど!」

「なっ、なんでその事を知ってるのさ?!」

気恥ずかしさから顔が赤くなるのがわかる。

「あらあら、照れちゃって可愛い♪」

「~~~茶化さないでよ!何から何までちゃんと話してもらうからね!」

テーブルをバンっと叩いて照れ隠しとともに話しを本題へもどす。

すると母さんは急に真面目な表情になって話し始めた。

「では、お話しします。九鬼家長男、直衛。今から話すことを心して聞きなさい。」

「は、はい。」

突然のシリアスモードにびっくりしながらも、その雰囲気に姿勢を正して返事をしてしまった。

「この度、わが九鬼家は御巫家より正式な形で、直衛、円の婚姻願いの通達を受けました。

そして現家主代行の私が直接御巫家に赴き、この話しを受理してきました。」

「婚姻願いを受理しただって!?」

「静かに聴きなさい、話はまだ終わってません!」

冷静な母さんの声で驚き立ち上がろうとして留まった。

「受理はいたしました。しかし、御巫家の事情が事情だけに、直衛、円の両名が合意した時のみと言う条件の下です。

ですから直衛、お前が決めなさい。」

「僕が……決める……」

「そう……やっぱり結婚は相思相愛でなくっちゃね~」

急に雰囲気を丸くした母さんが微笑みながら言う。

「そりゃ、そうなんだろうけど……

って、ちょっと待って!御巫くんと結婚なんて無理だよ!」

「あら?円ちゃんの何がいけないの?素直で可愛くていい子じゃない。

あんたにはもったいない位それはそれは良く出来た子よ?」

「内面の話じゃなーい!母さんは一番大事なことを忘れてるよ!」

「一番大事なことって?」

まるで訳がわからないという表情だ。

「いいかい母さん。

御巫くんは男なんだよ?もちろん僕も男であるからして、

結婚なんてできるわけないじゃないか!」

「ああ、その事。だったら問題ないわよ。」

「なんでさ?!」

あまりにもケロっと言い放つ母さん。

「直衛、いまから言うことは嘘でも騙しでもないから、真剣によく聞きなさい。」

再びシリアスモードに切り替える母さん。

そのただ事ではないことを今から話そうとする雰囲気にゴクリと息を呑んだ。

「御巫円ちゃんはね、宇宙人なのよ。」

「………………は?」

「正確には宇宙人と地球人のハーフだけどね。」

「………………」

「何言い出すのかって顔してるわね。」

「そ、そりゃそうでしょ?!真面目な話だって前おいて、

宇宙人とかいわれたら誰だってきょとんとするさ!!」

「……まーそうよね。実際私だって始めて聞かされたときはあんたみたいな反応しちゃってたしねー」

ケラケラと笑う母さん。

でも、笑っていてもその雰囲気からは嘘でもなさそうだった。

「嘘じゃ……ないんだ……」

「そ。信じられないかもしれない。

でも、円ちゃんは宇宙人と地球人のハーフだって事実は変えられないのよ。」

そういって母さんは穏やかな口調で御巫くんの事を話してくれた。


母さんの話をまとめてみよう。

御巫くんのお母さんの那岐さんは宇宙人らしい。

那岐さんの星ではすでに宇宙旅行は当たり前になっているそうで、いろんな惑星にバカンス気分で立ち寄るらしい。

しかし、この地球には地球人が文明を築いており、

それに地球外生命体が接触することは宇宙条約で禁止されているらしい。

もちろんほとんどの宇宙人がこれに従っている。

また、正直な話、下等で原始的な地球人に興味をもつ者は少ないらしい。

しかし、那岐さんはかなり知的好奇心が旺盛で、地球にもぐりこんで生活まで始めちゃったらしい。

そしてその中で御巫くんのお父さんである道真さんに出会った。

那岐さんの一目惚れだったらしい。

そうして熱烈なアプローチの末、ゴールイン。

道真さんは那岐さんが宇宙人だという話も納得済みで結婚したそうだ。

そして二人の間に生まれたのが御巫円くんだった。

御巫家は幸せに、御巫くんはすくすくと成長していった。

だけど、一つだけ問題があった。

それは宇宙人である那岐さんの体質が御巫くんにも遺伝されていたことだった。

那岐さんの一族は雌雄同体とも言うべき特異体質で、ある方法によって性別を変化させることが出来るらしい。

その方法とは対象者のDNAを自らの粘膜より取り込み、対象者と逆の性別になる、というものだった。

簡単な言い方をすると男とキスをすると女になり、女とキスをすると男になるんだそうだ。

しかしながら、この方法で変化できるのは一度限り。

それも成熟期とよばれるある年齢に達した短い期間のみ。

成熟期を過ぎると性別は固定され、体質は改善されてしまう。

そして御巫くんは今まさに成熟期の年齢に達している最中らしい。

そして性別決定の為に御巫くんは僕を選んで告白してきた。

更には家同士で知り合いということもあり、正式に結婚を前提としたお付き合いという話がでた。


「そういうこと。」

母さんは満足そうな笑みを浮かべて頷いた。

「理由は納得したけど、さすがに”男の子”の御巫くんが女の子になるなんて、ちょっとすぐには信じられないなぁ……」

「それは実際にキスしたら目の前ではっきりするわよ。」

まったく人事だとおもってケラケラ笑ってくれちゃってさ。

「……一つ聞いていい?」

「ん?なに?まだ何か聞きたいことあるの?」

「今までの流れっていうのは僕が御巫くんを拒むことがまるで計算に入ってない気がする。」

たった今真実を聞かされたわけだけど、婚姻だの何だのって話し自体は、昨日すでに固まってしまっている。

僕はまだ御巫くんに返事をしていないにも関わらず…………

「ああ、なるほど、その事ね。

そう思うのはあんたが円ちゃんを拒まないって判ったから。

御巫家に話を聞きに出向いてたんだもの。

それでも親が勝手に締めちゃったら二人の盛り上がりってのがないじゃない?

だから、あんたに決めさせて、大団円にしちゃおうと、私から提案したわけ~」

楽しくて仕方が無いって表情で話す母さん。

なんだか手のひらで踊らされているような印象を受けて腹が立つけど、母さんの台詞に引っかかった場所がある。

「拒まないって判ったって……なんで判るのさ?

告白されたことだって話してないはずでしょ。」

「んっふっふ~それはねぇ。」

「それは?」

いやな含み笑いと間をもたせる母さんに詰め寄る。

「あんたの夢を見たからさ!」

「夢……?」

「そう。あんた学校から帰ってきてからすぐに寝たでしょ?

そのとき夢を見たはずさ。それも飛び切り不思議でハチャメチャな内容のね。」

そういえば、変な夢を見た……気がする。

「あの夢はね、那岐の持ってる機械で見せた”作られた夢”だった訳。」

「……はあ?」

「その機械は見せたい夢の情報を入力すると、アラ不思議、その通りのリアルシチュエーションで夢を見せる事が出来ちゃうのよ。

しかもその夢は全部じゃないけど、機械を通して他人が見ることもできちゃうのよねー。」

「そ、それはつまり……僕の……ちょっ……あ…………ええ?」

母さんたちが変な機械で僕に夢をみせた?

その僕が見た夢が母さんに見られていた?

あまりに突拍子もないことに混乱してきた。

「そういうこと。これは夢を見せた相手がどんな反応を示すか、チェックするための機械なんだから。

しかし、あんた意外と肝っ玉すわってるわよねぇ。

あんたの年齢で恋人の両親に真正面からタンカきっちゃうなんて……

あのときの凛々しさは思わず若い頃のお父さん思い出しちゃったわ……」

っきゃあああああああああ!!

あのときの夢の記憶が急に鮮明に思い出されてきた。

あ、あんなのを見られてたなんて、死ぬほど恥ずかしいったらありゃしない!

「あ、あうあう……」

もう言葉もでてこない状態になってしまった。

パニくっている僕を放置して母さんはご満悦な表情で話し始めた。

「はじめの夢は円ちゃんが今まで男だったけど、女の子になったらどうなるのか?

次の夢では円ちゃんが人間じゃなかったらどうなるのか?」

母さんの台詞を聞いていて少しずつ混乱が収まってきた。

「さっきも話したけど、円ちゃんは宇宙人だっていう一般人にとっては映画みたいな真実。

この事実を話すには当然リスクがつきまとうわ。」

それはそうだろう。

UFOやUMAとか未確認で不思議な存在はいつだってマスコミや興味の対象となる。

「……そっか。だから”夢”なんだ。

もし仮に受け入れられないようなら、それこそ夢だったことにしちゃえば何の問題もないから……」

「そういうこと。でも、あんたは選んだ。

夢とはいえ自分で考え、自分で選んで答えを出したんだ。

あとは、現実で、同じように答えるだけさ。」

「で、でも…………」

「たしかに急いで答えを求めてる事は十分理解してる。

あんたがそれで悩み苦しんでいるのも承知の上さ。

それでも、あんたは円ちゃんの真剣な思いを受け止めたはずさ。

おまえに見せたのは確かに夢だった。

けど、そこにこめられた思いは嘘や偽者じゃない。

だから、それを受け止めたお前の返事を……円ちゃんに伝えればいい

難しく考えないで心の在るがままに言葉に出せばいいのさ。」

母さんは普段絶対みせない優しい笑顔で言った。

「自分の……心……」


ピンポーン

玄関のチャイムが鳴った。

母さんに事情を聞いている間に御巫くんが到着したようだ。

「はいはーい。ちょっと待ってねー」

足取り軽く母さんは玄関へと走り去っていった。

これから御巫くんに会うんだ……

急速に顔が熱くなっていくのが判る。

この僕が、あの御巫くんとけ、結婚の約束をしちゃうんだ……

確かに、依然として御巫くんは僕の認識では男の子なわけで、それに結婚だなんてまだ僕らには早いとか、……

いろいろと不安要素は湧き出して限りがない。

でも、母さんが言っていた心……

その心は実はとっくに固まっている。

夢の中とはいえ、悩んで納得して決めたことだったはずだ。

二回も一大決心させられた、あの思いは……僕が自分で決めた、決心したんだ。

「直衛~、円ちゃんが来たわよ~」

母さんが御巫くんをつれてキッチンへ入ってきた。

「おはよう。」

「お、おはよう……」

御巫くんも緊張しているのかぎこちなく挨拶する。

「さあ、円ちゃん、座って座って!

直衛から大事な話があるから、ちゃんと聞いてあげてね。」

母さんは御巫くんに着席を促すと、あとは若いものにまかせて年寄りは退散退散……

とかいいながらキッチンから出て行った。

まったく、変な気の使いすぎだよ……

御巫くんは緊張したように身体を硬くして椅子に座って俯いている。

今まで学校生活で見てきた、どんな彼の姿にもかぶらない、はじめて見る姿だった。

品行方正、成績優秀、容姿端麗……

見るもの全てを釘付けにしてしまう……大げさな表現も彼にはぴったりあってしまう。

そんな有名人が、どんな出来事にも自信たっぷりに難なくこなしてしまう。

そんな彼が、いまは夢の中で見た彼とかぶる。

いろいろな事情を持って、でも、誰にも打ち明けることなく、相手を想いやる凄く繊細な心をもった人。

僕が隣に並ぶなんておこがましい。

いや、学校の誰だって恐れ多いと遠慮してしまうような人物。

でも、そんな彼は僕を選んでくれた。

何のとりえも自慢できるような特技も無いこんな僕なんかを。

夢でも現実でも突き詰められた問いは荒唐無稽。

でも、彼から語られる話には、想いには信じられるに値する気持ちがこもっていた。

だから、驚き、混乱はするものの、最終的には納得できてしまう。

今はもう夢の中じゃない。

昨日夕暮れの教室で御巫くんが僕に告白してくれた現実世界なんだ。

だから後は返事を返すだけ。

「御巫くん。」

「は、はい!」

呼ばれて俯いていた顔を勢い良くあげる。

「話は全部母さんから聞いたよ。御巫くんの事情とかね。」

「あはは、びっくりしたでしょ?普通信じられないようなトンデモ話だと、ボクも思うよ。」

そういって自嘲する。

「うん。でも、信じるよ。御巫くんを信じる。」

「えっ?」

信じられないといった表情の御巫くんを真正面から真剣なまなざしで見詰める。

「昨日の告白は正直びっくりした。おどろいた。

交流も浅い、学園で人気の有名人の君が、僕なんかに告白してくるんだもの。

しかも君は男の子だしね。」

御巫くんはどう返したらいいのか困っているようだった。

僕はくすりと笑う。

「だから、最初はどう考えても嘘か冗談としか思えなかった。

でも、昨晩、不思議な夢を見たんだ。

君が男装していた女の子だったり、実は妖怪でしたーなんてとても不思議な夢だった。

そこでも僕は君から告白をうけていたんだ。

ずいぶん悩んだ……だけど、ちゃんと考えて返事をしてきた。

それについて嘘も後悔もしていない。

あの気持ちだけは本物だった。

だから今、ここで君の告白への返事を聞いて欲しいんだ。」

御巫くんは緊張した状態で僕の言葉を待っている。

僕は大きく一呼吸して告白する。

「僕は君が好きなんだと思う。

これからどんどん好きになっていけると思う。

今はまだ少ししかお互いを知らないけど、もっと君の事を知りたい。

僕の事を知ってもらいたい。

だから、僕と……付き合ってほしい。これからずっと一緒にいてほしい。

これが今僕に出来る精一杯の返事……だよ。」

言い切った。全部出し切っちゃった。

ふうっと息を一つ吐いて御巫くんを見ると、彼は涙を流していた。

「……ぅ……くっ……」

「え、えええ?!」

せっかく勇気を出して話したのに何故泣いているのさ?!

「あ、あれ??何で泣いちゃうかな?なんか駄目だったのかな?」

「っ……違うの……嬉しくて……とっても嬉しいの…………

勝手に涙が出ちゃって…………」

「そ、そうなんだ……よかった……」

ほっと胸をなでおろした。

「ありがとう、凄く嬉しい。

こんなに幸せな気持ちになったの生まれて初めて。

貴方を好きになって本当に良かった……」

御巫くんは溢れる涙を拭うことなく幸せそうに微笑んでくれる。

「「おめでとー!」」

そういって入ってきたのは母さんと白いシャツに黒い蝶ネクタイ、黒いストレートパンツを身に纏った女性……

それは夢に出てきた那岐さんだった。

「いやー直っち、いい男だね、惚れちゃうねー」

那岐さんは乱入してきた勢いを殺すことなく抱きついてくる。

「ちょ、ちょっと那岐さん?!なんでここに!?」

「もちろん円っちと一緒に着たからさ。

直っちの告白シーンを黙って見過ごす分けないよね。」

つまりは母さんと一緒に聞き耳を立てていたって訳か……

母さんはどうせそうするだろうと思ってたけど、まさか那岐さんまでいるとは……

自分の発言を思い出して急に恥ずかしくなってきた。

「おっ、赤くなっちゃって可愛いねー」

抱きつきながら頭をしこたま撫でて来る。

もう、勝手にしてください。

「やーん、円ちゃん可愛いー!」

御巫くんをみると、僕と同じように母さんに抱きつかれて頬擦りとかされていた。

「こんな娘が私のモノになるのねー!」

いや、母さんのモノにはならないって……

「でも、本当に良かったね。直っち、ありがとう。あの子をよろしくね。」

那岐さんが小さく僕の耳元で囁いた。

「……はい。こちらこそよろしくお願いします。」

僕の答えに満足そうに微笑むと那岐さんは僕から離れてくれた。

「奈留さん、これで一件落着だね。」

「ええ、一応私の息子だしたぶん大丈夫だって思ってたけど……。

たよりないし、どんくさいし、へっぽこだから……」

実の息子を捕まえて酷い言い草だ。

「そんなどうしようもない息子だけど、円ちゃんよろしくね。」

母さんはそう言って、にっこり微笑んで御巫くんの肩をぽんと叩いた。

「もちろんです!ボクのほうこそよろしくお願いします!」

御巫くんもとびきりの笑顔を浮かべていた。

皆がとても幸せな気分に包まれているのを感じることが出来て僕もとても幸せだった。


「おはよー……ふわわ……」

キッチンに出向くと朝ごはんの準備が出来ていた。

「いっただっきまーす!」

トーストにジャムを塗ってかぶりついた。

「あんた……そろそろ、やっちゃいなさいよ。」

母さんが不機嫌そうに話しかけてきた。

「人に言われてやるもんじゃないさ」

軽く跳ね返す。

「だってー、円ちゃん待たしてるんでしょー」

「御巫くんの同意はもらってるさ」

「そんな事言って意気地が無いだけのくせに……」

「うぐっ……う、うるさいな!僕たちのことはほっといてよ!」

あの日から1週間がたっていた。

あの後、両家の大人がそろって宴会を始めたり、なんだかんだと騒がしかった。

せっかくお互いの気持ちが通じたのに、落ち着いて二人で話す機会もなく、

翌日からはいつもどおりの生活が続いていたんだ。

二人の関係も、今までより、仲良しな友達として認識されるくらいにとどめている。

御巫くんと母さん達は不服そうにしていたけど、そんなの仕方が無いじゃないか!

御巫くんにキスするのにまったく抵抗が無いっていうのは嘘になるけど、

冷静に考えて、キスしたそのときから御巫くんが”女の子”になっちゃうんだよ?

きっと大騒ぎになっちゃうよ。そんなの駄目だ。

だから、学校とかもろもろの事情が解決できるまではキスはお預けなのさ。」

「根性なし……へタレ……臆病者……」

「ごちそうさま。」

いまだに恨めしそうにぶつぶつ言う母さんをキッチンに残して学校へ向かった。

「おはよう直衛くん。」

通学路の途中で僕を見つけて駆け寄ってくる御巫くん。

「御巫くん。おはよー」

学校でしょっちゅう会うわけには行かないってことで登下校はできるだけ一緒になるように、

お互いタイミングをあわせるようにしてあるのさ。

やっぱり、僕だって好きな相手とは一緒に居たいし、知りたいしね。

だから他愛も無い話をしながらの通学がこんなに楽しいものだとは思っても見なかった。

「またおば様に?」

「うん。ホントにそっとしておいてほしいよ。」

「ふふふ。」

御巫くんは楽しそうに微笑んでいる。

母さんと御巫くんはとても仲がいい。

まるで長年の友人のような接し方だ。

「でも、ボクだって、早くちゃんとした女の子になって直衛くんと一緒にデート行ったりしたいな。」

「そ、そうはいっても突然”御巫くん”が”御巫さん”になっちゃったら色々大変だよ?」

「そっか、制服も女子用に変えなきゃいけないよね。」

「そーいう問題じゃなくって…………」

「スカートとか似合うかな?うふふふ。」

本当に幸せそうな笑顔をみていると、僕もなんだかどうでもいい気がしてきた。

これからどうするのか、まだはっきりと判らないけど、

いずれはちゃんとした男女の仲へと発展していけるように、色々乗り越えていかなくちゃ。

こうして男の子だけどいずれ男の子じゃなくなる御巫くんと僕との奇妙な恋愛は始まったんだ。

お疲れ様でした。直衛くん奇恋体験記はこれでお終いです。

当時これ以上続けるネタが無く、打ち切りとなりました。

外伝として円視点で途中までは執筆してあったんですが、完成ならず…

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