ロンリー・サンセット
海に行こう!
山へ行こう!
ひと夏のアバンチュールを目指せー!
エトセトラエトセトラ・・・・・・
間も無く夏休みに入ろうかという時期で、生徒達から聞えてくる会話は浮き足立っている。
僕はというと、特に立てる予定も無い夏休みをどう過ごすかぼーっと考えて過ごしていた。
そんなある日の放課後の教室。
「ボクと付き合ってください。ボクは・・・・・・貴方が好きです」
「・・・・・・・・・・・・ぇ?」
突然の告白。
赤く染まり始めた陽が差し込む教室には、”彼”と”僕”しかいない。
夕焼けの色なのか、告白の羞恥の色なのか、紅く染めた顔の少年と僕は見つめ合っている。
彼の名前は御巫 円
この学校で五指に入る美形少年。
彼の下駄箱には常に女生徒達からのラブレターが入っていて、毎日のように告白を受けているんじゃないだろうかというくらい呼び出されているらしい。
休み時間になれば、女生徒に囲まれるため、大抵逃げ回っている。
そういうモテモテキャラはたいてい男子に敵を作る・・・・・・はずなんだけど彼の場合は違っていた。
人当たりが良い、といったらいいのか。
常に笑顔で人に向かう屈託のなさと、世間から少しズレた感性や誰彼区別のない優しさなど、とても同い年とはおもえない魅力ある人物。
そんな彼は男女問わず人気者だった。
年頃の男だったら妬んでもおかしくない状況の彼を、辺りの男子は同情や哀れみの目で見ている。
毎日休まることなく追い掛け回され、そりゃ美人もいるけど、まあ、その、中にはご遠慮したい女の子もまじってるのだから・・・・・・
それに彼自身が男子生徒の中には、隠れたファンがいると噂が出るほどの美少年なだけに、多少容姿が整っている程度では横に並んで歩くとやはり見劣りしてしまうのだ。
それは女子にとっては悲しい事実であろう。
そんな彼が容姿も成績も平々凡々な、接点といえば隣のクラスだから合同体育で一緒に運動している・・・・・・
たったそれくらいの関係の僕にさっきのような台詞、
───────つまり告白をしてきたのだ。
申し遅れました。僕の名前は九鬼 直衛
高校二年生で健康優良男児。
もちろん恋愛観念はいたってノーマル。
だからもちろん恋愛相手は女の子がいいさ。
と、いっても恋愛経験は皆無に等しい。
初恋なんてものは幼稚園のときに『僕、先生と結婚するー』な程度で、小学生になったころにはただの憧れだったと自覚してしまった。
最新のその手の話といえば、2年ほど前の大雪の日に出会った女の子がとても可愛らしかったから、ああいう子が彼女だったらいいのになーと夢想したくらいさ。
そんな普通な僕と彼とは、普段挨拶と軽い世間話を少しするだけで、どこかに遊びに行くとか、常に行動を共にするとか、そういった仲睦まじい友人関係を築き上げたことは無かった。
・・・・・・はずである。
また、彼のほうからそのようなアプローチをしてきたこともなかった。
只の同級生だったはずなのに・・・・・・どうしてこうなった?
「あの・・・なんの冗談?」
告白からたっぷり5分の空白時間をかけ、一般人の僕から出せる言葉はこれが精一杯でだった。
「冗談なんかじゃない、ボクは大真面目だよ!」
御巫くんは僕にずずいと近寄ってくる。
僕は窓際の椅子に腰掛けており、横に立っていた彼は前かがみで視線をあわせてくる。
吐息が触れるほど顔を近づけられる。
なまじ美形なだけに、なんだかドキドキと胸の鼓動が速くなってきた。
「だだだって、君は男じゃないか!?
それに僕も男だし・・・・・・男が男に愛してるなんて冗談だって思うさ!」
自分の胸のドキドキを紛らわしたいから少し大きく声を上げる。
「確かにボクは”今は男だよ”でも・・・・・・
君が好きなのは事実だし、押さえ込んでなんていられない感情なんだ・・・・・・」
なんだか変な台詞だったけどそんなこと冷静に考えられない状況だったのでその時は流してしまった。
「お、おちつこう・・・・・・ね?
僕のほうにもまだ心の整理ができていないわけで・・・・・・
しかるによって公共の場での正しい解答が出せる判断力が今は無いワケで・・・・・・
その・・・・・・とにかくごめん!
僕もなんていったらいいのかわからないさ!」
落ち着くのは僕のほうだった。
何を口走っているのかすら良く判らない為に何がどうなのか知らず知らず謝ってしまっていた。
「・・・・・・くす」
彼は突然くすりと笑った。
その笑顔は今までで一番良い笑顔で、そしてたまらなく可愛かった。
思わず胸の高鳴りが一気に最高潮まで達してしまった。
絶対、今僕の顔は真っ赤になっているさ!
「そうだね。動揺している貴方をみていると不思議と平常心を取り戻せたよ。
答えは今度。でも、断るにしても返事は必ずだしてよね!
それじゃボクは帰るよ!じゃあね!」
彼はたったったと軽い足音を残し教室を去った。
僕は今だに高鳴る胸の鼓動を感じながら先ほどまでの出来事がはっきり理解できないまま、その場にボーっとしているのだった。
一人教室に残された僕はそのまま暫く動悸が収まるのを待っていた。
「とりあえず・・・・・・家に帰る・・・・・・か・・・・・・」
僕は結局いまだショックも収まりきらない状態で家路に着いた。
外に出るとむわっとした熱波が僕を襲う。
日差しはまだ傾き始めたばかり、腕時計は現在4時15分をさしている。
「あぢい・・・・・・」
オレンジ色から赤色へとグラデーションがかかる空色の下、暑い暑いと口にしながら帰る。
徐々にさっきまでの興奮が冷めて行く・・・・・・
僕の脳みそは今この暑さから逃げることのみを考え始めだした。
「ただいまぁ・・・・・・あぢぃ・・・・・・」
学校から自宅までは歩いて25分程度。
なんとか我慢して歩いてきた。
家でまってる極楽のために・・・・・・
家に着いた僕は靴を乱暴に脱ぎ捨てると玄関の鍵もかけずに風呂場へと向かう。
汗でべたつくシャツはボタンを外すのも面倒で、数個外すとそのまま脱ぎ捨てた。
すぐさま中へ飛び込んで冷水のシャワーを浴びる。
「っ・・・・・・ああ~・・・・・・キモチいいーー!!」
頭から冷たい水を浴びる。
身体を駆け巡っていた熱が一気に冷めてゆく。
ゾクゾクした感じがたまらない一瞬だった。
さっと汗を流すと下着姿のまま冷蔵庫から奪取した冷たい麦茶の入ったグラスを持って自分の部屋にもどった。
「ふう・・・・・・」
部屋に入るや否やエアコンのリモコンで冷房スタートスイッチを押す。
天井近くの壁につけられた長方形の箱が小さくゴオォっと唸ると涼しい風が部屋の中に広がって行く。
麦茶が半分残るコップを机の上におき、ベッドにダイビングする。
ぼふっっと布団が身体を受け止め、スプリングがキシキシと衝撃を和らげる。
その揺れが心地よく今だ湿った身体を冷たい風がなでて行く。
きっと母さんに見つかったら大目玉だな、などと思いながらもいつしか僕は眠りの中へといざなわれていた。