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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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短編

長月式「背後で爆発が起きて、振り返る」―頭の中で爆発して―

私は家に帰るのが辛かった。なぜといわれると、はっきりとした理由が見つからない。いや、見つからないというよりは多すぎて一つに理由を絞れないのだ。

学力の問題で留年が確定してしまい、鞄の中には「一」のついた通知表が入っていること。家に帰ったら、昨日せっかく片付けたのにまた部屋がゴミで散らかっていることが火を見るより明らかであったこと。

私は制服をめくりあげて望んでもいないのに細くなってしまった腹を見る。

「教育……」

丸く虫がたかったかのようにうねった火傷の跡を見ながら呟く。そう、あの時父は教育だと言っていた。

赤く熱されたお玉を片手に、私を押し倒し、腹にそれを当てたときの痛みは覚えていない。ただ、この跡を見る度に当時の胸を刺す不快感がよみがえる。

当時はこれが普通だと思っていた。皆、こうやって「いい子」になって行くのだと知っているつもりでいた。

だが、ニュースや新聞を読んでいるうちに、友人と話しているうちに、私はそれが異常であると気付く。だからといって親に反抗するつもりもない。反抗すれば待っているのは「教育」であることくらい、娘として知っていたから。

……私は、親という存在が分からなくなっていた。


家族とは、一つのリラクセーションの場であり、親と交流を深める場所だと家庭科の授業で習った。だが実際はそんなきれいな、夢物語じみた場所なんかじゃない。へその緒という鎖で繋がれた逃げられない上下関係により成立した地獄。

そんな場所へ私は帰らねば、いや、戻らなければならない。



習慣とは恐ろしいものだ。どんな苦痛を伴うか分かっていながらも足が勝手に動き、無意識的に体が移動する。気が付けば家の前にたっていた。

また、酒に酔った父に暴力を振るわれるのだろうか。いや、そんなことを考えなくても「振るわれる」という答えがすでに出ている。なぜならそれも「習慣」であり、いつも止めてくれていた母もこの世にはいないのだから。

たまには少しだけ引き返してみるか。珍しく頭の中でそんな考えが浮かんだ。それは「反抗」であり、「教育」に繋がってしまうと言うことくらい分かっていたのだが、この時「恐怖」の二文字は私から消え去っていた。

引き返すと行っても公園で少し現実から離れて休むだけだ、何も恐れることはないだろう。そう思い、踵を返して数歩あるいたときだった。


私の見える世界が真っ白な光に染まった。


それと同時に鼓膜を破かんばかりの爆発の音が背後からなり、私はその衝撃で吹き飛ばされた。

数秒間、訳が分からず放心状態に陥り、頭が光と同様に真っ白に染まったが、パチパチという焚き火のような音で我に帰り、よろよろと起き上がりながら振り替える。

そこには先程までの木造建築の茶色の世界ではなく、ゆらゆらと揺らぐ灼熱の赤の世界に変わっていた。そして何か黒い影が立ち上がり、その場に倒れる。

私は訳が分からなくなっていたが、さっきの白い光が稲妻の光で目の前にあるものが父の命を奪う炎であり、黒い影は父であることを理解し、次第に口元が笑ってきているのが分かった。

……この感情は何? 喜んでる? もう暴力を受けなくてすむことが分かって安心してる?

いや、違う。そんな清々しい感情じゃない、何かが重くのし掛かるような。そう、何かがある。

そして、私の頭の中である「爆発」が起こった。

昔、もうとっくの昔のことだけど、父は笑っていた。私の頭を撫でて、小さな私を持ち上げて、肩車してもらって花火を見て……。

それだけじゃない、たくさんの思い出が頭の中で爆発して、ああ、もうこの人はいなくなっちゃったんだと思い。視界は揺れる水色に染まった。

何であんな乱暴者になったんだろう。そういえば父がおかしくなったのは、母がこの世を去った時からだった。

私はその時のイライラが「家族を失う悲しみ」というものだと分かったけれども、父は分からなかったのだ、それがなんなのか分からず、ただ抵抗して暴れるしかなかったのだ。

私はそんな父を放置した。もし父にイライラの正体を教えてあげられたなら、父はおかしくならなかっただろうし、今頃会社に行っていて、燃えたのは家だけで済んだはずだ。私はただ自分を攻めることしかできず、正常な父との家庭を思い浮かべながら、揺れる水色は地面へと落ちていった。

もう離れないと私も危ない、そう思って家を背にその場をふらふらと離れる。

そしてまた、私は頭の中で爆発が起こって、燃える家の方に振り返った。


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