3.
階下では、通せんぼするような形で、先ほどの守屋という青年が立ちふさがり、十代らしい少年少女に囲まれてわやわや質問攻めにあっていた。
「あ、藤木海がなんでいるんだよ」
めざとい少年が、険のある高い声を張り上げた。
「教授から本頼まれてたからだけど」
面倒くさそうな顔で、少年――藤木海という名らしい、は頭をかいてぼやいた。
「本?」
桜樹が不思議になって問うと、
「あ、僕、図書館のアルバイトだから」
「え、生徒じゃなくて」
「うん」
「て、そもそも図書館て、なに?」
藤木海は驚いたように目を見張り、
「本がたくさん置いてあって、貸出とかしているとこ」
と真顔で答えた。
「そうじゃなくて。なんで図書館のアルバイトがわざわざ研究室に本を持ってくるの。今って、そんなにサービスがいいの」
「そりゃあ大学の図書館だから当然でしょ」
「大学の図書館?」
どうも話がかみ合わないと思っていると、大学の本校は、桜樹たちが昇ってきた道の反対側にあり図書館や体育館、食堂はそちら側にある、ここは今年から長谷部時宗教授のために廃校をリサイクルして使用している校舎とのことだった。
「きみ、ほんとに何も知らないんだね」
けたけたと、眼に涙をにじませながら藤木海は笑った。
そこまで笑われるほどのことでもないとむくれていると、サイレンを鳴らしたパトカーが何台も来、警官がどやどやと黄色いテープを張ったり、生徒たちの整理をはじめた。
生徒をせき止めていた守屋はほっとした顔になって、
「桜樹くん、来た早々、大変だったね。大丈夫?」
と気づかってくれた。
「あんまり」
桜樹が仏頂面で応じると、
「そりゃあ、こんなんじゃね。
あ、わたしは教授の助手をしている守屋。あとでアドレス教えるから。
いつからゼミが行えるかわからないけど、それまで相談に乗るから。なんでも連絡して」
と人懐っこい笑顔を見せた。
「でも、オレ、不合格って」
「え」
と守屋は驚いた顔をした。
「首の皮一枚で、とめたけど」
藤木海が口をへの字に曲げていった。
「でもでもでも、教授、志摩津のご当主様の説得で根負けしてなかったっけ」
「それがねぇ」
海は手招きして長身の守屋をかがませ、こそこそと守屋に耳打ちをした。お漏らし、げろ吐いた、と聞こえてくる。
う、と守屋が言葉につまり、
「そんなあ、二十四歳にもなってお漏らしをしたことくらい……、まあ、ふつうはしないけど。でも、志摩津のおちこぼれってホントだったんだ。
すごいねえ、あの志摩津家の直系で」
とフォローをしているのだか、ダメだししているのか分からないコメントをする。
図書館のアルバイトって、ずいぶん教授や助手と仲がいいんだなあ、前に行った大学でもこんなだったっけ? と考えていると、刑事が降りてきて、生徒たちから話を聞きたいと守屋に言った。
「ええと、じゃあ……」
と守屋が生徒をまとめて一階の空き教室に入らせた。
桜樹も海も一緒に入る。
「生徒はこれでぜんぶ?」
と刑事がきく。
教室内には桜樹たちのほかに女三名、男五名の生徒がいた。みな、桜樹よりは(あたりまえだが)若い。
「ええ、あとは先ほどの……亡くなられた野瀬あゆみさん。あと、彼、藤木海くんは図書館のアルバイトですが、研究熱心なので特別生としてゼミに参加してもらっています。
それと本日から参加する予定だったのが、この志摩津桜樹くんで」
「アイツ、自殺したんじゃねーの。
自己顕示欲と自己陶酔の塊だったじゃん。教授にいつまでも自分を覚えていて欲しいとかで試しに死んでみるって、いかにも野瀬らしいじゃん」
いきなり男子生徒のひとりが言った。
黄色く染めた髪を肩までのばし、原色の服にぬいぐるみやら花飾りをたくさんつけて、椅子の背もたれを前にして座り、組んだ腕に顎を乗せて背を丸めている。
あまり親しくなりたくない少年だった。