27.
「来いよ、秋彦」
まさか、と思った瞬間。
吉鷹は秋彦を投げ飛ばしていた。
本気だ。
道場が揺れるほどの力で叩きつけられている。
ロクに受け身も取れていない。
こんなんじゃ、骨の一本や二本、あっという間にやられちまう。
「まだまだ」
吉鷹は秋彦を引きずり起こして、再度、投げ技をかける。
とっさに飛び出して、投げつけられた秋彦の体を受け止めた。
桜樹にも力がないから、ふたりして吹っ飛ぶ。
それでも、クッションにはなった。
まだあどけない秋彦の体が、ぐったりと桜樹の腕にのしかかる。
「庇うなっ」
吉鷹は桜樹を一喝した。
桜樹はむしろ、秋彦の体を抱え込んだ。
「あ、あんた、夏惟にもこんなことするのかよっ」
「当たり前だろ」
吉鷹は桜樹を見据えた。
「お前、なにをみていた。
今回だけで何人、夏惟の周りで死んだと思っている。
紺野溝近はマシな方だ。あいつは夏惟に嫌がらせしても、周囲のザコは殺しても、夏惟に危害は加えない。
節度ってものは守ってるよ。津久見の当主に危害をくわえたらどれだけの余波が起きるか、わきまえてる。
だがそういう連中ばかりじゃない。
二十四時間、俺はそばにいてやれない。
夏惟自身が強くなきゃ、俺よりも強くなってもらわなけりゃ、守れないんだ」
「でも、だからって……」
秋彦は桜樹の腕の中で、ピンク色のくちびるを開き、ぜーぜー喘いでいる。
(こんな可愛いコに、そんなこと……)
吉鷹はしゃがみ込むと、ぴたぴたと秋彦の頬をたたいた。
「でも、桜樹を護ろうとした。
その心意気だけは買ってやるよ」
秋彦が吉鷹の手を払った。
ぎっと睨みつけ、立ち上がる。
そのまま一目散に道場から逃げ出した。
慌てて桜樹も追った。
門を出る直前に、秋彦の手をつかんだ。
「まて、まって。そのまま帰ると……目立つし、着替えないと。あと、打ち身も手当てしないとあとで痛くなるよ」
秋彦はイヤイヤと首を振り、ぼたぼたと涙を零した。
『オレ、夏惟にはなれない』
桜樹は秋彦を見た。
よくわかる。
痛いほど、気持ちはわかる。
自分のみじめさは、自分でよく知っている。
自分がよく知っている。
「ウン……オレも吉鷹のようにはなれない」
桜樹はわらってみた。
笑ってごまかそうとした。
惨めさがよりいっそうひろがる。
「ごめんね。
オレがもっとしっかりしていれば、秋彦をこんな目にあわせなくて済んだのに」
おずおずと秋彦を上目づかいに見る。
「やっぱ……、秋彦はよっしいの方がいい?
吉鷹に側に居てもらいたい?」
秋彦は透明な瞳をぱちくりとした。
夜の暗闇の中を、透けそうに白い手がまっすぐにのびて、桜樹に触れる。
水浸しの桜樹の髪を撫でた。
なにかを確かめるように、桜樹の顔をいくども撫で、くちびるに指を添わせる。
桜樹はまっすぐに秋彦を見つめた。
もし。
もし、秋彦が桜樹を必要としてくれるなら。
今度こそ、本気で生まれ変わってみせる。
にぱっと秋彦は笑った。
『桜樹って可愛い』
「え、ええっ?
いや、そうじゃなくて。
ほら、オレの方が年上だし、その志摩津の直系で」
『大丈夫。
桜樹がいじめられても、守ってあげる』
秋彦がにこにこしながら、いい子、いい子するように桜樹の頭をなでる。
なんか、違う。
絶対に、違う。
兄たちのあきれ果てた顔や、ため息がリアルに浮かぶ。
「あ、秋彦、あのね、オレもちょっとは努力するから、その」
『桜樹、好き』
秋彦はがっしりと桜樹を抱きしめた。
たぶん。
まったくもって、桜樹に執人としての役目なんか期待していない。
(でも。
す……、好き、って言われているなら、いいかな?)
いや。
駄目だ。
いくら桜樹にだって砂粒ほどのプライドがある。
それに、やっぱ秋彦を守ってやりたい。
桜樹は心の中で堅く堅く堅く堅く決意した。
オレ。
絶対に、強くなるっ。




