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桜散る  作者: 夏野梨生
28/30

27.

「来いよ、秋彦」


 まさか、と思った瞬間。

 吉鷹は秋彦を投げ飛ばしていた。

 本気だ。

 道場が揺れるほどの力で叩きつけられている。

 ロクに受け身も取れていない。


 こんなんじゃ、骨の一本や二本、あっという間にやられちまう。


「まだまだ」


 吉鷹は秋彦を引きずり起こして、再度、投げ技をかける。

 とっさに飛び出して、投げつけられた秋彦の体を受け止めた。


 桜樹にも力がないから、ふたりして吹っ飛ぶ。

 それでも、クッションにはなった。


 まだあどけない秋彦の体が、ぐったりと桜樹の腕にのしかかる。


「庇うなっ」


 吉鷹は桜樹を一喝した。

 桜樹はむしろ、秋彦の体を抱え込んだ。


「あ、あんた、夏惟にもこんなことするのかよっ」

「当たり前だろ」


 吉鷹は桜樹を見据えた。


「お前、なにをみていた。

 今回だけで何人、夏惟の周りで死んだと思っている。

 紺野溝近はマシな方だ。あいつは夏惟に嫌がらせしても、周囲のザコは殺しても、夏惟に危害は加えない。

 節度ってものは守ってるよ。津久見の当主に危害をくわえたらどれだけの余波が起きるか、わきまえてる。


 だがそういう連中ばかりじゃない。

 二十四時間、俺はそばにいてやれない。

 夏惟自身が強くなきゃ、俺よりも強くなってもらわなけりゃ、守れないんだ」

「でも、だからって……」


 秋彦は桜樹の腕の中で、ピンク色のくちびるを開き、ぜーぜー喘いでいる。


(こんな可愛いコに、そんなこと……)


 吉鷹はしゃがみ込むと、ぴたぴたと秋彦の頬をたたいた。


「でも、桜樹を護ろうとした。

 その心意気だけは買ってやるよ」


 秋彦が吉鷹の手を払った。

 ぎっと睨みつけ、立ち上がる。

 そのまま一目散に道場から逃げ出した。


 慌てて桜樹も追った。

 門を出る直前に、秋彦の手をつかんだ。


「まて、まって。そのまま帰ると……目立つし、着替えないと。あと、打ち身も手当てしないとあとで痛くなるよ」


 秋彦はイヤイヤと首を振り、ぼたぼたと涙を零した。


『オレ、夏惟にはなれない』


 桜樹は秋彦を見た。

 よくわかる。

 痛いほど、気持ちはわかる。


 自分のみじめさは、自分でよく知っている。

 自分がよく知っている。


「ウン……オレも吉鷹のようにはなれない」


 桜樹はわらってみた。

 笑ってごまかそうとした。

 惨めさがよりいっそうひろがる。


「ごめんね。

 オレがもっとしっかりしていれば、秋彦をこんな目にあわせなくて済んだのに」


 おずおずと秋彦を上目づかいに見る。


「やっぱ……、秋彦はよっしいの方がいい?

 吉鷹に側に居てもらいたい?」


 秋彦は透明な瞳をぱちくりとした。


 夜の暗闇の中を、透けそうに白い手がまっすぐにのびて、桜樹に触れる。

 水浸しの桜樹の髪を撫でた。

 なにかを確かめるように、桜樹の顔をいくども撫で、くちびるに指を添わせる。


 桜樹はまっすぐに秋彦を見つめた。


 もし。 

 もし、秋彦が桜樹を必要としてくれるなら。


 今度こそ、本気で生まれ変わってみせる。


 にぱっと秋彦は笑った。


『桜樹って可愛い』

「え、ええっ?

 いや、そうじゃなくて。

 ほら、オレの方が年上だし、その志摩津の直系で」

『大丈夫。

 桜樹がいじめられても、守ってあげる』


 秋彦がにこにこしながら、いい子、いい子するように桜樹の頭をなでる。


 なんか、違う。

 絶対に、違う。

 

 兄たちのあきれ果てた顔や、ため息がリアルに浮かぶ。


「あ、秋彦、あのね、オレもちょっとは努力するから、その」

『桜樹、好き』


 秋彦はがっしりと桜樹を抱きしめた。


 たぶん。

 まったくもって、桜樹に執人としての役目なんか期待していない。


(でも。

 す……、好き、って言われているなら、いいかな?)

 

 いや。

 駄目だ。


 いくら桜樹にだって砂粒ほどのプライドがある。

 それに、やっぱ秋彦を守ってやりたい。


 桜樹は心の中で堅く堅く堅く堅く決意した。


 オレ。

 絶対に、強くなるっ。

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