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桜散る  作者: 夏野梨生
2/30

1.

「ねえ、よっしい、だから、これ、なんだって言ってるんだよ」


 きいいっと、志摩津桜樹は叫んだ。

 周囲には何もない山道の道路のわきで、段ボール箱を抱えさせらて、桜樹は立っていた。


 吉鷹は車のトランクから続けてスポーツバッグも降ろすと、大学の封筒に、鍵と通帳と印鑑、携帯電話を段ボール箱の上においた。


「長谷部時宗さまのゼミは3時から。2時半にうかがう約束になっているから、急げよ。

 アパートの住所は中に入っている」

「エ」

「これは当面4年間の生活費だそうだ。

 一切、家には電話するなって。緊急の場合はオレの携帯に連絡しろ」

「こんなとこで、オレひとり、ほっぽり出す気かっ。

 フザケンナっ」


 吉鷹は無表情のまま、道路わきを指した。


 にょっきりとアスファルトの柱らしきものが二本、道の横に立ち、『桃城大学』と看板がつけられている。柱の間からはゆるやかにくねった上り坂がのびていた。

 舗装されていない上り坂は、しばらく前に雨が降ったのか、真黒の土が艶やかにぬかるんでいた。


「オレの車で行けというのか?」


 絶対零度の声が言う。


 桜の花片が車体につくのすら嫌悪する。

 こんな泥道、吉鷹が純白の新車でのぼるはずがない。


「で、でも、オマエ、叔父貴のいうことには絶対じゃん。

 オレのこと頼まれたんだろ」


 吉鷹は片手を腰にあてると、あごをつきあげて桜樹を見下ろした。


「車を試乗するついでに、大学まで送るように頼まれた。

 それだけだ」


 それだけにしては、ずい分と面倒見がよいのだが、過保護に育てられた桜樹にはそこまで頭が回らない。


 吉鷹はサヨナラも言わずに、車に乗り込んだ。


「えーっ、ちょっと、よっしーっ、待ってよぉっ。ここ、どこだよ、って、オレなにすんだってばっ」


 遠ざかるBMWに向かってわめいたが、あの吉鷹が戻ってくるはずがない。


 当面?

 当面4年間って言葉、あんのかよ。

 その間、家には連絡をするなって……。


(これって……)


 オレ、捨てられた?

 みたい???


「うそぉ……」


 桜樹はアスファルトにへたり込んだ。


 なだらかな山道。

 周囲には建物の姿も見えない。コンビニも近くで通り過ぎた覚えもない。


 唯一あるのが、学校の看板とそのあいだの曲がりくねった登り道だ。

 青空には白い雲が漂い、日差しは穏やかだが、田舎の風はさわやかと言うには少しばかり、肌に冷たかった。


 志摩津桜樹はどうしていいかわからず、へたりこんだまま茫然としていた。


 軽い足音とともに、ひとかげが近づいてきた。

 桜樹と年の変わらない、小柄な少年だ。

 黒いジーンズに黒のTシャツで、バックパックをひょいと片肩にかけて、両手に積み上げあられた本を抱えている。黒髪に黒縁メガネの、これといって目立つ少年ではない。


 少年はすこしはなれたところで立ち止まり、かるく顎をつきだして桜樹を見下ろした。


 桜樹はあわててたちあがり、荷物を両腕で抱きしめて道をあけた。


「ども」


 と少年は通り過ぎた。

 大学の看板のわきを抜けて、登ろうとしている。

 ということはこの大学の生徒か。


「あ、あのう、待って」


 少年は上半身をねじって振り向いた。


 黒い影が桜樹にかかる。


 逆光の中、眼鏡越しに少年の漆黒の瞳に桜樹が映った。桜樹を見つめる。きれいな、吸い込まれそうな瞳だった。


 その時になって、桜樹は、少年がきめ細やかな透き通るような皮膚をしていることに気づき、わけもなくうろたえた。


「あ、あの、桃城大学に行けって、ここに置いてかれて、そのう、えと、オレ、ひきこもりで、これで大学も4度目で、それでたぶん、みんな、オレのことイヤになって」


 じ、と少年は桜樹をみつめていた。


「そ、そのう、と、は、は、長谷部教授という人に、二時半に会わなきゃいけないんだけど」


 少年はこっくりとうなずいた。


「僕もこれから教授のとこに行くから」


 ついてこいということか、くるりと踵をかえした少年を、桜樹はあわてておった。

 スポーツバッグを肩にかけ、ダンボール箱を抱えたままだ。

 ずっとひきこもっていた身には、大荷物を抱え歩くのは、つらい。


 舗装されていない泥道が、だらだらと曲がりくねって続く。ときおり、車やバイクが泥をはじいて横を通り抜けていく。


 たしかに吉鷹のピカピカの新車とは程遠い、ながいこと洗車をされてなさそうなくすんだ車ばかりだった。


 桜樹はなんども振り返り、


「ここ、大学だよね」


 と念を押した。


「そうだよ」


 その度ごとに、少年はそっけなく言う。


 十分ほど歩き続けると、ただの空き地のような黒土がむき出しの駐車場に色褪せた車やバイクが止まっており、廃校のような木造の校舎と、ふるい鉄筋の建物が建っていた


「ここ大学じゃないよね」


 と念を押すと、


「教授の研究室はこっち」


 と少年は木造の校舎に向かった。


 ドアを開いても、階段を上っても、ぎしぎしときしむ。人間より、妖怪のほうが似合いそうな建物だ。


 こんな大学があるのだろうか。

 化かされているのかもしれない。


 吉鷹の嫌がらせか。


 それにしては大がかりすぎるし、そもそも吉鷹は手間暇かけて嫌がらせをするほど、桜樹には関心を持っていない。

 いつでも逃げれるように、と身構えていると、がらりと開いた扉から人影が飛び出し、少年にぶつかった。

 少年の抱えていた本が四方八方に飛び散る。


「あ、あ、あ」


 長い髪を首の後ろでくくり、のっぺりした顔の青年はやけにあわてていた。


「守屋さん?」


 少年が不思議そうに言うと、


「し、死んでる」


 青年が早口に言った。

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