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桜散る  作者: 夏野梨生
19/30

18.

 三日後の薄曇りの日に、椎行凪の告別式が行われた。

 志摩津桜樹は吉鷹の持ってきてくれたスーツに身を包み、参列した。

 田舎の実力者らしい、広大な敷地に建つ平屋の重々しい日本家屋で、吃驚するほど多くの人が来ていた。


 花輪や供花の数も、椎の年齢にしては異常なほど多く、椎自身の人気もあるのだろうが、家柄の重さを物語っていた。


 人の流れにのって焼香をする。

 

 遺影は高校時代のものらしい、黒髪の、あどけない笑顔の写真。

 本当に子どもだったんだな、と思うと涙が出てくる。

 喪服に身を包んだ両親も、まだ若く、参列者に丁寧に頭を下げながら涙を押さえている。


 外に出ると、藤木海以外のゼミ仲間が全員揃っていた。


 来るときに、海にも声をかけたが、そんなに親しくなかったし、第一嫌われていたから、と申し訳なさそうに言われて、無理強いはできなかった。


「志摩津くん……?」


 びっくりしたように、稲岡碧が目を見張った。


「ずいぶん、違うね」


 言いながら、柊まどかをひじでつついている。


『スーツ姿だと、大人っぽいね』


 黒いワンピース姿の柊が桜樹を見上げて、告げた。


「従兄の借りもんなんだ」


 義理的に笑顔を見せて応じたが、それ以上会話をする気力はなかった。

 重い空気が全身にまとわりついている。


 門の外で、ざわめきが起きた。

 黒塗りの車が何台か止まり、長谷部時宗ほか重々しい顔ぶれが降りてきた。

 人々がしぜんと道を開ける中、紋付き袴姿の長谷部教授が厳しい顔で歩き出す。喪服姿の守屋もつき従っている。


 長身の体躯から、周囲を圧倒する力がにじみ出ている。

 誰もが息を呑み、言葉を失い教授に見惚れている。


(この人……)

(オレらなんかに授業を教えるような人じゃないんだ……)


 格の違いを見せつけられる。

 でも。

 教授にあこがれ続けていた椎行凪のことを思うと、すこしばかり救いになる。

 焼香を済ませた長谷部教授が出てくると、椎行凪の両親も駆け足で出てきて、幾度も頭を下げている。

 長谷部教授は丁寧に応じていた。


(すごく、優しい人だ)


 そして、懐も深い。

 ようよう今になって、長谷部時宗という人物が見えてきた。


 椎行凪は人をみる目があったのかもしれない。

 長谷部教授に心酔していたし、認めたくはないし、癪にも触るし、恨みつらみはたくさんあるが、松芳だって情は深い。

 桜樹をいきなり親友だと言ったのも、椎の家を見ていると、なんとはなしに、似たような過保護育ちのおぼっちゃまなんだと分かってくる気がする。

 そういや、教授との三角関係(?)になる前には、藤木海にも懐いていたんだっけ。


(あれ?)


 違和感に気がついた。


 椎の両親が去ると、教授はまっすぐに桜樹たちのところにやってきた。

 ひとりひとりに視線をあわせて、確認をとっていく。


「明後日、土曜日からゼミを再開する。

 次回は榛名くんだったな。準備は」

「ハイっ」


 眼鏡男子がしゃちほこばって応じた。


「ではみんな、遅れずに集合するように」


 教授は頷き、ちらりと桜樹を見て、去っていった。

 空気がホッと和らぐ。

 なんだか気持が楽になった。

 みなでざわめきながら出棺を待っていると。


「志摩津桜樹くん、ちょっといいかい」


 振り返ると、村上警部がそこに立っていた。

 捜査の一環で来ているらしく、背広姿である。

 イヤ、と言いたいところだったが、言うわけにはいかなかった。


 少し、人から離れたところまで歩く。


「今回は洩らさなかった代わりに、現場を滅茶苦茶にしたんだって?」


 村上は、あいかわらず見えているかどうか分からない細い眼で言った。


「本当にびっくりしたよ、きみがまさかあの志摩津の三男坊だなんて」


 奇妙な言い回しだった。


「私も昔は志摩津の道場に通っていた。

 といっても本家じゃない。水戸の分家。そんなに才能もなかったしね、長くは通っていない。

 ただ同じ道場の兄弟子が認められて、本家の内弟子になっていたから、すこしばかり御本家の事情も知っている。

 覚えている?」


 村上の細い眠そうな目が桜樹に向いた。


 鴫那晄


 その名がちくりと桜樹の心臓に刺さる。


「晄は死ぬ寸前まで、志摩津当家の跡取りにふさわしいのは志摩津本家の三男坊。

 吉鷹なんていう紛い物は排除すべきと、鼻息荒かったんだよね。

 志摩津吉鷹と警察で同期になって、彼の優秀さにはびっくりしたし、じゃあさぞかし志摩津の三男坊ってのはすごいヤツかと思っていたんだけど」


 桜樹は首を振った。

 鴫那は勘違いをしていた。

 ずっと。

 そもそも桜樹自身、志摩津当家になんて興味がないというのに、あの鴫那が一方的に……。


「血筋だけの問題なら、志摩津検事でも充分資格があるはずだ。

 なのになんでお前なんだ」

「そんなこと、オレ知りません」

「晄はなんで死ななきゃいけなかった」


 離れたところで、喪主の椎行成が挨拶をはじめた。もう間もなく出棺だ。

 最期まで、きちんと見送りたい。


「オレが殺した」


 桜樹は吐き捨てるように言うと、村上を振り切って参列者の群れに戻った。


 出棺を見送った後、ゼミ生たちで昼食を食べていくという。

 桜樹も誘われたが断って、途中で二人分の弁当を買って藤木海のところへ行った。


 海は桜樹を出迎え、塩をまくと、


「びっくり。桜樹ってスーツを着ると、ずい分、大人っぽい」

「みんなに言われたけど、スーツがいいんだよ。アイツ、高いの買っているから」


 一緒に弁当を食べながら、教授が来たこととか、葬儀の様子とかをぽつぽつ話す。

 余計な話はすべて省いた。


 満腹になってごろりと横になった。

 薄曇りのぼやけた日差しが、差し込んでいる。

 ひどく疲れていて、眠い。


「寝れてないの」


 食後のお茶をすすりながら、海が心配そうに言った。


「ううん、睡眠薬飲んで、ちゃんと寝ている。

 ただ、今日はちょっと疲れちゃって」

「寝ていきなよ」

「うん……」

 

 海に誘われるままに、うとうとと瞼を閉じる。

 この部屋はひどく居心地がいい。

 いや、藤木海のそばにいるのが居心地がいい。


 ずっと。


 ずっと昔にも。

 こんなこと、確か、あった、け……。


 桜樹が寝入ると、藤木海はそっとタオルケットをかけ、ぽんぽんとあやすように叩いた。

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