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桜散る  作者: 夏野梨生
17/30

16.

 松芳は思いっきり顔しかめた。


「私だって、出てきてもらえるなら出てきてもらいたい。だが、時宗さま自らがすすんで警察に留まっている」

「桜樹が時宗さまの授業を受けたいと言っている。

 志摩津家としてもひとたび受け入れてもらった以上、面倒をみてもらうのがスジだろう。

 そう時宗さまに言ってくれ」

「桜樹が?」


 松芳の記憶にある限り、桜樹は家に帰りたがっていた。

 長谷部時宗教授にも、とくに関心はなかったよう。

 それにあの怠け者、勉強嫌い、鍛錬嫌い、努力嫌いの桜樹は、どうひっくり返して殴っても「授業受けたい」と言いそうにない。


 吉鷹は松芳の机に広がっていた書類をぜんぶ読み終えると、すらりと立ちあがった。


「理由は分からないが、それがなにかのキーワードらしい。アイツ、勘はいいからな。バカだから理由を聞いたところで、本人も分かってそうにないが。

 松ちゃん、いいか」

「まあ、茨城県警には顔が利くから」


 吉鷹はうなずくと、執務室のわきに置いてあったホワイトボードをがたごとと引っ張り出し、マーカーを手にした。

 妙に楽しそうな、うきうきした顔をしている。


「じゃあ、その2とその3。

 連中、桜樹のダメっぷりが大誤算だったんだ。今ごろ、頭抱えてるぜ。

 サテ、どう出てくるか」

「連中? 大誤算て?」


 吉鷹は今までの事件の流れをホワイトボードにメモしながら。


「もし、松ちゃんが桜樹の立場だったらどうした?」

「そりゃあ、誰かが時宗さまに罪をなすりつけようとしているのはミエミエだ。

 自分の手で真犯人を上げて、時宗さまの濡れ衣を晴らす」


 吉鷹は手でピストルの形をつくり、狙いを定めて松芳を撃つまねをした。

 わざわざ、撃った後に形のよいくちびるを突き出して、煙を消す仕草までする。


「で、犯人を追い詰めようとして返り討ちに遭う、ってトコ。

 それで、松ちゃんを犯人に仕立てて、犯行の末の自殺と見せかけて終わり。動機はゼミ内のイザコザを適当にでっち上げんだろ。

 時宗さまのゼミは解散、桃城大の人気も落ちるし、桃城大に回されてしまった助成金も取り返せる。

 なにより一人息子を失った(しい)(ゆき)(なり)議員は、前のように反対し続ける気力を逸するし、もしかしたら辞職するかもしれない。

 連中にとったら、一石二鳥……いや、志摩津のメンツもつぶれるし、上手くいけば、志摩津、長谷部が仲たがいするかもしれない。三鳥、四鳥、笑いが止まらない話だったんだ。

 計画では」


 そこまで言ってから、吉鷹は爆笑した。


「一回目の殺人現場では嘔吐して失禁、次はパニックになって現場を荒らす、誰がどうみたって、桜樹を犯人に仕立てるにゃ無理があるだろう。

 まして真犯人を追うなんて考えもしなけりゃ、すぐに家に帰りたいとぐずりだす。

 志摩津本家の直系がこんなヘタレとは予想外だったんだ。

 結香さんが居てくれたのもツいていた。

 松ちゃんが有罪率100パーセントの美人検事なら、結香さんはどんな悪人も無罪に仕立てる超々極道弁護士だ。

 結香さん、桜樹への尋問すらさせないぜ。

 連中、手詰まったんだ」


 吉鷹はゲタゲタ笑いながら、桜樹もやるな、アイツらの顔、見てみてーとひとりでウケている。


 松芳は唖然としながらホワイトボードを見つめた。

 話の展開が、あまりに突飛過ぎる。

 桃城大、と、その横に書かれた、紺良宇宙科学技術大学(仮称)を見比べる。


「証拠はあるのか」

「証拠?

 連中が証拠なんて残すものか。桜樹に罪をなすりつけるための証拠なら用意してあっただろうケド。

 さて、どう始末をつけてくるつもりか」

「じゃあ、どうやって逮捕、起訴するんだ」


 吉鷹はくちびるを突き出すと、片手を腰にあて、もう一方の手で、マーカーを投げて受け止めた。


「そういうレベルの話じゃない。

 まあ、身柄押さえるとしたら実行犯の学生ぐらいだけど、面白くないじゃない」


 松芳はボードの前に立った。


「話を整理させてくれ。

 よっしいが連中と言っているのは」


 紺良の文字を赤のマーカーで丸く囲った。


 吉鷹はうなずき。


「向こうにも言い分があるだろうな。

 紺良宇大の計画は三年ほど前から。宇宙開発ブームだったし、景気も良かったし、地元も乗り気ムードだった。

 桃城大とつながりのある椎家などは反対運動をしていたが、少数派だった。


 だが、時宗さまが桃城大に着任して、流れが引っくり返ったんだ。

 なにせ日本を代表する知の巨匠。教育界の重鎮だぜ。地元の名士の親たちは、娘、息子を教授のゼミにいれさせるし、椎議員ら反対派は勢いづいてまだ建設前の施設に、環境などの法規制をがんじがらめにかけ始める。

 リーマンショックで景気も後退し、母体の紺良グループですら資金調達が覚束ないうえ、絞られた助成金もそっくりそのまま桃城大に回された。


 でもって志摩津の本家筋にまで来られて手を組まれたら、莫大な赤字だけ残して計画撤退しかないだろ。

 だから起死回生の策に打って出た、ってとこだろうな」

「時宗さまははなから紺良とコトを構えるつもりで、桃城大に着任されたのか」


 吉鷹はマーカーの尻でくちびるを叩いた。


「オレは時宗さまには面識がないから何とも言えない。

 ご当主さまに聞くと、単純に日本の教育界にプッツンして、隠居を決めたらしいが。

 松ちゃんは会ったんだろ。

 どんな方だった?」

「分かるものか。私なんかに本性をみせる男じゃない。

 長谷部のご当主さまと言うかなぁ、つらつら考えて、長谷部六兄弟、時宗、綺羅、仁資、結香、李香、慧斗の長兄って思うと……」


 言いながら、松芳自身がうーと頭を抱え込んだ。


 誰がどうとか嫌いとかいう前に。

 そろいもそろって、掴みどころのない、やりにくい面子ばかりだ。

 柔よく剛を制する一族。まともに、力と力、技と技でぶつかる志摩津の人間にとって最も苦手な連中だ。

 名を読み上げるだけでも、悪寒が走る。


「成程」


 うんうん、と吉鷹は腕組みをして頷き、


「松ちゃんの説明が一番分かりやすい」


 涼しい眼でさらりと言った。

 見なれた、端正な横顔。

 ずっと見つめて続けてきた。


「これって、津久見は関わっているのか」


 思い切って、言った。

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