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桜散る  作者: 夏野梨生
13/30

12.

「桜樹っ」


 ヒステリックな声と同時に、松芳が飛び込んできた。警察より早い到着だ。

 車をすっ飛ばしてきたようである。


「お前、なんで、また……、え、結香さん?

 なんでここに」


 松芳は長谷部結香をみると、硬直し、珍しいことにありありと動揺していた。

 目の錯覚でなければ、怯えているようにもみえる。


「兄サンが八重山上布くれるっていうから貰いに来た」

「ええええっ、それ、昨日、私が叔父貴のことづけで、長谷部の当主さまにとどけた?

 なんで結香さんなんかに」

「そりゃあ、ボクがかわいいからでしょ。

 志摩津のご当主さまにヨロシク言っておいて」


「そんなことより、松芳サン、冷静に聞いてくださいね」


 守屋がこそこそと桜樹のしでかしたことを言った。

 松芳はまず真っ青になり、次いで真っ赤になった。頬がぴくぴくと痙攣している。


「桜樹っっっっ」


 落ちてきた雷に両手で頭をかばって身体をすくめると、結香がぽんぽんと桜樹の頭をやわらかくたたいた。


「かわいいよね、くれない?」


 松芳は心底嫌そうに顔をゆがめ、


「勘弁してください、結香さん。そんなんでも本家筋ですから」


 結香はかわいらしく唇をとがらせた。


「志摩津らしい言い方。

 かわいい弟だから嫌、って松っくんが言わないともらっちゃうよ」


 松芳は全身をこわばらせて、助けをもとめるように、視線を左右にはしらせている。

 結香が天使の笑みを浮かべる。

 松芳が諦めた顔で、くちびるをひらいたとき。

 どやどやと警官が到着した。

 見覚えのある刑事たちばかりだが、嫌みな、キャリアの目の細い刑事ははいっていなかった。


 松芳は露骨にほっとしたように、息を吐いた。


 ぎょろ目の刑事――警察手帳には半田警部と記載されていた、に守屋が経緯を説明し、長谷部結香を教授の弟で弁護士、と紹介した。


「あのぅ、たしか、芸者をやっている……とか」


 半田刑事の嫌そうな問いに。

 結香はにっこりと笑った。


「ああ、李香のことですね。ボクの双子の弟です」

「え、……でも、お兄さんはたしかに」

「一卵性双生児なので、兄はボクたちをいつも二人でひとりと、半人前扱いするんです」


 結香が言うと、なるほど、そうならそう言ってくれれば、と半田警部は納得したようだったが、うしろでは松芳がげんなりした視線を守屋と交わした。


 鑑識も到着する。

 ひじょうに言いにくそうにしながら、守屋は桜樹の行動を説明した。


「はあああ?

 いまどき、小学生だって、そんなことしないってのに……。まったく、どういう育ち」


 慌てて半田警部は口を閉じたが、松芳にはしっかりと聞こえていたらしい。

 あごを突き出し、冷ややかな目で睨みつけながら、


「家のしつけがなってなくて申し訳ない。

 茨城県警には手間をかけるが、ご配慮願う」


 高飛車に言い切った。


「あー、いや今時珍しい純粋な方のようで……そのう、本当に志摩津検事の弟さんで?」

「そうだ。それがなにか」


 氷点下の視線に、あー、左様で、とかいいながら、半田刑事は後ずさった。

 松芳から遠ざかり、鑑識チームにぼそぼそと指示を出している。


 桜樹は松芳にもたれかかった。


「兄さん、椎って兄さん紹介してって言ってたんだ」

「ん? 検事になりたかったのか」

「パンツ、欲しいって」


 松芳は眉根をひそめた。


「お前、まさか」

「あ、兄サン」


 結香が華やいだ声で、腕をあげた。

 長谷部時宗が一段抜かしで階段を駆け上がってくる。


「すまない。タクシーがなかなかつかまらなかった」


 長谷部教授はちらりと周囲を一瞥し、教室の前に立った。

 椎が見えたのだろう。痛ましそうな顔をする。


「長谷部教授、念のためお聞きしますが、本日未明から今まで、どこでなにをしていらっしゃいました?」


 半田警部が尋ねた。


「答えるつもりはない」


 長谷部教授はきっぱりと言った。

 松芳と守屋が唖然とし、結香は美しい瞳をぱちくりとしている。


「ええと、それはそのう、政府のお仕事とか機密事項で」

「いや、まったくのプライベートだ」

「しかし、そうしますと……」


 半田警部はいかにもやりにくそうに、松芳と結香をちらちらと見ながら、


「そのう、署に来ていただくようなことになってしまいますが」


 と言った瞬間、


「必要ない、県警の本部長にも連絡してある」


 松芳がきっぱりと言った。


「いや、同行しよう。その方がお互い早く済むだろう。

 守屋、すまないが後を頼む」


 えええっ、と、一番困った声を上げたのは半田警部だった。


「兄サン、ボクが弁護しよっか? ぜったいに実刑にしてみせるよ」


 結香が両手をにぎりしめ、かわいらしい口調で言った。


「なんで実刑?」


 教授が不思議そうに問う。


「冤罪で実刑なんて、いいネタになるじゃない。

 最近、兄サンの連載小説ちっとも面白くないんだもの、新聞解約しちゃったよ。

 マスコミだって飛びつくから宣伝もばっちり」


 教授はでれっとまなじりをさげると、弟の頭をなでまわし、


「そうか、心配しててくれたのか」

「ウン」


 と結香が目をほそめて、にっこりとした。


「分かった、考えておく」


 教授の返事に、松芳が「いったい、何考えてんだ」と血の気の引いた顔でよろめいた。


 長谷部教授は若い刑事につき添われて警察署に行き、教室では鑑識作業が続いている。

 椎を四方八方から撮影し、枠取りをしている。

 見ていられず、顔をそむけて、松芳の肩にひたいをあてた。


「オイ、大丈夫か」


 首を振る。

 涙と胃液が同時にこみあげてくる。


「ち、ちょっと、こらえろ。

 守屋、冷たい飲み物。スポーツドリンク系、すぐに買ってこいっ」


 松芳は桜樹を手洗いに引きずっていき、便器の前でしゃがませた。

 指を桜樹の喉につっこみ、無理やり吐かせる。

 背をさすられながら、二度、三度、と吐き戻し、吐くものがなくなると、ようやく身体が落ちついた。


「オレ、もう嫌。

 家に帰りたい」

「ああ。お前には無理だ。

 叔父貴に言う」


「ダメだよ」


 振り返ると、ペットボトルを持った長谷部結香が立っていた。


「自販機、遠いって言うから兄さんの部屋から取らせてもらった。

 はい、どうぞ」

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