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桜散る  作者: 夏野梨生
11/30

10.

「じゃ、おっつかれさまー。

 来月もよろしくー」


 椎行凪がウーロン茶のジョッキを高々と掲げて、打ち上げコンパが始まった。

 大学の敷地の横に立つ、プレハブ小屋のお好み焼き屋の貸し切り。車やバイクで移動している人がほとんどなので、飲み物はウーロン茶とジュースばかり。


(これがコンパ?)


 椎や水戸部たちは楽しそうにはしゃいで、お好み焼きや野菜を焼いている。

 なにかが違う気がする。


 コンパって、おしゃれな雰囲気のある店で、とりあえずお酒飲んで酔っ払って、王様ゲームとかしたり、女の子を酔わせてお持ち帰りしちゃったり、するんじゃないの。

 とはいえ、都会の大学に三度も通っても、いちどもコンパに行ったことがなく、誘われたこともなかった桜樹は、いまひとつ、文句も言えない。


 それに。


「おつかれー」


 碧と柊がウーロン茶のジョッキを桜樹にカチンとあわせて、にっこりする。


(ま、いっか)


 二人とも休みはなにしているの、趣味は、好きなタレントは、と聞こうとした時。


「志摩津くぅぅぅぅぅん」


 椎行凪が背後から抱きついてきた。


「ホントに来てくれたんだ、オレ、嬉しい」

「いや、まあ、その」

「オレたち親友だよな」


 柊と碧は特に気にした風もなく桜樹に背を向けると、水戸部と三人できゃぴきゃぴとはしゃいでいる。


(オレ、あっちがいい……)


 柊たちに混ざりたいのに、ごろにゃーん、と椎が桜樹にもたれかかってくる。

 ぬいぐるみやらコサージュがゴツゴツと身体にあたり、エライ迷惑だ。


「な、な。

 お前、キスしたことある?」

「はあ?」

「オレ、決めてんの。

 ファーストキスは絶対、年上の、カッコいい男性がいいって」


 桜樹は口に含んだウーロン茶をジョッキに吐き戻した。


「うわっ、きったねえ。

 志摩津くんて、ダメダメ系?」


 コイツにだけは言われたくない。


 聞こえたのか、柊が心配そうな顔で振り返り、おしぼりを差し出してくれる。

 稲岡碧も店員を呼んで、ウーロン茶のジョッキを交換してくれた。


「なに? どうしたんだ」


 水戸部が身体を乗り出した。


「椎が変なこと言うから」

「変なこと?」

『いつもの』


 柊が苦笑いしながら、桜樹の代わりに身振りで答えた。


「あー、行凪、まだお子ちゃまだもんね」


 碧がよしよしと、椎の頭を撫でている。


「そーゆー問題?」

「だって、小さい時って、カッコいい同性の年上に憧れるじゃない」

「いや、でも、なんか違う、と思う」

「たとえば、どの辺が」


 桜樹は水戸部を引っ張って、「教授のパンツを売ってくれと言われた」と耳打ちした。

 さすがに、女子ふたりには聞かせられない。

 水戸部はぶっと吹き出し、腹を抱えて笑ってる。


「あー、そりゃあ、志摩津の気持ちも分かる。

 椎、ちょっち、キツイぞ」

「なに言ってんだ。

 オレ、ピンと来たんだ。

 志摩津くんはオレの親友だ」


 椎は両手を握りしめて、力説する。

 勝手に決めないでほしい。


「そうだ、親友の証にコレ、志摩津にやる」


 椎は自分の携帯ストラップを外すと、桜樹の携帯を出させ、勝手に取りつけた。

 爪の先ほどのミニチュアのCDジャケットで、クルンとしたブタの尻尾がついている。

 よくよく眼を凝らすと、ジャケットの人物のカッコは椎と同じ系統で、さらに派手で上をいっている。


「なに、これ」

「なにこれ、って、Pink Pig Scutの限定アイテム。これ貰うために、アルバム発売日にわざわざロンドンまで行ったんだから」

「てなに」

「今日、やっただろっ。

 もう解散しちゃったけど、イギリスのフュージョンバンド、すごかったんだから。ii myuiiも参加してたんだぜ。教授の著書使ってさ」

「ごめん、話が全然見えない」

「こんなすごい日本人もいるんだ、ぜったい教授の大学に行くと英語勉強してたら、いつの間にか教授が帰国していて、桃城大に来てくれるなんて。

 でも、はじめは教授は研究に専念するとかで、授業はもたなかったんだ。

 だから親父に頼んで、なんども大学に交渉したんだよ。

 すっげー、苦労した。

 なのに、藤木のヤツなんかただ乗りして。おまけに教授のお気に入りで。

 前はいいヤツだと思ってたのに。

 裏切り者だ」

「ちょっと待って。大学に交渉って?」

「ウチの家は地元だから。大学の創立時に敷地提供したりして、いろいろ顔がきくんだ。

 今でも寄付とか援助とかしているし、変な学校とかおなじ地区にできないようにしてるから。

 ア、桃城大学の創立メンバーには教授のご先祖様もいる。

 古文書で記録見つけた時は鳥肌たっちゃった。


 これって、絶対、運命だよな。

 だから決めたんだ、ファーストキスは教授とって」

「あー、そう……」


 さすがに長谷部教授が気の毒に思える。

 が、あれだけの大人なら、キスのひとつやふたつ、どうってことないかもしれない、と思い直した。


「教授に言ってみたら」

「言ったよ。

 ノーベル賞とったら考えてもいいって。

 だから、オレ、頑張って勉強しているんだ」


 椎行凪は真顔できっぱりと言った。


(絶対……)

(騙されているぞ)


 松芳ですら涼しい顔であしらっていた長谷部教授なら、椎なんか小指の先で扱えるだろう。

 まじまじと椎を見る。

 化粧は濃いが、目はつぶらだし、顔立ちもあどけない。

 水戸部たちより年下なら、桜樹よりはひと回り近く、若い。


(まだ、子どもなんだ)


「分かった、オレにできることは何でもする」

「やったーっ。

 じゃ、パンツ売って」

「それはちょっと……」

「じゃ、兄さん紹介して」


 いや、それはやめた方が、なんだよ、ケチ、ふたりで言い合っているところに、水戸部が加わり、女子二人も加わり、とりとめのない会話で意味もなく盛り上がる。


 楽しい。

 すごく楽しい。

 最後は店中でたわいもないゲームをしたり、知らない歌を歌ったり。


 明け方まではしゃいで、水戸部の車で送ってもらい、そのままベッドに倒れ込んで、目覚めるまで藤木海のことは忘れていた。

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