表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

No.06:『風景が見つからない』

テーマ:[表現]


怪獣がやってくる、彼の目の前に。

この角度、これくらいの彩度で……。

カシャッ。


スマートフォンの画面には、先ほど撮った写真、冬の訪れを感じさせる、ただただ美しい写真が映し出されている。


「うん、よく撮れてる」


そう呟いて、満足げな顔をしながら、僕は学校へ向かった。

写真を撮るために、遠回りしちゃったから、ちょっと走らないと。


僕は、学校へ向けて駆けていく。

その時も相変わらず、僕は流れる風景を眺めながら、フレームの中に収めたい景色を探していた。

僕のこの眼が、この風景の中に僕の居場所があると、信じていたからだ。


そのまま躓かないように気をつけながら、走っていく。

この心地よい風も、写真にできたらいいのに、と変な事を考えながら。



「おい、遅刻ギリギリだぞ」


門に構える先生の声を無視して学校に入る。

ああいう熱血みたいな人は、僕は昔からどうにも好きになれない。


急足で靴を履き替え、なんとかクラスに着く。

すると、もうすぐチャイムが鳴るというのに、男子生徒二人組がトイレへ向かおうとドアを出るところだった。

そいつらとすれ違いながらクラスに入ると、他の生徒も時間を気にせずにいろんな会話を交わしていた。


僕は遅刻になりかけたこともあり、大人しく自分の席に座る。

と同時に、先ほどの先生が入ってきた。

あの人は数学担当、つまり1時間目から数学をやらなくてはならないのだ。

なんだか、焦って来たのが馬鹿らしいなと思った。


先生の号令で、ようやくみんなが席に座り出す。

こうなれば静かで勉強しやすい、耳が疲れないような環境なのだが、すぐさま眠り出す奴もいるし、絵しりとりの紙を回し始める奴もいる。

とてもいいクラスとは言えない。


授業を受けつつ僕は思っていた。

こんな風景は描きたくないな、と。


そう、僕は写真部ではなく美術部なのだ。

そして最近はこんな風に、どんな絵を描きたいか考え続けながら過ごしていた。



ようやく陰鬱な勉強時間も過ぎ、みんなが浮かれている放課後。

僕は一人で、美術室へ向かっていた。

もちろん、部活をしに行くためだ。


「…んにちは」


ボソッと一応挨拶をしておく。

当然、返事はない。


今日の美術室には四人いる。

お互いにデッサンし合っている女子生徒二人と、窓辺で黙々と絵を描いている女先輩、そして自前のタブレットでキャラクターを描いてる人と様々だ。

あ、顧問の先生もいた、五人か。


各々がしたいことをしていて、互いに干渉しない。

顧問の先生ですら、創作にふけている。

この学校の美術部は本当に適当なのだ。

学年のつながりも、部としてのまとまりもない。

なぜ部として認められてるか不思議なくらいだ。


まあかくいう僕も、いい風景が見つからなければ、部活には来ない。

今日だって、三日振りに顔を出した。

他の部員の出欠状況とか、そもそも部員が何人いるかとか、誰も知らないだろう。

まあその適当さが割と好きで、なんとなく助かっている。


さて、そろそろ今朝の風景を書こうかな。

キャンバスを用意して、絵の具を作って、スマホに写真を写して、っと。


筆がキャンバスの上を滑る。

白い板に、僕の好きな風景が写されていく。


色づいていく様子を噛み締めながら思う。

やっぱり僕は、この時間が好きだ。



小一時間したところで、ある程度完成した。

仕上げは家にしようかな、そう思い立ち上がった。


美術室を見渡すと、一時間前と何も変わらない風景が広がっている。

ここは描きたい絵を描くだけの空間。

美大志望の人は確かいないから、ただただ趣味として楽しんでいる、そのための空間。


僕は別に、この風景は嫌いじゃない。

ただ、絵への情熱もないので、この風景は脆く、弱い。

そこに少し、僕は悲しくなった。


片付け終わり、集中を削がないようにそそくさと退室する。

帰路に着くまでも、僕は絵のことと、新たな風景を見つけることを考えていた。


僕だって美大志望じゃない。

ただ描くのが好き……なんだと思う。

好きなものを描いているんだと思う。


でも、このままで良いのだろうか。

僕の絵は、他人からよく「上手い」と称される。

けれど、そこから何も発展しない。

僕の風景は、そのままを切り取って動かない。

あの美術部に通っていて、大丈夫なのだろうか。


一抹の不安を抱えながら家に着く。

結局また、僕は絵を描くくせに。



翌日。


今日は絵を完成させたし、とりあえず授業だけ受けに来た。

いつものように、少し回り道をしながら登校した。

そして、いつものような授業を受けた。


やはり退屈だ、絵を描けない時間は。

眠ってしまおうとも思ったが、昨日の将来の不安が蘇り、眠ることはできなかった。


つまらない時間をやり過ごし、僕は家へ帰ろうとする。

が、一人で階段を下っていたところ、一枚の絵画が目に止まった。



『お腹空いた』/青野花子



奇妙な絵だった。

僕と同じキャンパスに描かれているが、風景画ではない。

舞台は、おそらく砂漠。

そこに倒れている赤い人……胃袋?

他にも、空の皿、空のコップ、対比するように食べ物が隅っこに描かれている。

空腹から連想ゲームをして描いたような絵。

というか、何故空腹をこの人は描いたんだろう。


目に入って思わず立ち止まったが、別に美しいと言った雰囲気の絵ではない。

帰って風景画を描こうか、そう思って立ち去ろうとした。


クシャッ。

その一歩目で僕は紙を踏み潰した。

ゴミだろうか、そう思って紙を広げてみると、


作者のインスタID @aon-875


と書かれていた。

おそらく、「Instagram(通称:インスタ)」というSNSアプリのIDだろう。

そして作者とは、おそらく青野さんのことだ。


まあ踊り場に自作の絵を置く人だし、投稿しててもおかしくないか。

そんなことを考えていたら、無意識のうちにその紙をポケットに入れてしまった。

いや、無意識というより、好奇心が働いたのかもしれない。

僕はそのまま、学校を出てしまったのだった。



「さっき立ち止まってたのは、同じ美術部のやつか……」




家に帰り、窓から景色を眺める。

変わらぬ風景のはずなのに、この日の空は変わった雰囲気を醸し出していた。


その風景を写真に残しておきたくて、僕はカメラを開いた。

と思ったが、間違えてインスタのアプリを開いてしまっていた。


そこでなぜか急に頭が働いて、あの絵の作者のアカウントの紙のことを思い出した。

このアプリであの人は投稿しているんだ……と。


そしてなぜか、僕は風景を撮るよりも先に、アカウントを確認しようと思ってしまった。

本当に理由がわからない、別にあの作品に感銘を受けた訳じゃないのに。


頭の中とは裏腹に、指先は検索をすでにかけていた。

そして一件ヒットしたアカウントを覗く。


思った通りだった。

そのアカウントでは、ほぼ毎日絵が投稿されている。

しかも今日見た絵のような、ヘンテコな絵ばかりだった。


10/23 13:10

-『邪魔』


10/22 10:32

-『列抜かすな』


なんて投稿がいつまでも続いている。

そして、どれも奇妙で不思議で、目を引く作品だった。


タイトルは、作品自体を表しているというより、きっとその時の青野さんの感情をそのままつけているのだろう。


絵のタイトルのことを、その絵を一言で表すなら……みたいなロマンチックなものかと思っていたのだが……。

こんな表現の仕方もあるのかと、感心する。


そのままぼーっと過去の投稿を眺めていたら、僕はあることに気がついた。

青野さんは毎日投稿をしているのに、今日の分の投稿がないのだ。


僕はどんどんページの上へ遡って、更新をする。

すると、今日見たあの絵が投稿されていた。


10/24 19:01

-『お腹空いた』


青野さんの投稿は一分前と表示されているのに、すでに一つ"いいね"がついていた。

自分で"いいね"するタイプかよ……と、少しだけ思った。


そして改めて見てみると、過去の投稿ととても似た技法が使われていたり、筆捌きがかなり酷似している。

すごく、表現にムラがない人なんだな、とも僕は思った。


ところで、この人は何故短文の内容を呟くのではなく、わざわざ絵に描いて伝えているのだろう。

誰でも思うような感情を絵で伝える、その理由が知りたくなってしまった。


そこで僕は、今日の投稿にコメントを書くことにした。


10/24 19:05


-何故こんな絵を描いているのですか?


すると、間髪入れずに返信が来た。


10/24 19:06


-表現したいことがあるから。


この一言のみ。

この人の描きたいものとは、こんな誰にも言えない思考のことなのだろうか。


あまりに説明不足で、いまいち腑に落ちない。

でも、わざわざ考察をしようとも思わない。

僕はこの人に失望したのか分からないが、一瞬にして興味を失ってしまった。


そしてスマホの電源を落としてベッドに倒れ込み、外の景色を見た。

空には星が瞬いていて、とても美しい。

先ほど僕が写真を撮ろうとした風景から、表情を変えた気がする。

その空は色が歪んでいるようで、僕には描くことができないように思えた。



翌日、僕は美術室へ向かった。

昨日の風景を描くためだ。


だが、昨日写真を撮ったのに、スマホを忘れるというミスを犯していた。

なので今日は珍しく、想像で描くことにした。


あの窓から見える……あの角度の……あの空を。


「逆になんで風景画描いてんの」


「えっ」


背後の人物から唐突に質問を投げかけられ、僕は答えることができなかった。

いやむしろ、問いの意図が分からずに、動揺していただけかもしれない。


質問の主は、よく窓辺で絵を描いている女先輩だった。


「えっと……なんで急にそんなことを…」


「だって、お前昨日私にメールしたよな。なんでこんな絵描いてんすかって」


一瞬何を言われたかよく分からなかった。


「…え、なんで僕だって思うんですか?」


「や、アイコンがお前が描いた風景画と似てたからだよ。ほら言えよ、なんで描いてるか」


瞬間、僕は迂闊なことをしたと後悔した。

整理すると、昨日の絵を描いたのは実は美術部の先輩で、僕はそれを知らずに、メールを送ってしまったのだ。


……ダメだ、僕には返せる答えがない。


「表現したいことが……あるから?」


だから、先輩の返しを模倣する事しか出来なかった。

そしてその答えを聞いて、青野先輩は心底呆れた表情を見せた。


「風景画は表現じゃない。そのスマホのフレームの景色を映しているだけだ。表現したいことがあるなら別の絵を描け」


上から目線でこう告げられて、イラッとする。

なんでこの人は、こんな知ったような口振りで、僕の作品にとやかく言ってくるのだろう。


「いや、なんか睨んできてるけど、実際お前私の絵見たんだろ。私の絵に何か感じたんだろ。言ってみろよ」


……うるさい。

お前の絵なんて見てない、どうだっていいんだ。

僕は僕の意思で、風景画を描いてるんだ。


「ほら、いつまで絵ェ描こうとしてんだよ。その"上手いだけの絵"ばっか描いたってしょうがないだろ」


「しょうがなくない!」


咄嗟に言い返した。

もう限界だった。


「承認欲求で描いてるあんたの方が、芸術を冒涜しているだろ!あんたに何が分かんだよ!」


……言ってしまった。

この人の挑発に乗った事、そして先輩を否定してしまった事、二つの後悔と自分への呆れが同時に起こる。


どうか傷ついていませんように、なんて情けないことを願いながら、先輩の顔を見る。


願いが通じていた。

……いや、通じてしまった顔をしていた。


「違う。私は私の感情を絵に描いているんだ。そして、絵を見て知った気になる理解者が欲しいんじゃない、観客が欲しいんだ。人に届きさえすればいい。」


先輩は声を荒げるのを堪えるような顔をしながら、僕に言った。


観客が欲しい、僕と真逆の考えだ。

でも、言っていたことの筋は通っている……のかもしれない。


「僕だって誰に見せるわけじゃないですけど風景画描いてるんですよ!なんでそれを真っ向から否定されなきゃなんですか!」


「そうやって口で怒りを伝えられるんだから、そのまま絵でぶつけろよ。もっと自分の気持ちを理解した方がいい」


でも、確かに風景画に僕は疑問を抱いていた。

このまま描いても何も変わらないのでは、と思っていた。


「……なんで人に強制するほど表現に固執するんですか?」


「絵で私自身を感じさせるためだ。伝えるためには絵をたくさん描くし、見せびらかしていく。それは、今伝わったという感覚が欲しいためでもあるが」


先輩には信条があった。

そしてそれに縛られ、生き急いでいるようだった。

その真っすぐさに当てられて、僕は少し冷静になった。


「僕はかなり意味もなく風景画を描いてきました。別に自分を誇示することだけが芸術じゃないし、そこまで思い詰めて描く必要ないと思いますよ」


善意でこう言った。


だが、僕の思っていた反応と違っていた。

そして先輩は先ほどの僕のように、憤怒した。


「思い詰めるに決まってんだろっ!伝わった感覚は今この瞬間しか得られないんだ、焦らない方がおかしい。死後評価されるんじゃ、全部全部、何もかも遅いんだよ!」


美術室に響いた声は、誰の耳まで届いただろうか。

僕の耳には、何の音も聞こえなくなった。


周りの人の視線が集まるのを感じる。

けれど止めには入らずに、この場から離れようとしているのだろう。


それでも先輩の怒りは収まることはない。

ただ息を荒げ続け、僕を見つめるのだった。



筆が進まなくなった。

あの後結局描かなかった風景画の続きを家で描こうと思ったが……ダメだ、出来ない。


あの先輩の心の叫びが、頭から離れなかった。

確かに、絵の手応えは今感じるしか出来ない。

そう思うと、この時間はとても貴重なのかもしれない。

本当は、そんなことを伝えようとしてくれたのかもしれない。


先輩の言葉を消化しながら、僕は風景を写していく。

やっぱり僕は、純粋に風景画が好きなのだ。


でも、先輩が言っていた"表現"とは程遠い。

思い切って、何かを込めてみようか。


思い……"風景画が好き"、とか。

それとも……。


表現……表現……。


「死後評価されるんじゃ、全部全部、何もかも遅いんだよ!」


不意に、先輩の声が聞こえた気がした。

その声のおかげで、僕の考えはまとまる。


いや違う。

まとまったのではない。

あの人の言葉が、悩む僕の脳みそを貫いていたのだ。


キャンバス、筆、そしてこの街の写真。

深夜一時、僕は絵を描き始めた。



翌日、僕は僕なりの表現を込めた絵を飾る場所を探していた。

廊下や階段を渡り歩いて、探して、探して。

そして、見つけた。


「……あった」


そこは、校舎同士を繋ぐ渡り廊下の壁。

先輩の絵がポツンと置かれてた。


そして僕は先輩の絵の隣に、作品を飾ろうと決めていたのだった。


"回収する時見られるから"とか、"先輩の隣に置けば、自ずと生徒が集まって作品を多くの人に見せられるから"、とかそんな理由じゃない。

自分の作品に真っ先にいいねをするあのナルシストで芯のある部分を、僕は信じていたからだった。


僕の置いた絵に、紙を添えて僕はその場を後にする。

その紙には、こう書いた。


『具象画』/風間蒼


その作品は、僕の好きな風景の中で、その街に突然訪れた挙句ぐちゃぐちゃに破壊してしまう、そんな"怪獣"を描いたものだ。



その後のあの絵の行方を僕は知らない。

けれど、あの先輩はどうやら僕の絵を見てくれていたらしい。


その証拠に、青野先輩はSNSアカウントを更新して、こんな絵を投稿した。


10/26 23:56

-『また描けよ』


その絵は、あの廊下の風景画。

僕の作品をやけに強調していて、誇らしげに立っている女の子が、僕の絵を見ているのを描いた絵だった。

先輩らしくない、構図が整っていて、満遍なく色が広がっている、そんな絵だった。


そして僕は、その投稿に先輩よりも早く"いいね"を押した。


僕は先輩の観客であり、そして理解者だ。

【あとがき】

ラストシーンで挿絵を貼れたら完璧だったんだけどなぁ…。

私に画力があればなぁ〜。


面白かったら、絵文字を押していただけるとありがたいです。

感想やブックマーク、星もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ