No.05:『酒を注ぐ女』
テーマ:[友情]
友達って言っても、距離があるから。
ネオンサインが光る街、歌舞伎町の深夜にて、今日も酒瓶を持った女が、通行人に唾を吐いていた。
「ほらほらあ、酒ぇ飲め」
「いや、僕未成年なんで……」
その女は街ゆく人々に手当たり次第に酒を勧めていた。
彼女の妖艶な姿とは裏腹に、酒癖が悪すぎることで、ここ歌舞伎町では有名だった。
むしろ、彼女がこんな美貌の持ち主と知らない人間の方が多かった。
それくらい、彼女は危険視されていたのだ。
と、ふらつく酒女の前方に、二人のリーマン男性が現れた。
どうやら、酒の悪魔であるこの女の悪評を知らないご様子だ。
「やっぱり、先輩が書くファンタジーは面白いっすね」
「いやいや、君の表現力には敵わないよ」
この男性達は、会社の先輩後輩。
そしてきっと、作家仲間だろう。
なぜ作家仲間とわざわざ歌舞伎町なんか来たんだろう……。
「おらぁ。飲み足りないだろうぅぅ」
するとついに、酒臭女に二人は目をつけられた。
「はぁ?なんだこいつはぁ」
「酒飲んできたんだろう。もっと飲んでもいいじゃねぇか」
「先輩離れましょうよ」
「なんか言ったかぁ?お前もこいつ飲むか」
そう言って茶色い酒瓶の日本酒を見せびらかす。
こうなってはもう戦闘モード、誰も逃れられない。
そもそも歌舞伎町では、茶色い酒瓶が見えたらUターンをするという、常識があるのだ。
しかし、この二人は知らないまま歌舞伎町に入り、あえなく捕まる。
常識を身につけてから、夜の東京に出向いて欲しいものだ。
女は先輩リーマンの肩を掴んで、酒を飲まそうとする。
リーマンは少し酔っていたせいで、自分より遥かに酔っている人間の猛攻に、抵抗できなくなってしまっていた。
そのまま口を開かされたリーマンは、チョロチョロと酒を注がれていく……。
そして喉を伝っていくごとに、理性が薄れ、体は火照り、頭が働かなくなった。
そして……彼は完全に、出来上がってしまった。
「せ…先輩?大丈夫ですか?」
「…るせえ」
「…え?」
「うるせえへっぽこ作家がよお!」
「は、はぁ!?」
「だってそうだろうが。てめえの小説は、主人公が変わってるようで変わってねぇ。全部おんなじ作品じゃあ!」
先輩リーマンは、それはもうベロンベロンに酔って、後輩に本音をぶつけてしまった。
それを聞いた後輩リーマンは当然…
「な、なんだと!?クソっ、ちょっとその酒貸して!」
そう言って、女から酒を奪って、一口。
しかし、まだ酒の経験の浅い若造が、飲んでいい代物では無かった。
「せ、先輩も女キャラ!ばっか出しててぇ!欲望丸出しでぇ!気持ち……悪い……」
後輩リーマンは酒の刺激と、創作への怒りでオーバーヒートし、コンクリートの地面に伏せてしまった。
そして……えっと、この人は焼き鳥屋にでも行ったのかな?
その様子を見て、女はニカっと笑う。
そしてまた、次の獲物を探して徘徊し始めるのだった。
女はなぜ、常に酔っているのか、結局のところ知る者はまだいない。
しかし、あの女は先のリーマンのように、喧嘩を誘発させるために酒を勧め、またそれを肴に酒を飲んでいる。
単なる娯楽のように思えるが、私は違うと思う。
酒の力でしか本音を言い合えない、そんな人たちを救っているのだと思う。
酒というのは、喧嘩をつまみにしても、美味いのだ。
【あとがき】
お酒無しで喧嘩できる相手がいたら、それはもう運命の相手です。
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