落下(改)
過去の短編の改変版です。先にそっち読んだ方が面白いかも?
目を覚ますと、自宅のあるマンションの屋上、その柵の向こう側にいた。
一歩踏み出せば、たちまち私は重力に引っ張られ、地面からの反作用を喰らうことが容易に想像できる。
そして、わざわざこんな場所にいる理由、それはきっと、落下死をしようと思い立ったのだろう。
私はもう一度目を下に向ける。
こうして見ると、これから落下死をする事の実感が湧いてきた。
けれど、肝心の動機が分からない。
直前にあったであろう出来事を思い出せないのだ。
辺りに遺書はない。
どうやら、突発的に死のうとしているらしい。
我ながら阿呆らしくて、自身に愚痴を吐きそうになってしまう。
しかしながら、死にたいという感情も私は知っている。
今までの経験上、私は感情よがりの行動をしがちだ。
その上とにかく、嫌なことから逃げたくなる…。
今私がここまで踏み切ったのも、積もり積もった鬱憤から解放されたかったからだろう。
そしてどういうつもりか知らないが、最期の決断は己の意思で行わなければいけないみたいだ。
…どこからも風は吹いていない。
柵を握る手に、私の全てがのしかかっている。
私は、目を大きく開いた。
両手は慣れた動きで形を変え、私はだんだんと前方へ傾いていった。
力を抜いて落下の力に身を任せ、頭を地面に向けながら、私は落ちていく。
マンションの壁をかすめ、自分の部屋を過ぎる。
体感したことのないスピードで落ちていく。
心は落ち着いていた。
なんなら少し興奮しているし、瞳孔は景色を楽しんでいた。
人生最期だというのだから、もっと恐れるべきとさえ思ってしまう。
そして気がつくと、私は空中で腕を広げていた。
鳥のように、蝶のように。
憧れのままにばたつかせたりした。
手で風を切りながら落ちていく。
耳に風を切る音が激しく流れ込む。
そして、もうまもなく地面だ。
死に対する恐怖は、驚くほどゼロに近い。
それなのに、なぜだろうか。
この時間が終わってほしくないと思っていた。
生きたいから?
いや、違うな。
私は、「生」を、「この瞬間」を、噛み締めるように目を瞑る。
…この時が、永遠に続けばいいのに…。
目を覚ますと私は、私が暮らしているマンションの一室、そのベッドの上にいた。
体を起こして時計を見ると、そろそろ学校へ向かう時間。
先ほどまでのリアリティが見せた世界より、よっぽどリアルな世界が広がっていた。
私はアラームを襲うように掴み、黙らせる。
そして、布団を被り、もう一度眠ろうとした。
朝の鳥の囀り、輝く朝日、そのどれもを鹿十して、夢の世界に訪れようと試みる。
けれど、一度起きてしまうと眠れない。
すぐには、あの世へ行けない。
だが、私には諦められなかった。
目を塞いで、耳を塞いで、暗闇にしてしまえば、脳が錯覚するんじゃないかと思った。
しかし私の脳みそは、ただ光の波長と音の波長の狂った世界を映し出すだけ。
まるで麻薬を吸い込んだようだった。
そんな時、
「あんたいつまで寝てんの!!」
という母親の声が、耳を覆っていた手を貫通してきた。
ゲームオーバー、だと私は悟った。
ようやく起きた私は、朝の身支度を淡々と行う。
家を出る時刻が迫っていたが、もはや私には関係なかった。
私はもう一度、空を飛べるだろうか。
いや、不可能だ。
あの時、目覚めなければよかった。
落下を繰り返したかっただけなのに、どうして夢オチなんて陳腐な現象を起こすんだ!
私は怒りを抑えられない中、一つの行動を思いついた。
そう、まだ唯一の可能性があるのだ。
私は適当に栄養を摂って、廊下に足を響かせながら家を出る。
そして、先刻に見た屋上のあの場所へやって来た。
本当に、そっくりそのまま見たことがあった。
私の脳はなぜ、あそこまで鮮明な景色を見せられたのかと疑問に思う程に。
そして、定位置に着く。
心臓が悲鳴をあげているのが聞こえた。
命が失くなりそうな感覚に、どこか懐かしさを覚える。
向かい風を受けて、汗が乾く感覚が気持ちよかった。
さて、私は満を持して、下を覗き込んだ。
が、うまく下が見えなかった。
おかしい、と思いもう一度試す。
…首が動かなかった。
動かせるのは、眼球だけで、首や背が真っ直ぐ強張っている。
異変はそれだけじゃない。
身体中のどこかしこも、意思疎通の取れない粘土人形のようなのだ。
中に芯だけ詰めて接着されたようで、その腕でさえ柵にくくりつけたみたいだった。
全身は小刻みに震えて、ささやかな抵抗として踠いている。
私は、オロオロと泣いた。
死ぬほど後悔した。
夢ならば覚めてくれと、存在も知らない神に祈り続けた。
もしあの夢で恐怖を感じていたら、あの後はどうなっていたのだろう…。




