No.11:『人工知能と泥臭さ』
テーマ:[度胸]
人工知能は日々進化していきますね。
「お前のその内気な性格、今すぐ変えてくれないか」
そう脅し口調で告げられて、僕は思わず俯く。
こんな事を言われるのは初めてだったから。
そして恐怖のあまり返事もできず、ただ頷くことしかできなかった。
今の僕は会議の真っ最中。
叱られているのには理由がある。
先ほど僕は先輩から突然、今度の企画の説明を任されてしまった。
嫌がらせなのか、自分が企画を理解していないのか。
理由は不明だが、彼は人前が苦手な僕を指名してきたのだ。
さらに僕は、企画をどう話そうか考えているうちに、たくさんの視線が集まっていることに気がついてしまった。
そのせいで余計に緊張して、言葉をうまく発することができなかった。
何をまず伝えるべきか悩んで、どのページを引用するか悩んで、思考の歯車をこねくり回すように悩んだ。
結局、口が動かなければ意味はないのに。
先輩のフォローらしき言葉は、緊張のあまり耳栓でもしていたのかと思うほど聞こえていなかった。
正直、眼球の感覚器官は作動していなかっただろう。
そしてそんな僕に痺れを切らした先輩が、会議中にもかかわらず、叱ろうと声を上げたのである。
このせいで会議は中止、僕はきてくださった方に謝罪して回った。
企画を楽しみにしていた人たちの失望した顔は、とても直視できないほどに辛かった。
「マジお前いい加減にしろよ。次ああなったら告げ口するからな」
終業後の別れ際、先輩はそう言って去っていった。
そして僕は、変わらず震えながら、頭を下げて見送った。
上辺だけの誠意しか、見せることはできなかった。
今日の僕は会議のこともあって、先輩よりも残って仕事をした。
もう一度会議を用意してもらったため、それの準備を進めるのだ。
カンペ…レーザーポインター…Q &Aも必要か?
わかりやすい表現を使って、先輩との繋ぎも考えて…。
準備に抜けがないかに頭を使わせすぎて、徐々に頭痛がしてくる。
心臓が大きく鳴って、鼓動が速くなってくる。
ゾーンにでも入ったかのように集中して、僕は悩み、そして突き詰め続けていた。
「おい、もう終電過ぎちまうぞ」
時計を見ると、午後十時の手前。
別部署の人に言われて、会議のことに夕食以降没頭していたことに、僕ははじめて気がついた。
そして、それほど時間をかけても終わらせられなかった自分に、呆れ返ってしまった。
その日は会社に残ることはできなかったので、僕は急いで駅へ向かい、終電に飛び込んで家に帰った。
ものすごい疲労感だ、今すぐにでも眠りたい。
あれ、飯まだだっけ…。
けれど失敗への恐怖が、睡眠欲も食欲も失せさせる。
会議の準備をしろ、という先輩の声が聞こえた気がしたのだ。
それに従って僕は再びパソコンを開き、準備を始めた。
よし、あらかたの準備は終わった。
けれど、緊張してしまったらどうしよう。
今日だって、人目のせいで何も上手くいかなかった。
やはり人目に慣れたり、緊張をほぐすルーティンが必要なのだろうか。
僕は念を入れて、緊張対策を調べることにした。
しかし、ネットに溢れた情報は複雑で、何が何だかよく分からなかった。
そもそも、一個一個細かく見れる時間も気力もない。
はぁ、どうしようか。
…そうだ"AI"ってのを使ってみようか。
近年話題に聞くオープンAI。
質問をすると、調べなくてもまとまった情報を答えてくれる代物だ。
よし、今日は疲れてるし、使ってみようか。
僕は早速AIのページを開いて、"緊張のほぐし方"、と質問した。
すると、こんな返答が来た。
①深呼吸をゆっくり三回する
②手のひらを軽くこする
③短時間逆立ちをする
④目を閉じて「今ここ」に集中する
僕は、複数も回答が返ってきて驚いた。
最近の技術はやっぱりすごい。
が、それよりも気になったのは、逆立ちが緊張に効くということだ。
今までそんな話は聞いたことがない。
色んな解決方法があるんだな。
…待てよ、それじゃあ緊張していた時に、わざわざ逆立ちをした奴が過去にいたってことか?
そんなことある?
あれ、これって本当の記事なのか?
僕は気になって、情報の出所を知ろうと質問した。
"逆立ちで緊張がほぐれるって本当?"
するとAIは、ぐるぐると回答に悩み始めた。
おそらく、ネットの情報をかき集めているのだろう。
そして数十秒後に、そっとこう告げた。
"逆立ちが緊張に効くという文献は見つかりませんでした"
え、さっき自分で言っていたことじゃないの?
AIが真逆のことを言い始めて、僕は混乱してしまった。
つまりこいつは、僕に堂々と嘘を教えてきたのだ。
悪びれもせず、これが真実であるかのように。
ああ、なんて潔いのだろうか。
他のよくある解決法と同様のノリで間違えるとは。
と同時に、なぜAIは自身の意見に迷いがないのかという疑問が生じた。
だって不思議じゃないだろうか、二回目は自力で確認して自分で嘘であると言っていたし。
答えを考える時に、何も考えていないのだろうか。
それとも…僕の問題が解決することを最優先で考えていただけなのだろうか。
僕は、そんなことをしている暇はないと思いつつ、AIの性能面について自力で調べた。
すると、このような記事を見つけた。
〇〇AIは、使用者のニーズに素早く応えるために、ネットの文献や、開発者が事前に教えた情報を駆使して回答します。そのため、現在のバージョンでは約七割の正答率となっています。今後の〇〇AIの成長にご期待ください。
つまり、僕が使用したこのAIは、早く緊張のほぐし方を伝えるために、過去の自分のデータから解答をしているのだ。
だからあんなに素早く、ある程度の解が得られるという訳だ。
間違いなんて分からないから、いっそ堂々と伝えようとしてくれているのだ。
それを知った時、なぜか僕はAIに感心していた。
きっと、人間的なセリフも相まって、健気に責務を全うしようとしていると、分かったからだろう。
って、こんな事をしている場合じゃない、もう寝ないと。
そう思って眠りにつこうとするが、眠れなかった。
僕は、健気に…というか真摯に、仕事と向き合えているのだろうか。
その後眠りについて、翌朝。
会議のために準備したものを持って、僕は出社した。
今日の午後四時から、二回目の会議が始まる。
同じ人たちとの会議、正直気が引ける。
刻々と迫ってくるにつれ、手が震えてきた。
三十分前、汗が止まらない。
頭の中では、心配事が絶えなかった。
どうしよう…どうしよう。
そうだ、昨日の緊張のほぐし方をやってみようか。
①が…あれ?
逆立ち…じゃないよな。
あまりの緊張で、僕は緊張のほぐし方を忘れてしまっていた。
映像も音も空気感も、何もかも思い出せない。
あああどうしよう。
トラウマが込み上げ、蘇ってくる。
もうあんなふうにはなりたくない…。
そう頭を働かせていると、再び昨日のAIが思い出された。
けれど、思い出したのは緊張のほぐし方ではなく、間違ったことを伝えてきたこと。
堂々と逆立ちと答えた、あの瞬間を僕は思い出した。
そうだ、今はぐちゃぐちゃ考えちゃいけない。
とにかくまっすぐ前を向いて、ただ話すことに集中するんだ。
……いや、大きな声で説明し続けることを、目標にしようか。
そうと決まれば、もう会議室に行って、資料の準備をしてしまおう。
僕は、デスクの間を抜け、千鳥足ながらも、会議室に一直線で向かった。
ただただ会議の成功を祈って、僕は心の準備を始めるのだった。
【あとがき】
不安で考えすぎちゃうことが、ニュートラルだと思いますけどね。
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