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第24話 vs勇者⑦

「お前を殺す」


「かかって……こい……」


 手にした剣に、凄まじい力が宿っている事が感じられる。当然だ。師匠が自らの全てを捧げて生み出した剣なのだから。


「行くぞ!」


 その剣を両手でしっかり掴み、俺は正面から勇者へと斬りかかる。その一撃を、奴は左手を頭上に掲げてその太い腕で受け止めようとするが――


「はぁっ!」


「ぬっ……」


 師匠の命を吸ったブラッドソードの圧倒的なは破壊力は、その腕を容易く切り飛ばす。そして奴の肩を切り裂き、心臓のある左胸側の中心部にまで到達する。


 これで終わりだ。師匠、この勝利は貴方が俺にくれたも――


「なにっ!?」


 剣をそのまま振り抜き、奴の体を真っ二つにしようとしていた手が止まる。まるで、急に何かとんでも無く堅い物に当たったかの様に、どれだけ力を込めても刃が全く進まない。それどころか、引き抜く事すら出来なくなってしまっていた。


 胸の中心まで切り裂いてるんだぞ!? 何が一体どうなってる!?


「いい……こうげきだ……」


「——っ!?」


 奴の言葉に、視線を握った刃から上げる。奴は笑っていた。胸の中心まで切り裂かれているにもかかわらず、苦痛に顔を歪める事無く。


 効いていない? そんな馬鹿な……いや――


「不死身かよ……」


 ――そうとしか考えられない。


「いい……こうげきの……ほうびに……ほんきを……みせて……やる」


 勇者の肉体から蒸気の様な物が立ち昇る。そして肉体が縮んでいき、皮膚の色が赤黒く、質感が硬質的な物へと変化していく。


 バキーンと乾いた音が響き、俺の手にしていたブラッドソードがその変化に巻き込まれ折れてしまう。師匠の命を吸い、凄まじいパワーを秘めていたにもかかわらず、だ。


「くっ……」


 想定外の異常な事態に思考が纏まらない。だが、このまま側にいるのが危険だという事だけは分かる。俺は慌てて後ろに飛び、勇者から間合いをあけた。もっとも、今の一撃で倒せなかった時点でもう勝負はついているが……


 勇者から噴き出していた蒸気が収まり、その姿の変化も止まる。その姿はどう見ても――


「人間じゃないのかよ……」


 ――人外。


 赤黒い皮膚。背中には黒い翼。そしてこめかみには角が生えており、額には真っ赤な、本来人間が持ちえない三つ目の瞳。勇者の姿は、どこをどう見ても人外としか思えない形へと変貌していた。


 奴は一体なんだ? 本当に勇者なのか? そんな疑問から、俺は簡易鑑定の魔法を咄嗟に発動させる。


「な……何だこれは……」


 鑑定には【勇者】と出ている。だがそれだけではなく、勇者と重なる様に――


「魔王……だと?」


 ――【魔王】とも表示されていた。


 魔王? 勇者なのに魔王? 魔王なのに勇者? どういう事だ? 全く意味が分からない。奴は一体何なんだ?


「ふむ……」


 勇者が腕を体の前にまわし、ストレッチの様な行動をとる。


「やはり、人の姿では動かしづらくて敵わんな」


 先程まで片言だった奴の発声が、流ちょうな物へと変わっていた。恐らく、今の奴の姿が本来の姿なのだろう。


「さて……先程の攻撃は良かったぞ。変身したままだったなら、私は殺されてしまっていただろう。その褒美に、私の全力をみせてやろう。まあ全力と言っても、この勇者召喚とやらで作られ肉体では、本来の半分も出せんがな」


「勇者召喚で作られ肉体……だと?」


 魔王の言葉。勇者召喚で作られた肉体と言う言葉に、俺は引っかかる。召喚と、作るでは全く意味合いが違って来るからだ。


「ああ。奴らは召喚などと銘打ってはいたが、要は異世界の生物の情報を元にそのコピーを作り出す秘術。それが勇者召喚とやらの正体だ」


「……」


 ちょっと待て……もしそれが本当なら、勇者召喚で呼び出された俺も……


「言ってしまえば、此処にいる私はまがい物という訳だ」


 まがい物。つまり俺は偽物って事か? そんな馬鹿な……


 馬鹿げていると思いたかった。だが、奴は俺が勇者召喚された人間である事を知らない。つまり、俺に嘘を吐く理由などないのだ。


「まあそんな事はどうでもいいだろう。偽物だろうが何だろうが、私はここにいる。ならば戦いを。殺戮を楽しむのみだ。行くぞ」


「――っ!?」


 魔王の姿が消える。だが次の瞬間、奴は俺の目と鼻の先に姿を現した。まるで瞬間移動。いや、ひょっとしたら本当に瞬間移動だったのかもしれない。


 まあ、もう、それが超高速の移動かそうじゃないかなどどうでもいい。何故なら――


「……」


 ――俺はもう死んでいるからだ。


 視線を下におろすと、奴の腕が、俺の胸元に深く突き刺さっているのが見えた。体から力が抜け、立っていられない。視界も急速に靄がかって、見えなくなってくる。


 ……ああ、俺、死ぬのか。


 奴の言葉が本当なら、俺は勇者じゃない所か、そもそも御剣那由多(みつるぎなゆた)ですらなかった事になる。


 俺って何なんだろうな……


 魔王が突き刺していた手を抜いたのだろう。体が崩れ落ち、倒れて視界の端、僅かに空の青さだけが見えた。


 死にたくない。だがそんな気持ちすら、造り物なのだろうか?


 この状況をほんの少しでもポジティブに考えるなら、此処で俺が死んでも、御剣那由多(みつるぎなゆた)は日本で平和に暮らしていける。って所か。そう考えると、少しは気が楽になるな。


 けど……やっぱり悔しいし、無念だ。


 師匠、すいません……


 せっかく俺の為に命までかけてくれたのに、生き延び、誰よりも強くなるって約束を果たせない俺を許してください……


 ――視界が真っ黒に染まり、俺の意識は途切れた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「——っ!?」


 突如、胸に違和感を感じる。それはまるで、大きな穴が開いた様な感覚。俺は思わず胸に手をやり、胸に開いた穴から流れ込んでくる大量の情報に顔を顰めた。


「那由多君、どうかしたの?」


 俺の異変に気づいた茶髪の女性が、顔を覗き込んで来る。彼女の名は佐山春子。今日のデートの相手だ。特に親しい間柄ではなかったが、見た目が好みなのと、積極的にガンガン来られて今日のデートに繋がっている。


「ごめん……春子ちゃん。ちょっと急用が出来た」


「へっ?え?」


 急な俺の言葉に、彼女が目を白黒させる。彼女には悪いが、俺は込み上げて来るやるせない気持ちにじっとしていられなかった。


「ごめん!」


 彼女に謝罪し、俺は駆けだす。別に何処かを目指しての行動ではない。ただ走り、走り、そして人気のないマンションの影に入った所で跳躍した。


「やっぱり……」


 跳躍した俺は12階建てのマンションの屋上へと着地する。いくら天才だからとは言え、そんな荒唐無稽な真似は出来ない。そう、《《異世界での経験》》が無ければ。


「間違いない。全ては事実……」


 異世界で生み出されたもう一人の俺。そしてその最後。それらの全てが、先ほど俺に流れ込んで来た。なぜそうなったかは、理由は不明だが。


「……やられっぱなしは腹が立つよな?だって俺は天才なんだぜ?」


 凡人なら、超えようのない壁に絶望したり、避けるのは仕方がない事だ。だが俺は違う。そう、天才なのだ。その俺が――たとえそれがコピーであろうとも、あんな無様な最期など認められる訳がない。


 俺は空に向かって手を伸ばす。そしてその先をじっと見つめる。俺の中から延びた、異世界にいるもう一人へと続く繋がりを。


「天才だからってだけじゃ、説明はつかないけど……」


 出来そうだからやる。俺は自らの命を、もう一人の自分へと送る。もう一人の自分を蘇生するために。


 約束も守れず、やられっぱなじゃ、天才としての面子が立たないからな。


 ま、仮に失敗しても、俺自身が消えてなくなる訳じゃないから気楽なもんだ。

拙作をお読みいただきありがとうございます。


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