【第9話】砂時計の女王(中編)
引き金が引かれ、銃声が空間に弾けた。
リタの銀弾が、ユリウスの右腕をかすめる。
だが彼もまた、迷いなく反撃した。
激突する二丁の銃声。
弾丸が空を裂き、火花が飛び散る。
「……ためらわないのね」
リタの声は、皮肉でも冷笑でもなかった。
「それが“あなた”だったら、少しは……戸惑うと思った」
「俺は、カティアに造られた存在だ」
ユリウスは無感情に言う。
「与えられた使命を果たす。ただそれだけだ」
だが、ほんのわずかに――
その声の端に、“迷い”が混ざっていた。
〈アトリエ・ルブラン〉の中枢である温室が、衝撃で揺れる。
歯車の回転が狂い始め、砂時計の流れが不規則に変化していく。
「ねえ、ユリウス。
あなたは覚えてないの? “あの夜”を」
「……“黒の夜”のことか」
「ええ。
あなたが、私を逃がして、代わりに“死んだ”夜」
リタは一歩、前へ踏み出す。
「“この命は、お前に使ってほしい”――そう言ったあなたを、私は今も覚えてる。
それが造られた記憶だとしても、私の中では……本物よ」
ユリウスの手が、わずかに震える。
銃口が揺れた。
次の一発は、彼の意思で撃たれたものではなかった。
リタはそれを見逃さない。
間合いを詰め、ユリウスの手首を叩き落とす。
銃が床に転がった。
「……殺せ。任務を、果たせ。俺はそのために生まれたんだろ?」
「なら、撃つわ」
リタが銃を構える。
「でも、これは任務じゃない。これは――あなたが選んだ記憶を信じるという、“祈り”よ」
沈黙。
宙に舞う砂時計が、静かに落下する。
時間の歪みが収まり始める。
そして――
ユリウスは、ゆっくりと膝をついた。
「……リタ。
お前に、もう一度会えてよかった」
その瞬間、カティアの叫びが響いた。
「だめよ! あなたは私のために――!」
だが彼女の声は、誰の胸にも届かなかった。