【第8話】砂時計の女王(前編)
「……なぜ、あなたがここにいるの?」
リタの声が震えていた。
それは怒りでも、動揺でもない。
哀しみだった。
目の前に立つ男――ユリウス・グレイは、かつて彼女と同じ任務に就き、同じ戦場を歩いた。
そして、“黒の夜”と呼ばれる粛清の夜に死んだはずの人間。
「死んだよ。確かに一度は、死んだ」
ユリウスは銀の銃を構えながら、かすかに笑った。
「でも……この命は、もう一度“与えられた”。あの女の手によって」
リタはゆっくりと銃を下ろした。
彼の銃口は、まだ自分に向けられている。
「……カティアが?」
「そうだ。記憶と肉体を、時間の魔術で複製し、構成した。
“本物”じゃないかもしれない。
でも……今の俺は、“この命を与えた者”に従う。たとえ、それが君の敵でもな」
カティア・ルブランは優雅に微笑み、軽く拍手をした。
「素晴らしいでしょう? 完璧な再現なのよ。
表情、声、撃ち方……記憶の断片すら、彼のもの」
「違う」
リタは銃口を向けなおす。
「あなたは、彼を模しただけの“道具”よ。
ユリウスなら、こんな女の言いなりにはならない」
ユリウスの表情が、わずかに揺れた。
「……もし、そうだとしたら。
俺は一体、何のためにこの命を与えられた?」
銃声が鳴る。
リタの弾が、ユリウスの足元をかすめる。
牽制だ。
だが、その一撃には確かな“問い”が込められていた。
「あなた自身が、それを決めなさい」
魔術陣が再び展開される。
カティアの《主の砂時計》が宙を漂い、空間が時間の歪みに包まれていく。
「さあ、リタ。昔のように踊りなさい。
あの夜の続きを、もう一度見せてあげる」
「……いいわ。
でも今度は、“決着”をつける」
リタは双銃のトリガーに、迷いなく指をかけた。
命を模された男と、祈りを失った女が向き合う。
過去と現在、真実と偽り、その全てを撃ち抜くために。