【第7話】火刑台の詩(後編)
灰の塔――
帝都北部にそびえる黒鉄の構造体。その最上層に存在するのが、“動く宮殿”〈アトリエ・ルブラン〉だった。
リタ・ヴァレンタインは、夜の帳にまぎれてそこへ忍び込んでいた。
扉も階段もない。
代わりに存在するのは、魔術で稼働する浮遊昇降装置と、時間制御の結界。
カリドが準備してくれた干渉装置がなければ、今ここに立つことすらできなかっただろう。
リタは静かに踏み出す。
そこはまるで巨大な温室のような空間だった。
壁には無数の砂時計。
すべてが異なる速さで砂を落とし続けている。
その中央に、黄金のドレスをまとった女が立っていた。
「ようこそ、リタ・ヴァレンタイン。
昔の顔をまた見られるなんて、光栄だわ」
カティア・ルブラン。
“砂時計の女王”。
貴族評議会の筆頭にして、焚刑命令の起草者。
「貴女が、私の妹を“選んだ”」
「ええ。
だってあの子、とても“理想的”だったもの。
清らかで、信仰深くて――それに、“あなたに似ていた”」
リタの眉がわずかに動く。
カティアは、宙に浮かせた砂時計を手のひらで転がしながら、続けた。
「罪を着せるのに、ちょうどよかった。
あの子の死が、“帝国の安定”にどれだけ寄与したか、わかってる?」
「私は、帝国の安定なんて望んでない。
ただ――彼女が、“あんな死に方をする理由”はなかった」
リタの声は低く、静かだった。
だがその奥に、凍てついた怒りが渦巻いていた。
カティアは、砂時計を逆さにする。
「では、その理由ごと、時間を巻き戻してみる?」
その瞬間、空間全体に歪みが走る。
時間魔術――《主の砂時計》の発動。
リタの動きが鈍る。
時計の針が逆回転するように、世界が巻き戻されていく。
「しまった――!」
そのときだった。
一発の銃声が、空間を引き裂いた。
歪みがわずかに緩み、リタの体が自由を取り戻す。
彼女の前に、銃を構える男が現れた。
「……久しぶりだな、リタ」
その声に、リタは凍りつく。
「――ユリウス?」
そこに立っていたのは、かつて共に戦い、死んだはずの男。
リタの恋人だった、ユリウス・グレイ。
しかし彼の瞳は、もう“彼女の知る人”ではなかった。