【第6話】火刑台の詩(前編)
灰色の空が、帝都に覆いかぶさっていた。
リタ・ヴァレンタインは、手にした帳簿をじっと見つめていた。
『焚刑対象:ミレイユ・ヴァレンタイン
起草者:カティア・ルブラン
決裁印:アヴェル・グランツ』
その筆跡は、まぎれもなく公式文書のもの。
記録官エルマーの死と引き換えに手に入れた、“妹の死”の裏付けだった。
彼女の喉奥で、何かが張りついていた。
怒りでもない。悲しみでもない。
それは――後悔だった。
七年前、ミレイユは王都で焚刑に処された。
罪状は“聖印の不敬”。
だが、彼女は信仰心の深い、優しい少女だった。
誰よりも“祈り”を信じていた。
それなのに――
「私は、彼女を護らなかった」
リタのつぶやきは、誰にも届かない。
その夜、焚刑台の周囲にいた群衆の顔は覚えていない。
ただ、ミレイユが最後にこちらを見て、微笑んだことだけは――今でも忘れられなかった。
「リタ姉ちゃん……また一緒にお祈りしよ?
今度は、ちゃんと終わるまで」
その言葉に応えることもできず、リタはただ“逃げた”。
密偵である自分が捕まれば、処刑が加速すると、そう言い訳して。
だが――
「私は、彼女を見殺しにした」
その事実だけは、誰にも消せない。
目を閉じれば、あの日の火刑台が目に浮かぶ。
木材の組まれた柱、火の粉、すすけた空。
そして、空に響く祈りの詩。
ミレイユが最後に口にした祈りは、
誰にも届かなかった。
「……今度は私が、“終わらせる”。お前たちが始めた、この火を」
リタはコートを翻し、帳簿を懐に収めた。
次に向かうは、“砂時計の女王”――カティア・ルブラン。
時間を操る魔術師にして、焚刑命令の起草者。
そして、かつての“姉妹の友人”だった女。